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最終章

 紅花高校の校門は厳戒態勢が敷かれていた。警察が誰も入らないように固め、その周りにマスコミが詰め掛けている。ほんの数十分の間にこれほど状況が変わるのかと琴音は驚いた。

「うん……了解。何か変化あったら連絡ちょうだいね……うん。分かってる。じゃ、引き続きよろしくね」

 琴音と莉々華、それについて来た総勢二十人の雪花校の精鋭は警察の目が届いていない、校門の裏側に集まっていた。さすがに一人だけ置いてくるのは心許なかったため、武術の心得がない風夜は星絆と共に雪花に残ってもらった。

 作戦はもう既に始動している。木登りサークルのメンバー五人が近くの木によじ登り、三階にある生徒会室の様子を望遠鏡で覗いてもらっていた。

「えっと、人質は窓側に集められてて、犯人は廊下側に立ってるらしい。鍵がかかってるかどうかは分からないけど、ドアはしっかり閉められてるって」

「そうか。なら、どうしてもの時は力ずくでドアを開けても大丈夫ってことか」

「そうなるね。まあ、でも、できるだけ虚をつきたいから、ピッキングサークルの人達には頑張ってもらいところだね」

「任せてください。この許せない犯罪行為。我らがピッキングサークルの名にかけて、何より日本国憲法の条文に則って、絶対どうにかしてみせましょう!」

 相変わらず、無駄にテンションが高く、やはり日本国憲法を引っ張り出したピッキングサークルからは四人が参戦してくれた。

「で、開けた瞬間に僕達が煙幕弾を投げ入れればいいんですね?」

 科学戦闘軍の代表者らしき人物が発言。なぜこんな突如呼び出された状況下で煙幕弾を普通に所持しているのかについては莉々華も琴音も何か怖いものを感じたので聞かなかった。このグループからは三人が参加。

「そう。でも、催涙弾とかじゃないから、犯人を封じ込めることはできない」

「そこで、俺らってわけか」

 今度は武術同好会の、すらっと背の高い人物がやる気満々の雰囲気で言う。武術同好会からは八人が参加してくれている。もちろん、莉々華が連れて行くにたるレベルなのか、軽い実技テストをした。

「よろしく頼むよ。私と莉々華でなんとか犯人の動きを止めたいと思うけど、どこまでできるか分からないからね。君達は人質を逃がすついでに、その人達の護衛もお願いする」

「そして、最後に、そこの筋肉男」

「過去最悪のあだ名ですよ。まあ、一応了解してます。全員が逃げたのを確認したら、校門に行って、警察を突入させればいいんでしたよね?」

「そういうこと」

 莉々華と琴音は一種の賭けに出る。

 武術同好会の数人にも残ってもらう予定ではあるが、犯人を逃がさないように、自分達が足止めをする計画なのだ。自分達が見つかってないことからも、犯人が校門ではなく、他の教室から脱出を図った場合、捕まるのかかなり不安がある。包丁を持っている、ということだから、危険であることに変わりはない。しかし、仮にも自分達は武術を嗜んでいるのだ。そこらへんに居る人間に負けるとは思えない。どころか、運が良ければ取り押さえられるかもしれないと判断した。莉々華は達人級の腕前だし、琴音だって、自分の身を守るくらいできる。もし、取り逃がしてさらに被害が広がることを考えると多少危険を冒してでもここで捕まえたかった。

「私達が突入した時点であれだけマスコミが来てるなら警察だって気付くはず。こっちから要求しなくても突入してくれる可能性は高いんだけどね。念のため、だよ」

「つまりはそういうことだから、筋肉男君。それよりも、その無駄に分厚い筋肉を纏った肉体を盾にしてでも人質を守って。そっちの方が大切だから」

「さっきから酷い言われようですね、俺。でも、莉々華さんの言うことです。活躍してみせますよ」

 実に頼りがいがありそうな笑顔を見せる託歩。

 莉々華と琴音は目を合わせる。どちらも、お互いに迷いがないのを確認。それから、他のメンバーに向き直って、最後の注意を呼びかける。

「さっきも言ったことだけど、絶対無茶はしないように。ボクと琴音だけで十分抑えられると思うから、そこまで危険はない。あったとしても、命を落としかねないような、事態にはならないはず」

「ではなぜそこまで注意するのです? 僕達だって死ぬのは嫌です。言われなくても無茶はしないつもりですが」

 先ほどの科学戦闘軍代表らしき男が聞き返す。

「君達は、雪花高校の生徒だからだ」

「は?」

「だから、君達が、私立雪花高校の生徒だからだ」

 莉々華は即答したが、かなり抽象的だ。なんとなく理解できた琴音以外のメンバーは頭の上にはてなマークを浮かべている。

「つまり、君達はボクが束ねる雪花高校の生徒なんだ。自分から頼んどいてなんか変な気がするけど、傷ついて欲しくない。ボクの我儘で傷つかれたりしたら、困るんだ」

 きっぱり言い切った莉々華だが、頬がかすかに染まっている。それを認めた琴音は声を立てずに笑った。

 莉々華は、雪花の皆を大切に思っているのだ。自分が守ってあげるべき生徒達だからこそ、自分のせいで傷ついて欲しくない。無理をして欲しくない。珠奈が紅花の生徒達のためを思って危険を顧みず走ったのと同様に、莉々華もそういう気持ちなのだ。

「まあ、そんなわけで、この微妙に照れてる会長さんのためにも、あんまり無茶なことはしないでね」

「琴音?」

「あ、ごめん。じゃあ……この、史上最悪のペッタンコ会長さんのためにも、あまり無茶なことはしないでね」

「…………」

「ひゃっ……ちょっ! 莉々華!? やめっ!」

 平然と、特に怒った様子もなく、無表情に、莉々華は琴音の胸を鷲づかみした。

「皆、この無駄にでっかいモノを胸にぶら下げてる誰かさんのためにも、あまり無茶はしないように」

「莉々華っ! 真面目に恥ずかしいからやめて!」

 琴音の顔は真っ赤な林檎みたいになっている。周りには男子だってかなりいる。琴音は身をよじってなんとかはずそうとするが、莉々華は放さない。

「あの琴音さんが……」「なんかすごいものを見てる気がすんだけど」「うんうん。同性愛大賛成。もっとやって欲しいな」「誰か止めなくていいの?」「仲間に入れてくれないかなあ」「あ、ヤバイ。なんか妙なところが元気になってるかも……」「莉々華さんって実はこういうプレイ好きなのか? でも、グッド」

「それぞれ勝手なこと言ってないで助けてくれない!?」

「なんかこの弾力にだんだん腹が立ってきたんだけど」

「莉々華!? これ以上はダメだって!」

 普段、明るくきさくな雰囲気はあるが、常に美貌を振りまいている琴音。その恥ずかしがる姿というのは誰にとっても新鮮で、可愛らしく見える。莉々華がやめない限り、ずっと続きそうなノリだ。

「んっ! 莉々華っ……ッ!」

「よし。まあ、このくらいまでやれば当分軽口はたたかないだろう」

 琴音の息が荒くなって、本当に怪しい空気になる手前でぱっと手を放す。そして何事もなかったかのように声をかける。

「よし。この真っ赤になってヤバイ息を漏らしているキモイ女は放って置いて、頑張ろう!」

「う~~~~~~~~~~~~~~」

 へたへたとその場に座り込んでうなる琴音。莉々華の言葉に反論できずに睨むだけ。が、その姿も可愛らしい。鋭い目つきが逆にキュートに見える。しかも、今の攻撃のせいかブラウスが第二ボタンまで外れ、いつもより露出度が少し高い。

