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神殺し

 それはとある大陸、とある地方の未だ人には露見されることのない、そしてこれからもないだろう、過去の遺産。歴史を鑑みれば『遺跡』と呼んでいい古い室内。



 壁と床は砂岩で作られていて、誰もいない埃だらけの空間を支えている。この部屋、この施設全体が放棄されてからどれだけの月日が経ったのだろうか。



 有り余る埃とカビの匂いが正しく有害物質のように、毒する相手を探して舞っている。



 部屋は静かだった。



 見渡すまでもなくひと目で全てが理解できるような狭さだ。



 スペースにそぐわない本棚と、乱雑にまき散らされた紙片、そして砕けた金属片などが散らばっていて、とても素足で歩けるものではない。



 紙片は羊皮紙である。一枚一枚が分厚く、もう劣化しているのか何が書いているのか読み取れない。手に持っただけで崩れてしまいそうだ。



 その中で目を引くのが彼である。



 彼はこの部屋で眠っている。ベッドなどではなく、休眠用の箱か何か――そう、どんな原理で動いているのかは全くわからないが、とにかく彼がこの中で眠っているのだから、これは人を生かすためのものなのだ。硝子のような薄い膜に覆われた箱の底では、何かが鼓動するかのように蠢いて光を放っている。




 淡い光は魔力の光。人の持ち得る力であり、自然界に有り触れたものでもある。



 これは魔力によって、彼を時の呪縛から逃れさせる装置。



 魔法でありながら『装置』でもある。これは遠く昔、人と亜人が起こした大戦で失われた技術、『魔機学』の、禁忌中の禁忌の一つである。




 いてはいけない、あってはいけない、なしてはいけないことの真髄を極め、彼はここにいる。



 そして、幾つもの時を超えて、その魔力がついに切れようとしていた。



 魔機が動きを止める気配がする。この部屋が、施設が本当の静寂に、暗闇に満ちた。



 閉じていた彼の瞳が開かれる。何かを探すように視線を送り、そして何もないと認識すると彼は即座に行動した。



 余りにも突然で、余りにも久々の破裂音に、埃も黴も嬉しそうに舞う。



 彼が拳で、彼を保護していた物を叩き割ったのである。やはり硝子だったのだろうか。それはあっけなく粉々になった。



「……うっ」



 外に出て、久方ぶりの呼吸をした彼は、即座にその空気が有害なものであると察する。



 残りの硝子を手で綺麗に割る。



 彼の両手は、肘まで黒色に覆われていた。その鈍色は鉱石を加工したときのような美しさと質感を備えている。




 身体を起こし、地に足をつけた彼の両足もまた、膝下まで黒く覆われている。散らばったガラスが彼の肌に刺さることはなさそうだ。




 両手両足のそれはそれなりの重量があるのか、姿勢を維持するのにやや苦労した彼は、ようやく二足で立ち上がる。呼吸は最低限に留めてある。



「……ふむ」



 見覚えがあるような気もするが、ないような気もする。そんな風にあたりを見渡す。



 彼の瞳は全くの暗闇でも、室内の構造を的確に捉えていた。



「さて、まずは服から調達するか。後は生きる術だな」 



 こんな状況でありながら、彼は自分の目的が何なのか理解しているのか、即座に行動に移る。




 とりあえず、人として最低限の文化的な身なりをすることにしたようだ。




「植えつけられた知識がこの時代で通用するといいが」



 足音が響く。



 普通の人間の柔肌を叩きつけるような音ではない。まるで鎧が闊歩するときのような金属音。



「これでは隠密にも向かない。ここが人族領であるとも限らないのだし、不便なものだな」



 足音も足跡も消すことは難しそうだ、と冷静にその性能を確かめる。



 何のために彼が生まれたのか。



 どうしてこの時代まで眠り続けていたのか。



 それは過去の文明で、禁忌に一番近づいた男の、最後の願いを叶えるため。



 その男が誰なのか、どうしてその目的を自分に与えたのか。彼も知らない。



 だが、彼はその男の望みを受け継ぎ、そしていつか果たすように作られている。



 彼がその目的を果たすことを諦めたとき、四肢の金属は彼を包み込み、物言わぬ人間の金属像が出来上がる。そういう『魔法』である。



 施設の中で適当に衣類を漁る。が、着ることができそうなものはなかった。彼自身、白骨した人骨くらいあってもいいのではないかとやや訝しんだ程だ。



 この施設、いや、遺跡には、誰の痕跡もない。



 結局、とある一室の、寝床のシーツを流用する。ところどころ穴が空き、黴臭い。が、全裸よりはいいだろう。旅人というには余りに貧相だが。



「……浮浪者のようだな。いや、事実今はそんなものなのだが」 



 彼はおかしくて笑う。施設内に返事を返すものは無論いない。



 黴と埃だらけの空気を、彼は極力吸い込まないように施設を歩き回った。むき出しの肌が実に滑稽に見えるが、やはりその両手両足は異様に映った。まるで怪物のようだ。



「後は外で何とかする他ないな」



 あらかたこの施設を周り終わり、彼どこかにあるはずの外を目指す。




 外の様子はわからないが、外に出る方法はおぼろげに覚えていた。



「行くか」



 金属が鳴る。足音は歪だ。



 彼の存在は、歪だ。そう作られているのだ。



「神を殺せ、か」




 神を殺せ。それが彼に与えられた唯一にして至高の命題である。



 どうやって殺すのか。どうやってその頂きにたどり着くのか。そもそも抗うことさえできるのか。



 それら全てを請負って、彼は往く。


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