第2章 VSメガネとデブとギタリスト
時は少し遡り、詩織サイド─
「これで、終わりだああァ!!」
私はメガネに向けて新幹線並のスピードで突進した。メガネメガネと連呼しているが、delusionの仮想世界では彼はスライムに変貌を遂げている。と言っても、RPGの序盤に出てくる青くて弱いヤツを想像してはいけない。物理攻撃を悉く無力化していくその様は、さしずめ怪物といったところか。まあアバターの外見を全くいじってないから見た目はメガネなんだが。
「俺に物理攻撃が効かないことぐらい、もう知っているだろう。何故そんな無駄な攻撃をする。」
そう、確かにこの男には物理攻撃は効かない。しかし、私には別の目論みがあった。この男の再生能力には限界があるのではないか。いくら再生能力に自信があるとはいえ、さすがに塵レベルまで分解してしまえば再生は追い付かない。私は某ゾンビ映画でお馴染みの網レーザーを射出した。
「まだだ。まだ絶望が足りねぇよ。あんたの得意分野は体術だろ?俺を倒そうとして専門外の分野に手を出してんじゃねぇよ。たとえば、腕をナイフに変化させて一瞬のうちに俺を切り刻むとかだったらあんたの目論みもうまく行ったんだろうがな。」
なんと、網レーザーはメガネの手前で消えてなくなった。メガネが私の攻撃を無力化したのだが、本来この手のイメージ力の鬩ぎ合いは基本的に攻撃側の方がやや有利にはたらく。にもかかわらず攻撃が無力化されたのは、奴の攻撃を打ち消す力がはたらいたのもあるが、ひとえに私のイメージ力不足といったところだろう。私は体の使い方はある程度イメージできるが、ビームやレーザーなどの中遠距離攻撃を苦手とする節がある。
「そろそろ反撃させてもらう。と言っても、大砲やらビームやらで攻撃して近づけさせなければ、もう俺の勝利は確実だ。まあ、格闘家タイプの奴を相手にするときのセオリーだな。」
そう言うとメガネは宣言通り距離をとり大砲、ビーム、レーザーといった考えつく限りの遠距離攻撃を仕掛けてきた。この光線の雨を潜り抜けなければ奴に近づき、一撃入れることすらできないだろう。こんな時こそ、頭はクールに、魂はアツく、そうすれば道は自ずと見えてくる。
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同時刻、櫻井サイド─
「ブッブー、ハズレ。」
「クソが!」
櫻井は目の前のデ…いや、大男に攻撃を当てようとするが、なかなか当たらない。あれほど大きい的なのに、攻撃が当たる気配すら見えない。
(攻撃を反らす妄想か…だったら…)
数を撃てばいい。櫻井はそう判断し、ありったけのエネルギー弾をグミ撃ちした。しかし、
「こんなもの効くわけないだろ。イメージ力ではオイラの方が圧倒してる。いい加減早く降参《サレンダー》しちゃいなよ。」
大男には、一撃も当たらなかった。確かに櫻井は200発近くのエネルギー弾を放った。エネルギー弾などの遠距離攻撃は、基本的に相手が何もしてこなければ必中である。攻撃が当たらないということがあるとするならば、相手の妄想が自分のそれを上回っているときだ。デカイ1発ならタイミングを合わせて相殺することもできるだろう。しかし、200発近くのエネルギー弾を全て反らすとなると、雨の中でも傘をささずに濡れないでいるのと同等か、それ以上のイメージ力が必要となる。それだけの緻密な妄想をして顔色ひとつ変えない目の前の大男は、控えめに言っても強者の烙印を押さざるを得ない。
「なるほどな、あんたやっぱ何も分かってねぇわ。イメージ力があるから勝てる?delusionはそんなに甘いゲームじゃねえ。」
イメージ力は、delusionで使われる筋肉だと言われることが多い。確かに筋肉があれば、どんなスポーツでも優位に立つことができるだろう。しかし、それだけで勝てるわけではない。筋肉を上手に使うテクニック、そして勝利に向けてより正確で緻密な道筋を切り開く戦術。これら全ての要素が揃って初めて、勝利への扉が開く。少なくとも、櫻井はそう考えている。
