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魔人レステ    -2.「固執」

 日常のなんてことない出来事でも、一つ事前情報が加わると別の視点が生まれ、別の意味に捕らえてしまう。今日パシェードが学校に来て居ない事。いつもなら体調を崩したとか、サボりだとかそんな事しか考えない筈だ。

 でも今日は違う、パシェードはもう学校に来ないんじゃないだろうか? そんな予感さえする。原因はもちろんレステの昨日の言葉だ。あんな事言われたせいで、余計なことをまで頭が回る。


 レステ本人はといえば、ただ授業を黙々と受けている。どうすればこんな何も考えずに居られるのか? 逆に、俺が考え過ぎているのか?

 ……かもしれない。案外明日パシェードが普通に登校して、レステも「間違いでした」なんて舌出しておしまいかもしれない。


 ――というのは夢の中の話で、パシェードは次の日も登校しなかった。こうなってしまってはもう気が気じゃない。パシェードが犯人なのか? 学校に来ないのは正体がバレたから? 頭の中はもう決め付けにかかっている。正直はっきりさせないと想像ばかり膨らんで面倒だ。


 ホックは下校時にレステと一緒にロセアのところへ向かった。

 ロセアはホックを見つけると視線を落とし恥ずかしそうにしている。


「ロセア、話したい事が――」

「う、うん。分かってる」


 分かってる? 何を……?

 ホックは喉元まで出かかった言葉を留めて、ロセアの次の言葉を待った。下手な勘違いがありそうな予感がしたからそれを避けようと思ったのだ。傍らでレステの視線が二人の顔を行き来している。


「その、『返事』は二人だけの時でいい? 恥ずかしいから」


 ロセアはレステをちらりと見た。

 ホックもさすがに何の事を言っているのか把握する。しかし今のホックには比べるに値しない些細なことだった。


「ああ、その話? そんなことより訊きたい事があるんだけど」

「『そんなこと』って!?」


 ロセアの声が裏返る。ああ、なんで俺の周りはこうも平和なんだろう? 俺だけがおかしいのか?


「あ、いや。今日はパシェードの事を聞きに来たんだ」

「……パシェードがどうかしたの? 今日も学校には来てないわよ。」


 ロセアの声は明らかに意気消沈していた。

 ロセアの話ではパシェードは3日間、つまりホック達が狙われたあの日から学校に来ていなかったそうだ。理由は体調を崩したと聞いているらしい。


 身の上話も少しだけ聞くことが出来た。

 パシェードは『ドーン』と呼ばれる三大魔導国家の一つの出身で、十歳の頃に家族と共にこの国に移住したらしい。ドーンといえばレステの故郷と同じで、レステは目を輝かせていた。最近はあまり話題に上がらず衰退気味だという噂も聞く。


 おかしなのはロセアとパシェードの関係だ。ロセアはリジェール出身でパシェードの家系とは特に繋がりが有るわけでは無いそうだ。

 パシェードがロセアに『付き人』の様に接している理由は? と聞けば、ロセアは小首を傾げて「ただの友達だよ」と返答。

 ホックは混乱しそうだった頭をこねくり回し、自分の勘違いだったかもしれないと思うようにした。パシェードは友人としてロセアの傍にいて、時に彼女を守っていただけなのかもしれない。自分の勘違いだと、そう思うことにした。