「琴音。なんかキャラ変わってない?」

「そうさせたのはどっち!」

「こっち」

「う。はっきり認められると返せない」

「とかやってる、時間がもったいないから早く――」

「流すな――――――――!」





 琴音が平常心に戻るまで結局全員が待つことに。五分間のロス。

「やれやれ。こんなことしてる場合じゃないだろうに……」

「なんか人生最大の恥ずかしい出来事だった気がする……」

 莉々華のボケにもはや突っ込む気さえ起きなくなっている琴音。その様子を他の十数名は笑いながら見ていた。とことん仲が良い二人なんだな、と。

「とまあ、そんなわけで、これから作戦を開始する。皆、準備はいいかい?」

 キリッっとした表情に戻って呼びかける。それに応えて全員が真剣な顔つきになる。

「犯人が生徒会室に居るからって油断はできない。ボクが先頭で行く。その後ろにピッキングサークルの面々、科学戦闘軍、武術同好会、最後に琴音。この順番で乗り込む。ドアの前までは無言で素早く。できるだけ足音もたてないようにしてほしい。犯人にはぎりぎりまで気づかれたくないから。そして、開いたら煙幕を投げ入れる。パニックになるだろうが、命の危険がある限り、人質は動けないはず。そこへ、武術同好会とボクらが突入。ボクと琴音で犯人の相手をするから、他は人質を最速で逃がして。もし犯人がそっちにいったらその辺にある物を投げるだけでも十分効果がある。とにかく無理しない程度に人質を守って。で、さっき言った四人は逃走防止のために、ドアの外で待機。筋肉男君は警察へ突入要請。分かった?」

 莉々華は早口に全行程を再確認。

 突入するのは生徒会室からは見えないであろう、普通教室棟の一番端の教室だ。窓の鍵がかかっていないことを祈るばかりだが、こればかりはしょうがない。かかっていた場合は近くに空いている教室がないか探すことになるが、なければ窓ガラスを割って突入するしかない。

「質問は?」

「ピッキングサークルと科学戦闘軍は自分の仕事が終わったらどうすれば?」

「ん? そうだね。とりあえずドアの前で待機。人質が出てきたら、その人達を先導して校門まで走って」

「分かりました」

「他には?」

「はい! あの、今になってこんなこと聞くのもなんなんですが、先生方や警察に協力する、というやり方で救出できないんですか?」

 科学戦闘軍の仲間らしい、褐色フレームの眼鏡をかけた男子が手を挙げて発言。

 それには琴音が「説明してなかったっけ?」と首を傾げつつも丁寧に答えた。

「実は今、校長と私達生徒会は対立しててね。先生方に協力を要請すればした時点で止められるのは目に見えてるし、校長にも知られることになる。色々な事情があって、校長だけには知られたくないんだよね。警察も同じ。申し出れば必ず学校側に連絡が行くだろうから」

「そうですか。でも、わざわざ自分達で助けださなきゃいけない理由にはなってませんよね?」

 なかなか鋭い人も居るんだねと笑ってから琴音は無表情に答えた。

「私と、莉々華の親友が、人質として捕まってるの」

「え? あ、そ、そうでしたか。分かりました」

 慌てた調子で男子生徒は引き下がった。他のメンバーもひそひそと莉々華や琴音には聞こえない音量で話している。

 すぐに理解できたのだろう。警察や先生方の対応を待つ、ということは、それだけ珠奈を危険にさらす時間を増やす、ということだ。もし、警察の交渉が失敗した時、珠奈は自分から名乗り出るだろう。他の人を傷つけるなら、まず、私から、と。そうなってからでは遅い。だから、自分達が最速かつ最善のやり方で救い出さねばならないのだ。

 莉々華は雰囲気を無視して、もう一度、声をかけた。

「他に質問は?」

 ゆっくり全員を見渡すが、意見がありそうな人はいない。

莉々華はついさっき、生徒会室でもやったように、手を前に出す。琴音が続くと、その上に託歩が、そして全員が重ねる。莉々華はその重みをしっかり確かめてから、毅然とした口調で言った。

「一人一人の力は無力だ。でも、それが集まった時はとてつもない力を発揮する。雪のように。そして、それが意志を持って動いた時、華麗に、力強く場を染め上げる。花のように。今こそ、ボクら雪花高校の真髄を見せる時だ! 行くぞ!」

『お――――!』

 満を持して、莉々華率いる雪花高校の精鋭達が動き始めた。



      ◆



「紅花に包丁男!?」

 その頃、やっと雪花高校にその情報が入った。テレビが生中継でその様子を伝えている。

 校長室で星絆と風夜は生徒会室で校長と将棋をして楽しんでいた。

星絆は校長室へ直行し、「将棋の相手をしてもらえませんか?」と校長へ申し出た。将棋好きの校長は生徒からの挑戦ということで断らず、すぐさま開始。莉々華は校長室には放送が聞こえないように設定したので、校長は全く気づいてない。校長室のチャンネルだけ切っても、校内に流れる放送だ。気づかれる可能性もあったが、将棋に集中しているのか運よく校長は聞き逃してくれた。また、星絆と風夜は授業をサボっていることになるが、これまた将棋のことしか頭にないのか、校長は気づいていないようだった。

そして今。教務室から小型テレビを手に走ってきた教師によって、その情報が伝えられた。入った瞬間に星絆と風夜に「何をしているんだ君達?」という視線を送ってきたが、校長も一緒だったため、注意されなかった。

「どうします?」

 走りこんできた年配の教師が校長に訊く。校長は頭を押さえ、しばらく考えこんだ。

 二人は無言で回答を待つ。この後、校長がどう動くかによって二人の行動は変わる。どうも二人は生徒会役員だと思われてない感じだった。期限のことを何も聞かれないし、それどころかとてもにこやかに対応してくれている。それはそれでありがたかったが、もし、莉々華達も邪魔になるようなことをしてくれるのなら、なんとかして止めなければならない。

「助けにいくといってもどうしようもないし。やはり今日に限って部活は休みにして、できるだけ集団で帰ってもらうよう、呼びかけるくらいしか……」

「そうですよね」

 風夜と星絆は安堵の息をもらす。が、次の言葉にぎょっとした。

「よし。では、生徒会長を呼んでくれ。まず彼女に知らせるのが筋だろう。放送で呼びかけることになるだろうしな」

 まずい、と二人は思った。ここで莉々華と琴音がいないことに気づかれれば当然おかしいと思うだろう。しかも、一般生徒もかなりの人数が早退してることになる。タイミングからして紅花のことと繋がりを感じないわけがない。

 と、焦ったところで、事態は最悪な方へとさらに傾く。

『おや!? あれはなんでしょうか? 生徒会室からはかなり離れていますが、学校へ入っていくグループがあります。およそ二十人くらい、でしょうか? 学生服を着ているようにも見えますが……。いや、しかしこれは危険です。警察はまだ突入していません。自己の正義感だけで動く生徒がいてもおかしくはありませんが、これは危険です。犯人は包丁を持っています。人質もかなりの人数がいます。あ、今、カメラが校章のようなものを捉えました。これは紅花高校の校章ではありません。どこの高校でしょうか?』

