第1章 ニューヒーローは熊!?
時は流れ、西暦2050年、delusionは世界中に広まり、ディリュージョンバトルは世界でも競技人口が10億人を越す大人気スポーツへと発展を遂げていた。
そんな中問題となったのが、delusionによる犯罪や迷惑行為だった。delusionの開発や、警察組織による徹底的なパトロールにより、殺人や傷害などの事件は急激に減少した。しかし、頭の中を覗かれたり、一方的にディリュージョンバトルを挑まれ、心に深い傷を負ってしまうなど、新しい時代の問題が発生しているのだ。
何故私がこのようなことを説明しているか、それは、目の前の男が校門の前に立ち塞がり、登校する生徒という生徒に片っ端からディリュージョンバトルを吹っ掛けてくるという月曜の朝にしてはなかなかめんどくさいイベントが発生したからである。
「オラァ!ここを通りたければ俺を倒してからにしろ、アアン?」
奴の名は迫田啓治、金髪リーゼントに顎ピアスといった、50年以上前に絶滅したはずの昭和ヤンキーの生き残りだ。正直こんな奴柔道をやっていた私ならワンパンで沈められる。しかし、喧嘩両成敗法が成立した現代、その手段は取れない。もし私が奴に手を出せば例え正当防衛といえど捕まるだろう。現代は、妄想でしか戦うことを許されない残酷な時代なのだ。
「ハッ!本日最初の獲物はテメェかァ?」
早速迫田に目を付けられた少年がいる。おかっぱ頭で暗そうな、いかにも引っ込み思案なオタクって感じの少年だ。しかし、ディリュージョンバトルにおいて、見た目の強さは全く当てにならない。むしろ、教室の片隅で授業中にテロリストが攻めてくる妄想をした者が勝ち、何も考えず体育館で筋トレしてた者が負ける。これはそういう競技なのだ。
ディリュージョンバトルは相手と自分だけといった隔絶された空間で行うが、スマホやPCなどから観戦できる【ギャラリー】という機能がある。私は【ギャラリー】から試合を観戦することにした。
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「先手は譲ってやる。オラ、さっさと攻撃して来いよ。」
ディリュージョンバトルでは、現実世界とは容姿などが変わっていることが多々ある。当然だろう。妄想の中でくらいは、誰だって格好よくありたい、そう願うはずだ。迫田は、西洋の騎士のような銀の鎧に身を包んでいた。これは、理想もあるだろうがある程度実用性を兼ね備えてのことだろう。一方でおかっぱ頭の少年は、白髪の美少年へと変貌を遂げていた。
白髪の美少年へと変貌を遂げた少年は、銀の鎧に身を包んだ迫田に向かって、エネルギー弾を発射した。ディリュージョンバトルでは、本人が想像できるなら、基本的にどんな攻撃も可能である。魔法だろうが超能力だろうが基本的に使いたい放題なのだ。
「ハッ!こんなヌルい攻撃、俺に届くとでも思ったか?」
しかし、少年が放ったエネルギー弾は迫田に届くことはなかった。
「まさか、攻撃拒否が発動したっていうの?」
どんなに強力な攻撃であっても、そこに矛盾が生じれば攻撃は公使されない。攻撃拒否とは、相手の妄想の矛盾点を見抜き、攻撃自体を打ち消す技法である。
「テメェ、エネルギー弾を放っといて気力の消費がゼロなんていくらなんでもおかしいよな?初心者か、テメェ?」
「う、うるさい!ここは妄想の世界なんだ!自分の思い通りの攻撃をして何が悪い!」
「テメェみたいな奴を見てるとヘドが出る。そんなに自分勝手な妄想がしたけりゃdelusionなんていっそ辞めちまえ。この世界では弱い妄想は強い妄想に食われる宿命、二度とdelusionなんてできないように、俺が引導を渡してやる!」
迫田の周囲の温度が急激に上昇した。成程、迫田は炎熱系の攻撃を得意とするのか。それよりも、迫田は少年に対して憤っていた?
