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奇妙な男

 リアがフルシエの自宅で目を覚ました時、もう既に街は騒がしさを浴びていた。



 昨日は旅の疲れと色々な騒がしさで、リアが自覚していたより疲れていたのだった。久方ぶりの自宅のベッドは掃除をしてなおどこか埃っぽい匂いがしたが、それでも懐かしい温もりを身体が覚えているようだった。



「う、む……」



 むくりと体を起こし、違和感に周囲を持つ。



「装備をすべて外して寝たのは久しぶりだな……」



 脱ぎ捨てられた足具や盾、剣を見て、リアは感慨深い顔をした。



 騎士学校では、流石に鎧を着て寝ることはないものの、その全てを外すことはあまりない。



『騎士がいつでもベッドに帰って寝れると思わないことだ。野宿する機会など幾らでもあるのだから』




 それは騎士たるものの教訓の一つである。他にも、様々な教えがある。学校にいる間、リアだけでなく、生徒全員がそれをできるだけ守っている。抜き打ち検査が有り、寝起きをチェックされることも頻繁にある。



「ここではリドネス教官はいないからな」



 リアの担当教師、というより、見習い騎士であるのだから上官である。女騎士リドネスは、規律と規範に厳しい人だ。



「まあ、久方ぶりに貰った休みだ。こういうのもいいだろう」



 リアは長期休暇の許可を貰っている。



 世界は百日区切りで、四つに区分けされ認識されている。人属領は常に穏やかな天候で豊かな自然を持っているため、あまり暦というものを気にはしない。が、政を行うにも暦というものは非常に便利なのだ。




 一年は土の刻から始まり、百日が過ぎれば風の刻、火の刻、水の刻と進む。そしてまた土の刻に戻る。これは神魔文明時代の数え方で、アルメデオで発見されたものの一つ。現文明もそれを流用している。



 とはいえ、百というのはあまりに長いので、それぞれ三十三、三十三、三十四という更に呼称の違う三つの期間を設けている。



 今は旋風の十四日である。風の刻は疾風はやて旋風つむじ凪風なぎかぜの三つ。リアは風の刻が終わるまで。つまり、日数で言えばあと四十日ほどの休みを貰っている。



「……まあ、逆を言ってしまえば何をしても伸び悩むほど壁にぶち当たっているということなのだがな」




 リアが騎士学校に入学して三年。そろそろ見習いを卒業してもいい頃だが、生憎騎士はスカウト制。上からお声がかからなければいつまでたっても見習いのまま。



 ため息を履き、ベッドにから降りる。必要はないと思うのだが、軽く装備を身に付けた。ないと落ち着かないのだ。



「原因はわかってはいるのだがな……」



 リアは武芸の実力もあり、なおかつ騎士神の祝福を受けた騎士だ。本来なら、どの騎士団も欲しがる人材である。しかし、リアはその価値観の違いからある騎士団長と言い合いをしてしまい、なおかつ一歩も引かなかったのである。



 結局、そのことがリアの出世の足かせになってしまっている。



「しかし、私は間違ったことは言っていない」



 騎士は市民を守るべきものだ。例えスラムだろうとそれは変わりない。筈なのだが。



 現在、騎士というものが守るのは人ではなく治安であり、時にはその刃は人へと向けられる。それも、不条理な理由で。



 それはおかしいのではないか、と噛み付いた時のあの男の言葉は、今もリアの胸に鋭利な傷として熱く疼いている。



『騎士が人を守る?笑わせるな。現実はそう甘くないんだよ。女は家で授乳でもしてたらどうだ?』



 あの屈辱を、リアは忘れない。



 女騎士を下に見る下衆な瞳も、騎士の誇りもないその心内も、そしてあまり胸囲がないという地味なコンプレックスに触れたことも、である。



「……休日まで奴の顔を思い出すこともあるまい。さて、里帰りをしたことだし、何をして過ごそうか」



 外は何やら賑やかそうだ。こんなに活気のある街だったろうか。リアはそう思いながらも身支度を整える。



 騎士はいかなる時でも礼節を弁えなければならない。



『寝癖のまま職務に赴くなどもってほか。それは私生活でも変わりないことを覚えておけ。女であることと騎士であることは矛盾しないぞ。女だからという下世話な騎士どもも最近は増えたが、それは彼らが騎士として必要な何かを欠いているだけだ。気にすることはない』




 リドネス教官の言葉は、優しく厳しかった。特に身だしなみに関しては着衣のズレや汚れ、髪のまとめかたや顔をきっちり洗ったかなどもきっちりと見られている。



 それでいて、長旅の任務中の髪の毛のケアだとか、男の騎士との距離の取り方を親身になって相談になってくれている。




『男どもは鎧さえきこめばいいが、私たちはやや手間のかかることせねばならないことは認めよう。しかし、それでもなお騎士でありたいと願う心は高潔だ。いつか認められる時がきっと来るだろう』



