第1章 櫻井の剛毅な日常
櫻井剛毅、こんなにも強いディリュージョニストの存在を何故私は知らなかったのだろか。彼の実力は埼玉県でもトップレベル、いや、全国すら狙えるレベルだ。それなのに大会で彼を目にしたことがない。どういうことだ。
「ああ、それは俺が7歳からずっとアメリカにいたからだな。」
アメリカといえば、delusionの本場で有名だ。日本からも何人ものプロディリュージョニストがアメリカに渡ってプレーしている。成程、それならあの反則的な強さも納得だ。って待てよ、そんなことより…
「今、私の心を読んだ!?」
「delusionの世界に長く身を置いていると、心拍数や脳の波形である程度同じフィールドにいる者の考えていることが分かるようになる。だが、さっきのあんたはそんなことするまでもなく顔に出ていた。」
「いやああああああああ~~~!!!」
これから達人レベルの相手とdelusionをやる度に頭の中を覗かれる。プライバシーもへったくれもありはしない、もうdelusionなんて辞めてやる。絶対にだ。
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通信が途切れ、現実世界に戻ってきた。私は元の黒髪ロングの制服姿に戻り、迫田は金髪リーゼントの顎ピアスへと戻っていた。
「あれ、櫻井剛毅はどこに…」
私は見つけなければならない。あれだけの実力を持ちながら誰もその存在を知らない、櫻井剛毅という男を。
私は特徴的な男を見つけた。天上院高校の女子の制服を着た、大柄な男を。スカートとニーソの間から見える脛毛がとにかくキモい!だが、彼を説明するのに最も重要なポイントはそこではない。彼は背中に木刀を挿していたのだ。こいつが櫻井剛毅で間違いない。根拠はないがそう思った。
「が、学校に木刀持って来ちゃいけないんだよ。」
私は櫻井と思われる男に恐る恐る声を掛けた。彼の格好のことを指摘する度胸は残念ながら今の私にはなかった。
「これは木刀ではない、ふ菓子だ。」
「えええ!!そんなのアリかよ!?」
「信じられないという顔だな。試しに食って見ろ。」
しおりは ふ菓子をもらった。
しかし、しおりのHPは まんたんだ。
「やっぱいらない。」
「そんなことより、俺は急いでいるんだ。早く職員室に行かなければ、転校初日から遅刻とあっては、問題だろう。」
「アンタの服装の方が問題だよ!」
「しかし俺は職員室の場所が分からない。だから君、俺を職員室まで案内して─」
「嫌です。」
「そ、そんなこと言わずに頼むよ~。何でもするから、ほらこの通り~。」
櫻井(?)は通学中の生徒が見ている中、土下座をしようとしたが、
「漢が簡単に頭下げてんじゃねェ!!」
昭和ヤンキーの生き残り、迫田啓治が一喝して止めた。てかこいつ、まだいたんだ。
「姉ちゃん、アンタ生徒会だろ?生徒会ってのは、弱い奴、困ってる奴の味方じゃなきゃいけねぇ、少なくとも、俺はそう思う。だから、剛毅を職員室まで案内してやってくれないか?」
そう言うと迫田は、腰を直角に曲げて頭を下げた。
こいつは粗暴で荒っぽいが、どこまでも真っ直ぐなのだ。
「仕方ないですね、お引き受けしましょう。」
「本当か姉ちゃん、アンタ最高にイカすぜ!」
迫田は私に一礼すると、今度は櫻井の方を向いて宣戦布告した。
「俺は今から秋葉原に行って自分を鍛え直してくる。次に会うときには、かなり強くなって戻ってくるはずだ。だからテメェも、俺と戦うまでに、腕を磨いておけよ!」
秋葉原、かつてコンピューターとアニメで栄えた街は、西暦2035年以降、ディリュージョニストの溜り場となり、今ではdelusionの聖地とよばれるようになった。その理由のひとつとして、delusion天国というエリアの存在が挙げられる。日本では、ほとんどの自治体で路上でのdelusionが禁止されている。しかし、delusion天国では、路上でのdelusionの使用が認められている。そのため、全国から腕自慢のディリュージョニストが秋葉原に集う。噂では、上位ランカーが調整のためにdelusion天国に来るとか来ないとか、てか学校行けよ。
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今日は朝から災難だった。ヤンキーから少年を助けたところまでは割といつも通りだったと思う。まあこの時点で既におかしいんだけど、生徒会所属なら喧嘩の仲裁くらいは普通にする。私の日常が狂い始めたのは、櫻井剛毅、あいつのせいだ。delusion内の熊のアバターにも驚かされたが、現実世界の女装姿にも随分と手を焼かされた。職員室では服装の件について教師から質問責めにあった。私は道で彼に会っただけなので、詳しいことは分かりませんと言っても彼らは聞く耳を持たなかった。クソ教師が。
「おはよー、詩織。」
「おはよー、祐規子。」
沙流川 祐規子、オレンジのボブが特徴的な私の小学校からの親友。この学校では、頭髪の色は自由なのである。だから緑と黄色と赤の頭の奴が横一列に並んでいることがある。信号機かよ。
「今朝の騒ぎ見てたよ。詩織かっこ良かったじやん。」
「私は何もしてないよ、全部あの熊の手柄だって。」
「ううん、そんなことない。誰かを助けるために動けるって、凄いことだから。」
「そう言ってもらえると救いになる。」
「ところで、今日アメリカから転校生がこのクラスにやって来るって聞いたんだけど。」
「えっ!?ホント!?」
あいつ、1年生だけで500人以上いてA組からT組まであるという超マンモス校で同じクラスかよ。
「転校生、イケメンだといいね。」
「そうだね。」
私は適当に相槌を打った。もし真実を知ったら、みんな驚くだろう。ああ、いっそみんな驚いて椅子から転げ落ちて頭打って死んでくれないかな。
ガッシャーーン!!