『やべぇぞ、ついに迫田が本気を出した!あいつ、人間バーベキューをやるつもりだ!奴の業火に焼かれてdelusionを辞めたディリュージョニストは数知れず、中には絶望感と喪失感のあまり東上線にダイブして死んだ奴もいたらしい。』
ギャラリーの説明的な台詞により、とんでもない窮地に立たされているのだと気づかされた。最新バージョンのdelusionでは、乱入対戦やタッグマッチも可能となった。それは分かっていたはず。私の情報収集という個人的な名目のために、一人の少年の選手生命を断ち切っていいのか?いや、本心を言うと、私は怖かったのだ。迫田という強者に勝てる自信がなかった。だから、傍観という手段を取り、現れるはずのない救世主を待ったのだ。でも、それももうおしまい。ここからは、私の成すべきことをする。妄想部兼生徒会である、焼津詩織を見せてやる。
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意を決し、詩織はディリュージョンバトルに乱入した。現実世界とは違い、詩織は白の柔道着を着ており、髪も現実世界では黒髪ロングだったが、delusionの世界では燃えるような赤髪のショートヘアだ。だからと言って、彼女を発火能力者だと決めつけるのは早計といえよう。彼女が焔を扱えないというわけではない。おそらく火を使う妄想さえすれば、delusionの世界では彼女に限らず誰でも使えるということになる。焼津詩織の真の能力、それは純粋な体術、そして近接戦闘である。現実世界において柔道で黒帯まで登り詰めたことにより、彼女は身体の使い方を明確にイメージできる。彼女の他にもスポーツをやっていて身体の使い方をイメージできる者はいる。しかし、彼女の領域まで辿り着いた者はいない。彼女の脳は、delusionに特化している。そうでなければ、delusionを始めて僅か1年で、全国中学生delusion大会の埼玉県4位にまで登り詰めた周知の事実をどう説明すればいい。
「今助けるぞ、少年!」
詩織は新幹線並みのスピードで迫田のもとへ駆け出した。猶予はない、0.1秒の遅れが死に繋がる。
「ハッ!テメェみてえな腑抜けともこれでおさらばだ!派手に盛り上がれギャラリー!灼熱のォ、人間バーベキューだ!」
迫田がそう叫ぶと、荒野だったフィールドが、バーベキューで使う網になった。下から焔で焼かれ、どちらかの魂が音を上げるまでその焔は消えないという。なんて無茶苦茶な技だろうか。
煙が上がる。人間バーベキューが発動する最初の10秒程度は、煙で何も見えなくなるのだ。焔というより、その煙のせいで詩織は身動きが取れなかった。
(しまった、今のタイムラグは痛い…あの少年、まだ無事ならいいが…)
10秒が経過し、煙が晴れると、詩織の目の前には信じられない光景が広がっていた。
「なっ…そんな馬鹿な!?」
それは、少年を抱えながらも迫田の人間バーベキューを涼しい顔で受け流す熊の姿だった。
熊といってもマスコットになるようなかわいい熊ではない。むしろ、森で出くわしたら逃げるか、死んだふりをするか、決死の覚悟で戦うかの3択を迫られる、ヒグマだかツキノワグマだかの恐ろしい方の熊だ。いや、これもどうでもいいか。
「テメェ、いつの間に乱入しやがった?普通乱入するとそこの女みたいに【乱入者あり】の表示が出る。そこでこのサーバーのホストである俺が乱入を許可しなければdelusionには入れないはずだ!」
確かに迫田の言うとおりである。delusionに乱入するには、いくつかのステップを踏まなければならない。それに、乱入する際、画面のちらつきなどの予備動作が必ず起こり、対戦者一覧に名前が表示される。ちなみにdelusionでは、名前は本名を設定しなければならない。ところが目の前の熊は、対戦者一覧に名前が表示されることもなく、画面のちらつきすら起こさなかった。故に煙が晴れる瞬間まで、その存在を誰にも悟られることはなかった。だが、不可解な点はそれだけではない。
「おい、テメェ、俺の人間バーベキューをモロに受けて何で涼しい顔をしてやがるんだ!熱くねェのか!?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し。地面が本当に燃えているわけではない、焔を見て熱いと感じてしまえば、相手の術中にはまる。熱くない炎をイメージすれば、容易に対処できる。delusionとは妄想、つまりイメージのゲームだ。」
「テメェ、今delusionをゲームって言ったよな?そんな遊び半分でdelusionをやってる奴を、俺は許せないんだよ!」
「安心しろ、俺は本気で遊ぶタチなんでね。」
「ハッ!だったら見せて貰おうじゃねぇか、本気の遊びってヤツをよ!」
迫田も効かないと分かっている攻撃を続けるほど馬鹿ではないみたいで、地面は荒野に戻っていた。それでも、迫田は次の手を打っていた。
「えっ!?ちょっと待って、あの惑星、なんかこっちに近づいて来てない?」
「ああ、あの鎧の男、ついに地球規模の妄想に手を出しやがった。これは俺も本気を出さなければならない。すまないが、この少年を頼む。」
熊はそれだけ言い残し、少年を放り投げた。
3ポイントシュート!
