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エピローグ

 七月二十三日。

 夏休み前、生徒登校最終日。終業式だ。

「相変わらず疲れる」

「生徒会長がそんなこと言っちゃダメだと思うけど」

 生活指導の教師や、それぞれの学年主任の話が延々と続いている。生活のリズムを乱すな、夏休み中も自宅学習をおろそかにするな、海へ行くときは必ず親に連絡してからにしろ、友人宅への外泊は基本禁止、などなど、誰が守るのかも分からない注意事項を無駄に時間をかけて喋っている。もうしっかり夏に突入しているこの時期は体育館に入るだけでも気持ちの悪い熱気を浴びることになる。そこへ何十分も同じ体勢で聞きたくもないような話を聞かされるのだ。生徒達にとっては夏休み前、最後の難関、と言える儀式だ。

 莉々華達生徒会役員は司会も兼ねているため、ステージ脇の入り口近くに全員腰を下ろしている。

「あ、終わったよ。次が本番だね」

「って、言ってもボクらは聞いてるだけだろう?」

「それはそうだけど……」

 三年生の学年主任が約十五分のスピーチを終えてステージから降りてくる。そして、それと入れ替わるように校長が壇上へ。

「え~、生徒諸君。同じ体勢では疲れるだろう。少し時間をあげるから、一度立って体をほぐして欲しい」

 校長の言葉を受けて一斉に全校生徒が立ち上がる。眠っていた生徒も起き、空気が切り替わった。一分ほど経ったところで校長は「では、座ってください」と言って、再び生徒達を着席させる。

「前口上をだらだら話していてはまた寝る人たちが出るだろうから、すぐ本題に入らせてもらう」

 実は、莉々華達生徒会は終業式で『このことだけは話してください』と校長に頼んでいたことがあった。校長にとって、それは決して嬉しくない要求であっただろうが、星絆によって自分の非を認めさせられた後だ。断りはしなかった。

「私自身、反省していることなのだが、今年度行われた大改革には『生徒の成績を上げる』という理由意外の、謂わば裏の理由があった」

 それは、今まで生徒への影響を考えて伏せてきた校長達の『賭け』を自ら公表しろ、という内容だ。紅花の立てこもり事件が終了した後、両校長がお互いに謝罪し、賭けは無効となった。だが、莉々華達はそれだけで終わらせず、生徒達にも謝罪しろと申し出た。校長が自ら話すことで本当に反省している、ということを示して欲しかったのだ。

 この賭けがあったからこそ当日、琴音が紅花高校へ出向いており、いち早く情報伝達が為され、結果、解決に導けたと言える。しかし、校長達が生徒である莉々華達を苦しめ、暴言を吐いたことも事実なのだ。だからそれについては、反省していることと、もう同じことは起こさないということを全校生徒の前で宣言するべきだと、そうお願いした。

「……だから、生徒会の皆さんには大変申し訳ないことをしたと思っているし、雪花高校の校長として、やってはならないことをしたと思っている」

 謝罪の言葉が続き、莉々華と琴音は頷き合う。これで、やっと終わったと。

「……そこで、生徒会の諸君、佳乃莉々華さん、五月雨琴音さん、白木風夜君、繭神星絆君には功労賞として、表彰状を送りたいと思う」

 突然、名指しでそんなことを言われ、生徒会面々は面喰らう。

「そんなこと頼んでないよ?」

「ボクじゃない」

「……何もしてません」

 星絆も首を振り、全員が揃って壇上の校長へ視線を向ける。

 すると、校長は笑って手招きした。

「変なところでサプライズを用意してくれたもんだね」

「だね。こういう力を普段から見せて欲しかったね」

 莉々華と琴音が立ち上がると風夜と星絆もゆっくりと立ち上がった。ため息をつきながらも嬉しさを噛み締めていた。

「ちょっと待った――!」

 そこへ、突如、先頭の莉々華が壇上に上がる階段に足をのせたところで入り口が勢いよく開かれた。

 入ってきた人間を確認した莉々華達は呆れる。

「その表彰状だけじゃあたし達は納得しません」

 凛とした声でそう言い放ったのは紅花高校生徒会長、詩月珠奈。その後ろには四人の人影がある。

「と、いうわけだ。紅花高校からも表彰状を送って差し上げたい。どうかな?」

 珠奈の背後から体格の良い、一人の男性、紅花高校の校長が現れた。他の三人は言うまでもなく、紅花の生徒会役員だ。

 体育館内に動揺が広がった。壇上の校長すら、何事かと慌てている。

「珠奈。来るなら連絡くらい入れておくべきだろう?」

「そうかもしれないわね。でも、あたし達とあれ以来しっかり話してないでしょう? ゆっくりお茶でも飲みながら話したいって皆から意見が出て。じゃあちょうどいいからって、ついさっき決まったの。到着したのもたった今よ」

