第1章 絶対に譲れない!
delusionの世界は、基本的に相手と自分の心象世界の折衷案でできていることが多い。京都の町並みと西部劇のセットが同じところにある、ミスマッチな感覚こそが、delusionの醍醐味であるといえる。ところが…
(この男、自分がないのか?)
delusion全面に写し出されたのは、巨大な柔道場のみ、柔道場は言うまでもなく詩織の心象世界である。
詩織は赤髪の柔道着姿、櫻井は熊というdelusionスタイルに変わりはない。
(朝の迫田との戦いでは、確かイメージで無効化、変化させてたはず。だったら…)
そこまで考えると詩織は動き出した。櫻井を倒す策が思いついたわけではない。考えてる暇があったら動け、彼女のライフスタイルで、ファイトスタイルである。
詩織は櫻井の顔面に正拳突きを放った。櫻井は自らの身体を鋼鉄にすることで攻撃を防ごうとしたが、正拳突きの威力があまりにも強く、10メートルほど吹っ飛んでしまった。
(よし、作成通り!)
詩織の作戦はこうだ。
要するにイメージで無効化するのなら、無効化できないほどキツいのお見舞いしてやろうという、作戦とも呼べない作戦だった。
しかし、これが櫻井にはクリーンヒットした。どれだけイメージを鍛えようと、殴られれば痛い。1+1=2であるように、この方程式は簡単には覆せない。
すると、櫻井は背中にあったファスナーを下ろし、熊の着ぐるみを脱いだ。
「えーっ!!それ着ぐるみだったの!?」
着ぐるみの下には、また熊がいた。といっても、先ほどまでの強面の熊ではない。今度は、どこかのテーマパークのマスコットに居そうな可愛い熊だ。これが櫻井の本気なのだろうか。
「明日から本気出す。」
「いや、今すぐ本気出せよ。」
とは言え先ほどから櫻井の妄想力が桁違いに跳ね上がっている。妄想力とは、人が考えうる妄想の強さを数値化したものであり、delusionでの強さと考えていい。てか妄想力って何だよ、そんなもの私もdelusionを始めて2年近く経つが初めて聞くぞ。
「私の妄想力は53万です。」
「一般人の妄想力の基準が分からないから強いのか弱いのか分からない!」
「私はあと53回変身を残している。この意味が分かるかい?」
「53にこだわればいいってもんでもないから。」
「いちいち勘に障る野郎だ…」
「もうルール変わってるよね。真面目に戦う気無いよね?」
「いいや、今から真剣勝負だ。ただし、オセロでな。」
「それは、私が女だからですか?delusion内とは言え、女に手を挙げることはできない。そんな騎士道をお持ちなのでは?もしそうなら、一人のディリュージョニストとしてあなたを軽蔑します。」
「いいや、そうではない。俺の戦い方は、相手のイメージを打ち消したり、変化させたりするスタイルだ。故に、君のように何も考えずに突っ込んでくるタイプとは相性が悪い。多分このまま普通に戦っても君のイメージを打ち消せず、負けていただろう。なので、力勝負で決まるオセロで決着を着けたい。」
delusionでのオセロは、現実世界のそれとは方法が異なる。何せdelusionは何でもありの無法地帯、普通に戦っても念じるだけで石をひっくり返されてしまう。ならどうするか、そのまま同じことをしてやればいい。故に、イメージのぶつかり合い、力勝負となるのだ。
本来この提案を受けるメリットが私にはない。しかし、力を開放した今の櫻井に正直勝てる自信がなかった。
「いいでしょう。その提案、乗った。」
「ならば、まずは色を選べ。」
delusionでのオセロは、白と黒で行うとは限らない。石に自分を重ね合わせる、その本質から、自分の好きな色を選択することがセオリーとなっている。
「私は赤にします。」
「そうか、なら俺は黒で。」
現実世界のオセロは8×8マスで行われるが、delusionでは7×7マスで行われる。これは、引き分けをなるべく出さないための措置である。まあこれはオセロとは名ばかりの魂の手押し相撲なのだが。
「行くぞ!」
「来い!」
巨大なオセロ盤が赤と黒で埋め尽くされる。詩織の陣地7×3マスは赤に、櫻井の陣地7×3マスは黒に、その中間地点に干渉地としてどちらにも属さない7×1のマスがある。これこそがdelusionにおけるオセロの型なのだ。多分オセロと呼ぶには語弊がある、戦争シミュレーションゲームか、はたまた陣取り合戦か。
魂が、ぶつかる─
私は強い、何故なら、私の心には一点の曇りすらないから─
だったら何故櫻井との戦闘を回避した?─
お前は櫻井剛毅を恐れている─
うるさい!─
いくら耳を塞ごうとも、心の声は消えない─
黙れ!─
自分が一番分かっているはずだ。この男には勝てないと─
そんなことはない!─
━━━━
ここは、教室?成程、現実世界に戻ってきたんだ。そうだ。勝負はどうなった?やっぱり私、負けちゃった?
「24対24。俺もあんたも中央のマスを取れずに5分が経過した。引き分けだ。」
「次は私が勝つ。」
「いいや、俺が勝つ。」
delusionがあったから、分かり合えることがある。
delusionによって、言葉より深く会話することができる。
delusionがあってよかった。心からそう思う。
「いや、よかねぇよ。お前らのせいで1時間目丸々潰れたぞ。何?俺の授業そんなに聞きたくないの?」




