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魔人レステ    -4.「繋がる命」

 開いた扉から人が雪崩込む。といっても10名程で、半数が魔導器を所持していた。玉座を囲む人間達は皆が皆、敵対心を剥き出しにしており何時でも強襲できる構えだ。そんな胸苦しい圧搾された空気の中でシェルセザは浩然と黙座する。

 彼女は要求を待っていた。

 彼らが殺し合いを好き好んでこの場所に来た訳がない事を理解していたからで、要求の心当たりも立っていたからだ。

 思惑通り、一人の男が切り出した。


「私達がニューエの息子、レステの身柄を預かっている事はもう耳に届いているだろう。彼は人の世の脅威となる前に殺しておくべきなのだろうが、今私達には別の目的もある。最大限の願望を言えばレステと引き換えに『死界の種』を貰いたい、そして私達を逃がして欲しい」


 それを受けてシェルセザが初めて口を開く。


「私も、『死界の種』など傍に置いておきたくはありません。直情のまま口にすれば煩わしいのです。しかしソレは『決して世に出さぬように』と、ある人間に頼まれた物で私はそれを受けました。これが何か知っているあなた方ならその人の決意も理解できる筈です。私の元に来る他無かったその人の心の内が分かる筈です。これは『人の世』に出してはいけないもの」


 シェルセザの言葉を男は静かに聴いていたが、応じることは無かった。


「何もしなければ私達だけが終わる。そう言えば理解してもらえるだろうか?」

「……確かに自己のない世界に意味なんて無いのかもしれません」

「どちらにせよ、人質は足りなかったようだな」


 男が魔導石の杖を構えると、他の者も武器を握り直す。


「いえいえ、レステは私にとって決して小さな存在ではありませんよ。ただ知っているのです。悲しいことにあなた方がこれからどうなるのか……」


 今この状況はシェルセザにとって遠い昔に夢の中で経験したものだった。記憶に残っているのは今やり取りをしている男。そして魔剣を構えた少女……。夢がそうなら現実の結果も『そう』なるのだとシェルセザは信じている。

 対する相手はシェルセザの夢の内容は知らない。女王を目の前にしてまだ思い違いに気が付かない。もしくは気が付いていても退けないのか、どちらかまではシェルセザにも分からない。


「聞いた話ではリジェールの戦力は大陸最大らしいですね」

「こんな状況で何の自慢だ? ここには裸の王しか居ない」

「あなた方には残念ですが今ここに、この国の戦力のおよそ4分の1が在るのですよ」


 取り囲んでいた者達がシェルセザに飛び掛ろうとした矢先。それまで玉座の後ろでただ揺らめいていた聖火カディアが激しく炎上した。生き物のようにうねり、照らすのではなく焼くという意思を擁して猛威を振るう。

 瞬間に広がる炎の海。

 数名が対応に遅れ、その身は墨と化した。カディアに焼かれた者は骨も残さず、最初から居なかった様に消え失せたのだ。

 炎を免れた者も脳を溶かす高熱に当てられ、視界を満たす地獄と合わせれば正気など保てない。やがて同じように炎に巻かれ、消えていった。

 シェルセザは指一つ動かすことも無くその光景を見ていた。魔族の彼女にとって直接焼かれた分けでなければ熱に意識を奪われることも無い。いつもと同じ表情でただ腰掛けていた。


「終わった」と、普段ならシェルセザ本人でさえそう思っただろう。

 今回は確か違った……。シェルセザの遠い記憶の中で見た光景ではあの男は生きていた。この身に渾身の一撃を加えた覚えもある。

 シェルセザは余裕有り気に肘を突いて眼前の火の海を見渡す。もはや虫一匹ですら生き残っているとは思えない光景だ。


 シェルセザの合図で火の海が消える。まるで何事も無かったかのように囲んでいた人間ごときれいさっぱり無くなっていた。

 おかしい。まさか私自身の手で夢の予知を変えてしまったのかしら?

 シェルセザが不安に感じたのは身の安全や『死界の種』の事ではなく、夢の内容を壊してしまう事だった。運命の環が崩れるかもしれない、世界の理が乱れるかもしれない。そんな途方も無い恐怖の可能性をただ漠然と感じていた。

 本当に? どこにも居ないの?

