始まりはドクダミの香り ②
スランプなう!
それからさっき①を書き直しました。
3時限目の始まりを告げるチャイムの音。
雷がダメ元で押した屋上の扉は、なぜか拍子抜けするほどあっさり開いてしまった。
「…なんで開くねん!」
入学式がさっき終わったばかり。初々しい空気と程良い緊張感に満ちているはずの4月の学校に、何故屋上の鍵すら掛かっていないのだ。
十色葉高校、こんなずさんな管理で大丈夫か?
。
とにかく気が抜けると同時に疲れも限界に達したらしい彼は、コンクリートの床に大の字に寝転がった。
屋上なら、1人で居られるこの場所なら、頭痛にも心無い本音にも悩まされずに済む――。そう思うとつい安心して、若き苦労人は深く深く眠り込んだ。
―・_・;―
一方、そのころ教室では。
「皆さァん、いいですかァ〜?先生の紹介と役割決めが終わったところでェ」
「先生」
「3時限目はァ自己紹か」
「田中先生」
「何かしら鈴之宮さん」
「さっきから小鳥遊君がいません」
「あらァそうなのォ?誰か知ってる人〜」
「多分サボr「頭が痛いみたいでした」(´・ω・`)」
本日二回目のショボーン。お前それでも執事か。
「やだわ、心配ねェ…鈴之宮さん畑中さん、悪いんだけども探しに行ってくれないかしらァ?」
「分かりました」
「了解ですっ!」
「え、先生俺も行きます!」
まだ懲りてないのか、怜汰が慌てて立ち上がる。
「別に必要ないわよ?」
「そ〜おねェ、そんなに沢山行かなくても大丈夫よォ?」
「(´・ω・`)…じゃなくて!お願いです先生、ユリカ様のお父様からの命令もあっ」
「出来るだけ早く帰ってきて下さいねェ〜〜」
「ちっ」
「………(´;ω;`)」
「行きましょう」
………知〜らない。
―=ω=―
「ここなら、誰にも見られないよね」
教室から死角になる廊下の端で、3人はつと立ち止まる。
「大丈夫じゃないかしら、万穂子」
「よーし。……おいで」
万穂子と呼ばれた少女は、先程雷に漢方薬(←?)を突きつけた右手を掲げ、どこへともなく声を掛けた。
「おーっ、今日も速いなー」
怜汰の視線の先には、大きな図体に不似合いの俊敏な動きでこちらへ駆け寄ってくる一匹のドラ猫がいた。
「にゃん次郎のあんちゃん、お仕事だよ。あたしの隣に座ってた男の子が今どこにいるか分かる?」
猫は心底面倒そうに、階段の上を顎でしゃくって指し示す。
「屋上かー。…好都合」
「なんで?」
小首を傾げるユリカに、万穂子はそういえば言ってなかったね、と意味ありげに笑った。
「小鳥遊くん、仲間かもしれない。あたしたちの」
「マジか!?」
「うん。何となく分かるよ」
屋上までの距離はかなりある。早くも階段に足をかけながら、最後にまた振り返って友人に一声かけた。
「あたし、先に行ってみるね。折角だしユリカも連れてきたら?」
途端、ユリカの目が輝く。
「ええ!」
「…、……あぁ俺だ、恐山だ。緊急の用事でな…鳥取や島根達の班にジェームズの手配を頼んでおいてくれ。……え?いや分かってるけどさお嬢様が… あぁ、よろしく頼む」
怜汰がトランシーバー的なものでSPに連絡を取る間だって、無論のことお嬢様は幸せ気分上の空である。
3人の思惑はまちまちだが、一応役者は揃った。
そしてついに……行動開始。
―・ω・―
多分鍵掛かってないんだろうなと思っていたとはいえ、まさかこんなにあっさり屋上の扉が開くとは万穂子にも予想できなかった。
思わずバランスを崩しそうになって冷や汗をかく。
「おっ…と。危なかったー」
足元の猫がギニャァ、と不機嫌に喉を鳴らせば、彼女はかがみ込んでその平たい頭を撫でる。
「ごめんあんちゃん、もう少しでいいから付き合ってよ。帰ったらおやつのスルメ半分あげるからさー」
顔を少し上げると、探していた相手はいとも簡単に見つかった。
なんせ思いっきり大の字になって寝てた。
起こしちゃ悪いかな、と思いながらも彼に――小鳥遊 雷に近寄る。
転校生なのにクラス自己紹介の時間を抜け出してしまいたくなるような《何か》が、きっと彼にもあるのだろう。
それはきっと……
「…んー……くぁぁ…っ」
「あ、起きた。おはよー」
「…はっ!?」
上半身を半ば起こしかけた状態で、雷は手だけで2、3歩分後退りした。まあ家族でもない人間が寝起き時にいきなり目の前にいたら、誰だって驚きはするだろうが。
「あー…ごめん。びっくりした?」
「そりゃあだって…… お前、さっき薬くれた奴やんな?何でここに居るねん」
無理矢理落ち着きを取り戻して体制を整えながら、彼は神経を研ぎ澄ます。
この少女の意図するところ、さっきからミャアミャアと小うるさい不細工な猫の正体――
「あ、いいよ力使わなくて。見たところ頭痛の原因もそれにあるみたいだしね。
あたしはちょっと話がしたかっただけだから」
そこまで言うと、彼女は勿体ぶって一呼吸おいた。
「――小鳥遊くんも、《特技持ち》なんでしょ?」
どういうことだ、と声を発する事さえできなかった。
こいつは何なんだ、どうして俺のことが分かる、そもそもこの変な力が使えるのは俺だけじゃないのか、『も』ってことはまさかこいつは――そういった疑問全て、少女に纏わりつきはじめた禍々しいオーラにかき消されていく。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。
あたしの名前は畑中万穂子。うちは古来からの専業農家で一番上のお姉ちゃんなんだけど、今はそれはいいや。
こっちの子…にゃん次郎のあんちゃんと一緒にいることで、ドラ猫の《特技》が使えるよ」
「……?」
何の音もしなかった。
気付いた時には既に、万穂子は右手の人差し指を雷の額へと添えていた。
「もしお望みなら」
「その力、あたしが奪ってあげようか?」