魔人レステ -4.「再び」
炎に染まる玉座の間に吐息の漏れる音が通る、シェルセザが溜息を吐いてみせたのだ。
「今のは……溜息ですか?」とセロが突っ込めば、「真似です、真似」と返すシェルセザ。
「それは……余計に性質が悪いのではないでしょうか?」
「偶にはそういう気分にもなります」
シェルセザの返しに「では私も」と応えるにようにセロも溜息を吐いてみせた。それを見てくすくすと笑うと、今度は二人して溜息を吐く。
今回の事件はそれなりに面倒です。盗まれた魔道器は全て武器の類、趣味集めではなく恐らく実用目的ならば、民間に脅威が届かぬよう手配しなければいけないし、犯人は当然クランに逃げ潜んでいて、クランを国外と定めている以上捜索も好きには出来ない。……下手をすれば逃げ切られる、か。
「まあ、魔道器の倉庫も飽和しかけてましたし――」
「何を言い出すんです急に、匙を投げようとしていますね。駄目ですよ、クランで事件が起きれば私達が咎められます。……確かにお気持ちは分かります。もっと重要な問題が宙に浮いた感じですからね。…ホックに関する新しい報告は既にお耳に?」
「ええ、スロンファンと会う事で嘘がバレたみたいですね」
シェルセザの当初の目的では最長で5日、レステが直るまでもてばいい嘘だった。そうすれば記憶の片隅に埋もれてしまうだろうと。
「念の為ラインを確認しておきたいのですが」
「『ライン』ですか?」
「ホック=F=ソーソーが『再び死罪になるかどうかの境界線』のことです」
シェルセザは正面を向いたまま暫く沈黙を置いた。
「犯人と繋がりが有った場合、この線はもう無いでしょうけれど問題は……。ホックが『モノに辿り着いたら』にしておきましょう」
「それは、甘いのではないでしょうか? 私は核心を求め始めた時点で危ういと思うのですが。どんな些細な事から思い出すか分かりません。あの情報が漏れてしまっては……」
「それでは今殺してしまうのとあまり変わりがありませんよ。あの子は好奇心旺盛な様ですからね、ホックならば必ず私達が何を隠そうとしているのかを知りたがります。要は途中で折れてくれればいいのです、最初の楔はスロンファンが刺しておいてくれたみたいですし……」
「……分りました」
「折角助かった命です。簡単に刈り取ってはレステの心も死んでしまいましょう」
その時背後の火球が微かに騒ぎ、正面の門が開いた。最初に姿を見せたのは一人の門兵だ。
「失礼いたします、シェルセザ様。ニューエ=ロロルさんがいらっしゃいましたが、どういたしましょうか?」
「どうぞ」
姿を現したニューエの顔に強い感情は見えなかった。押し殺している様にも見えなくはない。
真直ぐに玉座の前まで向かい膝を突いて一度頭を下げると、恐れること無くシェルセザと視線を繋げた。
「先ず、急な訪問のお詫びを申し上げます。今息子が城内に在り、下手をすれば約定を破りかねないと知っていながら参りました。ただ、息子の様態が危ういと聞いてしまいましたもので、居ても立ってもおられず……」
ニューエが詰ったところでシェルセザが水を刺した。
「その言葉使いは……」
「はい。ほんの少しですが勉強いたしました」
「……私の前では気になさらずに」
ニューエは一度目を落として「では」と仕切りなおした。
「正直に言ってください。息子はもう永くないんですか?」
その真直ぐな視線は掴むように私の瞳を離さなかった。
「……だとしたら、どうしするのです?」
「罰は後でいくらでも受けます。その時まで息子の近くに居させて下さい」
「罰?」
「はい」
こちらの不手際で息子を瀕死に追いやられたにも関わらず、その最後を見届けるのに許可を求めてきたということ? しかも罰を覚悟で。それほど一年レステに会わないという約束を重く捉えているのか。
表情には出さなかったが、シェルセザは笑った。
頭の固い人だ、しかし懐かしい……。カディア紀が始まる以前の魔族は皆こんな感じだったか? 今の私はどうだろうかな。
「しかし……私も過小に見られたものです」
シェルセザの言葉にニューエの顔は即座に歪んだ。それは言葉の続きを誰よりも自分が理解していたからだ。
「本当に、失礼なお願いだと分かっています。シェルセザ様が私みたいなのとは言えど約束を破ることなど考えられません。ただ、事故と聞きいたから……。私は弱い人間です今にも不安に押しつぶされてしまいそう」
その言葉を受けて、シェルセザはようやく内に隠していた笑みを表に出した。
「ニューエさん、暑くありませんか?」
「あ、……少し」
ニューエは控えて少しと言ったが、汗をだらだらと流している。無理も無い、暑い日というのにシェルセザの背後では聖火カディアが燃えている。人間にそう耐えられる暑さではないのだ。
そんな中でもニューエの視線はシェルセザに向けられていた。真っ直ぐ炎の中央を見ていたのだ。
シェルセザは玉座を離れ、ニューエの隣へ歩いた。
「目が乾いてしまいますよ」
ニューエは慌てた。まさか自分を気遣っての行動とは夢にも思っていなかった感じだった。
「いつの間にか季節が変わっていたのですね。私達にはあまり関係が無いからつい見失ってしまう。……申し訳ありませんがニューエさん、後半年我慢して頂きます」
ニューエの瞳が瞬いた。
「それは……?」
「レステは大丈夫です。半年後、必ずあなたとの対面を約束します」
ニューエは突然立ち上がった。いや、本当は飛び上がってシェルセザに抱きつきたかったに違いない。勢いづいた気持ちをどうしていいか分からなくて両手があたふたしている。
その後数え切れないほどの感謝の言葉を残して、彼女は退室した。
「彼女は変わっていませんね」
セロの言葉にシェルセザは「そうでしょうか?」と返した。




