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幸田露伴「艶魔伝」現代語勝手訳   作者: 秋月しろう
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幸田露伴「艶魔伝」現代語勝手訳 六

 第十四は『影を与える法』で、これは未だ男を手に入れていない状態で、男をしっかり引き寄せる手管でございます。前にもお話しいたしました通り、男というものは自惚うぬぼれの強い生き物で、何でもないことにも独りで喜ぶほどの『たわけ』でありますから、まして、こっちが釣り上げようとする気持ちを持って付けた餌にかからないということはないのでございます。しかしながら、初めからべったりと仕掛けていくのはかえって馴れ馴れしすぎて、自分の値打ちを下げることになってしまいますので、まず、身を与えず、『影を与える』のがいいのであります。

『影を与える』と申しますのは、たとえば、美味しいものの匂いを嗅がせるような理屈で、つまり、酒好きの人に酒を飲ませず、酒の香りのふわりとしたものをがせて、喉をぐびぐび鳴らさせるようにし、よだれを垂れさせ、「もうこたえられん」と言わせる。それは匂いだけを嗅がせるからできた訳でありまして、色道もこれと同じであります。

 最初はまず、前に書きました『眼』と『振り』で仕掛け、男の持ち物の中の少し変わった所を見つけて誉め、男の話に身を入れて耳を傾けます。そして、白い扇子とか袱紗ふくさに何か書いて欲しいと望み、そのお礼としてお手製の毛糸でこしらえた洋燈敷らんぷしきや縮緬の<肘付き>などを送ります。又、男が誉める役者や芸人を一緒になって誉め、男の嫌うことを一緒になって嫌う顔をし、男がよく知っていることをわざと尋ね訊いて、男を得意がらせ、その答えを感心したような顔で聞いたりするのですが、こんなことは今の世の中、乳臭い髪型をした小娘共こむすめどもでもすることであって、その相手となる、これまた乳臭い少年共とお互いに喜び合って、『男女交際』とか何とか体裁のよい名前を付けて清潔きれいがり、そのくせ内心は淫心の匂いだけを嗅ぎ合い、ぐびつく喉を抑えるだけのことであります。しかし、これらは余りにもつたなく、鈍いやり方だと言わざるを得ません。

 今、もう少ししっかりと影を与えるというのは、男の立ち居振る舞いに一方ひとかたならぬ気を配り、男がトイレに立てば、手水鉢ちょうずばちに水はあるけれども、下女に言い付けて、温湯ぬるまゆを用意して、それを勧め、夏なら、()の羽織を脱がせて差し上げ、それを自らの手で畳み、その人を団扇などであおいだり、あるいは又、付添の女(上述の『(おもり)』であります)から自分に勧めるようにさせて、恥ずかしそうな様子を見せながら、一節ひとふし唄う歌に、自分の相手への恋心をほのめかします。そして又、話のついでに昔の人となぞらえて、その男が容貌に自信ありげな様子であれば、歌舞伎の『籠釣瓶かごつるべ』に出てくる佐野次郎左衛門さのじろうざえもんのような醜い痘痕顔あばたがおでは遊女八橋ゆうじょやつはしが嫌ったのも無理はなく、たとえ命を取られたとしても、美男子の栄之丞えいのじょうを愛人とするのは女として生まれた本望であると言えば、男は最早、女を八橋のように思いなして、自分は美男子、栄之丞になった気がするものであります。

 逆に、その男の器量悪い時には、どれほど美男子であっても栄之丞に迷う八橋の心は愚かであり、『男は気で持ち、生海鼠なまこは酢でつ』とさえ言うものを、男気のある次郎左衛門を袖にした八橋の心根は浅ましい。だから、結局見苦しい死に方をしなければならなかったのだ、と言えば、男は腹の中で、

「ウム、この女は面食いではないナ。気になる心根の持ち主だ」と誉めるものなのでございます。

 今少し、下卑げびたところでは、打ち解けた振りをして、二品三品の肴を整え、主人顔した男と盃を差しつ差されつしながら、酒に乱れて居ずまいを崩し、言葉使いも色っぽく、笑いさざめく内に、三味線の音も抑え気味に、静かに()()と弾いて、

「ああ、何て嬉しい。私はこの盃をもうどこにもやりたくないヨ。眼の前にいる私の思う人へ盃を返して、ニッコリ……」と唄って、『チュー』などと、鼠の鳴き声を添えたりするのであります。

 もっと下品に行くならば、男の飲みかけの盃を取って、相手に分かるか分からないようにして美味(うま)そうに飲む類いもありまして、大体こんな風に仕掛ければ、男は家に帰ってもろくに寝られもせず、女の影法師は男の胸の中にしっかりと残るという寸法であります。


 第十五は『くさびを入れてやる』、であります。

 樵夫きこりなどの山人やまびとは、いくら力に自信があっても、楔が入っていなくては大木を倒すことはできません。男にしても、いくら自惚れが強くても、女の方が上品にいつまでもおとなしくしていれば、むやみに近づくことができないもの。男というものは、何かきっかけがありさえすれば、是非、関わりを持ちたいと男は考えていると知るべきであります。その時、こちらから、好い頃合いを見計らって、ほんの少し楔を与えるようにしてやれば、男はそれをきっかけに、満身の自惚れの力をこめて、

「よぉし、この女、たとえどんな堅物であろうとも、俺の力で落としてやる」と意気込みも凄まじく関わってくるのであります。

 この楔というものは、さほど難しいものではなく、ありふれた詰まらない手で、前に書いた『影を与える』中ので逆手とも言えるものにとどまるのでありまして、例えば、前述であれば、自分についてのことでしたが、今回は男についていうものであります。

 女:「ホントにあなたは罪作りだよ」

 男:「これは厳しい。何故? 何故?」

 女:「ホホ、誰かに聞いてご覧なさいよ」

 男:「誰に?」

 女:「私は知りませんよぅ」

と、これくらいは、まだ罪の軽い楔でありますが、もう少し強いものであれば、べったりと、

 女:「あなた、私の兄さんになって頂戴ナ」などと言う時、飲み込みの早い男なら、

 男:「亭主じゃ駄目なんだろう」などと、すぐに打ち込んでくるのであります。

 これから話は一足一足進んで行き、男は女を手に入れたと思うけれど、結局こっちの手に盛り込まれているのが分からないのであります。

 すべて上品に仕掛ける時は、この楔を巧みに男に与えなければ、男は引っかかってこないものとお考えください。

 なお、最初から下品な交際つきあいを始めるのは、もう勝手になされるがよろしく、ここでは触れないことといたします


つづく

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