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「……お前、なにしたんだ?」
少女は唇を噛んで黙り込んだ。
(こいつは父親に家に追い出されるようなことをしたということなのか、それとも父親が厳しいということなのか。……それにしても家に入れないというのは厳しいな)
彼は少女に少し同情した。しかし貴重な休日を使われて腹が立っていたのも確かだった。
青年にとっては本当に久々の休日で、今日こそは好きな作家の新刊を読了しようと思っていたのだ。なのに、このままでは読了どころか読む事すらままならない。
「……お願いです!私をしばらくここに置いてもらえませんか?」
涙目でそう訴えてくる少女に青年は厳しく吐き捨てた。
「……でも家出にかわりはないだろう?」
(家出にかわりはないんだ。結局、追い出した当人ももしかしたら後悔していないかもしれないし、そもそも俺が人といるのが好きじゃない)
でも少し青年の心がいたんだのは事実だった。べつに、彼がここから少女を追い出しても起こる人は誰もいないのに。
「たしかにそうですけど……。やっぱり、ダメですか?」
がっかりとした表情を浮かべ少女な俯いた。目には涙をためていて、もう少しで泣きそうだ。
(冗談じゃない。なんで泣かれなきゃいけない。これじゃあ俺が悪者みたいじゃないか……)
青年は考えた。
確かに見ず知らずの他人を家に上げたくない俺の思考は正常だと思う。
だけど、この子はその見ず知らずの他人の家を、教えてもらって、はじめて訪ねたんだ。
こうやって訪ねるのにも勇気がいるはずだ。
(せめて一日だけでもこの家にいさせてやってやりたい。そうすれば母さんになにかいわれることはないしな)
青年は自分で自分の心に説明を無理やりつけると、あることを思いついた。
青年は俯いたままの少女に声をかけた。
「なあ……俺とお前で賭けをしよう」
青年がそう言うとうつむいていた少女は顔を上げた。
「ルールは、えーと。一日以内に俺をこの部屋から外に出してみせろ。俺を外に出すことができなければ、お前が出て行くんだ。俺の母さんにはお前が自分で出て行ったことにしろ」
「……それじゃあ不公平です」
なにを思ったのか少女は不満気に呟いた。うるんでいた涙は嘘のようになくなっている。
「は? 賭けに譲歩してやってるんだぞ? こっちはお前を今すぐ追い出してもいいんだ」
「お兄さんは自分が追い出せないから今すぐ追い出さないだけですよね?」
青年は言葉を詰まらせた。
確かにそうだったのだ。彼は困っている人、特に年下を放っておけるほど割り切っている人間ではなかった。
「ほうら、言葉がでないじゃないですか。そもそもお兄さんに有利なんですよ、この勝負。だから、私が勝ったら何でも言うことを聞いてくれますよね?」
「……聞ける範囲ならな」
苦々しい顔で呟き、青年は頬杖をついた。
少女はその言葉を聞いて満足げに頷く。
(どうも、こいつのペースに乗せられている感じがする……)
「今から一日ですよね……。私、頑張ってお兄さんをこの家から追い出しますから! 応援してくださいね!」
「……人聞きが悪いぞお前。そもそもなんで俺がおうえ
「あ、今からはアカリって呼んで下さいね! お前お前って、私、お兄さんの妻じゃないんですから。ちゃんと名前で呼んで下さい」
「……人が喋るのを遮るな」
少女にハキハキと畳み掛けられて青年は眩暈がした。
さっき泣きそうに俯いていた人とは思えないほどの理不尽さに青年は声も出なかった。
(騙された……)
青年はため息をついて、ベッドの上においてある読みかけの本を手にとった。