第2章 VSメガネとデブとギタリスト 白熱
「これでお前は本来の力を発揮できない。つまり、俺の攻撃が通るってわけだ。」
「だが、その奥義には何らかのリスクが生じるんじゃないのか?その無効化っての、オイラだけが損をするわけではなさそうだ。もしそんな理不尽なぶっ壊れ性能をもった技なら、攻撃拒否が発動して技の発動自体が失敗に終わっていただろう。」
「ただのデブだと思っていたがなかなか頭が回るじゃないか。そうさ、俺はこの空間の発現と引き換えに、第2形態、心優しき子熊とふ菓子の一撃が使えない。つまり、俺はこの大熊状態でしかもふ菓子なしでお前と戦わなければならないということだ。」
「いや、その条件ならアンタの方が絶対有利だよね?ふ菓子の一撃って何?ただ食べ物オモチャにして遊んでるだけだよね?」
彼は注意を怠るべきではなかった。常に危機感を最大限に持っておくべきだった。櫻井はふ菓子を使えないだけで、ネギや大根など、他の棒状の食べ物は使えるということを。
「だから食べ物で遊ぶんじゃねぇ!つーかネギとか武器としてはクソ弱ぇじゃねえか!まあ大根は強いけど。」
「まだ分かってないようだな。ここはdelusionの世界。ただ念じるだけでネギが鋼鉄になることぐらいお前も知っているだろう。」
「ネギの硬度を操れるのはオイラも同じこと、ネギはどこまで行ってもネギでしかないということを思い知らせてやる!」
こうなれば力と力の対決になる、イメージ力が強い者が勝ち、弱い者は淘汰される世界で最も単純な理が支配する領域に。
バキッ!メリメリメリメリグシャッ!!
「どうだ!見たか!所詮ネギはネギでしかないんだ、ハハハハ、オイラの勝ちだ!」
「最後にひとつアドバイスだ。鏡で自分の顔をよく見て見な?」
櫻井は大男に手鏡を手渡した。大男はその手鏡で自分の顔を見てみると、なんと彼の顔は猫になっていた。いや、顔だけではない、腕や足、体内のあらゆる箇所が猫になっている。大男は二足歩行をする猫と化したのだ。
「オイラを猫に変化させたから何だっていうんだ?無駄なことをしやがる。」
「お前さてはペットを飼ったことが無いな?いいか?猫とネギ、これは古来より最悪の組み合わせと言われていたんだ。」
「何を言うかと思えば、まだそんな戯言を………グッ!グワアアアアァ!!キサマ、一体………何をした!?」
「犬や猫がネギを摂取すると、ネギ中毒というアレルギーを発症する。ネギ中毒とは、溶血性貧血を引き起こし、彼らを苦痛のどん底へと突き落とす恐怖の病気である。この苦痛から逃れる術はもはや存在しない。」
本来は食べたネギを吐かせることで症状を和らげることができるのだが、今回のケースはそういうわけにはいかない。何故なら大男はネギに触れこそしたが、食べてはいないのだ。そもそもこの苦痛は、櫻井の思いつきによって発現したネギ中毒であってネギ中毒でない架空の症状なのだ。(それでも実際にあるネギ中毒をモデルに考案した。実在する苦痛の方が成功率が上がる。)
この苦痛から逃れる方法がたったひとつだけ存在した。それは、負け犬の汚名と引き換えに勝負を降りること。大男には、死か敗北かの二択しか残されていない。だとしても─
「…………………」
「既にこと切れているか…お前は誇っていい。試合には負けたが、他でもない自分自身には打ち克ったじゃないか。もし俺がお前だったとして、同じ決断ができる自信がない。」
「イヤッハアアァ!!ようこそ櫻井剛毅、君はそこのデブを倒した。つまり、俺に挑む権利を得たということだ。今は俺のヴァレリア・ヴィーノ(ギター)がイカれちまって音を奏でられない。だが、君一人相手にするのにそんなもの、軽すぎるハンデだ。ヴァレリア・ヴィーノは何も音を奏でるだけのギターとは違う。そいつをこれからとくと見せてやる!」
「いや、音の鳴らないギターとかただのガラクタだろ。」
しかしこの男から放たれるプレッシャーは、俗にいう強者のそれと遜色ない。この男は侮れない、櫻井は本能でそう感じた。
