ランドルフの長男
次の日のこと。
「うむ、いいんじゃないか?」
「中々様になってるよね」
フルシエの革職人のところで、リアとカインはジンの武具を見繕っていた。
ここの革職人は鞣すだけではなく、加工や装飾までこなす。防具は希で、普段は鞄や服がメインの仕事である。
安物、とは言っても、そこそこの値が張る革防具一式を揃えた。
上半身はそこそこの強度を持ったレザージャケット。呪鉄手甲が物々しいため、安物のグローブも一緒に購入した。ジャケットの下には厚い布地の服を着ているため、斬撃がたやすく通ることはない。が、何度も耐えられる強度ではないのは確か。
下半身は簡素に、レザーで所々の補強をしただけの、タイトなパンツである。この際だからと革靴も買っておいた。
「拳闘士、というには何かが物足りんような気はするが、まあこんなものだろう」
「革装備は狩人向けだし、まさか素手で戦う人がいるとは思えないからねぇ」
呪鉄手甲は完全にその驚異を隠している。
「その意外性が武器にもなるだろう」
ジンも満足そうだ。彼の要望にできるだけ答えた、極力身軽な装備である。
「なんだ、リアとカインの連れというのはわかるが、見ねぇ顔だな」
店の店主が顔を出す。熟練の革職人である。
「どうも、お世話になっています。私の弟です」
リアがはっきりと言葉にする。
「弟ぉ?お前さんは一人娘じゃあ……」
店主も何かしらの事情を感じたようで、ははん、と顎をさする。
「まあ、細かくは聞かねぇがな。どれ、だいぶ買ってくれたようだし、少しおまけをやろう」
「いいんですか?」
カインが喜びの声を上げる。
「っても、大したもんじゃねぇえよ。ほらよ。新作の革袋だ」
そう言って店主は、真新しい匂いのする袋を投げてよこした。
カインが受け取って開いてみると、中は三つに分けられていて、入れるものが分類できるようになっていた。
「どこに行くにも、あるのとないのじゃ大違い。何かを持ち帰る時に両の手だけじゃ小銭にもなんねぇからな」
店主は豪気に笑った。
「すまない、ありがたく使わせてもらう」
リアとカインが多少の礼儀を払っていることに習い、ジンも相応の受け答えをする。
「おめぇさん、名前は?」
「ジン・ランドルフ」
「なるほど。まあ、おめぇの姉貴は頭の固いとんだじゃじゃ馬だからな。気をつけろよ」
「それは言い過ぎではないか?」
リアが少しムッとして反論する。
「間違ってないと思うよ」
カインがそれを否定する。と、店主はさらに大きい声で笑った。
その後、ぶつぶつ愚痴を垂れるリアをなんとか店の外に出す。
「袋は誰が持つ?」
「カインでいいのではないか?私はじゃじゃ馬だからな。どこかに落とすかもしれない」
リアは先ほどのことをだいぶ根に持っている。というより、騎士学校でも散々言われたので、少し気にしているという事実がある。
「あまり余計なものは身につけたくはないな」
せっかく中が物を分けることができる構造でも、ジンの激しい動きではごちゃごちゃになってしまうだろう。
「そうだね。じゃあ、僕が荷物持ちか」
カインも軽く引き受ける。
「次はどうする」
ジンが慣れない服装を確かめながら歩く。
「ギルドだな」
リアが歩きながら言う。
基本的に冒険者が稼ぎを得るとなれば、ギルドからの依頼がメインである。
狩りの依頼の場合、ギルドから依頼を受け、冒険者が獲物を狩り、依頼者がそれを回収する。冒険者はその分の賃金をもらう、という流れが一般的だ。
「自分たちで売ってはいけないのか?」
「いいけど、そうなると手間がかかるよ。獲物を倒してから街に運ぶにも荷馬車か何かがいるし、革を剥ぐにも技術がいる。肉を切り分けるのもそうだし、売る場所だって必要だ。適当に売っても売れないと思うな」
魔獣の肉は魔力によって毒性を持つ箇所も多く、専門的な知識が必要とされる。動物の肉を食べることもあるが、家畜運用がメインなので一般的には魔獣の肉が多く流通している。
「冒険者は特に用意もなく、指定された魔獣を倒すだけ。でも目的を達成する合間に見つけた物は、冒険者のものでいい、ってことさ」
カインが先ほどの革袋を揺らす。
「過去の遺跡なんかも、そうやって発見されてたらしいよ。魔獣で気軽に出歩けないから、人族領もまだ全て明らかになったわけじゃないしね」
街道は整備されてこそいるが、魔獣は神出鬼没。旅にはそれなりの危険が伴う。
「そういえば、遺跡探索というのは騎士団にはあまりお声がかからないものなんだな」
リアが不思議に思う。
「危険だからね。冒険者は失敗すれば死ぬし、そうすれば賃金を支払わなくていいわけだから。騎士団だと責任問題とか色々あるでしょ」
「実力主義の世界というわけだな、冒険者は」
ジンが少しだけ興味を持ったように話す。
「使い捨て、というのは気に食わないな」
憤慨するリアをカインが宥める。
