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魔人レステ    -2.「せきら」

 黒煙の襲撃があった日と同日、まだ日か落ちる前のこと。ホックはスロンファンと一緒にクランの外れ、酒樽の看板のある店を見張っていた。木造の小さな店で昨日にパシェードに聞いた場所だ。


「今からでも遅くないよぉ。ホック君は止めたほうがいいわぁ」

「未だそんな事言っているんですか? 俺帰りませんからね。大体俺の仕入れた情報ですよ」


 スロンファン先生はポンと俺の肩に手を置いた。


「足手まといにはならないで〜」

「えらく正直ですね先生」


 ……それにしても、教えられた店は人の出入りは無いし、中の様子も分かりにくい。もしかしてパシェードの罠ということも考えるべきだったのかもしれない。

 違う、とは思いたいけれど。


 日が暮れる頃になって、漸く中から人が出てきた。一人だった。まだ暑さの残る気候だというのにローブを着ている。怪しすぎないか? あれ。

 俺とスロンファン先生はとりあえずその一人を見送った。すると少し時間をおいて一人、また一人、中から人が出て来る。それからも何度か――必ず一人ずつだった。格好もばらばら、最初の人のように姿を隠している人もいれば、散歩に出かけるような軽装の人もいた。

 おおよそ10人が店から出た後、もう人は出てこなくなった。今出て行った中にパシェードもいたんだろうか? 彼らは何をしに行ったんだろうか?


 スロンファン先生が指で頭をトントンと突いてきた。


「なんすか?」

「私今からね〜最後に出て行った人の後をつけて行くから〜ここを動いちゃ駄目よ〜」

「了解っす」

「もし月が昇っても戻らなかったら、何もせず大人しく帰るのよぅ」

「……あ〜了解っす」

「今の間は何〜?」

「分かってます、分かってますって!」


 何度も念を押しながらスロンファン先生は風の中に姿を消した。

 それから暫くの間何も無かった。もう誰も中に居ない、なんて事は考えにくい。レステの背格好の人物は中から出てきていないから、レステとその見張りが少なくとも居るだろう。

 ふと視線を上げると屋根に黒い鳥が居ることに気が付いた。いつかパシェードと居た時に見た真っ黒い鳥だ。いつから居たんだ?……心なしかこっちをじっと見ているような気がする。

 もしかしてあの鳥が居るって事はパシェードもまだ中にいるのか? そんな事を考えている間に鳥は何処かへ飛んでいった。

 まあ、結局はただの鳥か……。


 何も無いまま時間が経ち、とうとう月が昇った。

 今日も満月、魔法使いの時間の始まりだ。スロンファン先生はどうしたんだろう? まさか見つかって昨日見たいにボコられて無いよな? 

 

 結局あの後の人の出入りは無しか……。

 ホックはだんだん辛抱できなくなって結局、中の様子を伺う為店と隣の建物との間に潜り込んだ。

 側壁の窓から覗いた様子では人影は見えなかった。内装はシンプルな酒場の造りで入り口正面奥にカウンター、手前の広いスペースにテーブルが4つ置かれている。

 怖くて深く覗き込めないが死角の何所かに人が一人位は居るだろうし、奥に部屋もありそうだ。先生もまだ帰ってこないし、どうしようかな。


「それにしても、この窓高い位置にあるな……」


 中を見せたくないのか、酒場の窓はホックの目線程の高さにあった。最初は特に不思議とも思えない違和感だったけれど、その『高さ』はもっと別の事を意味していた――。

 微かに酒場の中から聞き覚えのある音が聞こえた。トン、と杖を付く音、直ぐにハーン先生の癖だと分かった。今中にハーン先生が居るんだ。そう思い再び窓から覗こうとした時、窓はホックの目線の上にあった。


 んん? と首を捻る。


 大した違いでは無いものの確かにさっきより高くなっている。恐らくさっき見た時と比べて1cmも違わないだろうけれど、そんな『些細な差』が今は強烈な違和感、気持ち悪さを生み出している。

 その事実と同時に別の異変にも気づく。

 脚が動かない!

 ――脚が地面に呑まれていた。

 『高い窓』の理由もそれだった。窓の位置が高い訳じゃなく、自分が沈んでいたんだ。気づかない程ゆっくりと時間をかけて……。

 脚を上げてみれば抜くことはそう難しい事じゃなかった。でも踝から下は固められていて普段通り歩けたもんじゃない。一度抜いたところでまた地面に着けば時間を掛けて沈む訳だし、バランスを崩して手を着いたりしたら手まで使えなくなる。

 壁を支えに歩いて何とか逃げるしかない。

 移動しながら更に考えなければいけない事もあった。この魔法は無差別にトラップとして設置されたものなのか? もしそうだとしたらまだ自分の存在に相手が気づいてない場合も考えられるけれど……。


