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第四章

「あきらめよう」

 沈黙の中、莉々華は言った。

 期日が前倒しされ、今日の放課後までになってしまった。昼休みに、実質最後になるであろう会議を開いたのはいいが、誰も何も言葉を発しなかった。

 昨日の放課後、風夜と星絆は先生方一人一人に聞いて周り、莉々華は琴音の家に押しかけた。だが、どちらも成果なし。事情を知ってるらしい先生は「一緒に探そうか?」と言ってくれたそうだが、これだけ探し回って足取りがつかめない人間を一人二人人員が増えたところで変わりがあるとは思えない。丁重に断った。また、琴音の親はそんな事実すら知らなかったようで、帰ってきたら問いただすと言ってはくれたが、それも無駄だろう。

「ボク達にできるのはここまでだ」

 暗く沈んだ口調のまま、莉々華ははっきりと告げる。

 ――琴音は見つからずじまい。対策も出ず。これ以上何かしても徒労に終わることは絶対だ。くそ! ボクがあそこで抑えられればまだ変わっていたかも知れないのに……。いや、どうだろうか? ボクがキレる前に校長は待っていても意味はないと言っていた。どっちにしろ期限を早めるつもりだったのか? 待て待て。現実逃避するな。あの時、ボクの立ち振る舞いによってはどうにかできたかもしれないんだ。どっちにしろボクの責任だ。でも……だけど。琴音にも責任があるんじゃないのか? 自分の無力を押し付けてるようで気分は悪い。けど、琴音は自分の仕事、責任から逃げたんだぞ? ボクだけが責められる必要はないんじゃ……。こんなことなら初日から躍起になって琴音を捜索すれば良かった!

 残ったのは、後悔と無念さ、それから苛立ちだけ。

「…………」

 常ならありえない程落ち込んでいる莉々華に、風夜も星絆も声をかけられない。心配するにしても、何をするにしても空気が重すぎる。莉々華の顔は前髪で隠れ、外からでは表情すら窺うこともできない。

 静寂が生徒会室を包む。

 ――ボクが責められるのは良いとして、自分の仕事をしっかりこなした風夜にはそういう視線が送られてはならない。どうにかしなければ……。全く。琴音。何をしている? 何故あの時逃げた? ボクより強いはずの人間がどうしてあんな行動を選んだ? 友達として、仲間として、情けなさ過ぎる。誰かに仕事を押し付けて自分は逃亡するなんて。そんな人間じゃなかったはずなのに……。珠奈は信じてるって言ってた。ボクだって信じてた。それを、琴音。お前は裏切った。今度会ったら許さない。絶対、殴り倒してやる。本気で、全力で、叩き潰してやる。

 莉々華の思考は負の沼に落ちてゆく。

 信頼していた友の逃亡。自分への嫌悪感。今まで自分を支えていた自制心の崩壊。今、かろうじて莉々華を支えているのは、生徒会長だ、というかすかなプライドだけだった。

「ボクはこれで。教室に戻る」

 ガタっと音を立てて立ち上がる莉々華に、声をかけられる者はいない。風夜は意気消沈した莉々華を、いたわりの目で送り出す。星絆は、珍しく目をしっかり開いて、話を聞いていたが、最後まで何も言わず、莉々華を見送る。

 バタンと、ドアが閉まり、莉々華が去った後の生徒会室は耳鳴りがするほど静か。

「……?」

 しかし、たった一つ、音を立てたものがあった。

 風夜の、携帯。メールの受信を受けて振動していた。風夜は携帯を開き、差出人を確認。

それは、ずっと待ち望んでいた人物からの返信だった。そして、内容を確認した風夜は叫んでいた。

「莉々華さん!」

 風夜は生徒会室を飛び出す。すぐ莉々華に追いつき、メールを見せた。

「まだ、望みはありますよ」

 風夜は笑って言った。

 対して莉々華は、表情を変えていない。神妙な顔つきで「分かった」と頷くだけだ。



【昼休み中には合流できる。全員で、集まっていてくれ】



 だが、この琴音からのメールが信じられない事態を受けてのものだとは、莉々華も、風夜も、星絆も、思っていなかった。



      ◆



 遡ること数時間。

 朝、琴音は急いで紅花高校へと向かっていた。この時期にしては珍しく、日も出ておらず、また、雨も降っていない。どっちつかずの天気だった。どんよりと曇っているのでそのうち降るかもしれないが。