「なんで~~!!」
それにしてもこの少年、ボロボロである。当然だろう、迫田の人間バーベキューをモロに食らえばそうなる。あの熊が異常なのだ。
(私、完全に足手まといじゃん…)
目の前の強者達の饗宴を、自分はただ見ていることしかできない。何が元埼玉県4位だ、何が天上院高校期待の新星だ。焼津詩織は、どこまで行っても傍観者のままじゃないか。握り締めた拳が、彼女をまたひとつ強くする。
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惑星がもうすぐそこまで迫って来ている。このレベルのものになると、普通は対処できる自分というものを想像できない。なので、惑星が落下する前に勝負をつけるのがセオリーとされている。しかし、迫田、熊、両者とも動き出す気配がない。
「ただの馬鹿ってわけじゃなさそうだな。テメェ、何が狙いだ?」
「あんた、こんな馬鹿でけぇ攻撃仕掛けといて、自分も巻き添え食ってお陀仏なんてお粗末な展開にするわけじゃないだろ?あんたはこの窮地に対処する為の何らかの手段を持っている。つまり、この惑星は越えられる壁ってことだ。」
「ハッ!面白ェよお前、だったら越えられる壁かどうか確かめて見ろよ!」
惑星が上空5000メートルまで迫ってきた。しかし、両者に動きはない。
惑星が上空3000メートルまで迫ってきた。それでも両者に動きはない。
惑星が上空1000メートルまで迫った時、両者に動きがあった。迫田は地中に穴を掘り進め、地上と惑星をオリハルコンでコーティングしたのだ。オリハルコンは地球上で最も硬い金属である。瞬時に飛んで惑星を破壊しに行った熊に、もはやできることなどない。
惑星が上空500メートルの距離に到達した時、熊はついに惑星に接触する。オリハルコンの硬度を誇る惑星が、まるで発泡スチロールのように壊れていく。
「馬鹿な!?その惑星はオリハルコンの硬度を誇るんだぞ、そんな簡単にバリバリと壊れていいわけがない!」
「惑星の硬度を変えさせてもらった。どうやらあんたがその惑星をオリハルコンだと想像するより、俺がその惑星を発泡スチロールだと想像する妄想の方が強かったらしい。」
delusionには、優先度というシステムがある。一言で言えば、想いのより強いプレイヤーの行動が優先されるというシステムだ。例えば、あるプレイヤーが、『絶対に相手を殺す槍』を持っていて、もう一人のプレイヤーが、『絶対に死なない楯』を持っていたとする。簡単に言うと、delusion内でお互いの妄想が矛盾するケースがある。その場合、どうなるか。まずは、数秒間の睨み合いの後、想いの弱かった方の行動がキャンセルされる。そして、想いの強かった方の、睨み合いを制した方のプレイヤーの行動が採択される。
もはや勝敗は8割方決した。おそらく並みのディリュージョニストならここで試合を放棄しているだろう。しかし、迫田啓治という男はその範疇ではない。彼はdelusionに魂を捧げた男、迫田の辞書に撤退の二文字は無かった。
「いいぜ、最ッ高の気分だ。こんなにもピンチだってのに、愉しくてしょうがねぇ!体中からアドレナリンがドバドバ吹き出してくる!さあ、もっと俺を愉しませてくれよ!」
「なあ、あんた、その修羅のようなプレイスタイルは、いつか身を滅ぼすぜ。もう勝敗は決した、頼む、降参してくれ。」
「ハッ!自分がちょっと優位に立ったからってもう勝った気でいるのかよ?確かに俺は圧倒的劣勢だろうよ。だがな、負けたわけじゃねぇ!それどころか、まだお互いノーダメージだろうが!」
「どうやら、あんたには拳で語りかけなきゃならないようだ。」
熊はそう呟くと、迫田の背後に回り込んだ。イメージ力で勝る熊の攻撃は基本的に一撃必殺であり、防御は無意味。たとえ防御したとしても、その上から一撃必殺の拳が襲ってくる。迫田に残された手は、同士討ち覚悟のカウンターしかない。
「ハッ!どうだ!」
迫田のカウンターが炸裂した。迫田は殴るのではなく、腕を剣に変形させて熊の右脚の付け根を切り裂いた。delusionでは、痛覚は現実世界と同じように感じるが、基準値を越え、センサーが反応した時は強制的に現実世界に戻される。(その場合、敗北扱いとなる。)
「ぐわああああああぁ!!」
痛みにより熊の動きが一瞬止まった。そうなれば、一瞬を逃す迫田ではなかった。左腕、右肩、左脇腹を斬り、とどめとばかりに両目を潰しにかかった。後は、最後に…
「心臓をひと突きして、終わりか?」
あり得ない、いや、delusionにおいてあり得ないという思考は無意味、この対決、このまま行けば迫田が熊の心臓を貫いて勝利していたはず。しかし、そうはならなかった。多分、迫田にも、詩織にも、スマホで観戦していたギャラリーの誰にもこの展開は想像出来なかったはずだ。熊の腕が4本に増えていた。言葉にしてみればたったそれだけのこと、だが、それが迫田を死へと追いやる。脚と両腕、そして両目を封じてもまだ倒せない、こんなにも強い奴がいるなんて、これだからdelusionはやめられない。
「オイ、死ぬ前にひとつだけ教えろ!テメェ、名は何と言う?」
「櫻井剛毅、教室の隅っこで独り妄想に耽る、どこにでもいる高校生さ。」
─グチャ─
迫田は潰された。熊、いや、櫻井の手によって。
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「いいね、あの熊。あいつ、ウチの妄想部に欲しいわ。」
「キャプテン、早くしないと授業始まっちゃいますよ~。」
櫻井の知らないところで彼を中心に大きなうねりができつつあることを、彼はまだ知らない。