 その言葉通り、リドネスという女性は数々の優秀な女騎士を育成し、それを評価され数々の勲章を受けている。騎士団では五指に入る英傑でもある。



「よし!完了だ」



 盾と剣は置いておくが、足具や肘あてなどの最低限の武装はしておくことにした。胸当ては悩んだが、いらないだろうと決断する。



 身軽だが強さを忘れず、女性らしさを損なわず。華やかな姿は人の目を引くことだろう。



「何かあれば素手でいいだろう」



 素手での戦いは女性騎士には必須の科目。武器を使うよりも、こちらでの戦いが得意だという女性もいる。リアとて、少しだけ腕に覚えはある。



「後はなんだ……。毎夜毎夜、カインの好意に甘えるわけにも行くまい。何か狩りでもしている人がいれば仕事もあるのだが」



 生きていくには金がいる。



 騎士学校の授業料は騎士団からの依頼を受けることで支払っているし、騎士学校には専用の食堂が有り、格安で食にありつける。



 しかし、長期休暇となるとそうもいかず、両親のいないリアは何かをして食いつないで行かなければならない。



「魔獣退治が無難だな。護衛のように移動してしまっては休暇どころではないだろうし」



 この世には人間以外にも様々な生き物がいるが、『動物』と『魔獣』の違いは重要である。



『動物』とは人間が飼育可能で、家畜として利用できる動物を一般的に指す。こちらも人間への危害を加えることはあるが、その有用性から積極的に狩られることはない。



『魔獣』とは、今の人間のように魔力を得て、凶暴化、ないし身体が変異した種を指す。



 魔法を使う獣もいれば、自らの体を活性化し変形させるなど、明らかに異形となる部位が存在する。基本的に肉食、雑食ではあるが。希に防衛のために身体を巨大化させてある種もあり、一概に皆凶暴とは言えない。が、魔獣は人間を好んで襲う種が多く、街にはたいてい警備と狩りをして生計を立てる人が多数いる。




 この街の周囲にも、魔獣が嫌がるという草花を植えて、防壁替わりにしている。



 その他全ての問題は、ギルドに寄せられる。魔獣退治の依頼も勿論あるだろう。



「カインの話ではないが、これでは私が冒険者のようだな」



 リアは笑いながら最後の身支度の確認をし、家を出る。



 冒険者の仕事の選択肢は幅広い。



 ギルドの仕事を受けるもよし、国から斡旋される仕事を受けるもよし、魔獣を狩ってその素材を売り捌くもよし。遺跡を探索し、その情報を売買する、はたまた貴族の猫探しや大工の手伝い、留守番などなど。需要があればなんでも商売になるのが冒険者である。



 やがて得意分野が確立すると、冒険者ではなく別の呼称を用いられる。プロフェッショナルという奴だ。



「ん……。何やら広場が騒がしいな」



 広場はカインの学校近くにある。あの建物に全員は入らないので、授業のない子どもはそこで遊んで待つのだ。



「行ってみるか。人が集まるところには何かあるだろうし」



 何もすることのないリアの足は、自然とそこへ向かっていた。



 広場には人だかりが出来ていて、子どもたちが大人の壁を覗こうと努力し、そして失敗して周囲で遊んでいた。



「君たち、カイン先生は何処かな?」



 リアが尋ねると、生徒は指を指して教えてくれる。



「へんなおとこー、ってのがいるんだって」



「危ないかもしれないから来ちゃダメだって」



 子どもたちはどこかおもしろくなさそうに言い放った。お祭りごとからのけ者にされているようにかんじるのだろう。



「そうか、ありがとう」



 リアが礼を言うと、子どもはどういたしまして、と笑って去っていった。




「変な男か。浮浪者か?しかし、こんな場所に?」



 フルシエは、大都市と大都市を結ぶ街だ。基本的に徒歩で来れるのに適した場所ではないので、来る人間は馬車を引き連れる。そういった人間は専用の宿に馬車を止めて奥ため、宿屋が重宝される。



 様々な人がここを訪れるが、そのどれも浮浪者とは言えない。仕事が有り余るこの場所では働きさえすれば死にはしない。貧しくはあるが、飢えるほどではないのだ。無論、住民も大半の人間の顔を覚えている。



 そんな場所に浮浪者、ということは。可能性は二つである。



「行商人の馬車に上手く紛れ込んだか、それとも歩いてここまで来たか、だな」



 前者なら勿論犯罪者であるし、後者なら魔獣を退けてここまで来れる実力があるということである。移民として働きに来たという可能性もあるが、なら別段隠れてくることもない。やはり訳有りなのだろう。



「どちらにせよ、危険か。まあ、カインもいるしどうとでもなるだろうが……」



 すみません、とリアも人ごみの中に分け入る。



 広場の中央には大きめの井戸がある。家庭内に井戸がない場合、ここまで汲みに来る必要がある。覚えやすい場所にあるのは、井戸の水汲みというのは子どもにさせやすい仕事の一つだからだ。落ちたとしてもここなら直ぐに見つかるだろう。



「カイン」



 農具や武器を携えた男たちの後ろに、カインはいた。



「あ、リア」



 魔術師というのは、詠唱中無防備になる。それに加え、鎧などの金属はその集中を阻害するため、魔術師は金属をあまり身につけない。力比べて言えば、棒を持った子どもでもカインには十二分に驚異なのだ。



「どうした?」



「人が井戸のとこで寝てるだけなんだけどね。その、身なりがあまりにも、だからさ。皆近づくの怖がっちゃって」



 リアがちら、と見ると、確かにそこにはぼろ布を纏った男がピクリとも動かないでいた。顔は見えないが、人の容姿をしているように思えた。



「起きてもらえばいいじゃないか」



「そうなんだけど、どうもおかしなとこがあってね……。武装してるみたいだし。狩りが得意な人はいるけど対人戦は慣れがないからさ」



 武装している、か。リアは思う。



 あのボロ切れの中にナイフでも隠し持っているというのだろうか。



「じゃあ、私がやろう」



「え、リアが?」



 リアは笑顔で力強く頷いた。



「対人戦なら模擬戦でなんどもやったし。武器も棒でいい。それを貸してくれ」



 街の人が持っていた、先の丸い棒を借りる。流石のリアも、棒一本で誰とでも戦えるほど強くはない。が、浮浪者の武装なら十分だろう。そう考えた。




 リアは男たちの前に出ると、屈強そうな男が声をかけてきた。体つきのいい男だが、それでもやはり人相手というのは何処か躊躇われるものだ。


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