 ――まずい。まさか期日が早まるなんて。あの校長だからもちろん、そのケースも考えていたけど、莉々華が抑えられないとは思ってなかったな。原因は……私、か。

 琴音は昨日の晩、まず、携帯を見て仰天した。

 莉々華や風夜から、助けてくれ、というニュアンスのメールがかなりの数届いていた。想定外だった。中学の時は自分が多少いなくてもこんなことはなかったのだ。莉々華が自分を頼ってメールしてくる、なんてことは。もちろん、状況報告、みたいなメールはいつも来ていた。どういう状況で、誰がどうなって、全体的にはこうだ、という感じの。だが、直球で「居てくれなきゃ困る」などというメールは今まで一回たりとも来たことはない。

 ――配慮が足らなかったのかな? でも、今までだって同じようなことは……あ、そっか! 珠奈が居たんだ。珠奈が私の代わりに莉々華を支えていたんだ。だから、かな? 私が居なくてもそれほど気にされなかったのは。

「急がなきゃ」

 琴音は唇をかみ締め、走る。

 琴音は莉々華と同じ結論に達した。珠奈が影で支えてくれていたのだと。一つ一つの力は莉々華、琴音の両名に劣っても、そのどちらの能力も兼ね備えていた珠奈が居たからこそバランスがとれていたのだと。それを事前に察することができなかった二人は、完全に引き離された。琴音が居なくなった時点で「変だな」と思いつつも、迅速に、例えば自ら琴音に会いに行く等の行動を起こさなかった莉々華。自分の策を遂行するために莉々華のことを深く考えず、走った琴音。

 しかし、不幸中の幸いか、莉々華は昨日、琴音の親に一部始終を説明していた。校長に押し切られて期日が次の日、つまり今日になったことを。

 琴音にとって、これはありがたかった。手遅れになる前に、と行動していただけに、その『手遅れになる』のが明日までと知らされなかったら、勝手な思い込みで行動していただけの、ただの阿呆に過ぎなくなる。

「今日がラストチャンス。あともう一押しでいけそうな感触なんだから、莉々華のためにも、どうにかしないと」

 琴音は強く、拳を握り締めた。





 そして、昼。雨がぱらつき始め、天気からして嫌な感じだった。

「校長先生! お願いします」

 紅花高校二階の校長室で、琴音は紅花高校の校長相手に頭を下げていた。

 校長室には見るからに豪華そうな椅子や机が並んでいる。椅子はどれもふわふわしているし、机はピカピカで隅から隅まで蛍光灯の光を反射していた。応接室と隣接しているからなのか、棚にはティーセットまである。壁にはところ狭しと歴代校長の顔写真が飾られている。中には白黒のピンボケしたような写真もあり、紅花高校の歴史の長さを物語っていた。

その、やたら高そうな椅子に座って琴音に接している快活そうな人物が紅花の現、校長である。校長は少し髪が薄くなっている印象があるものの、とても六十歳近くには見えない。雪花の校長より体格が良く、見るからにスポーツが得意そうだった。

「今日はいつもにもましてしつこいな。何かあったのかね?」

「……そこは訊かないでくれませんか?」

「ほう? では、その論理で君の提案も聞かないで良いということにできないかな?」

「すり替えないで下さい」

「む? 別にすり替えたつもりはないぞ?」

「最初に来た時にはその話術で押さえ込まれましたが、そうは行きません。今私が使った訊くという言葉と校長が使った聞くという言葉。一見同じですが、意味が違うでしょう?」

 ニヤリと校長は不敵に笑う。琴音はその表情に歯噛みする。

 琴音の策。それはこうだった。『紅花の校長にこの賭けそのものをなかったものにして欲しいと雪花の校長に頼ませる』。あの時、校長が去った時から琴音はそれを考えていた。だから、琴音はあえて「見返す」という言葉を使わなかった。全てを否定する、つまり、賭けなどという、そのもの自体が間違いなんだと認めさせる。それが琴音の考えだった。

 莉々華から逃げたのも原因はそこにある。もし、莉々華にこの案が伝われば、話術を得意とする莉々華は必ずこちらの作業に傾く。雪花の現状を省みずに。この案が失敗に終わった時を考えると、莉々華にはどうしても雪花のことを考えてもらわなければならなかった。この案が失敗した時、誰も雪花を気にしていないとなれば、紅花に負けるのは確実だ。携帯も、そのために見なかった。莉々華にしてもそうだし、珠奈にだってこのことが伝われば何か自分の策の障害になることが起こりかねない。だから、この策は誰にも言わずに、独自に進めなければいけなかった。