 トン……。


 それは、明らかに近い床が鳴らした音。壁で見えはしないけれど、手の届くほど近い音だった。ホックは嫌な予感を感じる間も与えては貰えない。

ホックの支えとなっていた木の壁は腐り、みしみしと音を立てたかと思えば、そのまま耐え切れずホックごと崩れた。

 想像もしていなかった形で招待されたホック。両足は相変わらず不自由で咄嗟に立つこともままならずに、床に伏せた状態でハーンを見上げる。

 いつもと変わらない、人の良さそうな笑顔だった。


「なぜここを知っていたんです?」


 そのまま尋問が始まった。その場に居たのはハーン先生だけで、レステの姿も見た感じ無かった。


「偶然だよ。先生がここに入るのを以前見かけたんだ」


 信じたのかどうかは知らない。


「ここの事を誰かに話ましたか?」

「スロンファン先生には話した。先生が誰かに伝えたかどうかは知らない」

「そうですか……。それならスロンファンが来てから一緒に死んで貰いましょうか」


 ハーン先生は俺の両手首にそこらの石をあてがうとそのまま手錠を作った。こんなにも自然物を自由自在に操る魔法なんてみたこと無かったけれど、答えは杖の先に付いている見慣れない石のせいだろう。  

 あれが噂の魔導石ってやつか。

 

 ホックは店の奥に連れて行かれた。そこには見たことのない男が一人と、ホックと同様に身動きが取れない状態のレステの姿があった。

 目を丸くして驚くレステ。魔人の癖に人間みたいな反応をするもんだななんて、こんな時でさえ関心した。


「こんな情けない姿で会うつもりじゃなかったんだけどな」


 俺が苦笑いをすると、真似するようにレステも笑った。


「ここは私が見ます」


 ハーン先生がそう言うと奥にいた男は代わりに酒場に出て行った。

 さてさて、結局何も出来ないまま捕まってしまったけれど。元々俺一人で何が出来る訳でもなかったしなあ……。要はハーン先生の魔導石が問題で、それさえ無ければスロンファン先生は負けない筈だから……まあ、レステさえ居れば何とかなるか?

 いい状態とは言えないけれど、レステが隣に居ると落ち着く気がした。


「ハーン先生、パシェードはここに居ないの?」

「……彼女の事も知っているんですね」

「そう、実際会ったから」

「そんなこと彼女の口からは聞いていませんね。ホック君の事を思ってといったところですかね。そうですねぇ……パシェードは今頃シェルセザに強請りをかけているところでしょうか」


 ここにいるレステをネタにということなんだろう……。


「……なんであいつ、あんな役回りなんだ?」

「……と言うと?」

「パシェードは『自分で決めた』って言ったんだけど……」


 どうしてか俺はハッキリと言葉にすることが出来なかった。ハーン先生は少し考え、俺の言いたいことを察してくれたらしく杖をトン、と鳴らした。


「ああ、魔剣の事ですね。彼女を不憫に思ったのですか? ホック君もなかなかお優しい人ですねえ。しかし何も分かっていない」

「……パシェードにも言われた、俺はまだ何も見えていないって」

「まあ、仕方の無いことですが。そうですねえ……分かりやすく言うと今回の作戦に参加した全員が『捨て駒』なんですよ。今この部屋を出て行った彼も、もちろん私も」

「え?」と代わりに声を出したのは隣で話を聞いていたレステで、俺は声も出せなかった。

「……意味わかんねえ」

「そうですか? でもそうなんですよ」


 俺は必死に考えた。想像しようとした。でも分からない、俺がまだ箱の中に居るから? まだ世界を見ていないから?

 ハーン先生はそんな俺に向かって「若いですねぇ」と呟いた。


「もう少しだけ教えてあげましょうか……。今回私達の目的はある物を手に入れる事です。もし成功してそれが手に入った後、私達はどうすると思いますか?」

「……持って帰るんだろ?」

「いえ、予め決めておいた場所に隠した後、自害するか誰にも知られない場所で生涯を終えるか……」

「どうして?」

「私達の『主』が関わった事実を残してはいけないのです。その理由位は分かるでしょう?」


 ハーン先生は『主』なんて濁す言い方をしたけれど、パシェードの話から何となく分かった。


「でも、それなら手に入れても使えないだろ? 本末転倒じゃないか?」

「あんなもの、使いたい人なんていませんよ。持っているだけでいいんです。裏に情報が流れるだけで誰も『主』に手を出せなくなる」

「シェルセザ様だけは違うと?」

「確かに怖いですね。魔人は命を持つ私達とは価値観が大きく違いますから。できる限り争いの火種を残してはいけないのです」

 

 話を聞いていて気がついてみれば、どうしてだろう? こんな状況なのに、いつもの授業を受けているような感覚だった。内容はともかく、普段のやり取りを繰り返しているような雰囲気だった。


「てか、ハーン先生しゃべり過ぎ」

「そうですね、ここら辺で止めておきます。……どうも『先生』をやっていた時間が長かったせいか生徒の質問に答える方が自然な感じがする訳ですよ」

「ダメ過ぎ……」


 はにかんだようなハーン先生の顔があまりにいつも通りで、むしろ悲しくなった。淡々と話していたけれど、やっぱり死にたくはないんだ。先生の持っていた日常を否定できていないんだ。


 突然、仮面を貼り付けたみたいにハーン先生の顔つきが険しくなった。

「外の人がやられました。どうやら来たようですね」

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