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魔人レステ    -3.「晴れぬ心」

 誰だって少しくらいはあるんじゃないかな? 当たり前のように朝起きて、学校に来て、そんな一連の生活の中でふと「何故?」と感じてしまう事が……。

 どうして自分は今ここに居るのかな? と思う瞬間が。別に深くは追求しない。瞬きを二回する間くらいのどうでもいい瞬間の話さ。次の瞬きをする時にはもう忘れてる。でも……今日はなんか変なんだ、自分はどうして今ここに居るのかが不思議でたまらない。

 レステの救った俺の日常は、あまりにつまらない。朝体を起こし、胃に物を詰め、操られるように魔法学校へと足を運び……気がついてみれば自分がここにいる理由が分からない。


「ロセアは、誰かの為に死ねる?」


 彼女のつぶらな瞳が瞬いた。突然、前の会話をぶった切った質問だったので当然は当然。質問した本人のホックは前の会話なんて頭に入っていなかったから、お構い無しだった。


「どうしたの? 急に……」


 訊き返すロセアにも無関心そうに、ホックは空を仰いだ。


「俺は出来ない気がする。ロセアが危ない時に、命を捨てて助けることが……」


 なんとも形容しがたい顔になるロセア。


「な、何。別にそんな事望んで……それになんで私?」

「何でって、好きだから。好きだけど、でも……」


 またホックは俯いた。

 対するロセアの顔はじんわり赤くなる。さも「当然だろ?」と言う様な返答の仕方だったがロセアにとっては晴天の霹靂だった。


「えっと……。そ、コレ、そういう話?」


 急にモジモジし始めるロセアを見て、漸く自分の世界から醒めたホック。彼女の愛らしい仕草に引き戻されたと言うべきか。


「どうしたんだ? まさか知らなかったとか言うんじゃ――」

「知らなかった。だって言われてないし……」


 ますます赤くなるロセアと逆にホックの心は冷めていく。……感じていた。つくづく、自分は「外側」の人間だと。自分が彼女を好きになることは「当然」と思っていた。お互いの関係を考えて「必然」と。でもロセアは違ったらしい、考えた事も無いんだろう。外側の人間が考えるような事は――。


 ホックの思う「お互いの関係」というのは魔道士に限る話だが、授業でも習うような常識の話だ。

魔道士の才能は「血」に左右される。それは基が血の力なんだから当然。ファン=フォードの血をより濃く受け継ぐ者が魔道士として優れ、魔道士達は本能なのか、宿命なのか、より強く血を受け継ぐ異性に魅力を感じた。初めて会った相手でも、その家柄や格の違いを感じ取ってしまうのが魔道士って生き物だった。


 正直ホックはその事を煩わしく思っていた。初めから決められている気がして、そこにあの国境と同じ壁がある気がして……。

ロセアに対する「気持ち」もどこかで茶番のような、冷めた部分を孕んでいた。そしてそれをロセアは微塵も感じた事がないんだ。何においても彼女は「内側」の人間だから。


「少し……考えてもいい?」


 そんな台詞を残して、ロセアは逃げて行った。考えるも何も、ロセアは格下の俺には何も感じていない。それが本能で、当然なんだ。

 熱を失った心はまた同じところに帰って行く。


「なんか……つまんね」


 最初は『ここ』に居た。自分が狭い箱の底に居るような気分だ。次第にそんな自分に苛立ち始めて、いつか彼女を振り向かせてやろうと思った。自分の中にある彼女への確かな想いも、氷を敷き詰めた様な冷え切った根底も、彼女を振り向かせる事で報われると思った。

……世界が変ると思った。


「おっと、ここに居たかぁ」


 隣にスロンファン先生が座った。先生は暫く何も言わずにただ隣に居た。先生らしく無かったけれど、さすがに大人なんだと思った。

……子供の俺は心配でもして欲しかったんだろう。わざとらしく溜息を吐く自分が少し嫌だった。


「どうしたの〜?」


 先生はいつもの感じで返事をしてくれた。


「俺がロセアの事好きなの知ってました?」

「ええ、だって隠すつもり無かったでしょ〜。ロセアちゃんにふられちゃったの?」

「それ以前ですよ。気づかれてもいませんでした」


 それはそれはと、先生は笑った。「ロセアちゃんらしいですな」とも言った。そういえばそうだと共感して、ほんの少しだけ笑えた。


 永いような短いような沈黙の後、先生が本題を切り出した。


「聞いたよぅ。レステ君の事」

「すみません」


 間髪入れずに謝った。もちろん先生がその話をするのを待っていた訳じゃない。あえて言うなら四六時中、心の中で謝ってるみたいなもんだ。


「ホック君が謝らなくてもいいのよ〜。これはあのバカ魔獣のミスなんだから」

「バカ魔獣…?」

「あのサナミリアよ!」


 ああ、と気の無い返事を返した。

 誰のせいなんていうのはどうでもいい話だ。


「レステは、その……。どうなんですか? 期限はあと3日らしいですけど。城にあるMP濃度の濃い部屋っていうのはどの位効果があるんです?」


 スロンファンは小首を傾げた。


「何それ?」

「知りませんか…。いえ、セロさんに教えてもらったんです。レステはその部屋にいるって」


 先生の首は一度元に戻り、また逆方向に傾いた。


「え? MP濃度の濃い部屋ぁ〜? そんなこと出来る訳無いじゃん。だってMPを集める方法なんてまだ解明されてないんだから。授業で教えたしょ〜? 『私達魔族はMPが何たるかを今だ5%程しか理解していない。かつて存在した天才と呼ばれる魔族キマイラさえもその10%程度を理解していたに過ぎない』って」