 しかし、ロセアの話しだけでは結局パシェードと事件の関係はハッキリしない。そこでホックはある実験を行うことにした。確証は生まれないが信頼性のテストだ。


 先ずレステから見えないところにホックとパシェードが移動して、死角から魔法を使う。それをレステがどちらの魔法か見分けられるかのテストだ。

「そんなこと判るの?」とロセアの不信な意見も御もっとも、しかしこれを判ってもらわなければホックの昨日今日の悩みは無に帰すというものだ。

「とりあえずやってみよう」と促し、ロセアに火の玉を作らせた。


「じゃあ、レステ! 今から飛ばすからな!」

「え〜? ロセアちゃんでしょ〜〜?」


 ホックとロセアは顔を見合わせた。今二人はレステから完全に死角、何をやっているかも分からない筈。ロセアの手の内にある火球も見えていない筈なのに……。

 ホック達はレステに何も言わず役割を交代、気づかれないようにさっきレステが言わなかったホックが火球を飛ばした。


「ちょっとー。言った後に代えるの卑怯だよーー!」


 動揺する二人は無意識に小声でやりとりしていた。


(どうして? どうして分かるの?)

(俺だって知らない)

(魔人の人は判るのかな? 精霊の力かも?)

(……もう一つ、実験したいんだけど)


 ホック達はまた、レステに気づかれないように打ち合わせをした。一方、何も返事をくれない二人に困り果てていたレステ。


「ねー。もう終わりー? そっち行ってもいいのー?」


 レステの呼びかけに応えるように、二人は姿を現した。何故か二人とも手に火球を作っている。ぱっと見た感じではどちらも同じ、手に収まるほどの大きさで綺麗な球の形をしている。

 レステはその二つを見ると眉間に皺をよせた。


「……。どうして入れ替えてるの?」


 詰る所、完璧だった。最後に二人はそれぞれの相手の作った火球を手に、姿を見せてレステが見抜くか確かめた。お互いでも全く見分けなど付かない二つの火球の違いがレステには見えている。


「どう違うの? この二つ」

 先に質問したのはロセアだった。

「こっち、多分ロセアちゃんが作った方が淀みが少なくて綺麗に燃えてる」


 正解、それは残念な結果だった。理由や方法は二の次として、レステがここまで正確に見分けられるとしたら……多分パシェードの事も当たっているんだろう。

 アレがパシェードだったら、あのサナミリアを一瞬でも足止めできる力を持っていた。あの手際の良さ、彼女が犯人――。身近な人間が関係していたことは、こんなにも精神的に堪えるものなのかと思う。


 もう、気が付いて顔を上げてみればそこは暗い森の中で、何所からどう入ってきたのかも分からない。まだ外だと思っていたのに、まだ踏み入れてもいないと思っていたのに、下ばかり見ていて気が付かなかったんだ。

 何所に向かえばいい? 今居る自分の位置も確認できない


「ホック? どうしたの?」


 レステの瞳が急に飛び込んで来た。


「なんでもない……」そう答えたけれど、レステは心を覗き込むように執拗に目を合わせてきた。どこかの誰かに似た、あまり好きじゃない眼だ。


「レステ、今日は先に帰ってろ」


 自分でもなんでそんなことを言ったのか、ただ嫌だっただけかもしれない。レステは多少ごねたが、渋々一人で帰って行った。


「ありがとう、でも……なんだか、レステ君に悪いことしちゃったかな?」


 ……? 

 ロセアは何を言っているんだ?

 何気なくロセアと視線が合い、彼女は意識的に流した。


「あの、私……。私もね――」

「……あのさロセア、城から魔導器が盗まれたの知ってるよな?」

「え、ええ?? ……知ってるけど何?」


 ロセアの声に焦心の色が滲み出る。


「ロセアなら、それぞれどんな力があるのか知ってるのか?」

「それはまあ、分かるわよ」

「『呪われた剣』ってやつも知ってるのか?」


 ロセアは少し宙を仰ぎ考え「もちろん」と答えた。


「じゃあ、その剣の事教えてくれよ」


 それまで何かおかしいと感じながらもホックの言葉を受けていたロセアも、流石に口を尖らせた。


「……何よさっきから」

「……は?」

「『一体何の話』って訊いてるの! どうでもいいことばっかり……何で私に告白したの?」

「何?」

「何で好きなんて言ったのよ!?」


 ホックは茫然自失と立ち尽くす。まるで頭の中にあった物を、今彼が整理しようと躍起になっていた物を、全て投げ捨てられたような感覚でいた。ホックにはロセアの質問の言わんとする処が全く見えていない。