「今さら何をほざいたところで現状は変わらない。お前はオイラを攻撃する術をもたない。攻撃しなけりゃ勝つことはおろか、オイラに一撃入れることすらできない。」
だが、現実問題として櫻井は目の前の大男を攻撃する術をもたない。例えるなら、ただ跳ね続けることしかできないレベル5のコイキングといったところか。
「ならば、発想を転換すればいい。お前を俺の世界に引きずり込む。おそらく5分も立っていられないだろう。」
「ふん、今更どう足掻こうがオイラの勝ちは揺るがない。」
「………そいつはどうかな?」
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櫻井の精神世界─
そこは、漆黒と薄紫の空が空間を支配する世界、そこは、喜怒哀楽それぞれの表情をした無限とも思える数の仏像がこの地に堕ちてきた者を食い荒らす無慈悲な世紀末。
「─ッッ!!何だ、この禍禍しい空間は!?」
「ここは俺の世界─いや、櫻井剛毅の精神の中。ここに召喚されたが最期、お前という存在は骨の髄まで吸い尽くされる。早速だが、お前のアイデンティティーを頂く。」
「きゃあああぁ!!一体何が起こったの?私、さっきまでスライム男と戦っていたはず…」
「おそらく、あんたの連れのコスプレ野郎が精神世界を構築しやがったんだろう。俺のチームメイトにこんなことができる奴はいない。」
「精神世界の構築?あいつが!?何か凄そうだけど具体的に何がどうなってるの?」
「敵である俺にそれを尋ねるか。だが答えてやろう。精神世界の構築とは、簡単に言うと発現者の
思い通りの゛自分ルール゛が課せられた世界に敵味方全てのプレイヤーを連れ込むという反則的な奥義だ。自分ルールは各プレイヤーによって異なるが、いずれにせよ反則的なルールに違いない。」
「説明ありがとう。でも私のやることは変わらない。あんたたちに勝って、アキバに向かう、それだけだ!」
詩織は眼前のメガネに向けて上段蹴りを放った。いや、正確に言うなら、放とうとした。しかしそれは敵わなかった。別にメガネが何かしたというわけではない。上段蹴りのやり方が頭から抜けてしまったのだ。
(嘘!?そんなことあるはずがない。相手を絞め落とすまでの方法や手順、格闘スキルだけが頭からすっぽりと抜け落ちているなんて…)
幼少の頃から格闘技に興じ、常に道ゆく人を見てはそいつを倒すシミュレーション、そいつに勝つシミュレーションをしてきた詩織にとって、上段蹴りのような格闘スキルは箸を扱うように当たり前のことであり、息をするように自然な行為である。そのため今の詩織には、半身を削がれたかのような喪失感があった。
「やはりそうか…今この空間ではそれぞれが得意とする戦法が使えない。あんたが格闘術を使えないように、俺も分裂がうまくできない。あんたとはちゃんとした条件で戦いたい。俺と共にこの空間の元凶を倒しに行くことに協力してはくれないか。」
「いいや、ここであんたを倒す。」
「少し冷静になるんだ。この空間では俺もあんたも本来の実力の半分も出せない。ここは二人で協力してこの空間の元凶を潰そう。」
「あんたの目論みには二つほど致命的な欠陥がある。ひとつは、この空間を作り出した男は私の仲間であり、私が仲間に手をかけるなんてことは有り得ないということ。もうひとつは、私から格闘スキルがなくなったくらいで、戦えないなんて努々思わないことだ。」
「櫻井剛毅とか言ったか、彼、なかなか良いものを持ってる。俺のヴァレリア・ヴィーノが音を奏でられない、あのメガネとデブの手には余るかもね。早く俺の元まで来てくれよ。」
ギターがただの物言わぬ鉄の塊と化したというのに、さすらいのギタリスト榊清十郎は動じない。おそらくこの男、恐怖を感じる神経がショートしてしまっているのだろう。いずれにせよ、相当な強者であろう。
投稿遅くなってすいません




