表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/39

頼りない盾

「久しぶりだな……!」



 リア・ランドルフは久方ぶりの故郷に頬を綻ばせた。



 懐かしい景色、懐かしい雰囲気。そして、懐かしい匂いがする。



「ありがとう、行商の人!」



 いいってことよ、と行商人の馬車は蹄の音を上げて去っていく。恰幅のいい親父である。儲かっているのだろう。彼の商売品である様々なものと三日三晩の二倍ほど寝食を共にしたリアは、手を振りながらそう思った。荷物は武具から食料、薬草のたぐいから酒まで節操なかった。恐らくこの先の業者に売り渡すのだろう。質の良し悪しは馬車の質でわかる。



「商人というのにも色々あるものだな」



 彼はいわば、商人を相手にする商人、仲介業者である。リアには良くわからないけれど、商売をするというのもなかなかに大変なものである。目的地までは馬車であと何日か。それを繰り返すのであるから。そして、その道中は決して安全な道ではないのだ。




「だからこそ、私のような半人前でもタダで相乗りできるのだから、感謝しなければな」



 純粋な敬意をリアは胸に、その馬車を最後まで見送った。



「さて、挨拶より先に寝床を掃除するか。また埃が散らばっているだろうからな」



 荷物を担ぐ。大した物は入っていない。他に目立つのは騎士の装飾が施されたロングソードと、上半身を覆うナイトシールド、つまりは盾である。その他にもどう見ても戦闘用の肘あてや足具、一般人にしては不似合いな胸当てが鈍く光る。




 それさえなければ、活発な普通の女子に見えるだろう。短くも美しい、茶褐色の髪を微かに揺らす。やや短いスカートの下にはレギンスを履いていて、露出はあるが色気はない。



 スカートは女性の礼装であり、礼節を重んじる騎士の正装でもある。




 足具と胸当て、肩や腕の各所を守る防具は、確かに一般人にはないものだ。が、その下に着こなす服は普通の布材でできた町娘が着るような服であり、騎士というにはあまりに威厳にかける。



 今は帰省中だ、ということもあるが、彼女はまだ騎士として半人前なのである。



 まっとうな給与もなければ、本格的な装備は配給されない。ロングソードとナイトシールドは、特別な許可によって、彼女に貸し与えられている。それが不揃いに見えることは仕方のないことだった。



 つまるところ、彼女はなにかと問われれば、『騎士見習い』であるのだ。



「う、やはり構えていないと重いな……」



 ロングソードを腰に、シールドを荷物と一緒に背負うように持ち、リア・ランドルフは自宅を目指す。




『憩いの街フルシエ』



 大都市二つを繋ぐ唯一の街である。南東へ行けば何もない平地が淡々と三日ほど広がり、北西へ行けば陰鬱とした湿地が広がる。



 二都市間を移動する商売人には、ここはようやく湿地を抜けた安堵の場所であり、困難な場所前の最後の休憩所でもある。



 北へ行けば豊かな農耕地が続く。その先は内海、と呼ばれる海が広がっている。



 特産物は湿地でのみ採取される珍しいキノコや生物を加工したものである。多種多様な生態系があるため素人が下手に手を出すと危険だ。猛毒を含んだものも多々ある。商人は湿地を超える際に、多少の小遣いを稼ごうとそういうものを採取し、ここでの査定に一喜一憂するのが楽しみなのだとか。これから行く商人も、何かを拾えばまたここに来なければいけない。辺鄙な場所にはあるがそこそこに人の往来がある賑やかな街である。




 リアがこの街を去ってから、かなりの月日が経った。リアも周囲を見回しそれを認識する。



「この前来た時にはこんな家はなかったな。蛮族領に近いこの街で人が増えるのはいいことだ」



 リアは変わっていく町並みを見てそう感じた。



 現在、世界の情勢は二分されている。



 簡単に言えば、人族、と、蛮族、または別の呼称として亜人族、というが、この二種族の対立と勢力図争いが現在進行形で起きている。とは言っても、今は膠着状態で諍いは少なく、平和な時期であるといえるのだが。




 人族の現所有地は『内海』と呼ばれる海を中心にした、円上の大陸。完全につながっているわけではなく、移動に船舶を使用しなくてはならない場所もある。



『外海』とつながっているからこそ、『内海』という名がついたのだ。



 蛮族所有地はここから更に南に行った山岳地帯。



 陸路でつながっているのは一箇所だけで、その付近には襲撃に備えて大都市がある。しかしながら、「外海」と呼ばれる海を蛮族が渡ってくることも少なからず有り、そしてその場合一番近い街がここなのである。



「そうなるとこの付近にも何かしらの策がいるだろう。団長殿に進言する必要がありそうだな」



 街の平和を噛み締めながら、リアはそんなことを思う。



 リアは、ここから南東にある『騎士の都ガルバディ』に現在住んでいる。先程述べた蛮族領に一番近い大都市である。そこにある騎士学校で、騎士になる訓練、所謂蛮族に対応する力を身に付ける訓練を受けている。



