第1章 次回から修行篇入ります
放課後─
私、焼津詩織には部活に行く前に必ず行うルーティンがある。1階にある自販機でデカビタを買って飲むという何てことないものだが、私にとってはこれがなければ一日が始まらないのだ。と言っても、もう一日の半分以上は過ぎているわけだが、運動部の人は分かってくれると思うが、私も部活のために学校に来ている一人である。しかし、今日は自販機でデカビタを買って飲む事も、部活に行くこともかなわなかった。それもこれも、全ての元凶は女子の制服を着た大男、櫻井剛毅にあった。
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「付き合ってくれ!」
「第一印象からキモいと思ってました。無理ですごめんなさい。」
「済まない、言葉が足りなかった。焼津詩織、あんたに俺の修行に付き合って欲しい。」
「え~、やだよ。今日部活あるし、他の人に相手してもらえば?」
「無理だ。今日転校してきてそこまでの相手がいない。」
「そもそも何でそんなに強くなりたいの?」
「十六夜響華に勝つ、もしくは一撃入れるために。」
あちゃー、何やってんだよ響華さん、あなたのせいでまた面倒事が私に降りかかってくる。
「それ今日じゃなきゃダメ?」
「ああ、なるべく早いに越したことはない。もしあんたが断るなら、俺は授業を早退してでもアキバに行く。」
こりゃダメだ、この男は本当にやりかねない。私が悩んでいると、そこに一本の電話が来た。スマホの液晶画面には、十六夜響華と表示されていた。もう嫌な予感しかしない…
『もしもし、詩織か?お前今日の部活来なくていいぞ。』
「えっ!?待ってください、どういう事ですか?」
『その代わり、櫻井の修行とやらに付き合ってもらう。いいか、これは命令だ。』
嘘やん、強制ですかい…
私と響華さんの間には、体育会系のような絶対的な上下関係がある。響華さんの命に背くことは、この学校での死を意味する。ならば妄想部も生徒会も全て辞めて響華さんとの関係を絶ってしまえばいいだけの話だが、そんなことで私のライフサイクルを壊す訳にはいかない。
「わかりました、行けばいいんでしょ。」
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そんな紆余曲折を経て現在、私達は秋葉原、ではなくひとつ前のお茶の水にいる。
「いや、おかしいでしょ!アキバ行くっていうから付いて来たのに、どこだよここ?」
「川越から東上線で池袋、丸ノ内線に乗り換えお茶の水、この上さらに歩いて10分ほどの区間を中央総武線で秋葉原まで行くというのか?そんな無駄金がどこにある。それに、この辺りは敵が弱い。ウォーミングアップにはうってつけだろう。」
「そもそも、路上でのdelusionは条例で禁止されているはずだよ。アキバに着くまでは敵なんて出ないと思うけど…」
「お前な、今のご時世法律や条例を馬鹿正直に守ってる奴なんかそう多くないぜ。18歳未満の飲酒、路上喫煙、違法動画視聴、挙げればキリがない。」
今から25年ほど昔、国会で飲酒の年齢を引き下げようという動きがあった。これには反対派や慎重派がかなりの数を占めていたそうだが、推進派の一人が「じゃあお前二十歳になる前に酒を一滴も飲んだことがないんだな?それ国民に誓えるか?」と言ったことで、流れが推進派に傾き、18歳から飲酒できるようになったという。緩すぎだろ国会。
「だからってこんな所でdelusionを仕掛けてくる奴なんかいないでしょ。」
「いいや、どうやらそうでもないらしいぞ。俺のスマホには敵の反応がひとつ、ふたつ、いや、もっとだ。まさか、囲まれた!?」
「えっ!?どういう事?アキバに着く前にもう戦わなければいけないってこと?」
「考えるのは後だ!今は目の前の危機を乗り切ることに集中しろ!」
そこに現れたのは、メガネの男、小太りな男、ギターを持っている男だった。メガネと小太りはその手に参考書を持っていた。
「お前も浪人生にしてやろうか?」
うわぁ、めっちゃ怖え。これが私の3年後の姿、そうならないように勉強しよう。
「お茶の水といえば予備校とギター屋か、ずいぶん安直なこった。」
「俺たちをそこらの浪人生と一緒にするな。俺は梶山高校でエース張ってた男だ。ただ、delusion推薦が貰えず、ずっとdelusionばかりやってきたから勉強なんて全くできない。そして一般入試でも無惨に散って現在浪人中ってわけだ。」
梶山高校、足立区にあるdelusionの強豪校。東東京では四天王と呼ばれるほどの実績を誇る。ただし、偏差値30のいわゆる名前さえ書けば入れてしまう俗にいうバカ校であり、不良が多いことでも有名である。このメガネ、ただのメガネじゃない。
「人が本気で遊べるのは大学卒業までの20年ちょっと、だけどオイラはその本気で遊べる期間をできるだけ伸ばしたい。だからオイラは4回も浪人を行っている。」
なんだ、浪人生の皮を被ったプー太郎か。このデフは簡単に倒せそう。
「僕はこの近くの大学で音楽系のサークルをやっている者さ。僕の歌を聴けぇぇぇ!」
お前浪人生じゃねえのかよ、紛らわしいわ!しかし、この男は侮れない。こいつは凄まじいプレッシャーを放ってきた。今までに何度も感じた、一流のディリュージョニストが放つプレッシャーと同じそれを。
「能書きはいい、俺たちが出会ってやることといったら一つしかないだろ。」
「「「「「妄想を、ぶつけろ!」」」」」




