幸田露伴「艶魔伝」現代語勝手訳 五
第十二はその人が生まれながらに持っている性格、すなわち『質を見る』ということでございます。
金を出すにも人それぞれの質というものがあります。如才ない男はこっちから言い出す時は、金を出さないものですが、はっきりとは言わずにそれとなく匂わす程度にすると、「そうか」と自分で悟って、相手の気持ちを察していると言わんばかりに、自分の金を取られながらも、自分の手柄のように内心悦に入って、簡単に金を出すものであります。
おとなしい男、正直な男は、言うまでもありませんが、吝嗇な質の男は、つまり金に未練が残って、出すのを思い切れないのです。それと同じことで、『色』にも未練を引いて思い切らないものでありますから、愛想を尽かされるのではないかと思うくらい、相当五月蠅く責めるようにすれば、やはり少しずつではありますが、出すもので、決して女を思い捨てることはないのであります。ただし、一度に大金を出させようとすると、金を思い切らず、女を思い切るということもありますので注意しなければなりません。
また、金を使うのだったら、活きた金を使いたい、死に金は使いたくないとあれこれ考える男は、大抵、金のない中途半端な男なので、論外であります。
それなりの身分の人で、何でもない時に、並べて寝ていた相手の枕の中に十円札の一枚も入れておきながら、知らんふりをして帰る男もいて、こういう人には決して金の話は持ち出してはいけません。ただ、その後、新しい櫛簪の類い、半襟とか指環など、目につくものをその金の割合に応じてちょっと買って、身につけておくこと、これが肝心な所でございます。その男は、次に来た時は必ず女の身の回りを見るものでありまして、その時には
「ウン」と内心頷くだけか、あるいは、こんなやり取りになります。
「オヤ、その指環は珍しい石入りだ」
「本当にありがとうございました。お向かいの光ちゃんにも好い石だって褒められましたよ」
「お礼はお門違いだろう」
「アラ、この間あなたに頂いたんじゃありませんか。フフ、随分粋なことをされて。誰かさんみたいにサ」
こんな会話で男は十分満足して、じわじわと後々にまでしっかり残る嬉しがり方をするものであります。ましてや、その指環の裏面に、男のイニシャルと女のイニシャルをローマ字で絡み合わせ、『金港堂』出版の本の裏にある印のような彫り物があるに至っては、男はとことんデレデレになってしまうものでございます。
しかし、これはよくよく男を見定めてからのことで、うかつに行ってはしっぺ返しを喰らうこともあります。男の気性がはっきり飲み込めない内は、変に気を遣わず、野暮ったく正直に返しておくのが無難というものであります。まず、こういうことをする男は、女に関して、凡人より少し馬鹿で、その分世間のことについては普通の人よりは少し利口で、パッとした遊びなどは好まない質であります。また、知ったかぶりをする男も、このようなことをするのでご用心されますのがいいと存じます。
第十一は金の初め、有る無しを見極めること、第十二は金の中身、使い方に関して書きましたが、第十三は『金の終わりを見ること』でございます。どんな男でも、『色』を酒の肴にして遊び、または酒を糧にしながら『色』を漁るその懐は、永久に金が湧いてくるものではありません。そのうち身体においても脾臓、肝臓を損ない、腎虚ともなります。財布でも同じような苦しみを生じるため、よくよくそれを見越した上で、金が尽きることを自覚して、潮時を考えて身を引くようにしなければなりませんが、その逃げ方は後に書くとこにいたします。
勝ち気な男は金が無くなってくると、気持ちがイライラして、酒量がいつもより増え、夜遅くまで良い気分になって騒がしくし、明け方に少しだけまどろみ、少しもくよくよすることはない。こういう状態の時は用心すべきであります。気弱な男は足が遠のき、口調も弱々しくなり、酒もいつもより美味しいとは感じられないようで、悪酔いをし、早く寝てもなかなか寝付けず、
「もしもし」と起こしてもぼんやりとした返事で、膝の後ろや手の付け根など関節の曲がる所々はじっとりと汗ばんでおります。これは金の心配があるのだとお考えになるべきであります。大体において、妻でもない女に心を通わす程の愚か者の命は金でありまして、金が乏しくなるにつけて、その男の様子はどことなく影の薄いところが見えてきて、物事を行うにも間抜けなこととしでかします。
そのうち三途の川の渡り賃の六文の銭もない一文無しの亡者となって、あの世の入口でみっともない車引きをするような身に陥る前兆が確かに見て取れます。ただし、この時は、こちらもそれをしっかりと見定めて、早い所、逃げ支度をしておかなければ、付き纏われて足を取られ、一所に奈落の底へ沈んでしまいます。この辺は特に大切な所でありますから、よく覚えておいていただきたいと存じます。
しかし、一度男を落ちぶれさせてみれば、金が尽きそうになっているくらいは簡単に見抜けるようになるのであります。
さて、いよいよ、次の下りからは、『手管』の奥義に入ります。十分気をつけて、お読みくださいませ。
つづく