魔人レステ 最終話.「優しい夜」
ロセアちゃんは泣いていた。僕を強く抱きしめて悲しそうに泣き続けた。
――どうしてホックは私に何も教えてくれなかったのかな?
――パシェードはどうして私に、何も言ってくれなかったのかな?
ロセアちゃんはずっと泣いていた。時々叫ぶように、時々必死に堪えながら……。
僕はロセアちゃんみたいに涙を流せない。
それは僕が魔人だからとかじゃなくて、ロセアちゃんは僕よりもっと悲しくて、ずっと悔しかったからこんなに泣いているんだと思った。
僕には何がなんだか分からない。
その時の僕は二人とずっと会えなくなるなんて想像も出来なかった。
みんなだって楽しい方がいいはずなのに、どうしてなんだろう?
―※―※―※―
――夢を見た。夢は前にも見たかも知れないけれど、もしかしたら初めてかもしれない。少し不思議な感覚だった。でも、こんな素敵な日に『あの日』の夢は見たくなかったな……。
僕が二人の友達を失ってもう半年が経った。町に住む人が「寒い寒い」と白い息を吐くのは見ていて面白い。だけど、どうしてか魔人は白い息が出ないらしい。
……ホックは今頃何をしているのかな?
今でもあの日の事はよく考える。みんないろんな事を考えて、いろんな悩みを持っているんだ。スロンファン先生が教えてくれた。みんなが違うことを考えているからみんなが幸せになるのは難しいって。
みんなが楽しくなる事を考えれば、みんな幸せになるんじゃないかなって思ったけれど。先生はやっぱり難しいって言った。
――気が付くと自分の右手を頭の上に乗せていた。
いつの間にか癖になっていたそれは、初めての友達が僕によくしてくれていたことで、あの日以来難しい事で悩んだり、寂しくなった時についしてしまうようになっていた。
でも、余計に寂しくなることの方が多かった。
「レステ起きてるぅ〜? あ、起きてるわね〜朝ごはんたべましょ〜」
「は〜い」
毎朝の食卓。もしかしたらそれも今日で終わりかもしれない。そうおもうとまた寂しくなってきた。そんな日でも先生はやっぱり明るくて、見ているだけで楽しかった。
今日一日ずっとそんな感じ。ずっとワクワクしていて、でも時々寂しくて。長くて疲れる一日だった。
そして今日は創緑の月が昇る日。
創緑の月が昇る夕方には、いつも高い場所へ昇る。空がよく見渡せる場所へ行くんだ。沈んでいく太陽と昇ってくる月の光が高い空の暗くなっている所を両側から照らして凄く綺麗。その後町はびっくりする位優しい光で包まれていく。世界で一番優しい夜が始まるんだ。
「お久しぶり」
いつも誰も居ない場所だからてっきり一人だと思ていったけれど声が聞こえた。……辺りを見渡すとやっぱり一人だった。
「ここよ、ここ」
見上げると、頭の上に光が集まっている。月と同じ光だ。
「誰?」
僕が訊くと「あれ?」と不思議そうな返事が返ってきた。
「お話できるようになったのね。体もまるで生き物じゃないみたい……」
「シェルセザ様に魔人にしてもらったんです。話せるようになったのもそのお陰です。僕が人間の時に会った魔人さんですか?」
「魔人? 私は月の光よ。今空に昇っている月の光」
「……もしかして、精霊様ですか? 創緑の月の……」
「精霊? そうね、そうかもしれないわ」
月が好きな理由が今何となく分かった気がする。僕は知らない間に月の精霊様と友達になっていたんだ。
「聞いてもらえますか精霊様。僕、今からお母さんと会うんです。顔もどんな人だったかも全然覚えていないけれど、凄く楽しみです。ずっと会いたかったんです。」
「君のお母さん? 知っているわ、君を背負って歩いていた……」
僕を背負って歩いていた? 僕はお母さんの話はほとんど聞いたことが無かった。スロンファン先生に訊いても「お母さんから直接聞くといいわ」って言って教えてくれなかったから。