 上空のヘリから撮っているらしい、映像と共にアナウンサーがやや興奮気味で中継する。

 校長と教師は目をかっと見開き、画面を凝視している。風夜と星絆は一気に緊張感が増した。画面に映し出された校章は間違いなく、雪花の校章だ。

「あれは……五月雨琴音さんじゃないか?」

 年配の教師がその中の一人に目を止めて言う。

 その通りだった。列の最後尾に居たのは後ろ髪をポニーテールにしているとは言え、誰が見ても目を引くであろう容姿を持った学校一の美少女、五月雨琴音。画面に映ったのはほんの数秒だったが、教師は気づいた。

「大至急、校内に残ってない生徒がどれだけいるのか点呼を取ってくれたまえ! 他の授業がない教師にもそう通達を。生徒達にはこれを教えるな!」

「分かりました!」

 顔色を変えた校長はすぐに指示を飛ばす。それに応えて教師も校長室から出て行こうとする。

「待ってください!」

 大きな声がかかった。風夜だ。覚悟を決めた表情で校長と、走り出した教師を見つめる。校長と教師はいきなり予想だにしなかった方向から声がかかり、ピタリと足を止めた。

「何をするのか分かりませんが、どうか、彼女達の邪魔になるような行動はしないで下さい」

 目上の者に対して逆らうのは風夜にとっては相当の決意が必要なこと。声が震えていたが、その行動は意思の強さを物語っている。

「邪魔をするな、だと? 何様のつもりだ? 我々は彼女達がどういう状況にいるのかを考えて行動しなければならん。彼女達は死ぬ可能性がある場所へ自ら踏み込んでいるんだぞ? 分かって言ってるのかね? それに、君達は何なんだ? 一般生徒は教師の指示に逆らうべきではないぞ?」

 風夜と星絆はその言葉に同じ感想を持つ。そして、そのまま言葉に出した。



「何様のつもりって、僕達は雪花生徒会書記、白木風夜と」

「同じく雪花生徒会補佐官、繭神星絆じゃが?」



 言われて初めてそのことに気付いた校長は、自分が罠にはめられたのだと悟った。



      ◆



 階段を駆け上がる約二十名の足音。それは生徒会室に届いていた。

 ――琴音達が来たらしいわね。

 唯一、その足音の意味を理解できる珠奈は一人、笑った。

 『生徒会室に残っている人はいないか探しにきました』みたいな空気を演出して珠奈は簡単に生徒会室の人質へ仲間入りした。

 珠奈は入ったところでまず驚いた。犯人が、青いジーパンに、水色の半そでシャツ。それから、サングラスにマスク、といういでたちだったからだ。それはいつだったかに不審者情報として知らされていた人物の格好と寸分違わず上から下まで同じだった。こんなことならもっと警戒しておいて下さいと珠奈は不満に思ったが、後の祭りだ。とりあえず無視した。

 ――でも、本当に来てくれるなんて。あっちも普通に授業があるでしょうに……。嬉しいことだけど、やっぱりあの二人には後で強く注意した方が良いかもしれないわね。

 犯人、男もその足音に気付いたのか、窓に張り付き、正面玄関に厳戒態勢で集まっている警察へと視線を巡らすが、いらだったように室内をうろうろし始める。

やはり、とそこで珠奈は確信した。

 ――今こっちに向かっているのは警察じゃない。犯人が慌てるのも無理ないわ。警察に動きがないのに確実に自分を脅かすかもしれない存在が近づいてきているのだから。でも、莉々華達はここに鍵がかかってるのは分かってるのかしら? 人質が居る以上、犯人側に分があるのは明白。琴音がいるし、そのあたりは考えてないことはないだろうけど……。

 そうしているうちにも足音はどんどん迫り、遂にすぐそこまで来た。

 男は真剣に焦ってる表情を見せ、すぐそこにいる相手へと呼びかける。

「おい! どうするつもりだ!?」

 だが、もちろんそんな問いに反応はない。

「何かしたら人質を痛い目に合わせるぞ!? いいのか!?」

 と、怒鳴る男の声にかぶせて、カチャカチャという何か金属がぶつかるような音がした。

 ――さすがね。どこからそんな人材かき集めたのかは不明だけど、こんな短時間でどうにかするとは。琴音が本領発揮するとこうなるから怖いのよね……。よし。あたしもそろそろ準備しておきましょうか。

 簡単に珠奈はその音の正体を見破った。鍵を、開けようとしているのだ。それも普通の方法じゃない。ヘアピンか何かでピッキングしているのだ。

 そして、理解したと同時に珠奈は少し体勢を変える。片膝を立て、いつでも行動できるような姿勢に直した。

「おい! 何しているんだ!?」

 その音が気になった男が再度怒鳴るが、やはり反応はない。本気で焦り始めたのか、包丁を構え、ドアに一歩一歩、慎重に近づく。

「おい!?」

 その時、今までとは違う、鍵が開くような、一際目立った音がした。

 珠奈は息を詰める。クラウチングスタートする時のような、前傾姿勢で待ち構える。

 男はより一層警戒を強め、両手で包丁を握っている。

 人質の生徒達はこれから何が起こるのか、ただ、震えて待っている。

 そして――――

「行くぞ!」

 唐突にドアが開かれ、何かが投げ込まれたと思った時には視界が白一色に変わった。





 莉々華以下、十数名は煙幕弾が投げ込まれたのを確認すると生徒会室に踏み込んだ。視界は十秒ほどで靄がかかったように真っ白になり、五メートル先すら見えない。科学戦闘軍が持ち出した煙幕弾は恐るべき威力だった。

 莉々華はドアの前で構えていた犯人らしき人物を視認するや否や、一瞬で距離を詰めた。

「ハッ!」

 そして、男が戸惑っている間にその構えていた包丁を蹴り飛ばした。

先手必勝。自分達は多少とはいえ武術ができる。武器さえなくしてしまえば男一人取り押さえるのくらい容易なことだ。が、

「あっ!」

 次の瞬間に莉々華は自分の失敗に気が付いた。包丁が飛んでいった先。そこは、人質のいる場所だった。煙幕のせいで視界も悪い。人質が自分で気付いて避けるのは難しすぎる。だからといって飛んでいった包丁を今から自分で追いかけたって無理だ。

「バカッ!」

「え?」

 刹那、一つの影が横切った。包丁の軌道上にその影が割り込み、横から包丁を叩き落した。

「莉々華! うちの生徒に怪我させたら承知しないわよ!」

「……珠奈」

 珠奈だった。

「二人とも! 再開を喜んでる場合じゃないよ!」

 莉々華の横から声がかかる。見れば犯人が構えを取っている。包丁を失って、自分を守る術がなくなったとなれば常人ならまず、包丁の回収に行くだろう。だが、犯人は冷静に包丁を弾き飛ばしてきた莉々華にいつでも戦えるような構えを取っている。

「……そのようだね」

「あたしも、参戦するわ」

 その構えは素人のものではない。右腕をやや前に伸ばし、足は軽く前後に開いている。体の重心がぶれず、周りで大騒ぎしているのに集中力も逸れない。明らかに、武術経験者の構えだ。

 莉々華は背筋に冷たいものを感じる。包丁を蹴り飛ばせたのは幸運かもしれなかった。相手も武術経験者となれば、武器を持っている方が有利なのは言わずもがなだ。未経験者なら、逆にその隙をついて攻撃することもできるため、さほど脅威ではない。しかし、武器の扱い方を知っている人間が持つとその威力は倍増する。

