第1章 天上院最強の魔術師
昼休み─
私は祐規子と教室で弁当を食べていた。櫻井は、妄想部部長にして生徒会長の十六夜響華に呼び出しを食らっていた。響華さんが櫻井に一体何の用事何だろう、私、気になります。
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生徒会室は、響華のプレッシャーにより、監獄にも戦場にも似た空気に支配された。並の人間なら、口を開くことすらままならないだろう。しかし、櫻井は全く動じない。いつも通り、常備していたふ菓子を昼食がわりに食べていた。
「それ、昼食なのか?」
「ああ、ふ菓子は持ち運び易く、糖分の摂取に丁度いい。このサイズのやつは殆ど売られていないが、川越には菓子屋横丁があるからな。」
「あんたまさか、ふ菓子のために天上院高校に転校したのか?」
「いや、それもあるが、それだけじゃねぇ。ここには強い奴がわんさかいるって聞いた。だから来た。」
そう、ここ天上院高校は川越にあるdelusionの強豪校として広く知られている。強い奴と戦いたいなら、まずはそれができる環境に身を置かなければならない。
「さて、私があんたをここに呼んだ理由、もう分かってるよね。」
「俺を妄想部にスカウトしに来た、ズバリそうだろ。」
「私も朝の一戦は見ていた。その中であんたの強さ、破天荒さ、全て見させてもらったよ。それで、あんたがいれば全国だって夢じゃない、そう確信した。」
「なるほどな、だが俺だってそんなに安かねぇ。妄想部のトップであるあんたが俺と戦って、勝てとは言わない、俺を満足させろ。そうすりゃ妄想部に入ってやらないこともねぇ。」
「自分の立場を理解しろとは言わないさ、delusionが始まれば嫌でも思い知らされる。だがな、私があんたをここに呼んだ理由は、スカウトなんかじゃない、ただ個人的にあんたにムカついてるからだ!」
「?俺はあんたとは初対面だ。恨みを買われる覚えがない。」
「あくまでしらを切るか櫻井剛毅、あんた教室で詩織とヤっただろ?そして引き分けた。おかしいんだわ、それ。あんたほどのディリュージョニストが本気で戦えば詩織程度瞬殺できるはずだろ。つまり、あの勝負であんたは手を抜いた。詩織はな、そういうことをされるのを一番嫌ってんだよ。」
「まあ、話し合いじゃ、解決しないわな。」
「ああ、私はあんたをぶっ殺さないと気が済まないね。」
「「妄想を、ぶつけろ!」」
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10秒ほどの静寂の後、櫻井は何もないフィールドにいた。空も地面も存在しないフィールドにいた。ゲームなんかではキャラクターや背景が描かれる前の初期化の状態と言えば分かりやすいか。
「…!」
それは突然の出来事だった。櫻井は何もないはずのフィールドで、背後から殴られた。それが響華による攻撃だと認識するまでに一瞬の時間を必要とした。
「まさかとは思っていたがやはりそうだ。櫻井剛毅、あんたの弱点はズバリ無だ。何も考えてない単細胞や修行の果てに無我の境地に至った修行僧なんかがあんたの天敵にあたる。このままあんたをこの何もないフィールドで殴り続ければ私の勝ちは確定する。しかし、それではあまりにも芸がない。生徒会長にして妄想部部長、この天上院高校のトップである私が姑息にも相手の弱点を突く戦い方しかできない、そんなことは許されない。だから、あんたは正面からイメージ力でねじ伏せる。」
響華はそう言い放つと櫻井の前に姿を現した。聖職者が着ていそうなローブに胸元には金の刺繍が施されていた。そして、手には黄金の杖が握られていた。おそらく、響華は魔術師タイプなのだろう。さらに、フィールドは中世ヨーロッパの町並みに、馬鹿デカイ搭が建っていた。
響華が杖を一振りすれば、何もなかった空が一瞬で闇に包まれた。そして、雷鳴が轟き、一条の雷が櫻井の上に落とされた。櫻井はイメージで雷の軌道を逸らそうと試みる。しかし、
「………!!」
イメージ力という正面からの力勝負において、響華の方が櫻井よりも上回っていた。そのため、雷は櫻井めがけて落ちてくる。櫻井はたまらずバックステップで雷を回避した。
音よりも速い雷を回避できるのか、そういう疑問を投げかける輩もいるだろう。この場合、答えはNoだ。いくら妄想の世界で自由に動けるといえど、考える前に攻撃が来てしまえば、為す術はない。では櫻井剛毅はここで力尽きてしまうのか、この場合、答えはNoだ。櫻井にはまだ手は残されている。王手だが詰みではない、チェックだがチェックメイトではない。ではどうすればいいのか、答えは簡単、雷の速度を遅くすればいい。とはいっても、響華のイメージ力の前ではそれもある程度は防がれてしまう。少なくとも、コマ送りのような自分が一方的に有利になるような改変はさせてもらえないだろう。結果、櫻井は銃弾ほどの速さの雷を避けることになった。光は無理でも銃弾なら避けられるかもしれない。delusionにおいてこの考え方は非常に重要である。