 いい終わった後でスロンファン先生は考え始めた。


「……では、なんで嘘なんかついたのかぁ〜〜?」

「いや、知らないっすけど」


 先生は念じる様に唸っている。いや、考えているんだろうけれども。それよりもセロさんが嘘を? あの晩を思い出しても、そんな様子があったようには思えない。ただ魔族のポーカーフェイス度合いは異常だから騙されていたとしてもおかしくはないかも。


「先生、その時シェルセザ様も一緒にいた」

「単独の嘘でもないかぁ。あと、当然だけれどサナミリアが話したときは言わなかったわそんな事、私の前で話せばバレるしねぇ……」


 つまりは俺を騙せればいい嘘? 俺を騙してどうするんだ? 考えようとしても頭が働かない。何よりもレステが無事なのかという事が気に掛かって仕方ない。


「レステは……つまりどうなるんですか?」

「レステ君の事なら〜私は大丈夫だと思うよ。レステ君の才能は本物だもの、しかも多種の魔法が使えるっていう能力は言ってみれば反則よ、反則ぅ。500年……1000年に一人かもしれないのよ〜〜」


 ホックは口を開けて聞いている。


「私の目から見ても、そしてあのシェルセザ様の目から見てもあの子は異例の素質を秘めているのよぅ。こんなことで終わらせてしまう筈が無いもの……あの人達ならなんとか――」


 そこまで言い終わってから、先生の首が跳ね上がって持ち前の長い人差し指をホックの鼻先に突きつけた。


「ミスじゃないのかもねぇ〜」

「な、何がですか?」

「レステ君の大怪我の事よ。だって考えても見ぃなさいさ、あの城の中核を占める2人よ〜。私より何百年永く生きているあの方々がそんなつまらないミスをする筈がないしょ〜」

「じゃあ、ワザとだとでもいいたいんですか!?」


 思わず声を荒げてしまった。先生は少し困った顔をする。


「そうよねぇ〜。私が魔族だからこんな考え方なのかもしれないけど、あの城の人も魔族だからね〜気を悪くしないで聞いてね。結論から言えばワザとだと思うわ。でもワザとという事は逆に考えるとレステ君は100%大丈夫ってことよ」


 という事はなんだ? あの時レステが俺を助けると分っていて……? 有り得ない、自分でも驚いている事だ。そんなこと分るわけがない。


「俺は、半分は事故だと思います」


 先生は「そぉう?」と笑った。本当にレステは大丈夫だと安心しているんだろう。それほどあの人達は信頼できる人達なんだろう。そんな先生の顔を見ていると不思議と自分も落ち着くのが分った。


「きっと、何かを隠したかったのよ」

「何かって?」

「ホック君、それは突っ込んじゃいけないわぁ。この国に居たいのならねぇ〜」


 スロンファン先生はいつもの感じでただ脅しているみたいだったけれど、的を射ていた。王が、国が隠そうとしている事を知る必要は無い。レステが無事に戻って来てくれれば……。

 なんの前触れも無く、スロンファン先生の頭がホックの肩に乗った。少し重かったが、冷たくて心地よかった。


「なんすかこれ?」

「ごめんね〜。昨日あんまり眠れなくてね〜」

「いや、そもそも寝る必要ないでしょ」


 返事がない……。え? 先生本気ですか?

 生涯で初めての経験に戸惑った。っていうか重い……。

 ペシペシと顔を叩いても起きる様子はない。痛覚が無いから当たり前なんだけど、一体どうしたものか。この「無神経」ってやつを。そうだ、百歩譲って寝るのをOKとしてなぜ寝る場所を貸さなければいけない? 魔族は無神経なんだぞ……床に転がしておこう。


「おい!」


 背後からの声に強烈な威圧感を感じる。振り向くべきだろうけど先生の首が肩に乗っていて動き辛い、加えて正直あまり振り向きたくない。

 声の主はいまいち反応が乏しいホックにさらに怒りを燃やし、背後から隣に回った。声の主はパシェードだった。


「な、なに?」


 ホックの返事は例えるなら親の叱責に脅える子供の声だった。


「ホックの分際でロセアを口説いたそうじゃない?」


 驚くことにロセアはパシェードに相談を持ちかけたみたいだ。二人の仲ならばあり得る事かもしれないけれど、そもそもロセアに告白なんて即座に断られておしまいと思っていたもんだからこんな状況は想像もしていなかった。


「口説いた、っていうか。告白したんだけど。まあ…口が滑ったって言った方が正しいかもなあの場合」


 パシェードの強烈な「ガン飛ばし」がナイフのように突き刺さる。


「告白した直後ってことは自覚あるのね。……じゃあ聞くけど今、先生と何をしているの?」


 ホックは肩に掛かる重さのことを思い出した。しかし「ちょっと待て」と言いたかった。確かに絵的には「そう」なのかもしれないが、この人はあくまで魔人でこの肩に乗っているのはただの錘以外の何物でもない。


「いやいや、これかなり迷惑してるから、俺」


 パシェードは凶器の眼光でホックを刺し続ける。


「だいたいその辺の男の告白なんて慣れてるだろロセア」

「いえ、大抵は私が追っ払ってるもの。」

「うわっ最悪……」


 得意げに言っているところがさらに最悪。


「…ホックがロセアを好きな理由ってもしかして」

「アイツがどこかのお偉いさんの血をひいているからに決まってんだろ」


 そう口にしたとき、今まではどこか冗談染みていた視線の攻撃は、切先を喉元に突き立てるような現実味の有るものへと変わった。


「まさかあの子にそんなこと言ってないよね?」

「いや……」


 どうやらロセアは家柄を気にしているらしい。だけどこの時、どこまでも鈍い俺は大切なことであろう「その情報」について深く考えなかった。


随分と間が空いてしまいました。

すみません。

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