「まあ、ぶっちゃけ遺跡探索なんて趣味だからね。そんなのに蛮族を牽制してる騎士団をほいほい使えるわけもないよ」
そんなことを話していると、フルシエの街のギルドに到着する。
「ガルバディではいくつかのギルドに分かれているが、フルシエは一つなのだな」
リアがフルシエのギルドを見て率直な意見を吐く。それは見た目、普通の一軒家にしか見えなかった。店ということはなんとなくわかるが、どこか怪しい。
「騎士の街と比べられてもね。人が多ければ依頼も増える。フルシエはまだ小さな街だけど、ここ一つしかないから依頼は少なくないはずだよ」
扉を開けると、扉に付けられた鐘の音が鳴る。
「……らっしゃい」
気の抜けた声がした。やる気がないどころか、忙しすぎて潰れているような声だった。
ギルドの建物内部は、見た目以上に狭かった。
真正面にカウンターがある。だけ、である。
右にも左にも何もない。左には奥へ行く仕切りがあるが、一般客が通ることは許されないのだろう。
カウンターでは一人の男が帳簿をパラパラとめくっている。
「なんだ、カインじゃねえか。何の用だ?」
カウンターに座っている男は、いかにも睡眠不足な顔をこちらに向けた。
多忙、というわけではないのだろう。仕事はある。しかし、人手はない。それをどうにかしようとして全てを諦めた哀れな従業員。そんな印象をリアは受けた。
「仕事を受けにね。コムロクがいつも冒険者がいないって愚痴ってるからさ」
カインはこの男と顔見知りのようであった。まあ、この街で過ごしていれば否応なしに知り合いになるだろう。
くたびれた緑色の髪と、睡眠不足なのか下がった覇気のない目尻。焦点が定まっていない瞳は、過労死寸前の奴隷とも言えた。
「ま、いないものは仕方ないんだけどな……。そのお陰で仕事は楽なんだが、クレーム処理で精神的に死にそうだ」
コムロクは仕方ないさ、と手を振る。何も解決しないのに帳簿をめくってはため息をつく姿は、なかなかに哀愁が漂っている。
「で、お前は何しに来たんだよ。まさか仕事を受けに来たというわけではないだろ」
「それがそういうわけなんだ。何かいい依頼はないだろうか」
リアが答えると、コムロクは怪訝な顔をした。
「……あんた誰?カインの知り合い?」
「一応この街出身なんだがな……。リア・ランドルフだ」
初対面では、家名まで名乗るのがある程度のマナーである。リアに視線を促され、
「ジン・ランドルフ」
そうして、ジンも名乗る。まだ言いなれないのか、どうにも自信のない言い方であった。
「ああ、すまない。俺はコムロク・ドンだ。二年前からここでギルド員をしている」
ギルドとは、その実を言えば騎士団並みに大きな勢力であり、元は一つの組織である。この世には様々なギルドがあるが、それは数多く来る依頼の分別のためであり、全てのギルドは共通のルールによって動き、利益を出している。
依頼者から仕事を受け、冒険者に斡旋することで、手数料を得る。これがギルド員の仕事だ。
これは依頼が『成功した時のみ』発生するもので、失敗、または撤回されると依頼料は全額返金。また、冒険者が問題を起こした時の責任もギルドがある程度まで保証しなければならない。
仕事を斡旋すると簡単に言うが、その能力と、仕事を出す相手が信頼に足るかどうかを見極める必要がある。また、無理難題な依頼を押し付ければ、ギルド自体への不信感に変わる。
仕事を達成できそうな人間に、達成できそうな仕事を与える。
「ギルドというのは、まあこんな商売さ」
コムロクは、ギルドを利用するのが初めてという三人に、ギルドという商売について語った。
「なるほどな……。ガルバディにもギルドは多数あったが、全て同じ組織なのだな」
コムロクは一枚の紙切れを探し、羽ペンとインクと共に三人の前に置いた。
「あそこまで数が多いと派閥ができんだよ。どっちのが売上がいいとか、依頼が多く来るとかな。俺はそんなのはごめんだと思ってここに来たが、こっちはこっちで俺しかいねぇし」
コムロクが差し出した紙片には、『ギルド登録書』と書かれていた。
「これは?」
「ギルドを利用するには、冒険者登録が必要だ。失敗が多かったり、逃げ出したりする奴はブラックリストに乗る。ギルドも商売だからな」
「あの、私は少しお金が入り用なだけで、冒険者になるつもりはないのだが……」
騎士がギルドを利用していいものかどうか。リアは一瞬戸惑う。
「リアは騎士学校の生徒なんだ」
カインが説明すると、コムロクはへぇ、とリアを見る。
「別にこのリストが外部に流出することはないしいいんじゃね?そんなことになったらこっちの信用問題だし。でもまあ、騎士をやめて冒険者に、って奴は多いらしいな」
「い、いいのか……。じゃあ、書くぞ……?」
恐る恐る、といった感じにリアは自らの名前を記入する。
「ジンとカインの分も書いてやろう」
「すまない」「ありがと」
こうして、三人の冒険者登録が手早く済んだ。