 が、しかし、この策において予想外が一つ発生する。

いくら話術で莉々華に劣る琴音でも、その辺にいる人間には引けをとらない。だから、二、三日で紅花の校長を納得させられると読んでいたのだ。ところが、紅花の校長は雪花の校長とは打って変わって技巧派だった。たった今もあったように、適当な方向に話を流して面白がるのが楽しいらしく、なかなか話が進まない。最初のうちはその話術に琴音はすっかりやりこまれた。その結果、とてつもなく話が長引き、一週間以上経った今になってやっと、真剣に頼めるところまできた、という、交渉期間としは最悪なペースになったのだ。

「とはいえ、君のその提案を受け入れる、ということはあちらの校長に頭を下げなければいけない、ということだろう?」

「いえ、そうは言ってませんが」

「そうは言ってなくともそのはずだ。相手にお願いする、ということはそういうことだからな」

「私達もできるだけ――」

「できるだけ? できるだけ、どうするつもりだね? わざわざ君がここに来るということはそちらにとってほぼ『最後の手段』といってもいいくらいのはずだ。そんな君が多少頑張ってくれただけで折れてくれるのか? そちらの校長先生は」

 全く調子を変えることなく、相手の思考を先取りして校長は言う。琴音より、上手だった。莉々華がいればあるいは、という気持ちが琴音の中にあったが、そんなことは言っていられない。琴音は再度頭を深々と下げて頼み込む。

「不躾なのは重々承知していますが、おっしゃるとおり、これが最後の望みなんです! ですから、お願いします!」

「おや? ということは何もしないでいれば紅花が勝つ可能性が高い、と、そういうことだな?」

 ぐっと琴音は詰まる。まさしくその通りなのだ。この策が功をなさなければ雪花の負けは決定する。相手校の校長にこんなことを頼んで受け入れてもらえる確立はとても低い。だが、良識のある人間なら、学校を賭けるなどということ自体が間違いだと、気付くはずなのだ。

それを琴音は狙っているのだが、校長というプライドが邪魔しているのか、なかなか首を縦に振ってくれない。

「それはたぶんそうでしょう。ですが、校長先生もお分かりかと思いますが、この賭けそのものが意味のないことです。生徒達の成績を伸ばすためだとしても、他校の生徒を踏みにじって良い訳がありません!」

「ふむ」

 そこで、校長は初めて考えるような素振りを見せる。

 ――もう! 今日までが期限っていうことは最低でもこの時間中には説得して、雪花の連れて行かなきゃいけないのに。ここままじゃ、雪花の方で先に動かれるかも……。莉々華のことも心配だし、こっちばかりにかまっていられないのに。

 琴音は猛烈な焦りを感じる。今日まで、ということは運が悪ければ『今日の放課後まで』、ではなく、『生徒がいる間』、かもしれないのだ。放課後までならまだいくらか時間がある。しかし、生徒がいる間、だとすると昼休みで切られる可能性がある。昼休み中、つまり今、この校長を説得できなかったらアウトなのだ。

 ――けど、莉々華の中で私への印象、格段に落ちているだろうな。その上この策まで失敗したら絶交されるかもしれない。この時間でダメだったら、ひとまず雪花に戻ったほうがいいかも。だいたい、今思うとこの計画は初めから私らしくなかったな……。なんか憎悪で動いちゃった感じだし、人のため、っていうよりは学校という組織のためになるし……。莉々華には謝らなきゃ。