「いつも通りに行く」

「「分かった」」

 じりじりと距離を詰めながら作戦を琴音と珠奈に伝える。

いつも通り、とは、中学の時に三人で武術に励んでいた時の形だ。莉々華を主に、琴音がそのバックアップを、そして珠奈は一撃必殺を叩き込む、というものだ。

「ふん」

「え?」

 突如、何の前ぶれもなく男が動いた。狙ったのは、一番近い位置にいた莉々華ではない。その後ろ。バックアップに回るため、莉々華の背後で構えていた琴音だ。

「なっ!」

 速い。

 第一印象はそれだった。男は初速から全開の走りが出来ているようで、莉々華の横を瞬きする間に通り越した。

 事態に気づいた琴音はすぐに戦闘態勢になると、近づいてくる男を見据える。

 男は琴音の手前で体を折り、タックルをするような姿勢になった。琴音は反射的に体をそらそうとするが、慌ててやめた。自分の後ろには入ってきたばかりのドアがある。そこには当然逃げ出そうとしている人質もいるはずだ。ここから後ろに男を通してしまったら危険だというのは目に見えている。

「ならッ!」

 琴音は前かがみになって突っ込んでくる男の懐に入るような形で、しゃがんだ。そのまま腹に拳を振り上げればそれだけでもかなりダメージを与えられるはず。そう読んで、琴音は手加減なしで拳を男の腹へと振り上げた。

「駄目だ! 避けろ!」

「え?」

 莉々華の声に反応した時には遅かった。琴音の拳は男の硬い腹筋に少々突き刺さっただけで、男の勢いを止められるものではなかった。男はほんの僅かに顔を歪めたようだが、意に介した様子はない。琴音は男の体に突き飛ばされて転がった。

「女と男の体格、腕力の差を考えろ! 相手はボクじゃないんだぞ!」

 転がった琴音に喝を入れると莉々華は前方に目を向ける。男はそのまま猛進している。案の定、その先には人質の生徒が生徒会室から逃げ出そうとしているところだ。

 そこで、莉々華は一つの影を見つけた。煙幕でよく見えなかったが、その図体のでかい、がっしりとした体つきだけは分かった。自分も珠奈も追いつかない中、唯一頼れそうな人物。

「筋肉男君!」

 呼ばれた託歩は振り向くと同時に状況を理解したらしい。すぐに行動に出た。

「こっちに、来んなやああああああああぁぁぁ――――!」

 手近にあった青いプラスチック製のゴミ箱(中身有り)を二つ掴むと怒声とともに軽々放り投げた。続けて黒板消し、チョーク箱、辞書、教科書、椅子、最後に、机を投げ飛ばした。

 さすがにこれには男も後退した。最後の机をギリギリ避けた時には、莉々華、琴音、珠奈の三人が回りこんでいる。

「……ああもう! しつこいな!」

 息をつく暇もない。体勢を立て直した男が再び眼前に迫ってきた。今度は莉々華が対応する。

 少し左に避けて回避すると見せかけ、足だけをそこに残した。

「なに!?」

 男は人質に気を取られているのか、それとも単に気づかなかっただけか、その足に躓き転倒。無様に床に倒れた。

 その隙を見逃しはしない。三人は一斉に足や手を拘束しにかかる。

「甘く、見るな!」

 直後、男の体が跳ねた。全身の筋肉を柔軟に使い、一瞬で起き上がる。さらに、足を掴みにかかった珠奈を蹴り飛ばし、手を抑えにかかった琴音を肘打ちで蹲らせる。珠奈は体を宙に浮かせて数メートル吹っ飛び、琴音はゲホゲホとむせる。莉々華だけはとっさに飛びのき、距離をとっていたため、なにもされなかった。

「どこでそんな武術学んだのか知らないけど、反則じゃないかい?」

「ラスボスはどこでも強いものだ!」

 少し間を取るために莉々華は話しかけたが、男は適当に答えてすぐ動く。

 せめて人質がいなければ、と思う。人質がいなくなれば足止めするだけで良いのだから、もっと違う戦い方がある。だが、現状ではとにかく人質の脱出経路を確保しなければないならないのだ。包丁は既にもっていないとはいえ、これだけ武術ができる男に捕らえられたらそこで終わりだ。反撃はできないと思った方が良い。

「そういうことなら……ッ!」

 今度は、莉々華も動いた。男が突進してくるのを待つのではなく、自らも突進して攻撃に転じようという腹だ。

 それを見た男は何を思ったか急停止。先ほどとは逆に、男が莉々華を待ち構える形になる。

 待ち構える相手にただ突っ込むのは分が悪い。武術経験者ならそんなこと百も承知だ。莉々華は寸前、横向きになると腰を落とし、腹部へと肘打ちを入れる。

「その程度の攻撃――」

「無駄口叩くと舌噛むぞ!」

 男が片手で莉々華の肘打ちを止め、軽くあしらおうとしたが、莉々華はそこで攻撃を止めない。肘打ちはただのカモフラージュ。本当の攻撃はここからだ。肘打ちしたのとは反対の拳で喉笛を狙う。

 しかし、それすらも脅威の反射力を見せて男はもう片方の手で受け止めた。

「ラストッ!」

「ぶっ!」

 が、さらなる追撃が用意されていた。喉笛への拳打が防がれた後、強引に前方へと肘を振り上げ、男の顔面を強打。男のサングラスが吹き飛んだ。

「さっきの、お返しよ!」

 よろめく男の背後にいつのまにか立ち直った珠奈がスカートなのも気にせず回し蹴り。

 男はなんとか踏みとどまったが、当たり所が悪かったのか、琴音以上にむせた。

「そっちはまだ!?」

「完了しました!」

「よし! じゃあ、早めに頼む!」

「了解です!」

 隙を見て莉々華はドアの方へ確認を取った。返答は『完了』。人質を無事、逃がし終えたのだ。託歩に莉々華は次の指示を出すと、すぐに向き直る。

「……君達はなんだ?」

 人質が全員逃げたのを知ってか知らずか、男の方から話しかけてきた。その声のトーンは低く、成人した男性のものだったが、口調はとても落ち着いたものだ。目は丸く優しげで、穏やかな雰囲気を醸し出している。とても、こんな事件を起こすような人間には見えない。どちらかというと商店街の気の良さそうな八百屋さんか魚屋さん、といった外見だ。目元に深いしわが刻まれていることから、年齢は四十代後半ぐらいだろう。

「あなたの方こそなんですか?」

 キッと睨みつけて莉々華が応じた。外見がどうあれ、警戒心を解くわけにはいかない。

「……スーパーの店員だったものだ」

「スーパーの店員?」

「そうだ」

 莉々華他二名は顔を見合わせる。こんな状況で何者かと聞かれれば、職業などを訊いたものでないことぐらい分かるはずだ。ところが、男は真顔でこう返してきた。

 不思議に思って男に視線を戻すと、男は一言、付け加えた。

「ついこの間、潰れたところの、だ」

「あっ!」

 一番最初に反応したのは珠奈。

「あの、雪花の近くの……」

「雪花? ああ、高校か。そこだ。実際にはかなり早くから撤退が決まっていたがな」

 珠奈達紅花生徒会役員がいつだったかに見た、閉店セールをしていた大手スーパーだ。その時は大変だな、と思って軽く流したが、思わぬところで関係があった。

「それで、それがどうしたというんだ?」

「分からないか? やはり、子どもだな」

 嘲笑の笑みを浮かべた男に莉々華は鋭い視線を送ったが、構うことなく、男は話した。その声音はやはり落ち着いていて、しかし、それでいてどこか悲しげ色もある。

「自慢じゃないが私には子どもがいる。妻もいる。私がどうにかしてやっと家計が成り立っていたんだ。その私に職がなくなった。当然、経済面で不可能が生じる」

「その結果、どうでもよくなってこんなバカな事件を起こした、とでも?」

「違う。そんな気持ちはない。これから、警察に脅しをかけて何千万単位の金を要求するつもりだった」

「それこそバカだ。何千万もらえたとして、どうやって逃げる? どうやって警察の目から逃れる? 無理に決まっているだろう?」

「警察がすぐに介入してこないところを見ると、君達は警察と連絡をとっていないんだろ? その君達がそれを言うか?」

「…………」

「まあいい。私とてこんなことはしたくなかった。再就職も試みた。だが、今は逆に人員削減を行っている企業がほとんどだ。大した技能も知識もない私には就ける職などない。ましてや四十の半ばを過ぎた人間はどこも欲しがらない。それで、結局、次の職が見つからないまま会社から放り出され、生きていくためのお金もなくなった。妻と子どものためにはこうするしかなかったんだ」