「ぶっ潰す、イヤッハアアァ!!」
ギタリスト榊清十郎はガラクタと化したギターで櫻井に殴りかかった。たとえ音は鳴らなくても、鈍器としての使い道を見出だしたのか。
「!」
榊の攻撃を避けようとした櫻井は、予想だにしなかった事態に驚愕する。全身の毛皮が綺麗に刈り取られている、これは打撃ではなく斬撃である。もし回避ではなくガードしていたらと考えると背筋が凍る。だがひとつ疑問が残る、櫻井はギターの斬撃を確かに避けたはず。だというのに何故櫻井の全身の毛皮が刈り取られているのか。
「解せねぇって顔だな、まぁ俺の音速神威を初見で見破れる奴はまずいない。まぁせいぜい知恵を駆使して足掻いてみな?」
「なるほどな、要するに、飛ぶ斬撃を放ったってとこか?」
「60点だ。まだ足りねぇ。」
「そのイカれたギターの能力って、音で対象物を切り刻むとかそんなんだろ?もしあんたが万全な状態だったら、俺の肉片はサイコロステーキのようにバラバラに刻まれていた。あんたとんでもねえな。」
「なかなか頭が回るじゃないか、こいつは期待できそうだ。だが、ヴァレリア・ヴィーノの能力は何も音速神威だけじゃねぇ。もっとも、君が俺の秘めたる能力を見るに値するディリュージョニストかどうかはまだ分からないがな。」
強者たちの競宴はまだ始まったばかりだ。
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詩織サイド─
「格闘術の使えないあんたは、翼をもがれた鳥に等しい。どれほど足掻こうが、あんたが俺に勝てる未來など存在しない。」
「そんなもの、やってみなくちゃ分からない。たとえ翼がなくても私にはまだ嘴がある!」
確かに状況は絶望的だ。格闘という伝家の宝刀を喪った私にはもはやできることなどほぼ存在しない。それでもこのまま何もせず諦めるなんてことはしたくないし、そんな選択肢はない。かといって、この状況を覆すほどの神の一手を持っているわけでも……
いや、まだ実戦で使える段階ではないが、戦う手段は残されている。しかし、それは必ず成功するとは限らない。失敗すれば心は壊れ、脳に深刻なダメージを与えてしまう。
「いきます、はアアアアぁ!!!」
「自棄になったか、何の策も講じずにただ突っ込んで来るとは、愚かなり。今楽にしてやるよ。」
一番可能性が高く、恐れている事態は、技が発動しないこと。今から放つ技は、これまでの経験では成功率わずか15%の奥義である。
最初の変化は、業火のような赤い髪が、文字通り焔に包まれたことである。その焔は、首を通り胴体、腕、腰、脚と回り、やがて全身を包んだ。
焔が収まったと思ったら、詩織の身に纏っている衣装が変わっていた。白の柔道着から赤をベースにしたチャイナドレスに早替りしていたのだ。
「やった!」
詩織はひとまず賭けに勝った。でも、メガネが賭けたのは、ここからだから!
メガネは分裂が出来なくなっただけで、攻撃は普通にできる。メガネは氷の塊を投げた。それもひとつではない。腕を3本精製して、計5本の腕で氷の塊を投げ、投げた氷塊は空中で3つに分裂するので、一回の動作で15個の氷塊を投げることができる。しかも氷塊を投げるインターバルはわずか3秒。結果、氷塊は無限に降ってくるかのような錯覚に陥る。
しかし、その氷塊が詩織に当たることはなかった。詩織は体内から発する摂氏3000℃もの熱によって氷塊を溶かすだけでなく、氷塊が溶けた後の水すら瞬時に蒸発させた。
ヤバい、そうメガネが思った時にはもう遅い。詩織は間合いを詰めていた。メガネにはもう何もできない。詩織はメガネに向かって突進した。
「なんでやねん!!!」
「本当にツッコんできたアアァ!!」
それが、メガネの最期の言葉だった。摂氏3000℃もの高熱の突進を受けて無事でいられるわけがない。メガネは戦闘不能に陥った。
「よ……かった。でも………まだ……調整が……いるみたい………。」
詩織は静かに地に伏した。やはり摂氏3000℃の熱を操るのには心を磨り減らすのだろうか。




