ランドルフの長男Ⅱ
「パーティ名とかは要らないのか?」
「パーティ?なんだそれは」
「この上にあるだろ。そこに書くんだよ。三人で来たからパーティでも組むのかと思っていたが、違うのか?」
パーティ?三人が瞳を合わせると、コムロクは困ったような顔をした。
「あーわかったわかった!説明してやるから!」
パーティとは、多人数で依頼を受けるときの処理を簡略化させるためのものだ。
高額な依頼は単独での任務遂行が困難なため、多人数での仕事になる。すると、ギルドとすれば人員の管理、さらには成功報酬の分割など、非常に手間が増える。そこで、報酬を「パーティに支払う」ということで、その手間を簡略化しているのだ。
パーティ内での取り分のやり取り、メンバーの離脱参入にギルドは一切関与しない。が、その度に手続きが必要なので、パーティ内で揉め事が多いとギルド員に嫌われやすい。
「なるほど。色々考えてるんだな」
リアが感心すると、コムロクは小さく笑う。
「ギルド員は人を見るのが仕事ってな」
コムロクは疲れた笑みを嫌味なく浮かべた、
「で、どうする。パーティ登録しとけば他の都市に移動した時とか便利だぞ」
「便利って、どういう風に?」
「例えば、ガルバディにいってそこで活動するという報告を受ければ、俺があっちのギルド員に連絡する。そうすることでそのパーティの信頼度や、どの程度の仕事を任せられるかという基準になるわけだ。あっちのギルド員からしても手間が減ってお助かり、というわけ。この書類がパーティだとたった一枚で済むんだな」
冒険者一人一人の仕事功績を処理するのは、ギルド員のまっとうな仕事なのだがこれが激務。フルシエならまだしも、この世には思った以上の冒険者がいるのだ。それをパーティ名で一括して行えるので、ギルド員は基本的にパーティを推奨する。
「それと、パーティで仕事を続けるとギルドの評価は上がるし、高額な以来も回ってくる。下手な貴族よりも金持ちになれる可能性もあるぞ」
三人の冒険者と、三人パーティの仕事の処理は三倍ほど差が出る。
コムロクは一通り冒険者の説明をしたあと、で、と切り出す。
「どうするよ、パーティ登録。一応、三人以上だから条件は満たしてる」
その姿は、面倒だからパーティ登録しろよ、という力強い意思に満ち溢れていた。
「あ、ああ……。じゃあ、それで。パーティ名とかは、あとで決める感じでいいだろうか」
「おう、全然いいぜ!一応、『未定』って書いとくな!」
コムロクは素早く書類に文字を書き足すと、判子を押す。
「ほい、これであんたらはパーティ名『未定』の冒険者だ。依頼は今日から受けられるぜ!」
コムロクのテンションに、リアは若干の不安を覚える。
「じゃあ、適当な仕事選んでよ」
カインがそうねだると、コムロクはリアを見て、カインを見る。そして最後にジンを見た。
「俺はカインの魔法の才能は知ってるけど、そこの姉弟の実力は知らないんだよなぁ。そのへん、どうなの?」
コムロクはカインに尋ねる。
「うーん、僕は剣の腕とかはわからないけど……。少なくとも、弱い部類じゃないと思うよ?」
「騎士学校に通ってる姉はともかく、弟はどうよ?丸腰?何で魔獣と戦うわけ?」
リアは騎士見習いというだけある風貌をしているが、ジンは呪鉄手甲を隠した今、その異様さはなりを潜めている。
「ジンは……、色々、器用なんだよ」
呪鉄手甲のことを説明するのも面倒だ、と、カインは言い訳する。
「そうそう。こう見えて意外と体術は私と同等だったりするんだ」
リアも慌てて話を合わせる。
戦いにおいて、素手というのは愚か者というより、自殺志願者と捉えられても不思議はない。
「ふーん……。まあ、ナイフ一つで器用に戦う奴もいるしな。カインに免じて、まあそこは信用してやろう」
その実、戦闘能力においては三人の中で随一なのだが、中々に信じてはもらえないだろう。
リアとカインは息を吐いて安堵した。
ジンの異様性は無闇矢鱈に取り上げるものではない。
呪鉄手甲もそうだが、彼の真意が神を、正々堂々真正面から打ち倒すことだと知れれば面倒なことこの上ない。
「そういうところもちゃんと見るんだね」
カインが、コムロクの仕事ぶりを評価するような姿勢を見せた。
「そりゃあな。下手に戦えない冒険者送り出して死なせた、ってーのはよくある話。こっちは商売だけど。一応、そういうのも気にしてんだぜ?」
事務的な仕事さえこなせば利益が上がるギルド員だが、冒険者の命をその実思ったより重く考えている。