 男はそこで話を切った。

場の温度が一気に下がる感覚を全員が味わった。自分達高校生が知らない、社会の現実を見せ付けられたようで、思わず犯罪行為をしているこの男に同情してしまっていた。

「私一人ならいい。だが、妻と子どものためにはこれしか方法がなかった。子育てを妻に任せて何度も面接に行ったり、試験を受けたりした。でも、今更過ぎる。体力的にも、能力的にも若い人に圧倒的に劣る私は相手にされなかった。だから、苦渋の決断でこんなことをしたんだ! 好き好んでこんなことはしない!」

 最後はやけになった口調で、言い放った。

「言いたいことはそれだけか?」

 男の告白を聞いても莉々華は表情を変えない。じっと男を見据えて、ただ、聞いていただけだ。他の二人とは違って、同情の色はない。

「それだけだ。だが、だからこそ、君達を、逃がすわけにはいかない!」

 言ったかと思うと、男は戦闘の構えを取る。

「逃がすわけにはいかない? どういうこと?」

 男の言った言葉を理解できなかったらしい、珠奈が莉々華と琴音に質問する。莉々華はやれやれ、という顔をしながら説明した。その表情は、珠奈に向けられてない。男に向けられている。

「つまり、ここでボク達を無力化して捕まえればまた人質にできるってこと」

「あ、なるほど」

「理解できたか? では、行くぞ!」

 男が動く。三人とも、また身構えた。

「珠奈。琴音。この男に二言ほど言ってやりたいことがある。取り押さえたい」

「? まあ、いいけど」

「もともとそのつもりだから異論はないよ」

 そして、三人は男を迎え撃つ。

第二ラウンドの開始だった。



      ◆



「この二人には私からよく話を聞いておく。とにかく、いない生徒の確認を!」

「分かりました!」

 風夜と星絆の正体を聞かされた校長はしばし、唖然とした顔で硬直していたが、我に戻った瞬間に指示をとばした。教師は二人が止める間もなく、校長室を駆け出して行った。

「さて、これはどういうことかね?」

 画面には真っ白になり、中の様子が伺えなくなった教室が映し出されていた。その様子からも、莉々華達の作戦が予定通りに進んでいることが分かる。校長の問いに答えたのは、風夜ではなく、星絆だった。

「子どもは親に牙を剥く。されど、親は子どもに牙を剥くことなかれ」

「なんだね?」

 星絆の口から出たのは名言だ。『子どもは親に牙を剥く。されど、親は子どもに牙を剥くことなかれ』。

 星絆のことなど気にもかけてなかった校長はもちろん、星絆が歩く名言男と呼ばれているとは知らない。怪訝な顔で聞き返した。

「子どもが始めて自らの牙を使って戦うのは親じゃ。自身の意思、希望を出し、勇気を振り絞って戦う。じゃが、親は子どもに牙を剥いてはいかん。経験量が違いすぎる上に、本来、親が子どもに使うのは愛情であって、牙ではない」

「いきなりなんの話だね? 親? 子ども? どういうことだ?」

「む。ここまで言っても分からんか。評判通りのすごい校長先生のようじゃ」

「なに?」

「それは質問?」

「そうだ。評判通り、とはどういうことだ?」

「どういうことだと訊かれても、答えるわけがなかろ」

「ふざけているのか!?」

「その問いの答えは否」

「だったら説明しなさい!」

「絶対拒否。言わなくても分かるじゃろうに……」

「バカにしているのかね!?」

「それは質問?」

「そうだ!」

「そうだと言われても答えられるわけなかろ?」

「ふざけているのか!?」

「その問いの答えは否」

「だったら説明しなさい!」

「完全拒否。わざわざ説明しないと分からないのか?」

「バカにしているのか!?」

「それは質問?」

「だから……って、いい加減にしなさい!」

 端から見ていた風夜は感心した。莉々華と同じようなやり方だが、星絆は莉々華以上に口車に乗せるのがうまいような気がした。莉々華は自分のペースを崩さず、その中で突破口を見つけて対処しているようなやり方だが、星絆は違う。相手をうまく乗らせて自分のペースに引き込んでいる。莉々華のやり方を『硬』というなら、星絆のやり方は『軟』という感じだ。

 星絆がふざけていないことは風夜にも分かっている。ここで大切なのは、できるだけ時間稼ぎをすることだ。校長をここで足止めし、紅花へ向かわせないことと、期限の話題から遠ざけることで、莉々華達の帰還まで動きを止めること。時間稼ぎしかできないが、その時間稼ぎがどれほど大切なのかは言うまでもない。

「いい加減にしなさいと言われても……」

 わざとらしく首を傾げる星絆に校長は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「君達生徒会は人で遊ぶしか脳がないのかね!? 自分達のしでかしたことへの反省は皆無なのか!? 人をこけに――」

「したのは、校長先生じゃろ?」

 まるで、校長からその言葉が出てくるのを待っていたかのような繋げ方だ。しかも、その内容は今までの遊びとは違い、明確な感情が浮かんでいる。

「今までどれだけ、自分が所属する生徒会の長、莉々華様を侮辱し、蔑んできたんじゃ? バカな人間だと、バカな集まりだと、どれほど言ったのか、まさか覚えておらんわけはなかろうな? 自分のことは棚に上げ、無能な人間だけが集まる集団だと、何回くり返したか、おぼえておるな?」

 人は、これを怒り、と呼ぶだろう。星絆ははっきりと、校長へ拒絶の意を表明した。

 風夜は感覚的に理解した。星絆は、この生徒会が好きなのだと。何もしていなかった星絆だからこそ、一番よくみていたんだな、と。

 莉々華と琴音との喋りあう楽しげな様子。それを見てどう対応すれば良いのか分からず、おろおろする風夜。仲違いはあったが、まとまった途端に、楽しい空気が溢れ出した。仲違いがあったということ、それ自体は良いことではないだろう。でも、あったからこそ、この生徒会は本物だという実感がもてる。関係が壊れたのも、自分ではない、誰かの、何かのためにできることをしたい、という気持ち。莉々華も琴音も風夜も、それぞれがそれぞれの形で精一杯頑張った。だから、星絆は生徒会内でなら、普通に喋ると、言ったのではないか。