「そうだな。君にも悪いし、だいたいこんなこと自体おかしいのかもしれないな」

「では!?」

 がばっと曲げていた体を起こす。校長は今までの笑みとは違う、温かい笑い方で琴音を見る。そこに、敵意はない。

「うむ。君の言うとおり――」

「大変です! 校長先生!」

 突如、そこへ一人の男子生徒が文字通り飛び込んできた。

「なんだね? 今大切な話をしているところだ。もうちょっと礼儀を」

「あ、す、すみません! でで、ですが!」

 かみまくっている。全速力で走ってきたのか、髪がぼさぼさになり、制服もかなり乱れていた。どれだけ急いでいるのか、何もないところでつんのめって転びそうになっている。

「まあ、落ち着くんだ。どうしたんだ? 何がそんなに大変なんだ?」

 慌てまくっている生徒に校長は立ち上がり、優しい口調で尋ねる。

 脇いる琴音も気になってその生徒を見る。いくら休み時間で気が抜けているとはいえ、校長室に入る時の礼儀さえ忘れてしまうほどのこととは、一体なんなのか。

「え、えっと! ですから!」

「うむ。何だね?」



 その生徒は言った。

 ありえないことを。

 この技巧派の校長を一瞬で青ざめさせることを。

 琴音を凍りつかせることを。









「包丁を持った男が校内に侵入し、暴れています!」



      ◆



 怒鳴り声が響く紅花の校内を琴音は駆け抜け、校門まで辿り着いた。

 校長は琴音に「他校の生徒を犠牲になどしたくない。君は早く逃げろ」と言い残して校長室から出て行った。琴音はその指示に従い、すぐ、走り出した。

 ――何がどうなってる? なんで紅花にそんな男が? でも、どうしよう? せっかく後一歩だったのに。あと一言聞ければそれで良かったのに。

 そんな中にあって、琴音は雪花のことを考えていた。あともう三秒あれば校長の言葉は最後まで聞けたのだ。その一番重要な部分が聞けなかったのではどうすることもできない。

「早く! 校外へ逃げて下さい!」

 皆がばらばらになって校門から出て行く中、一人の少女が琴音の目に止まった。大声を張り上げ、生徒を誘導している。

「珠奈!」

 声をかけるとその少女も気付いてこちらに向き直る。琴音は小走りで近づいた。

「琴音? 何してるの?」

「え? あ、ちょっとこっちの校長先生に用事があって……」

 居るはずのない人間に出されたごく普通の問いだと理解した琴音は慌てて言葉を濁す。莉々華とのことを悟られたくはなかったし、そもそも、教えるべき相手ではない。今は敵である珠奈との連絡を絶つ、という意味でも携帯を放置していたのだから、ここで話してしまっては元も子もない。

「って、なに? 私の顔に何か変なところでも?」

 少し、視線を上げたところ、珠奈がこちらをじっと見つめているのに気づいた。

「え? や、そ、そういうわけじゃないのだけれど……」

 目線を逸らしてぼそぼそと言う。なにやら煮え切らない答えだ。珠奈がこんな態度を取るなんて珍しいなと思ったが、そんなことを気にしている場合じゃないことをすぐに思い出す。

「とにかく、こっちに来てたのはちょっと校長先生に用があっただけだからね」

 聞いていたように見えなかったので、もう一度念を押す。すると、珠奈はそうだとばかりにぱっと顔を上げて逆に琴音に聞き返した。

「莉々華のことはどうしたのかしら? 何かあったんでしょう?」

「え? な、なんで知ってるの? でも、珠奈が気にすることじゃないよ。その話題はいいから、今は早く逃げることを――」

「良くない!」

 琴音の回答に珠奈は大声を出した。

 琴音はびっくりして思わず一歩後ずさる。なぜたった今ごまかそうとしたのがばれているのか、それ以前になんでこんな強く否定されるのかよく分からなかった。

「一昨日莉々華と電話で話したけど、その時、聞きようによっては今にも泣きそうな感じだったのよ? あたしのことはとりあえずいいから、答えだけ聞かせて。何か、あったんでしょう?」

「泣きそう? あの、莉々華が?」

「そう。あの莉々華が」

 考えられなかった。あの莉々華が、自分の不在で泣きそうになるなんて。あの、強情で、何を言っても反応の薄い莉々華が、そんなに感情を表に出すなんて。

「琴音。莉々華、言ってたわ。『琴音は信じられない』って。吐き捨ててるような言い方だった」

 珠奈は何か回答を待つような間を空けたが、琴音は何も言わなかった。ただ、呆然と珠奈を見つめる。

 親友からの、『拒絶』以外には受け取りようがないその言葉が、琴音の中では一番、『信じられなかった』。

「それで、あたしは適当に『莉々華が頑張ればいいんじゃない?』とか言っけど、実際、びっくりしたわ。二人で仲良くやってるのかな? なんて思ってたから、莉々華がそんなこと言うなんて。心配はしてたけど、『信じられない』なんて、そんな言葉が出るなんて驚きを通り越して驚愕の域に達したわよ? よっぽどなにか二人の関係に致命的な出来事が起こったんだなってすぐ分かった。だから――」