 事実、あの一件で少し話した後、どちらからも連絡がとれないでいた。紅花は臨時休校が何日か続いていたが、その間、マスコミの取材に対応しなければならず、身動きが取れなかった。また、雪花も、人質を救出したとしてテレビ等で大々的に取り上げられ、普通授業をこなしつつもそちらに応じなければならない、過酷な日々が続いた。最近になってようやく収まってきたが、捕まった男が何か言うたびに取材が来るため、三週間近く経った今でもお互いになかなか自由に動けなかった。

 莉々華は適当に頷くと、なんのためらいもなく壇上へ上がった。

「皆さん!」

 そして、マイクの前で硬直していた校長を押しのけると、力強い声で話し始めた。

「ボク達は校長先生達の賭け、そして、つい先日あった紅花高校の騒動であることを学びました。それは、人が一つの目標に向かって力を合わせると想像もできないような力を生む、ということです。あたかもボク達生徒会役員が奮戦して人質を助け出した、と思える報道がされていますが、これは全くの事実無根で、違います。生徒会役員だけの力では人質を救出するなど、不可能だったんです」

 いつもとは違う、人前で見せる口調だ。卒業式の答辞でも述べるかのような口ぶりに生徒も教師も莉々華に釘付けになる。

 思えば、人を人との繋がりの凄さを見せ付けられた事件でもあった。

 校長達の賭けという小さなことが発端だったが、それがなければ今回力を貸してくれたピッキングサークルや科学戦闘軍などの特異な能力を持った人達をすぐに集めることはできなかった。それどころか、琴音が紅花へ出向いてなければ莉々華達は何も知らずに授業を受けていた。それに、莉々華、琴音と珠奈とに繋がりがなければ知りながらも動かなかったかもしれない。さらに、託歩が居なければ踏み込んだ時、犠牲者を出していたかもしれない。もっと言えば、珠奈が策を巡らしていなければ琴音は今、生きていないかもしれない。

 多くの人が様々な形で絡み合っていなければ、どこかで犠牲者が出ていた可能性は十分ある。

「これだけは覚えていて下さい。一人一人の力がどれほど大きくても、限界があります。自分では不可能だと、自分だけでは無理なんじゃないかと、そう思った時は迷わず周りの誰かを頼って下さい。自分がどうにかしなきゃ、なんて思う必要はありません」

 莉々華は自分に続いて壇上に上がってきた雪花、紅花、両生徒会役員達に微笑む。

 全員が、同じように笑顔で返す。莉々華を中心に、右が雪花生徒会メンバー、左が紅花生徒会メンバー、という形に並ぶ。渡り鳥が隊列を組むように、扇形になっている。莉々華の隣には琴音と珠奈が莉々華を守るように立つ。

「何かのために頑張っている時は、必ず味方になってくれる人はいます。目標に向かって必死になってる時は、誰かが応援してくれます。誰かの助けは大きな力を生む。誰かの協力は自分に力を与えてくれる。ボクはそれを学びました」