 風夜はなんとなく、そんな気がした。

「それが、どうした?」

「校長先生様にも分かるように言うと、じゃな。つまりこういうことじゃ。校長先生は自分ら生徒会を自分以下の集まりだと『勝手に』思い、侮蔑の言葉を繰り返し使った。じゃが、自分ら生徒会は『客観的に』見て、校長先生は自分らより低レベルな人間なのだと思い、反発していた。それが、今の現状じゃ。ああ、でも、生徒会がここまで追い詰められたのも校長先生のある意味、秀でた能力があったからじゃし、自分らより低レベルだと決めつけることはできない、かも……」

「このっ! 不良生徒がっ! 礼儀というものを知らんのかっ!?」

「礼儀? そんなもの校長先生自ら無視しておるではないか? 教える立場の人間が教えられる立場の人間に『不良生徒』などと言い切るのは違うのかの?」

 しかし、さすが校長。これで終わらなかった。

「それは、愛の鞭だ! 教師たる人間がそんなことを本気で言うわけがないだろう!」

 これは心の問題であり、ロジックだけでは崩せない。たとえ周りからどんな目で見られようと本人が否定してしまうと確かめる術がないことだ。

「ほう? うまいことを言ったものじゃの」

 だが、星絆はむしろ面白がるように校長の言葉を聞いた。一歩前へ出て、校長との距離を詰める。

「では、その愛とやらに問いかけてみるとしますか」

 星絆を中心に張り詰めた空気が流れた。

星絆は余裕の雰囲気を演出しているが、少し前から手を開いたり閉じたりして落ち着きがない。風夜は額の汗を拭う。命を懸けて戦っている莉々華達のためにも、校長はここで抑えなければいけない。なんとしても、だ。

心の中で、頑張ってくださいと、星絆を応援した。

「校長先生は生徒に対する愛があると、そう言うのじゃな?」

「そうだ!」

「では、言わせてもらおうかの。実は今、校長先生が気にしている紅花対雪花の戦いを止めさせる目処が立っておる。そのために莉々華様達は紅花へ出向いたんじゃ」

「なに?」

「半分は、人質救出が目的じゃがな」

「それは知ってる」

「ま、つまり、校長先生。あなたにもし、生徒に対する愛なるものがあるのなら、せめて莉々華様達が帰ってくるまでは待ってもらえないかの? 声高に何かを叫んだところで事態が好転しないのは校長先生自身もよく理解しておられるじゃろうしな」

 口車で生徒に対する気持ちを自分で言わせ、それを利用し、言いくるめる。校長が自分達生徒会へ愛などという気持ちがないのは確実だが、『生徒』、というのは自分達も含まれている。結果、生徒会への愛も持たなければならないわけで、この問いには『はい』と答えるしかないのだ。

「無理だ!」

「は?」

「今の状況をしっかり見ろ! 一刻の猶予もないんだぞ!? それに、『帰ってくるか来ないかも分からん連中』を待つなど、下手すればどれほど待つか分からんじゃないか」

 まるで意地を張る子どもだ。ここまでくると礼儀がどうこうという問題ですらなくなる。今の校長の言葉は、莉々華達は死んでも仕方ないと宣言しているようなものだ。実際、校長は莉々華達が帰ってくることを望んでないのだろうが。

「校長先生。さっき、自分が言ったこと、覚えておるか? 『子どもは親に牙を剥く。されど、親は子どもに牙を剥くことなかれ』って、言葉」

「ああ、覚えているとも。だが、ここには親も子どもない。あるのは、教師と生徒という関係だけだ」

「そこまで考えられてなぜ分からん? 親を教師、子どもを生徒と見立てて考えれば分かりやすいではないか? 生徒は何もしなくても校則とか、課題とかで縛る教師へ反発感を持つ。でも、そこにあっていいのは教師から生徒に対する愛情というものであって、生徒を侮蔑したり、軽蔑したりしてはいけないんじゃ。そうであるからこそ、生徒が大人になった時、教師に感謝したり、あの時はすみませんでしたと謝ったりするんじゃろ?」

「ぬ……」

「校長先生。今あなたがやろうとしていること、言ったこと、全てが教師にはあるまじきものじゃ。本当に生徒達のことを愛し、手助けをしたいと思うなら生徒会の活動に積極的に参加してその場その場で意見を言うべきじゃったんではないかの? 立場が弱くなったところに付けこんで生徒をバカにしたりせずに」

 星絆は校長へさらに接近。顔を間近に寄せて威圧するように言う。

「素直に言わせてもらおうかの。真っ当な愛があるのなら、決して出ないはずの言葉。言わなくても分かるじゃろう? それが、あなたからは何回も聞こえてきた。最低じゃ。もういいじゃろう。いい加減、自分の間違いを認めろ」

「だが!」

「ほ? ここまできてまだ抵抗しようというのか? じゃが、それこそが間違いじゃ。生徒の言うことに耳をかさない。自分のやりたいことだけを押し進めようとする。学校はあなたの私物か? 生徒に対する愛はある。あなたはさっき自分でそれを認めたではないか。つまらないことで意地をはっていいのかね? なんなら、今までのあなたの言動を生徒や教師に公表しても良いのじゃよ?」

「そんなこと、私がどうにかするに決まっているだろう!」

「どうにか? はっ。どうするんじゃ? たった今出したこの話題に対してすぐに案が思いつくのかね? 校長先生様なんかに。やろうと思えば放送でも全校集会でも、いくらでも発表する機会はある。いや、その前に教師へ伝えておけばあなたには止められなくなるじゃろうな。言ってみん? その、どうにかする、とは何をすることなのか」

 星絆の質問に校長は唇を震わせるだけしかできない。十秒ほどが過ぎたところで星絆は再び口を開く。

「答えられないんじゃな? ふむ。では、こういうことかの。あなたは自分の言動が間違いだと分かっているからこそ、他の誰かに伝えられては困ると思い、どうにかすると言ってみたが、案は思いつかない。つまり、もう反論できない、と」

『あ、ど、どいうことでしょうか!? 校門から何人もの生徒が飛び出してきています。先ほど飛び込んだ学生集団が関係しているのでしょうか!?』

 そこへ、追い討ちをかけるようにテレビからアナウンサーが状況を伝えてきた。星絆は校長から離れ、風夜とニヤリと笑い合う。莉々華達の作戦の第一段階がクリアできたのだ。

『中にはつい先ほど捉えた校章をつけた学生もいるようです。やはり、人質を救出したのでしょう。しかし、犯人の姿は見えません。どうしたのでしょうか』

「……君達は、私にどうしろと?」

 星絆が離れたことで少し冷静さを取り戻した校長が静かな声音で二人に問いかけた。テレビに中継に視線をそらしていた二人は目を離さないまま、適当に応える。

「何もしないでいてくれたらそれで構わん」

「そうですね」

『確認できたようです! やはり人質として捕らえられていた紅花高校の生徒達のようです! そして、突入したのは私立雪花高校の――』

 と、そこでアナウンサーは一度言葉を切り、何か情報を受け取るような仕草を見せた。

『情報が入りました! まだ中に生徒が取り残されているようです! 全員が救出されたわけではないようです!』

「は?」「え?」

 反応すると同時に星絆と風夜は画面の後ろであの筋肉質男が手を振り上げて警察相手に騒いでいるのが小さく確認できた。その素振りはまるで何かに苛立っているようで、「速くしろ!」と叫んでいるようにも見える。

「まさか……」

「これは……」

 不安がよぎる。

『残されているのは飛び込んだ生徒と、人質として捕らえられていたうちの一人だということです! 未だに教室内は煙幕のような白い煙が充満しており、中の状況は不明ですが全員無事であることを祈るばかりです!』

