余暇
地球を出発して72時間が経過した。
月軌道まで、もう少し、月軌道上で建設中の船とドッキング。一旦、月の重力に捕まり自然落下。
本当に落ちることなくやり過ごし加速を付け地球に向かう。そして、地球の重力も使って、スイングバイし、現人類が考えられる最大速度を得て火星に向う。
最終目的地は火星。到着は8カ月後だ。火星の大地を踏むことができれば、人類初となる。
第一期国際火星探査の乗組員に選ばれて5年、
遠ざかる小さな地球を小さな窓から眺めていた。感慨に浸っていると、米国人のジョンが話しかけてきた。
「ゆう、なにぼ~としている」
支給されてるNASAの青いツナギを腰の所まで履き、袖を使って結びベルト代わりにしている。
上半身は、白のタンクトップで、肩にかけているタオルの両端が、所在なくぷかぷかと浮かんでいる。ジョンの額には薄ら汗がにじんでいる。
さっきまで聞こえていた隣の部屋のトレーニング装置(ARED)の音は、ジョンが出していたようだ。
ジョンとの付き合いは4年となる。操縦士として、このプロジェクトに参加した。
空軍でパイロット経験を積み、新設されたばかりの宇宙軍に配属され、人類史上初めて行われた宇宙での遭遇戦を経験している。
遭遇戦は、地球と月の引力が釣り合うポイント(ラグランジュポイント)で行われた。
某国との戦闘は互いの戦闘機による遭遇戦で両国ともその空域で訓練を行っていた。
米国は近年小型化に成功したレーザーを主力とした戦闘機で機動力に長け、戦いは米国有利に見えた。
一方某国は、技術的には枯れた超電磁砲を主体とした戦闘機で機動力ではやや米国側に劣る。
その分、装甲を厚くし、超電磁砲の破壊力はレーザーに勝った。
米国側は機動力を生かして相手をかく乱し、的確なレーザー照射で確実に相手のHPを奪っていく。
某国の戦闘機一機を航行不能にした直後、某国側が放った超電磁砲が米国側戦闘機に命中、両国とも1基の損害を出したところで、両国参謀本部からの通信により、これ以上の戦闘の拡大は行われず、両者痛み分けとなる。
政治的には、両国ともに相手国の批判を展開したが、開戦のきっかけが、某国の戦闘機による赤外線誘導レーザーの照射が原因とされ、某国側に国際的な非難が集まり、某国側は、米国主導で行われていた第一期国際火星探査の不参加を表明。以後、だんまりを決め込んだ。
英国も米国と歩調を合わせ某国批判を行った結果、不参加を表明した某国搭乗員の代わりに英国搭乗員枠が2名になり、それを受けた仏国が不満を表して第一期国際火星探査への不参加を表明した。
ジョンはその後、このプロジェクトに参加。これは政治的にに言えば明らかに某国の再参加を拒否するメッセージとなった。
「見納めかなと思ってさ。次に見られるのって3年後だし」
「一度加速つけるために地球にもどるのだから、今が見納めじゃないだろ」
「そうなんだけどさ、その頃忙しくなるのは訓練で経験ずみだし」
「なるほど、俺は、コックピットから見放題だけどな」
「地球にだけは落とすなよ」
「任せなって、あの戦闘で落ちなかった俺だぜ。このデカ物だって目をつむってでも操縦できら」
「某国との? 英雄ジョンか」
「英雄ってのはよしてくれよ。キャラじゃないし、あの時はああでも発表しないと国は対面を保てなかったんだ。俺はいわゆる作られた英雄なんだよ」
「散々その話は聞いてるよ。ま、聞かなくても4年も付き合えばハッタリだって誰でもわかる」
「ハッタリはひどいな。」
「英雄は英雄たらしめる威厳のようなものがある」
「誰の言葉?」
「僕の」
「言ってろ」
と言ってジョンが笑みを見せる。
「お、月が大きい」
「ああ」
月は、地球を出発したころより随分と大きくなり、ゆうらの到着を歓迎してくれているかのように太陽の光をやさしく反射して無言のうちに待ち受けていた。