突如窓ガラスを割り、教室に入ってくる一人の男がいた。結構な非常事態なのに、パニックを起こしている者はそこまで多くなかった。おそらく生徒の大半は、ああ、またか。と呆れているのだろう。その理由は、窓ガラスを割って教室に浸入した帳本人が、私たち1年C組の担任である佐々木羅刹だからだ。佐々木は、割と整った顔立ちにボサボサの無造作ヘア、ダンディーな顎髭と、黙っていれば割とモテそうなのだが、度重なる奇行の数々がそれらを悉く台無しにしている、悲しい男である。いや、本人は楽しそうだからいいのか。
「今日はお前たちにお知らせがある。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「ハリウッド映画かよ!」
「OK.悪いニュースから行こう。このクラスにいた田中だが、先週いっぱいで新潟に転校した。残念だが、田中はもういない。お前たち、田中の分まで強く生きるんだ!」
田中光、確か私の隣の席にいた奴で、妄想部に居たっけなぁ。天上院高校の妄想部は全学年で100人以上いるし、あいつ超陰薄かったからな。あんまりよく覚えてないや。なんか今の言い方だと田中が死んだみたいじゃないか。『勝手に殺すんじゃねぇ!』とか田中が言ってそう。
「オーライ、みんな悲しむんじゃねぇ!えっ?悲しんでない?bad.そんなこと言ったら田中が泣くぜ。だが喜べ、エブリバディ、いい方のニュースがまだ残ってるぜ!」
私にとってはそれが悪いニュースなんだよな。
「今日から新しい仲間がこのクラスに加わるぜ。なかなか破天荒な奴だが、仲良くしてやってくれよ!じゃあ、入ってくれ!」
佐々木よ、お前が破天荒って言っちゃいかんだろ。
ガタッ!──
少し間を置くと、天井が外れ、そこから190センチはあろうかというスポーツ狩りの強面の男が降りてきた。当然女子の制服で、背中に木刀、否、ふ菓子を挿している。見間違うはずがない、彼こそが櫻井剛毅だ。
当然だが、教室には氷河期が訪れている。こんな奴パンチが強すぎる。一度しかない高校生活を謳歌したいなら、関わらない方がいいだろう。
しかし櫻井は全く動じない。佐々木をぶん殴ってチョークを奪い、大きな文字で
『さくらいごうき』
と書き殴った。
「帰国子女の設定がここで生きたァ~~!!」
「櫻井剛毅、やがて世界を制する者の名だ。覚えておけ、それと─」
櫻井はポケットにしまってあった紙を広げて読んだ。言うまでもないが紙はしわくちゃだった。
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいるなら、今すぐあたしのところに来なさい。」
あーあ、言っちゃったよ。この小説消されないかな。なろうって結構規制厳しいし。
当然みんなフリーズしている。俺が時を止めたってか。やかましいわ。
そんな下らないことを考えていると、佐々木と目が合った。そう言えば私の隣にいた田中がいなくなったから─
(櫻井の隣は嫌だ
櫻井の隣は嫌だ
櫻井の隣は嫌だ
櫻井の隣は嫌だ)
私は佐々木に目で訴えた。櫻井の隣は嫌だと。
「ほう、櫻井の隣は嫌か?」
私は首を縦に大きく振った。
佐々木は笑顔で○を手で作ったり、真面目な顔で×を手で作ったりを交互に繰り返した。つーか、私で遊ぶんじゃねぇ。
「ダメー!」
「何でですか、理由を教えてください。」
「だってお前しかいないじゃん、櫻井剛毅という暴れ馬の手綱を握れる奴って言ったら。」
なんで私に対する評価がこんなに高いんだよ。あ、生徒会だからか。
「後でアイス奢ってやるから、頼むよ。」
「うーん、分かりましたよ、やればいいんでしょ。」
「軽っ!もう少し考えようよ詩織。」
私はアイスが三度の飯より好きだ。アイス奢ってやるからと言われると思考が停止してしまう。そのせいで何度も面倒事に巻き込まれた。生徒会だってアイスあげるからって言われて入った。多分これが私、焼津詩織の唯一にして最大の弱点だ。
「君は朝の少女じゃないか。さっきは助かったよ。」
「やめてください。私、あなたみたいな人と知り合いだと思われたくありません。」
なんてひどいことを言うのだろうと思っただろう。だが、私にも立場があり、この学校でここまで築き上げてきた地位がある。こればっかりは譲れない。
「そうか、君はどうしても俺を認めないというのか…ならば俺達は戦わなければならない。」
「いいですよ、あなたがどれだけ強いかは知りませんが、私も負けるつもりはありませんよ。」
戦うといっても私達はこれから殴り合いの喧嘩をするわけではない。いや、殴り合いの喧嘩の方がこれからしようとしていることに比べればまだいくらか大人しいかもしれない。私達はこれからdelusionで決着を着けようとしている。delusionはいわば拳を交えない喧嘩であり、体力、知力、精神力、己の魂、持てる全てをぶつける妄想の全面戦争である。
「それじゃあ行くぜ、用意はいいか。」
「当然。」
クラスメイトは皆、固唾を呑んでこの対決を見守っている。皆興味があるのだろう。元埼玉県4位の妄想部期待の新星と、謎の転入生の世紀の一戦を。
「「妄想を、ぶつけろ!」」




