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魔人レステ    -3.「赤い―」

 その部屋の扉はやけに重く、押すと低く鈍い音を立てた。暗く、ほぼ視界の効かない部屋の中は沢山の棚が並んでいる。置かれている物一つ一つが変わった物で統一感など無かったが、反対にその事がホックの確信となった。


「魔道器の倉庫だ」


 ホックのテンションは跳ね上がった。急いでプレゼントする魔道器選びに取り掛かる。宝石のような物がベストだと来る前から考えていた。類似品の魔鉱石ではなく、本物の魔道石なんかが有れば最高なんだけれど。薄暗い部屋の中品定めしていると、小さな何かを蹴飛ばしたのに気が付いた。それはころころ転がりレステの足元にまで転がったようで、レステがひょいとつまみ上げた。


 それは小さな赤い実だった。


「これ食べていい?」レステがお腹に手を当てて言った。また魔人の癖にお腹が空いているのだろう。


「落ちてたもん食うなよ」と、どうでも良さそうに目を棚に移したが、ふと過ぎった疑問にもう一度その赤い実を見つめた……


 なぜ食べ物があるんだ? 不安はその疑問から染み出した。魔道器の倉庫ならなぜ外に見張りが居ないんだ? その実は誰が食べるはずだったんだ? 外の石像の意味は? 不意に思い出した石像の顔が、警告のように脳裏に張り付いて離れなくなった。


 その時部屋の奥から微かな物音が聞こえた。


 ホックはレステを引っ張って物陰に隠れた。レステもホックの異常な顔つきに事態の重さを感じつつある。


 息を呑む二人。


 雲が途切れ、その合間から差し込む今までよりも明亮な月の光が部屋を満たす。思っていたよりも広く、部屋の奥はずっと先だった。ホックは先の物音が気になり奥の方を注視していた。少しでも現状を把握しようと必死なホックの想いと裏腹に、部屋の姿はまた闇に呑まれていく。


 しかし、ホックは見た。驚きのあまり声すらも出ない。途端に歯が振るえ、どうしようもない恐怖に涙が垂れる。


 ホックが見たのは闇に消える間際の壁。濃さを増す闇の中で、大量の血が飛び壁に張り付く様だった。


 ホックが自分の犯した禁忌に気づいたところで、「なんでこんな事に」と反芻し、恐怖の中レステを抱きしめて座り込むことしか出来なかった。


 …レステの振るえが伝わってくる。


 自分の怯えが伝わっている……。


 ホックはカタカタと鳴る奥歯を強く噛み締めた。強く強く、顎に痛みが残るまで噛み締めた。自分がレステを巻き込んだんだ、なんとか無事に帰してやらないと。

耳を済ませる。神経を集中させ、目では確認出来ない情報を捉えようと――。


 そして引き摺る音を捉えた。奥の方から何かを引き摺る音が近づいてくる。少なくとも金属じゃない重い何かだ。大きな袋に一杯の砂を詰めれば、きっと似たような音を出せるだろう。


 何が向かって来るのかは分からない。考えられるのは魔道器を守る兵士か、賊の二つだ。ただ今の状況で、ホック達の味方である可能性はゼロだ。今覗き見ては気づかれてしまうかもしれない。引き摺る音はそのまま進めばホック達が隠れている棚の横を通るはずだから、ここに居るとマズイ事はハッキリしている。


 出来るだけ物音を立てずに、息を殺してホック達は移動した。並ぶ棚に上手く隠れながら、遠巻きに回って行進する音の背後へと落ち着いた。


……仕方が無いとは言え、出口との間にヤツを挟んでしまった。ただ、このままヤツが出て行ってくれる可能性だってある。


 ホックが「背後からなら…」とその姿を覗こうとした時、引き摺る音はピタリと止んだ。どうして止まったんだ? とホックは見るのを諦め再び耳に頼った。


 すると微かに聞こえてくる声が……


 …ホック……ホックどこ?


 嘘だろう!? 心の中で叫んだ。


 ホックの隣にレステが居ない。音に気を取られすぎて、逸れたことに気が付かなかった?


 物音一つしない部屋の中、レステの微かな声だけがホックの耳に届く。


 なぜ『アイツ』は動かない……? レステに気が付いたのか? 


 ホックはレステを探すため来た経路を引き返そうとした。その時チラリと、ホック達が最初にいた棚から、隣の棚へと移動していく爬虫類のような大きな尻尾が見えた。暗くてよく分からないにしろ明らかに人間ではない何かがそこに居る。もしかしたらあの引き摺るような音はあの尻尾だったのかもしれない。しかし今はその尻尾を上げて、「音を立てないように」移動している……ヤツは恐らくレステに気が付いている!


 ホックは焦った。レステは恐らくあの化け物が向かった先の壁際にいる。なんとかレステの方から注意を逸らさないと…。


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