 バックでは筋肉質男が煙が充満している教室を指差し、声高に何かを叫んでいる。それに対応する警察官はどこか困惑気味で、真面目に取り合っているようには見えない。

「もしかして……」

「警察は莉々華様達が犯人を逃さないように足止めしているとは考えず、逃げ遅れた、つまり人質として捕らえられたと考えたってことじゃろうな」

 星絆も風夜も、呆然と画面を見つめた。

 警察が動かないとなれば莉々華達は自力で犯人を取り押さえなければならなくなる。星絆も風夜も莉々華や琴音の武術を目の当たりにしているとはいえ、とても安心できなかった。相手の性別から歳、職業、武術経験の有るなしまで、何から何まで明かされていないのだ。もしも包丁を持った相手が武術経験者であるなら、劣勢に立たされている可能性もある。なのに、警察は動かない。この状況は、危険すぎる。

「風夜」

「行きましょう」

 言うが速いか、二人は校長室から飛び出した。



      ◆



「くそ!」

「どうした? もう息が上がってるのか?」

 煙が廊下の溢れ出し、ようやく十メートルくらい先まで見通せるようになった生徒会室。

 星絆達の予想通り、莉々華達三人は追い詰められていた。

 初めは一進一退の攻防が続き、均衡状態を保てていたのだが、時間が経つにつれてどんどん戦況は不利になっていた。まず、一番の問題が琴音の体力消耗だった。琴音はここ最近ずっと紅花、雪花間を行き来していた上に、この事件を伝えるために紅花から雪花まで全力疾走したのだ。いくら近いと言っても、疲れるものは疲れる。そのせいで、少し前から動きが鈍り、動きにキレがなくなってきていた。

しかし、それだけではない。琴音同様莉々華も、疲れが見え始めていた。男の攻撃をほとんど一人で全て捌いているのだから当たり前なのだが、それ以上にやはり、気疲れがあった。琴音不在でずっと一人で気を張っていただけに、琴音の帰還と共に気が抜けてしまっていた。それにより、集中力が持続せず、普段なら切り返せる攻撃も受け止めるのに精一杯になっていしまっている。

 また、もちろん男の強さもある。男は最初に見せた初速から全速力を出せる瞬発力が武器のようで、女である三人ではどうにも太刀打ちできない。さらに、男は柔軟性にも富んでおり、常人なら百パーセント命中するはずの攻撃があらぬ方向へ回避することで凌がれたり、攻守の切り替えが異常に速かったりと、やりにくいことこの上ない。

「琴音!」

「大丈夫!」

 男が少し離れたところで構えていた琴音の方へ向かう。

「ではないだろう?」

 男は勢いに乗せた拳打を真正面から繰り出す。琴音はそれを飛びのいて避けると、脇腹へ拳を突き出す。

「ほらな?」

 だが、それは男が状況を認識してから少し考え、その上で身をひねっても簡単に避けられるほどの弱々しさで、攻撃にすらなってない。その腕を掴まれ、引き寄せられると同時に蹴り飛ばされた。数メートル吹き飛び、ばったり倒れる。

「この!」

 その瞬間に珠奈が横から捨て身の体当たりをかます。折り重なるように珠奈と男は倒れたが、男は受け身をしっかり取っていたし、ダメージにはなっていない。少々痛い、という程度だろう。

「離れろ!」

「分かってる!」

 さっきあったことを思うと倒したところでなんら意味はない。すぐに起き上がると後退した。

「……ッ!」

 莉々華は焦る。警察の動きがなさ過ぎるのだ。取り押さえる、などという考えはとうに捨てている。足止めするだけで限界だ。

「これは私の足止め、というより私が足止めしてる感じじゃないか?」

 まさしく、その通りだ。

 なぜ警察が動かないのかは分からないが、突入しているのなら、もうとっくの昔に来ていて良いはずの時間なのだ。それが来ないということは、つまり、自分達は足止めをしていることになっていないということ。

 莉々華は珠奈に視線を送る。

現状で通常通りに動けるのは珠奈だけだ。琴音はほとんど使い物にならないし、莉々華も自覚できるほど調子がおかしい。逃げるにしても踏みとどまるにしても珠奈に頑張ってもらわなければならない戦況だった。

「行くよ」

「了解」

 珠奈が頷き返してきたのを見てから一緒に駆け出す。

 ところが、数歩進んだところで二人は男が全く自分達の注意を向けていないのに気付いて立ち止まる。どういうわけか、蹴り飛ばした琴音の方へ近づいている。

「あっ!」「いつのまに!?」

 そして、気付いた。男の手の中に包丁が握られていることに。

「琴音! 逃げろ!」

「早く立ち上がって!」

 莉々華と珠奈は慌てて大声で琴音に情報伝達を行う。

 だが、琴音はまともに蹴りを受けたためか、意識が飛びかけたらしい。立ち上がろうとするが、目の焦点が合わないのか、よろけてまた倒れてしまう。

 莉々華と珠奈は全力で琴音の元へ向かうが、それに気づいた男も手加減なしの走りを見せて琴音へ急接近。手には鈍い光を放つ包丁がしっかりと握られている。莉々華も珠奈も冷たい汗が背中を流れ落ちたのを感じた。

「琴音!」

 莉々華の切羽詰った声が響くが、琴音はやはりまともに立ち上がれない。

 莉々華も珠奈も追いつかない。琴音も逃げられない。

「なんでもいいから逃げろ!」

 莉々華は力の限り叫ぶ。

 自分の目の前で友達が死ぬなんて許せない。それがたとえどんな苦しい状況でも、それだけは許せない。絶対に、あってはならないことだ。

 脳裏に想像してはならないシーンが浮かぶ。琴音が切り殺され、それに続いて自分達も殺される。そして、真っ赤に染まった教室の中で犯人が高笑いをする。

「琴音ッ!」

 必死にその想像を振り払おうと叫ぶが、それが訪れるのはもはや時間の問題だった。

 男はあとほんの二、三歩で琴音を射程内に収める。

 防ぐ手立てはない。絶体絶命、だった。



 刹那。




「鷹樹! 真輝子君! 影斗!」



「うわっ!?」

 男が包丁を琴音に突き出した次の瞬間、横から現れた三つの影が男を突き飛ばしていた。

「男子二名は取り押さえなさい! 影斗は包丁を持ってる腕を『本気で』蹴り飛ばして!」

 状況を飲み込めていない男へと、まず三つの影のうちの二つ、黒羽鷹樹と水上真輝子が指示通り近づき、そして両手両足を完全に拘束。

「てやっ!」

 さらに、遅れて近づいた最後の一人、光海影斗が言われた通り、本気で蹴り飛ばす。

「がっ!?」

 男の手から包丁がすべり落ちる。よく見ると、肘から手首までの、本来曲がるはずのない部位が折れ曲がっている。骨どころか筋も切れてるかもしれない。

「よし。じゃあ、そのまま気を抜かないで抑えて。縛るもの探すから」

「分かりました」「早っくしてくれよ」

 珠奈はふう、と息を吐くと部屋を歩き回り、ロープのようなものを見つけて男に近寄る。片腕が完全に折れた男はもうどうにもならないと悟って抵抗はしてない。

「……えーっと? どういうこと?」

 めまぐるしく変化する事態に戸惑う莉々華は珠奈が男を拘束し終えるのを待ってから問う。

「ん? たった今起きたことそのままよ。あたしだけが人質の仲間入りする、なんて一言も言ってないもの。他の生徒会メンバーも一緒に捕まった。それで、あなた達が来た時に隠れられそうなところに隠れろって指示しておいたの。そのまま犯人を拘束できるならその後普通に出れば良いだけだし、こういう状況になったらなったで最終手段として使えるかな、って思って。それで、その予測通り、こういうことになったってわけ。あ、ちなみに、影斗のキック力は半端じゃないから気をつけた方がいいわよ」