「『何で』もなにも――」

「もう何も言わなくていいよ。ホックとは付き合わないから」


 吐き棄てて、ロセアは足早に帰っていった。

 ホックはだらしなく口を空けたままその後の数分を過ごす。もちろん頭の中ではロセアの変化の理由を探して尽瘁していた。しかしこの期に及んでも彼の思考は大して変わっていなかった――。


 こんな結果は最初から分かっていた事。好きになった時から分かっていた事だ。そう考えると、あまり大した事にも思えなかった。雨に降られて服が濡れる、風が流れて林が揺れる、そんな当然起こる事柄の一つだった様な感覚。

 ――特に痛みを伴うことも無かった。


 ホックは図書館に向かい自分で調べることにした、もともとそのつもりだったけれどさっきは彼女がいたから聞いただけの話だ。

 分かったことは、盗まれた魔導器の全てが武器、防具に利用できる物ということ。「戦争」その一単語が脳裏に過ぎる。彼女達、ドーンは戦争をしようとしているのか?

 馬鹿馬鹿しい、この国には700年もの歴史がある、言ってみればそれほどの強国。歴史の永さも強さも大陸一であることは明白だし衰退気味のドーンに落とせる国じゃない。

 リジェールは規模で言えばそう大きくはない。しかし兵力は桁違い、もちろん数じゃなくて個々の力が違う。リジェールの魔人兵は一人で人間の10人分程の働きをするだろう。疲れを知ら無い、補給が要らない、そんな相手に兵法が通じない場合も多い。

 700年の内、戦を挑んだ国がいたのだろうか? それすらも怪しい。実際カディア記の史実には残っていない。

 戦争の起こらない国。攻め込まれる危険の無い国。だからこそ防壁も無いクランなんて町が生まれるくらいだ。

 考えるだけ無駄な話さ、戦争は無い。この先ずっと起こりえない。


 そこまで考えて、ホックは例の『呪われた剣』のページを捲った。それは使う者の命を力に変える剣『ディストレイン』彼女が使っていたのは言うなれば諸刃の刃だった。

 このことをロセアが知ったらどう思うだろうか……。


「泣くかな……あいつ」


 ホックはポツリとつぶやいた。

 情報を少しでも集めて、視野を広げるつもりだったけれど。反対に森の闇は深みを増した。……違う。見ることが怖くなってきたんだ。自分から目を閉じようとしているんだ。


 机から目を上げたホックは本棚に隠れる小さな人影を見逃さなかった。ため息をつくホック。どうしてここに居るのか? いつから居たのか?。

 声をかけると、レステは本棚から姿を現した。


「ごめんなさい」


 実に申し訳なさそうにホックの前で頭を下げた。『帰らなかった事』で頭を下げているのだろうか? その姿を見てホックはハッとする。冷静に考えてみればレステはここ数日危ない目にあっているじゃないか。そんな時に『一人で帰れ』なんてよく言えたもんだ……。

 ホックは俯いたレステの頭にポンと手を置いた。


「すっかり暗くなったな、そろそろ帰るか」


 レステは恥ずかしそうに顔を上げて「うん」と答えた。


 帰路の途中、ホックは今日調べて分かった事を全て話し、一つ訊いてみた。

「レステならどうする?」

「パシェードちゃん助ける!」


 レステは迷い無く言い放った。予想出来た答えだったけれど、不思議と落ち着いた。自分の口からは吐き出せなかった答えだから……。


「……『助ける』って、パシェードは自分から魔導器を盗んで使ってるんだぞ?」

「でもきっと、苦しいと思うから。助けて欲しいと思うから」


 レステは切なそうな目をしていた。純粋に心から他人を心配している。周りの障害を無視して、自分の答えだけを真直ぐに見ている。



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