 莉々華は普段なら百パーセント見せないような、笑顔を全校生徒に向けた。

 可愛らしく、女の子っぽい、綺麗な笑顔だ。琴音も珠奈も、ひそかに『莉々華も、こんな顔できるんだね』、と驚いた。

「なので、校長先生や、紅花高校の皆さんからの表彰状は受け取りません!」

「ええ!?」

 莉々華は思わず声を上げた珠奈に向き直る。そして、握手を求める。

「色々、本当に、ありがとう」

 思いもよらない言葉に珠奈は困ったような顔したが、それもつかの間。数秒後には莉々華と同じく、満面の笑みを浮かべて莉々華の手を握った。

「こちらこそ」

「皆さん! 盛大な拍手を!」

 と、琴音。どこからともなく拍手が起こり、全校生徒から温かな眼差しが向けられた。



 そして――――



「次のテストは純粋に勝負してみたいなあ。珠奈はどう思う?」

 雪花の生徒会室に八人で集まり、談笑タイム。実は全員が揃うのはこれが初めてだ。

 いつもは窓際で瞑想している星絆も、今は皆と混じっている。適当に椅子を並べて、円になっている。親睦を深めるため、それぞれのメンバーが交互に座っている。冷凍庫から琴音秘蔵のアイスが振る舞われている。

「え? あ、うん。それも面白いかもしれないわね」

 バニラ味のアイスに口を付けていた珠奈は少しためらいながら反応。

「……?」

その、僅かなためらいに莉々華と琴音は首を傾げる。他のメンバーは気付いてないようだが、莉々華と琴音だけは変だと思った。

「珠奈?」

「な、なにかしら?」

 やはり、おかしい。

 珠奈は莉々華と琴音の得意とする部分を持っている。言葉に詰まることなどあまりないはずだ。それに、戸惑い、というか何か妙な違和感もある。どう接すれば良いのか分からない、みたいな。

 莉々華と琴音は頷き合うと、直球で訊いた。

「珠奈、何か言いたいことでもあるの?」

「…………」

 図星だったようだ。黙り込んでしまう。

他の五人は不思議そうな表情でやり取りを見ている。

「その、普通に、接して良いのよね?」

 目を逸らしながら、珠奈はそう言った。

 莉々華と琴音はすぐに意味を悟って苦笑した。

 珠奈は、紅花と雪花の生徒会はライバル同士であり、下手な馴れ合いはするべきではないのではないか、と考えているのだ。メールや電話のやりとりでそれについてお互いの認識が一致していた莉々華はもちろん、そういう関係を気にして珠奈とのメールを断とうとした琴音も珠奈の気持ちは理解できた。

 だから、こう答える。

「気にしなくて良いよ。いつも通りに、楽しく話そう」

 珠奈は聞くとパッと笑顔になって、急に明るくなる。

「よし! じゃあ、次のテストは本当の意味で勝負したいわね!」

「そうだよね! さすが珠奈! 莉々華とは違って私と意見が合う!」

「待て。その前にボク達はボク達自身の受験勉強を本格的にスタートするべきだろう? 生徒会の仕事も、ほどほどにしなければ――」

 莉々華が冷静に意見するが、

「そんなことはいいっから! 今度のテストいっつだっけ?」

 思わぬところで切られる。

「鷹樹。嫌われるわよ?」

「そうですよ。女性の意見はできる限り聞くべきですよ」

「じゃあじゃあ、勝った方に千円分のお菓子をプレゼントってのはどうかな?」

「この期に及んでまだ何かを賭けたいの!?」

「はぅ。おいしいのに……」

 ただでさえ小さい肩を一層小さくしてしょんぼりとうなだれる影斗。

「幼児をいじめるのはかわいそうだよ珠奈」

「「おない年!」」

 珠奈と影斗から胸に激しく突っ込まれた琴音は息が詰まってむせた。

「って、琴音。また大きくなった?」

 さらにむせる。何が、と言われなくても分かる。

「自分の計測では九十センチは超えておるな」

「計測って……。琴音! 星絆君とはそういう関係だったのかしら?」

「琴音。まさかひそかに星絆と淫らな行為をしていたとはな。これはいつぞやした以上の陵辱が必要かな?」

「なんのことかは分からないけど、そのようね」

 星絆がとんでもない爆弾発言をした。言った次の瞬間にはいつも通り、無表情に状況を眺める傍観者になっている。琴音がわめくが、無関心だ。

 珠奈と莉々華は怪しく指を動かしながら琴音へ接近。

「なに!? なんで私、いきなりこんな窮地に立たされてるの!?」

「「行くよ!」」

「来ないでぇぇぇ――――――――――――――――!」

 この日、琴音のスリーサイズは生徒会全員に知りわたった。





 こうして、校長同士の賭けから始まる一連の事件は幕を閉じた。

















                                       《了》


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