「そういえば、あの時『自分達の命が危なくなるのに』って言ってたね。こういうことだったんだ」

 ふらつきながらもようやく立ち上がることに成功した琴音が付け足す。

「一応紹介しようか? ここに居るのが紅花生徒会のメンバー全員だけど」

 珠奈が鷹樹、真輝子、影斗の方へ振り向いて言う。

「珠奈~。そんなことしてる場合じゃないでしょ?」

「そうっだよ。警察呼ぶなりなんなりしてこっの犯人を捕まえるのが先っだろ?」

「いやいや、敵対してると言っても我らが生徒会長様のお友達ですよ? 仲良くなっておいて損はないと思いますが」

 影斗と鷹樹は現実的な意見を出すが、真輝子はいたってマイペース。こんな時でも自分のキャラを守っているのはある意味長所かもしれない。

「ああ、警察も呼ぶし、紹介もしてもらおう。でも、ボクはこの男に言いたいことがある」

「あ、そんなこと言ってたね」

 全員の視線が集まる中、莉々華は静かに男の傍へ。そして、しゃがんで目線を合わせる。

「何か、言いたいことは?」

「何もない。こうなったら大人しく捕まるしかないだろう」

「そうか……じゃあ、そのまま、聞いてほしい」

 俯いたままため息をついて返事をする男に、莉々華は暖かい笑みを浮かべる。

「大馬鹿野郎、でも、ありがとう」

「は?」

 男は突然訳の分からないことを言われ、莉々華へと目を向ける。それに微笑みを返して莉々華は続ける。

「こんな事件を起こしたことについては責めよう。包丁を振り回して誰かを傷つけ、何も悪いことなどしてない高校生を人質に取る。どれだけ法を犯してるか分からないし、誰にとっても迷惑極まりないことだ」

 全くだと莉々華以外のメンバーは首を動かしている。男も、それは十分理解しているのだろう。莉々華から逃げるように顔を明後日の方へ向ける。

 莉々華はその様子を見て、それから「でも」と繋げる。

「でも、あなたは『家族のために』やった。警察に捕まってみたいとか、人を傷つけて遊んでみたいとか、そんな愉快犯でもなければ、家族を捨てて勝手に自殺するわけでもなかったし、ましてや行方をくらまして逃げたわけでもない。やり方は間違っているとい言わざるを得ない。けれど、世の中には自分の責任、家族を放り出して逃げに走ってしまう人もいるんだ。どっちが社会のために良いかと言われれば後者に決まってる。家族だってこれからどうなるか分かったもんじゃないはずだ。だけどね。ボクはあなたの方が正しいと思う。大切な人を見捨てて自分だけ逃げるなんて人より、馬鹿げたやり方であっても家族を見捨てずに自分のできることをやろうとした人の方がね」

「そうだね」

 琴音が続いた。

「私も、そう思うよ。私だって間違った。実際は苦しめるだけだったのに、その方法で『彼女』のためになると、思って頑張った。今のあなたと同じかな。やり方は間違ってる。でも、誰かのためになると思ってできることをした、みたいな。でも、安心して。散々苦しめた後でも、その理由をしっかり話したら彼女は許してくれた。また一緒にやっていけるようになった。だから、こんな事件を起こしても、きっと、しっかり理由を説明すれば家族は許してくれると思う」

 莉々華とは違う視点。自分の経験を元にした言葉だった。

彼女、莉々華は曖昧な表情でその言葉を聞いていた。

「じゃあ、最後はあたしが」

 そして、珠奈。

「これから、あなたを警察に引き渡すことになると思うけど、こういうことにしておくわ。あなたは興奮のあまり、物に躓いて転倒。それで、腕を骨折してしまった」

「はい?」「珠奈?」「なにを?」「へ?」「なるほどね」

「まあ、いいから聞いて。そして、負けを悟ったあなたは冷静さを取り戻し、自分の行いに気付いて自首を決意。また興奮しても動けないようにあたし達に縛ってもらい、その上で警察を呼んだ。そういうことで良いかしら?」

 にこっと笑って早速珠奈は生徒会室を出て、外で取り囲んでる警察へ連絡しに行く。「誰も『良い』とは言ってないんだが……」と全員が思ったが、とりあえず従って放って置いた。

「どういうことかな?」

 影斗が率直に周りの人間に訊くと、しっかり理解していた琴音が答える。

「えっと、つまり、この犯人さんの罪をできるだけ軽くしてあげようということだね。取り押さえたのと、自首するのでは微妙に逮捕の意味が違ってくるから。それに、さっきの珠奈の言葉からいけば、事件を起こしている間は錯乱状態だった、ということになる。これも刑の重さを決める時に効果があるだろうね。まあ、そのあたりのことは精神鑑定でしっかり調査されるはずだからあまり期待できないけど」

 莉々華は珠奈の行動力に肩をすくめた。琴音には劣るが、その場その場ですぐ対策を立ててしまう頭脳に、皆からどう反応が来るかを待たずに動く行動力。多少もめても今の雰囲気から結局同意されることは分かっていたのだろう。そのあたりを正確に感じ取れるのは莉々華の能力だ。

「これだから恐ろしい。ボクと琴音が合わさったらあんな感じになるのかな?」

「さあ? あ、そうだ。そこの犯人さん。もう一度訊くけど、何か言いたいことある?」

 珠奈が突拍子もないことを言ってくれたものだからペースが乱れたが、もともとこの男に話をしていたのだ。琴音が引き戻す。

「いや、ない。ただ、君達には礼を言うべきだろうね。気持ちが落ち着いた」

「そ。じゃあ、頑張って償ってね」

「分かってる」

 琴音は軽く頷くと他のメンバーへと目を向けて宣言。

「よし! じゃあ、湿っぽいのはここまで! ひとまず自己紹介をしよう! トップバッターはそこの丁寧なお兄さん!」

「僕ですか? まあ、いいですけど……」

「あ、やっぱりつまらなそうだからそっちのお嬢さんから」

「ふぇ!?」

「琴音。こういう時は言いだしっぺから自己紹介するべきじゃないか?」

「じゃあ……莉々華?」

「いやいや、なんでそうなる」

「言いだしっぺから、というルールを作ったのは莉々華だし」

「誰もそれを認めたとは言ってないだろう?」

「賛成の人~?」

「「「はーい」」」

「じゃあ、莉々華からで」

「別にいいけど。知ってると思うがボクは――」

「あ、やっぱりどうでも良さそうだし、私からやるね」

「……その性格、いつか身を滅ぼすぞ」

「無視。えっと、じゃあ、私からね。私は雪花の――」

「では、次の方どうぞ」

「ええ!? ここで流す!?」

「いえ、流れがそういう感じだったのでやってみたんですが、問題ありました?」

「有りすぎだよ!」

「琴音さん、だっけ? こいっつはとにかくマイペースだから適当に接しないと疲れっるぞ」

「む。それは酷い。僕ほどの紳士はなかなかいませんよ?」

「そういうところっがな」



 この後、犯人は警察に自首した、という形で逮捕。莉々華達は体に異常がないかを確認するために病院へ搬送された。また、紅花の校長に最後の一言を聞く役は駆けつけた風夜と星絆に任された。


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