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青年の家はキッチン、風呂、自身の部屋だけのこじんまりとした空間だ。もっとも、部屋自体の大きさは広いのだが。
青年の部屋に入った少女はあまりの殺風景さに驚きを隠せないようだった。
「本当に何も置かないんですね」
「母さんから聞いてるんだろ?」
「でもびっくりしますよ…殺風景すぎます」
座るところが無かったので彼はベッドに座るように少女に指示し、クローゼットの中にはいっている救急箱を取り出した。
無造作に突っ込まれた包帯と消毒液とガーゼをだし少女の隣に置く。
「いたくないか?」
青年は少女の手を見た。さっきついた痕には少し血が滲んでいる。
「少しだけいたいです…あ、でも自分でできますから」
「傷つけたのは俺だからな。俺がやる」
丁寧とは言えない手つきだったが、彼は優しくいたわるように少女の手当をする。
少女はされるがままになっていたがふと青年に声をかけた。
「社長さん社長さん」
「そう言われるのはあんまり好きじゃない」
「え、じゃあなんて呼べばいいんですか?」
「社長さんとか社長以外」
彼は社長扱いされることが好きではなかった。社長という身分自体この家に生まれてついてきたものだからだ。
実力でなったわけでもないのにそう呼ばれても嬉しい訳がなかった。
「んー……。じゃあお兄さんって呼びますね。わたしのことはアカリでいいです」
「ん」
多少不満そうだったが、面倒だったからか彼は適当に相槌をうった。
「お兄さんの部屋はなんでこんな殺風景なんですか?」
「面倒だから。それに飾り立てても楽しくないだろ? ごちゃごちゃしてると気が休まらないんだ」
「そういうものなんですかね」
「そういうものだ」
彼は包帯を緩めに結んで立ち上がり少女の隣に座った。
「で、なんでうちに来たの?」
「えっと、だから、居候させてください」
「結論飛んでないか?……あ、飲み物いる?水道水しかないけど」
来客には飲み物を出すものだろうがあいにく彼の家には飲み物や食べ物は置いていなかった。
「え、ないんですか?」
「期待するな。食べ物も一切ない」
「そんなので良く今まで生きられましたね」
呆れたように呟く少女に青年は少し苛々したように答えた。
「今のご時世家で料理や食事をする必要なんてない。外食もできるし、出前だってコンビニ飯だってあるんだ。普通はそれで事足りる」
「手作り料理の良さがお兄さんにはわからないんですか? 自分や他人が作っているのを見た料理は美味しいんです。あと、水道水は美味しくないですよ」
「他人のことだろ? ほっといてくれ。で、水はいらないんだな?」
少女は少し困った顔で頷いた。
(どうやら水道水は嫌いみたいだな)
青年はため息を一つ吐いて少女の方を見た。
「本題に入ろう。何で俺の家に居候なんて考えた」
少女は驚いたように肩を震わせ、手に巻かれた包帯を触った。
「そんなことどうでもいいじゃないですか」
「お前にとってはどうでもいいかもしれないが、休日を邪魔されてる俺にとっては重要なんだよ」
青年は頭を掻きながら少女を凝視した。
(悪いけど悩みがあるようには見えないし、多分どうせつまらない理由だろう。……他人のつまらないことに付き合わされて休日がなくなるなんて最悪だ)
「ここに来た理由を話さないと追い出す。俺だって時間無いんだ。本当はお前を今すぐ追い出してやりたい」
青年がそう言うと何を勘違いしたのか少女は目を輝かせた。
「理由言ったら追い出されないんですか。最初からそう言ってくださいよ……。理由は簡単です。ただの家出ですよ」
「……さっさと家に帰りなさい」
「帰れないんです。……お父さんが家に入れてくれないんです」