ギルド員が許可しない依頼は冒険者は受けることができないのだ。
「ジンのことは見かけだけで評価するのは無理だろうが、実力は私が保証しよう」
「姉ちゃんがそういうんならいいけどな……。冒険者ってのは、用意周到なくらいがいいって話だぜ?姉が立派な盾と剣持ってんのに、弟が手ぶらってのは俺どうかと思うね」
「……考えておこう」
ジンは一言、そう言った。
その実、ジンの指は動きこそするものの、普通の指ように細かい動きができない。さらに、金属で出来ているため物をしっかり持つことができず、強く握るとそれを壊してしまう。敵を撲殺することに特化した腕と足なのだ。
「実力に見合わない見た目というのも考えものだな」
「そうだけど、これは仕方ないよ」
二人はヒソヒソと声を交わす。リアは、なぜ騎士が装備に拘るのかを身をもって知った。
「それで結局、今出来そうな依頼はあるの?」
カインが仕事を催促すると、コムロクは依頼書を開く。
基本的に、依頼はギルド員を通して告知される。どの程度の依頼をこなせるかというのは、ギルド員の評価次第だ。
「んー、資材集めとか、その護衛とかなら事欠かないが……。話的にもっと上のランクがいいってことだよな?」
「そうだね。魔獣の狩りとか、そういうのがあればいいかな」
当然だが、危険度に応じて報酬は上がる。
魔獣に出くわす可能性がある、という以来より、魔獣を倒すことが条件の依頼の方が、一般的に報酬は上だ。依頼者が同行する護衛、または探索依頼の場合、危険手当として追加報酬が出る場合もある。遺跡探索などは基本報酬よりこちらの方が大きい。
「そうだな……。じゃあ、ちょっと難易度は上がるがこれはどうだ?」
そうしてコムロクが出した依頼書には、こう書かれていた。
『依頼主 カズハ・アーケリン
依頼内容 南西にある森への同行、道中の護衛
基本報酬 千五百リル。危険手当有り。その他要交渉』
これは依頼主が書いた依頼書そのままである。
「南西の森かぁ。トレントの果実が目的かな?」
フルシエから南西に行けば、緩やかな傾斜の森があり、そこを超えると海岸に出る。
森にはトレントという魔物が生息していて、今の季節になると香りのいい果実を実らせる。
「十中八九そうだろう。あれは王都でよく売れるらしいしな」
この地方の特産物、というわけではないがトレントが生息する森の中では比較的探索がしやすい場所なのである。
コムロクが付け加える。
「依頼主はただの旅商人だ。身元に怪しいところはない。まだ若く、コネも少ないから目玉商品を確保したいんだろ」
商人は街の発展には欠かせないが、一概に商人といっても色々ある。
一般的に商人といえば、食材や物を街で店舗を構え、販売する人のことだ。その商品はどこから来るのか、というと、これまた商人から買うのだ。
分別的には『旅商人』と呼ばれる。各所を回っていろいろなものを自前で取得するか、交渉して買い、他の街に行ってそれを売る。それを繰り返して利益を出す。店で店舗を構えるには、ある程度の金銭が要求されるので、旅商人は商人になるための初めの一歩というところ。
フルシエの革職人のようにある程度の技術や質がなければならない商人とは違い、身体と馬車さえあればいいという気軽さもあってか、その数は決して少なくない。
「そのトレントの実というのは、依頼料を払ってでも黒字になるほどのものなのか?」
ジンが尋ねると、コムロクはさてね、と首を振った。
「普通の果実と違って魔物の果実だしな。味はそこそこいいが、そんな目立つもんでもない。王都の何も知らん貴族様が物珍しさに高額で買い取るんだろうよ」
そうかもね、とカインも頷く。
「トレントの果実は魔物を寄せ付ける特殊な匂いがするらしいし、護衛は必要だね。ただ、報酬は一人あたり五百リルか」
やや低い報酬に、カインが眉根を寄せる。
銀貨五枚である。銅貨が五十、十、一リルと三種類彫刻の違う硬貨があり、金貨は一枚千リル、銀貨は百と五百の硬貨がある。
「装備は三千リルだったな」
「返済はそう急がなくてもいいぞ?」
リアがジンに声をかける。
無一文のジンは、リアに二千リル、カインから千リル借金をしている。
「リアも無一文でしょ。ま、贅沢は言えないよね。じゃあ、取り敢えずこれをやるよ」
「おう。俺も悪いが、この依頼であんたらがどの程度『デキる』のか見させてもらうからな。よろしく頼む」
「試験替わりか。いいだろう。で、次はどうすればいいんだ?」
コムロクが依頼書に判子を押す。