魔人レステ -3.「切なる願い」
ここまで読んで頂いて本当にありがとうございます。
勝手ですが5月15日に前回の話(5話-2)の最後に少し付け足しました。この話は直接その後の話になるので、すみませんが見ていない方はそちらからお願いします。
クランの街に闇夜が降り、頼りない街路灯がホックの顔をしめやかに浮かび上げる。レステを家まで送り届けたホックは帰宅せずに、パシェードの家に辿り着いた。不気味なほど人通りが無く静まり返った夜に、躊躇無くノックの音を響かせ、彼女の名を呼んだ。
返事は無かった。
ホックは繰り返し木のドアを叩く。
「開けろよパシェード。お前の探している物を持っている」
そう言いながら繰り返し叩く。すると唐突にドアが奥へと開き、ホックは明かりの無い暗闇に引きずり込まれた。
受身も取れずに転がるホックの前に人影が立つ。部屋の中は視界が利かない程に闇に満たされ、ホックが確認出来たのはその輪郭だけだ。それでもホックには彼女の顔が見えるような気がした。
「なぜ? 私だと?」
聞き覚えのある声にホックは不思議なほどの懐かしさを感じた。
「レステが、お前の癖を知っていたんだ。一目で見抜きやがったぜ、あいつ」
人影が沈黙する。何も見えない、何も聞こえない空間は数秒を数分まで伸ばした。
「私の探している物は……ああ、嘘か?」
「そうそう、流石、俺の事分かってんじゃん。実際は何なのかもぜんぜん知らない、魔導器だろうって当たりくらいはつけてるけど……」
「どのみちホックが首を入れるような話じゃない。一体何しにきた?」
「レステは俺の命の恩人だからさ、理由も分からず狙われてるとなると気分が悪いんだ。それに、お前に何かあったらロセアが悲しむだろ?」
パシェードはまた沈黙を広げた。
「……なんだ、あの子の事ちゃんと考えているんだな」
彼女の微笑む顔が見えた気がした。
「パシェードお前、なんでこんなことやってんだ? 教えてくれよ」
「私の生まれ故郷があまりいい状勢じゃないんだ。だから単純に、魔導器の力が必要なの」
「魔導器ならもう手に入れてるじゃないか」
「国を立て直す為に必要な力よ。こんな物じゃ足りないのよ。もっと絶対的な兵器が必要」
「じゃあ! ……ならどうしてお前が『その役』なんだ?」
「……?」
「何でお前がその剣を使う役回りなんだよ」
目の前にうっすらと浮かぶ影が俯いた。
「それは私に力が無いから……自分と重ねているのねホック、勘違いしないで自分から買って出たのよ。やらされている訳じゃないわ」
「だから何でするんだよそんなこと?」
「そうすれば届かない筈の場所まで行けるからよ、ホック」
その一言はやけにホックの胸の奥まで響いた。
「世界は数式ほど明確じゃないわ。生まれた環境や才能で全て決まる訳じゃない……。力の有る人が地に落ちる事もあるし、魔法使いがフォードの血だけを求めるわけじゃない」
パシェードはホックの心の根底に語っていた。それが出来たのは恐らく彼女も同じ経験を持っていたからだろう。
「ホック、気づくなら早い方がいい。今見えている『それ』は貴方の挑むべき壁じゃない、自分で用意した『小さな箱』なのよ。そこから出なければ何も始まらない。お願いよホック、お願いだから『そこ』から出てきて彼女をちゃんと見てあげて……」
ホックが口を開こうとしたその時、途端に家のドアが破壊され何者かが雪崩れ込んできた、闇の中に鎧の軋む音が響く。入り口から漏れる弱い光で確認できたのは、3・4人の魔人兵。そして目の前にいたのは、白髪の女性だった。
誰だ……?
最初はそう思った。しかしそれはやっぱりパシェードだった。しかしあの綺麗な黒髪は見る影も無い。さらに肌や瞳までも命を感じさせないほどの蒼白で、呪われた剣を持つ腕だけが闇に呑まれたような黒痣に覆われていた。
声が、パシェードの名前を呼ぶ筈つもりだったのに……声が出なかった。
呆けている間に眼前で剣が交錯し始める。
通常、魔人と人の戦いなら逆の状況で釣合いが取れる。けれども闇に舞うパシェードの身体能力は人のそれを遥かに超え、放たれる魔法攻撃は精霊の力を有する魔族のそれに匹敵した。複数の魔人を相手にして遅れをとるどころか優勢に見て取れる。
しかし、何よりもホックの瞳の奥に焼きついたのは、燃え尽きるような白色。破滅的なまでに白い身体だった。
その光景に言いようもな無い悲しみが、張り付いてきて……。
ホックは魔人の一人にしがみ付いた。
「な、何だ貴様!」
「止めろよ、友達なんだ! 俺の……友達なんだよ!」
魔人の剛腕でホックは軽々と壁まで飛ばされた。叩きつけられ反転する視界の中でパシェードは闇に潜り、騎士は喧しく鎧を鳴らしながら追いかけた。
その騒がしい音も遠ざかっていく……。