夕日が沈みきってリジェールの町が月の輝きに満たされる。
「時間なのかな? お母さんに会いに行くの?」
「はい! じゃあさようなら……あ、僕レステっていいます。精霊様のお名前は?」
「名前? 私は光よ。月の光」
「あ、えっと……分かりました精霊様。また会えると嬉しいです」
「そうね、わたしもよ」
嬉しかった。凄く凄く嬉しかった。
今からお母さんに会えるし、あんな素敵な精霊様が会いに来てくれたし、走っている途中まるで地面に足が着いていないみたいだった……このまま体がふわり浮かび上がって飛べてしまいそう。
お城の門番の人が僕を見てにっこり笑ってくれたのも凄く嬉しかった。
場内に入れば一番に迎えてくれる滝の音。
滝には小さな虹が架かっていてキラキラ綺麗。
それをぼうっと見ながら僕はお母さんに会った時のことを考えていた。
一年間いろんな事があったから、何から話していいか迷う。考えておかないと大変だと思った。お母さんの事もたくさん知りたいけど、今までの事も聞いてほしくて……特に夏の出来事はいくら考えても難しいから、お母さんに会えたら話してみようとずっと思っていたんだ。
あれこれ考えていたから、隣に来た人に暫く気が付かなかった。
その人は僕と同じようにただ夜に架かった虹を隣でじいっと見ていた。僕が気が付いて顔を見上げると、その人は僕を見て「綺麗だね」と優しい笑顔を見せた。
――はい。
僕がちゃんとそう言えたかどうかははっきりと覚えていない。だってその時の僕の気持ちはずっと昔の憶えていない頃に遡っていたから、その頃の懐かしさを強く強く感じていたから。
その笑顔を見た瞬間、それまで考えていた事なんて全部吹っ飛んで、どう言っていいか分からない気持ちが胸の奥とか、喉の周りとか、目の深いところに満ち溢れてきたんだ。まるで世界に自分とその人しか居なかったみたいな、そんなヘンテコな記憶しか残っていないんだ。
「あの、僕を負ぶってくれませんか?」
そんなことを言ったのは覚えてる。そうすれば頭の奥で感じている懐かしさを全部思い出せるかもしれないと思ったから。
そうするとその人は膝を折って屈み、僕と同じ目線で優しく言った。
「駄目よ、レステ。あなたにはもう人に頼らなくても立てる脚があるのよ。昔の様に甘えてもいけないし、そのことを当然だと勘違いしてもいけないわ」
その人は僕のお願いの代わりに、抱きしめてくれた。
感じていた懐かしさは、『温もり』という微かな熱となって僕にゆっくりと馴染んでいく。時間をかけて失われた感覚を貰って、僕ははっきりと「お母さん」だと感じとった。
貰った『熱』は勿体無いことに目から流れ落ちてしまったけれど……。
お母さんは僕を抱きしめたまま一つの質問をした。その時、お母さんの体が少し震えていたのを何となく憶えている。
「レステ、魔人になれてよかった?」
正直に言えばよく分からなかった。人間の時の事は覚えていないし、僕にとって魔人になってからの生活が全てだったから……。でも質問を聞いてから何となく「人間の時の僕はどう思っていたんだろう」と考えると――。
答えは、凄く間単に出た。
――ありがとう!
「そう伝えることが出来る今が凄く幸せ。憶えている訳じゃないけど……多分僕は『ありがとう』って気持ちを言えなかった事が一番辛かったんじゃないかと思う。だからお母さん、魔人にしてくれてありがとう」
お母さんは僕を強く抱きしめたまま泣いた。僕よりたくさん泣いた。
これからも僕はいろんな人と出会い。いろんな疑問を感じて……変わっていくのかもしれないけれど、今日感じたことは忘れないでいようと思った。
「魔人レステ」はこれで終わりになります。
ここまで読んで頂いた方本当に有り難うございます。
皆様の貴重なお時間を無駄にしたことを深くお詫びいたします。




