魔人レステ ‐3.「始まりの光景」
『芸術的』その光景を言葉にするならばソレだろう。
真直ぐに伸びる赤いカーペットの道の先、装飾の施された玉座に構える女王。他には護衛の男が方脇に一人いるだけだったが……。
何より目を奪うものは女王の後ろに浮ぶ太陽を思わせる程の巨大な火球。新たな歴史の始まりを告げた『聖火カディア』である。城の主よりも堂々と構え、空間全体を炎で赤く染め上げている。更に奥には調和を取るかのように広がる滝の風景。ニューエは目を丸くして熱くなった空気を呑み込んだ。
何百年と続く王国の女王。その偉大さに身体は操られるように膝を突き、頭を垂れた。この光景を見たものなら大半が同じ挙動に移る。それは一般の者のみならず、王の命を奪う目的で現れた賊ですら同様に伏せる程だ。
「シェルセザ様、ホルディックよりいらっしゃいました、ニューエさんとその息子レステです」
流石に門番の声にも緊張の色が窺える。
「……確か、門の前で倒れた女性だったかしら?」
「はい、もとよりシェルセザ様への謁見を希望しての来訪のようです」
「分かりました。あなたはもういいわ。ご苦労様」
シェルセザの言葉で門番はその場を後にした。
ニューエは第一にお礼を言わなければと考えていたが緊張のあまり唇を微かに動かすことで精一杯だった。
「面白い親子が来たと聞いていたのですが…緊張しているのかしら? 顔なんか下げなくても構わないわよ。寧ろ話がやりづらくなるわ」
ニューエは恐る恐る顔を上げた。
巨大な火球を背にしていた為、直視は辛かったが…。それでもその美しさには呑まれる感覚を覚えた。病的なまでに白い肌は微かにも染まることを許さず、ヘソの辺りまで真直ぐ落ちる髪は毛先まで絹糸のようだ。
「それで…此処へ来た理由は?」
「はい……私の息子レステを魔人にして欲しくて来ました。シェルセザ様は全ての魔人の母だというお話を聞いて…」
シェルセザはレステと目を合わせた。レステは何も分かっていないのだろう、まんまるとした無邪気な瞳でシェルセザを不思議そうに見ている。
「レステはもう5歳になるけれど、自分の足で立つことを許されず、言葉も与えられず、神に見放された子と言われ続けてきました……」
シェルセザは無言でニューエに視線を戻した。
「その問題を魔人になることで解決しようと思ったのですね?」
ニューエは俯くように頷いた。
「けれど、私の勝手でこの子を魔族にしていいものか…魔族になった後にどう接すればいいのか……」
『レステ自身の意思ではない』それこそがニューエを悩ませる最大の理由なのかもしれない。 レステの声が聞こえたならば、ここまで悩むことも無かったに違いない。
俯き、続ける言葉を失ったニューエに、シェルセザは口を開いた。
「魔人にはどんな人間でもなれます、ただ逆に魔人になった時から強靭な身体を持つ者は一人としていません。素質の無い者は永遠に脆い身体の場合もあります。更に才の無い者は一年を待たずその身を滅ぼすでしょう。魔族は天から授かる才が全てであり、その点ではその子は十分な素質を持っています」
シェルセザの瞬きの無い眼光はニューエの心までも見据えているかのようだ。ニューエは瞳を揺らすこと無く、シェルセザの言葉を受け止めている。
「問題は…いえ、あなたの望みはその子が魔族となった後に『人間の様に』と――。 そうあって欲しいということですね?」
ニューエは眉を顰めたが、視線は糸を張ったように真直ぐ繋がったままだ。
「欲張りなんだろうけれども、何の障害も無く生まれてきた子の様に……生きる喜びを感じて欲しいんです」
今まで心の奥底で混ざり切らないまま回っていたものが、同一の色に染まった感覚だった。蠢いていた全ての想いが『その為』なんだと口に出した後で気が付いた。
シェルセザは優しく言葉を返した。
「確かに神はそれほど寛大では無いかも知れませんが、偶然にも人の様に『生きよう』としている魔人を私は知っています。その子が求め、神が許すならば…生きる喜びが与えられる日が来るかもしれません」
ニューエは深く、息を吐いた。
「私なんかの悩みを聞いてくれて、有難う…ございます。どうかレステを魔人に…」
シェルセザはニューエを遮るように言葉を被せた。
「…ただし、万全を期するならばその子、レステを暫く私に預けて頂きたいのです」
最後の言葉で流石にニューエの瞳がブレた。理由を訊かなければと、うろたえる口をほんの少し開いた。
「…それは?」
「レステが魔人になった後、その身体が極端に脆くなる時期があります。それは魔人誰もが通る鬼門。人間と同じ程度の身体を造れるようになるまでの時間、守ってあげなければ生き残る可能性は低いでしょう。これは才能よりも運の方が強いのです」