 卒業すればどこかの騎士団に配属され、蛮族から人を守るために走り回るだろう。リアはそれを夢見ている。ともあれ、今は休暇中の身。



 人口増加に伴う街の治安悪化はないようだ。リアは街の様子を見て安堵する。なんだかんだ、リアの故郷の一つでもあるのだ。



 騎士は職業ではなく生き方。これリアの正確というより、心構えである。いかなる時も、人民を守るという意識に綻びはない。



「ガルバディは大規模なスラム街ができてしまったからな」



 大多数が過去に蛮族の襲撃で全てを失った者たちである。何とかせねばと思ってはいるものの、有効的な策が取れていない。




 それはスラム街にいる人間のせいでもあるが、本腰を入れない上流階級にも責任はある。少なからず、リアはそういう思いを抱いている。



「本来、蛮族に対応すべき騎士団が、憲兵のごとくスラム街の人間を追い立てるようになるとは」



 有り余る現実に、リアも思うところはある。それを成すために、早く騎士にならなければという思いだけがあった。



 そうこうしている間に、懐かしの自宅へ。とは言っても、独り住まいの狭い家だ。



 この街が開拓された頃に建設され、空家にしてかなり時間が経っている。



「……流石に、掃除だな……」



 鍵を開け、ゆっくりと中を除き、そう頷いた。



 埃が舞わないように中を歩き、窓を開ける。それだけで風が入り込み、白い塵が舞う。思わずリアは口と鼻を手でおおった。



「ケホッ……。全く、里帰りしてそうそうこれか……」



 苦笑いを浮かべたリアは、掃除用具を求めて奥へと向かった。



 リア・ランドルフ。



 ランドルフというのは人族の家名であり、貴族や高貴な身分になると、名前と家名の間に貴名というものが加わる。



 ランドルフ家の血筋はもはやリア一人である。



 父親はリアの生まれる前に死亡。リアの記憶では母親とガルバディのスラム街生活を多少経る。その時に母親も流行病で死亡した。



 リアはその後、まだ形成途中だったこの街に移民し、幼少の頃までこの場所で過ごす。そして自分の意志で行動ができるようになると直様、ガバルディの騎士学校に入学した。



「思えば、色々あったものだよな」



 床を吹きながら、リアは思う。長らく使っていなかった井戸水が手に冷たい。女の一人暮らしということで、室内に井戸を掘ってもらってある。家の場所が良かったというのもあるが。



 騎士学校に入ってからは瞬く間に時が過ぎた。来る日も来る日も鍛錬鍛錬。



 どうしても男には筋力で勝ることはできないので、工夫と努力を重ねた。結果、その他の要素もあり、今では男とも十分に渡り合える剣の腕がある。



 女騎士というのは珍しいものではないけれど、数で言えば少ないのは確か。魔法に秀でていたり、統率力に長けていたり、男にはない戦い方で圧倒したり。



 自分も腕を磨けばいつかは、と思っているが、それでも一抹の不安は拭えない。



 リアには魔法を扱う能力はなく、剣の腕も中の上といったところ。統率力など試したこともない。



 それでも、とリアは思う。



 自分が誰かを守れるのなら、この道を進むべきだ。リアはそう思い、一心に床を拭いた。



 一通り床を吹き終え、次は今日寝るベッドの埃を窓から払っていたときだった。



「リアちゃん、帰ってきてたのね!」



「ご無沙汰しています。アンナおばさま」



 無論、リアを知っている人もたくさんいる。彼女はアンナ・マステルギア。



「カインは相変わらずですか?」



 幼少の頃からの幼馴染、カイン・マステルギアの様子を尋ねると同時に、布団を叩く。埃が舞った。



「この街にも人が増えてね。あの子は頼まれて子供に魔法やら歴史やら教えてるよ」



「教師ですか!凄いですね」



「そんなことはないよぉ。毎日子どもの扱いにヘトヘトさ。それに、のら教師だしね。教えてることがほんとなのかどうか、怪しいもんだよ」



 リアは笑う。



「カインは魔法の才能がありましたし、頭もいい。そこは私も保証します。読書家でしたから、向いているかと」



「男なんだから、もうちっと体力つけなきゃダメだと思うんだけどね。今も授業やってるから、よかったら見に行ってみたらどうだい?」



 学校の施設は、新たに建てられた建物で行っているようだ。



 私も手伝おうか、という言葉を丁寧にお断りし、リアは思いを馳せる。



「カインが教師か。中々に立派じゃないか」



 リアはどこか嬉しそうに微笑んで、布団を叩き続けた。



 掃除が終わると、早速カインがやっている学校へと向かう。



「魔法の授業といったが、そう簡単に教えられるものなのだろうか」



 魔法。それは人族と亜人族を隔てた特殊な力。



 己の中にある『魔力』を、『ある一定の法則』を用いて、現世に奇跡を起こす技である。



 火を起こし、風を産み、水を湧き出し、大地を隆起させる。



 魔力は人族なら誰しもが内包している。亜人族にさえある。しかし、それを使えるかどうかというのはまた別の話。



 これはある意味で感覚、直感的なものでしか伝えられず、教えたからといって誰もが使えるわけではない。



 リアも幼少時に散々カインに魔法のコツを教わったが、使えるようにはならなかった。



「今では神聖魔法が使えるが、他はてんでダメだったからな。そもそも、魔法に違いがあることも理解していなかった」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