しかし、この一連の攻防は櫻井を次の罠へと誘う撒き餌でしかなかった。櫻井が雷をバックステップで回避した先には、深緑の不気味な沼が広がっていた。櫻井は不運にも沼に足を取られてしまった。
足を取られる、即ち動きを封じられるというのは致命傷に繋がる。この絶対絶命の窮地に響華はさらに追い討ちをかける。
「あんたが足まで浸かってるその沼、実は高濃度の猛毒なんだわ。沼からの脱出はもはや絶望的、私が手を下すまでもなくあんたは負ける。」
delusionにおける毒は身体的な苦痛を伴わない。HPがジワジワと削られるわけでもない。ただ、精神に強く作用する。具体的には、脳内に若かれし頃の痛い記憶、消し去りたい黒歴史などかフラッシュバックしたり、中学生時代に書いた痛いポエムが耳元で囁かれる幻聴が聞こえたり、とにかく酷い有様となる。
しかし、それは並のディリュージョニストなら、という条件付きの話で、目の前の熊には当てはまらないらしい。櫻井は、目の前の災厄をただ睨んでいた。
「馬鹿な、何故これほどの猛毒を食らってそんな表情ができるというのか。お前には、消し去りたいほどの痛い過去など無いというのか!?」
金髪でツンツンの大剣使いに憧れてちょっとスカしてみたり、「興味ないね」が口癖になったり、狂った殺人鬼に憧れてナイフの刃の部分を舐めてみたり、自転車に当時考えた格好いい名前付けて「俺の相棒」とか言って町内を爆走したり、そんな誰しも通る道を、この男は通らずに生きてきたというのか。
「この俺が痛みを感じないだと?そんなこと本気で思ってるんだとしたら馬鹿はあんただ。俺はサイボーグじゃねえ、ちゃんと血の通った人間だ。まあ、今は熊だけどな。自分が過去に犯した過ちはちゃんと後悔するし、恥ずかしいことなんか常日頃からある。だがな、ちょっとのことで恥ずかしがっていては上には上がれない。だから女子の制服で学校にも行くし、あんたの攻撃にも涼しい顔して耐えてやる。あんたにとってはdelusionはただの真剣勝負の場なんだろうが、俺にとってのdelusionは殺し合いに等しい。焼津詩織は殺したくないと思ったから力を抑えた。だが、あんたは違う。全力で殺したい相手だ。だから、手加減はしない!」
櫻井は熊の背中に付いているファスナーを下ろし、脱皮することでこの窮地を脱した。
「この程度は乗り越えて貰わないと困る。さあ、第2ラウンドだ。」
脱皮してテディベアと化した櫻井に、無数の槍が雨のように飛んでくる。しかし、テディベア状態の櫻井は、身軽になりスピードが格段に上がっていたため、飛んでくる槍を難なく避ける。
この攻防で勢いに乗った櫻井は、攻勢に転じる。
「忍法、熊分身!」
櫻井は数十頭のテディベアの分身を作り出した。delusionにおける分身は、たとえ本体が攻撃を受けても、分身が残っていればその分身に本体を移し替えることができる。そのため、最後の一体まで潰さなければ分身に逃げられてしまう。
「「「行くぞオラアアアアァ!!」」」
数十頭のテディベアと化した櫻井は、一斉に響華の元へ殴り込みをかける。テディベア一頭一頭の手には、刀や槍、銃剣などが握られていた。しかし、
「そんな雑な突撃で私を倒そうなんて、一億光年早いんだよ。」
突如響華によって掛けられた地球の40倍もの重力により、 数十頭いた櫻井のテディベア分身は、一斉に地面に叩きつけられた。落下の衝撃と重力による肺への圧迫により、分身は全て消え去り、櫻井本体もダメージを負った。それでも、櫻井の闘志は潰えていなかった。
「…… 光年は時間じゃない、距離だ…!」
櫻井は残っている力の全てを注ぎ込み、地割れを起こした。しかし、
「威勢の良さだけは認めてやるよ、ルーキー。」
響華の周囲半径10メートル地点で、地割れは止まった。響華のイメージ力という最強の盾が彼女を守ったのだ。
「……クソッ……タレ……が……」
─キーンコーンカーンコーン─
昼休みが終わり、戦いの終焉を訃げる鐘が鳴る。櫻井剛毅の完全敗北だ。
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天上院高校では、昼休み終了時にdelusionが強制終了する仕様になっている。櫻井と響華も、例に漏れず元いた生徒会室に戻ってきた。
「十六夜響華、どうすればあんたに再戦できる?」
「まずは己を鍛え、見つめ直せ。そして強くなったと思ったら、また私の元に来い。その時は、入部テストをしてやろう。合格の条件は、私に一撃入れることだ。」
結果として櫻井は、響華に一撃も食らわせることが出来なかった。天上院高校妄想部に入る奴は、全員このテストをクリアして入って来る。勿論今回のように響華が本気を出すことはないが、それでもこの学校の妄想部のレベルの高さを示すいい材料となる。
「いつか必ず、あんたを負かす。」
「楽しみにしてるよ。」