仕方がない。きっとそういうことなのだろうけれども、レステの居ない生活を考えると今から世界が閉ざされる想いがする。
シェルセザはそんなニューエの心を読んだように、悪戯な笑みを浮べる。
「加えて言えば、ニューエさんがこの子を駄目にしてしまわないか心配ですね…」
「うぇっ?」
自分の信じがたい反応に咄嗟に口を押さえるニューエ。シェルセザの脇に立つ護衛の男がクスクスと愛らしくも笑っている。
「確かに面白いですね、シェルセザ様」
男が笑いかけると、シェルセザも笑って返した。
そうかと思うと再びニューエに釘を刺した。
「冗談の様に聞こえたかもしれませんが、本心も半分です。私には貴女にも落ち着いて考える時間が必要だと思います。レステの事、自分の事」
ニューエは沈黙した。『魔人になった後の接し方が分からない』そう口にしたのは自分で、ぎこちなく接してしまうか、不必要に可愛がってしまうかもしれない……。
隠すことなく表情を歪めるニューエ。
シェルセザは仕切り直すように言った。
「今この国は国土を広げない方針の為、人が溢れています。国外にまで街が広がっている事も来る際にお気づきになったと思います。レステを預かるとなれば必然的にその間ニューエさんは治安の悪い国外の街に居なければならなくなります」
ニューエの眉間の皺は更に濃く浮き出た。
「これから言う提案は、寧ろ私からの『お願い』と解釈して下さい。お二人にこのリジェールの国民になって欲しいのです。そうすればニューエさんに住むべき場所も仕事も与えられる。 どうでしょう?…レステは必ず貴女の元へ帰すと約束します」
ニューエは少し首を捻った。考える箇所が在るだろうか? 全てにおいて自分達の都合のいいように手配してくれると言っているのに…。
「いいんですか?そんなこと…いったいどうして私達なんかにそこまで…?」
その言葉を受けてシェルセザは微笑み、爽快なまでに言い放った。
「貴女方が気に入ったからです」
脇の男が溜息を付く。
「王の特権ですね。国民は飽和状態だと自分で言っておきながら……」
「2人位なんとかできるでしょう? ニューエさんの事は任せます。適当な仕事したら許しませんから」
シェルセザはそんな談笑をしながらニューエとレステの前まで歩いてきた。ニューエは突然のことに慌てたが、シェルセザは気にする事も無く無造作にレステに口付けをする。
「…シェルセザ様?」
困惑するニューエに何食わぬ笑顔を返す女王。そして再び玉座へと戻っていった。
「今、レステに『呼吸の仕方』を教えました。これでもう、どう足掻こうと彼は魔人となります。ニューエさんとの再会の時は1年後としましょう。今季節は最も寒い方へ振れていますから、一年後のこの時期にまた…」
言葉の意味を受け止めながらニューエは我が子に触れる。変わりない温もりを抱きしめた。
「それでは、ニューエさん。貴女の今後について後程お伝えいたしますので、それまで朝目覚めた場所で休んでいてください。 あ、申し送れましたが私セロと申します」
女王の隣に居た男はセロと名乗り、ニューエを王の間の外へと導いた。
外へ出る前でニューエはくるりと振り返り、改めてシェルセザに頭を下げた。再び上げた時の顔は普段の彼女の笑みだった。
「本当に有難うシェルセザ様。これからの事も、昨晩の事も」
シェルセザは一度頷いて見送った。
※※※
ニューエの去った後。
レステは今にも泣きそうな顔をしていた。
「少し強引に思えましたが……?」
セロの指摘にシェルセザは苦笑する。
「自分でも心配になりました。しかしこれほど逸材が突然目の前に飛び込んで来たのですから…。 見てください、才が有るだけではありません。精霊にまで出会っていますよ、まるで本当に神に愛されているとしか思えません」
シェルセザはレステの可能性にかつて無いモノを見ている。それはもちろんセロも同じ事だった。
「国民にまでしてしまって……彼女は気が付いていたんでしょうかね? 国民になった瞬間に『お願い』が『命令』へと変わった事に……」
内容は事実だが、まるで自分がニューエを騙したような言われ様が少し気に食わなかった。
「別段、彼女にとっても悪い話じゃないのですから、構わないでしょう? それに彼女とは一度お会いしたんですよ。200年程昔に…」
その遠まわしな言い方にセロは聴き覚えがあった。
「……見たのですね。予言の夢の中で彼女を」
シェルセザは入り口の扉を見据えたまま静かに頷いた。
「あの場所で彼女が振り返る光景を、私は見た事が有ります」
「……何かが始まるかもしれないのですね」
「彼女か、もしくはこのレステによって――」
レステは相変わらず不安そうに瞬きを繰り返している。
一話終了です。ここまで読んで頂いて有難うございます。




