始まりはドクダミの香り ④
「えーっと、……だいぶ遅くなっちゃったけど、本題に入るね」
万穂子はおもむろに雷の方へ向き直った。大分静かになった後ろの2人(と一匹)をそれとなく確認する彼女の姿は、それまでに彼女らが一緒に過ごしてきた年月を想像させるのに十分だった。
「さっき言いかけたみたいに、あたしにもユリカや小鳥遊くんみたいな特別な《特技》があるんだ。『ほかの人の《特技》を奪う』っていうやつなんだけどね」
ドラ猫が足元で丸くなり、目を閉じる。彼女はしゃがんでそれを撫でながら、さらに話を続けた。
「奪うとか盗むーとかって言ったら人聞き悪いんだけど、今みたいに《いらない力》を回収してあげたりするとちゃんと人助けにもなるんだよ。あんちゃんにも、そういう方向で協力してもらってる」
「あんちゃん…その猫か? 協力、ってことは……」
「うん!この子はあたし達みたいな人が《特技》を使う時のパートナーなの。ユリカの場合はジェームズね」
そういって指し示された先には、例の太眉の走鳥がいた。 あ、今もしかして会釈した?
「小鳥遊くんの場合は……この子だよね?」
そういって万穂子はおもむろに床のコンクリートへ手をかけ、
まるで大根でも持ち上げるかのような仕草でイルカを引っこ抜いた。
「あらっ!?その子が!」
「ははっ、なかなか可愛いじゃんか!」
2人が嬉しそうに駆け寄り、そのイルカをながめ始める。雷もそれに何か心当たりがあるらしく、2人と同様にイルカを見つめた。
……屋上の床(コンクリート製)からイルカが湧いて出たことに関して誰も言及していないが、如何せんここはこういう世界なので説明はご容赦願いたい。そもそも最近はサッカーのフィールドから飛び出してくるペンギンもいるくらいなので、コンクリートから飛び出すイルカが存在してもなんら不思議はなかろう。
「どうかな?小鳥遊くん、この子のこと、夢とかで何回か見たことあるんじゃない?」
イルカを抱え直して、万穂子は見透かしたように言う。……図星だった。
何故出会ったばかりの彼女にそんなことが分かるのか奇妙で、雷は昔からしているように《耳をすまし》た。
しかしーー予想に反し、何も聞こえてこない。そこではっと気が付いた。この場にいる人間は雷自身を除いて三人、そのうちの誰の《声》も聞こえないのだ。最近の彼を悩ませていた脳内へ直接響いてくるあの《声》が、綺麗さっぱり消えていたのである。
(まさか……)
「そうそう!そのまさか。小鳥遊くんの《特技》は、今あたしが持ってるんだよ!」
「なっ、何やとおおおおおお!?」
うーん………
「『何かが微妙だよなぁ………』」
「おっ!?ドンピシャだよ!凄えぇ!今のがその《能力》か!?」
「えっへへー。そうだよ、凄いよねー!」
驚きと興奮が入り混じった怜汰の表情で、確かに万穂子の言うとおりらしいということがはっきり分かった。
(しかし……待てよ?)
(こいつと俺とさっきのお嬢さんが《同じ》なんやったら、こいつが《特技》使う時もああならんと可笑しい筈ちゃうか?例えばつまりーーー)
「『スカートの中から尻尾生えたり猫耳生えたり、もっとにゃんにゃんした感じにはならへんのかなー』」
「うーん………ってうわあああああああああ!?」
「やったっ正解!?図星だった!? あのね、あたしの場合はユリカみたいにわかりやすい変化ではないんだけど、ほらちょっと目の周りがネコっぽくなってるでしょ……ユリカどうしたの?」
「いいえ何でもないわ!万穂子はずっとそのピュアな心のままでいて頂戴!」
「?? ………うん」
万穂子ちゃんマジ天使である。
「え…嘘、雷お前そういう奴なの?」
「いや…うん普通に紳士やけど」
「マジかよ……… ん?どうしたジェームズ」
彼らが振り向くとそこにはあのエミューがいるだけで、万穂子とユリカはもとの場所には見当たらなかった。
「2人とも何をしてるのー!あの子達のところへ行くわよ!」
「分かりましたユリカ様ぁぁ!! すまん、ありがとなジェームズ」
ジェームズは少し誇らしげに眉をぴくりと動かした。…ように見えた。
「どっか行くん?教室戻るんか?」
「いや。お前に会わせたいヤツがいるんだ。 ほら行こうぜっ!」
言って、紳士達は駆け出した。