 シェルセザは明らかに動揺して立ち上がり、きょろきょろと熱気の残る空間を見渡す。しかし一人も居ない、残っていない……。


「そんな……」


 彼女がそう溢した時、同時に上方に気配を感じた。それはシェルセザにとって失いかけた希望。彼女が喜びを露に視線を上げると、気配は確かな殺気となり自身に降りかかった。

 シェルセザは右の肩口から胸の下まで切り裂かれ、膝を付いた。傷口からは鮮血の変わりにMPが舞い散って、幻想的な輝きで瞬間的に男の視界を惑す。


「そうですか、そのような形で貴方は私に傷を負わせたのですね」


 シェルセザの顔にはもう焦燥の色は無い。むしろ心撫で下ろした表情で微笑んでいた。


「種はどこだ?」

「……まだ諦めないのですね」


 シェルセザは無造作に手の内に持っていた赤いちいさな実を見せた。隠し通すと思っていた物を意図も簡単に――。男がその実に意識を奪われるのも仕方の無い事だった。

 隙を突いたシェルセザの剣が男の体を貫き、刀身が赤く色付く。MPの扱いに慣れた魔族は体内に武器を隠し持っているようなもの。深い一撃を加えた程度で油断するべきではなかったのだ。


「これで、今回の事は全て終わりそうですね」


 対する女王は夢の光景を現実で確認して胸のつっかえも無事取た様子。容赦の欠片も無く切り捨てるつもりでいた。


「終わりか?」

「安心してください。全て世界が示した道筋通りです」


 シェルセザは貫いた剣を無理やり横に薙いだ。大量の血と共に男の体から力が抜け出す。

 シェルセザも気を抜いて剣を収めようとした――。


 ――そのつもりでした、しかし噴出した返り血が石化してこびり付き身体の自由を許してくれませんでした。

理解できなかった。彼が何故そこまで必死に魔法を使っているのか?

 私は夢の記憶が全てだと勘違いし、その先に起こることなんて考えもしていなかったから。

 もちろん完全に動けない訳ではないし、少し時間さえあれば簡単に抜けることも出来た。でも『彼ら』の次の一手は私が動けなくなった瞬間には完了していたのです。

 もう一人の生存者、潜み隠れていた魔剣を持った少女が私の腕を切り落とし手に持っていた『死界の種』を奪い取った。


「い――……」


 私にしがみ付き、死に掛けた男は何かを叫ぼうとした様でしたが、それはもう言葉になっていたかどうか。

 私は直ぐに石化した血が付いた体を捨て、残った半身から再び体を作り直した。MP濃度は減り、力も半減したけれどそれでも人間の少女一人を相手するくらい問題にもならない。ただ、彼女は魔剣をもっていましたか……。

 目の前の少女は此方に剣を向けたまま慎重に後退している。私の動きを、カディアの火を警戒しながら用心深く。


「よく、あの炎から逃れることが出来ましたね」

「私の体はもうあなた達と同じで痛みや熱の恐怖が無いのよ、直撃でもして体を失わなければそう怖いものでもないわ!」

「でも、もうその命を保つことは出来ませんよ?」

「いまさらそんなこと……」


 この状況でこちらの言葉を受け取る姿はまだ素直な子供だと感じた。


「もし、あなたも魔人になれば――」

「だまれ! 私もこんな墓場の一員になれって?」

「墓場?」

「そうよ。あなたはどう思っているか知らないけれど、こんなの国じゃないわ。国はもっと『命』に似たものだもの……。王と共に命を終えて、新しい王と共に再生するの。そうして生命の流れのように繋がるものなの。時代と共に変化し成長もする。王も姿も変わらないこんな国、巨大な屍でしかないわ!」


 彼女の言葉には不思議と興味を引かれた。

 何故自分が国を作ろうと考えたのか、何のために何百年もここに居たのか? 古い追想に思わず手を伸ばしたくなる。

 彼女に対する勧誘は特に期待もしていませんでした。けれど、今は彼女の話を聞きたいと思う自分が居る。それどころか彼女を喰らいたいという願望もある。

『それ』は魔人の中に残る生命に対する欲求。失った者だから感じる命の美しさ。

 ……少しだけ思い出した。

 私は美しくなりたかった、ある人の為に、何よりも――。永遠に――。





 気を取り戻したとき、私は少女の首筋に噛み付いていた。欲求に耐えられなかったのかと思うと少し情けない。今の私に本当に味覚が残っていたのかは分からないものの、久しぶりの血肉の味を感じた気がした。

 気を取り戻すきっかけが扉の音だったような気がして視線を上げると、レステとホックが信じられないものを見るような目で私を見ていた。

 そのことに関して何を思う事も無く、傍に居たスロンファンが何時からいたのかとか、そんな事を漠然と考えていた気がする。

 少女は私に肩を食われて尚歩いています。その行動に意味があるのか、そんな事を考える私は彼女から言わせれば「屍」なのでしょうか?

 ホックに寄りかかる少女。その手に持っていた実をホックに渡しているようでした。夢では見なかったこの光景を私はどうすればいいのでしょうか?

 ホックは、どうするのでしょうか?

 少年が立ち上がり、その足元で力尽きる少女。以前みた彼とは何か違う感じでした。表面にまだ迷いの影が見えるものの、深層では決意を決めているようにも見えた。


「ホック君。何を考えているのかは知りませんが、今やそれを持ち出すことの意味を理解してい

る筈です」


 私の声は届かなかったのか、少年は臆する事無く走り出した。


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