「……」

「あれ? 大丈夫?」

 珠奈の声が突然聞き取りづらくなった気がした。視界が歪んだ気がした。足元が揺れた気がした。血の流動が止まった気がした。体全体の骨が軋んだ気がした。

 ――失策? そんなはずじゃ……。でも、私は莉々華のためを思って…………ない。今度のはただ自分の気持ちを優先しただけ。学校のため、って言えば聞こえが良いけど、でも、違う。あの校長に腹が立って、それで、動いただけ。仲間のことなんて思ってもみなかった。昨日、メールを確認して初めてそれに気付いた。いつもなら、何があっても優先することなのに。なんで今回は……。いくらあの校長が嫌な人間でももっと他にやるべきことはあったんだ。私はなんでそっちに行かなかった?

「琴音!」

 珠奈に頬を叩かれて琴音は引っ張り戻される。

 だが、それでも、不快な感覚は消えない。よくも考えずにただ策の成功を目的にして動いていたという事実。通常なら忘れることのない、莉々華への、友達への気持ちを自分の中のどこかに閉まいこんで、全く無視していたという事実。それを感じて、琴音は自分自身に吐き気がした。

 メールの内容を見、珠奈の話を聞くとよく分かる。何も理由がないのであれば適当に流せるが、確かな証拠があるのだ。莉々華は、自分を真に必要としていた。これはどう解釈しても動かない。動かしようがない。なのに、その、おそらく今までで一番大切な時に何もできなかったどころか逆に苦しめてしまった。莉々華を。一番助けなければいけない親友を、苦しめてしまった。

ずっと人を助けてきた琴音だからこその、自己嫌悪だった。

「とにかく、早く雪花に戻って! そして――」

 その言葉で今どんなことが起こっているのかを瞬間的に思い出す。珠奈の言葉を遮って叫んだ。

「ダメだよ! 珠奈も早く逃げなきゃ!」

 言うと、珠奈はなぜか微笑みを返してくる。「あたしのことは放っておけ」と言うような、そんな寂しい笑みを。琴音はついさっき言われた莉々華のことを忘れて反発した。それが、さようならと言っているように見えて。

「珠奈! いくら生徒会だからってここで最後まで残る必要はないよ!」

「ここで最後まで残る? ちょっと違うかな。聞いてない? 今、犯人さんは人質をとって生徒会室に立てこもってるって話」

 それを聞いてすぐに悟る。珠奈は残るつもりなのだ。『生徒会室』に。最悪、誰かが殺されそうになったら庇う気でいるのかもしれない。

「珠奈! いくらなんでも危険過ぎる! 逃げたって誰も責めようがないし、逆にそんな理由で死なれたら迷惑なだけなのくらい分かるでしょ!?」

「琴音。誰も死ぬとは言ってないでしょ? それに、普段のあなたなら、絶対残ることを選択すると思うけど? 自分のことは棚に上げる気?」

「そんな理由ならなおさらやめて!」

 珠奈は怒鳴る琴音の肩に手を置く。そして静かに、柔らかく、珠奈は告げた。

「莉々華には言ったけど、あたしは、ずっとあなた達が羨ましかった。頑張ってるっていうことは噂だけでも十分伝わっってきたから。それなのにあたし達は遊んで、ずっと楽しく過ごしてた。みんなで遊び歩いたり、トランプして遊んだり。本当に楽しかったわ。もしかしたら中学の時よりも」

 くすくすと、珠奈は笑う。仲間との思い出を懐かしむような、温かな笑い方。けれど、そんな笑みはすぐに消して、続ける。

「でも、大会が、模試が近づくにつれて『むなしいな』ってみんな感じたのよ。あたしはもともとあなた達に対してそんな気持ちがあったからそこまででもなかったのだけれど、学校全体がピリピリしているのに、自分達ばかり楽しんでたらダメなんじゃないかって、全員が気にしたの。当たり前よね。生徒をまとめる立場の生徒会役員が率先して遊んでていいわけがないもの。でもね、だからこそ、こんな時くらいは生徒のためになることがしたい。誰かのために、生徒のために、何かしたいの。これでも私立紅花高校の生徒会長なんだから」

「でもっ!」

 でも、なんだろうと琴音は頭の中で考える。

 珠奈にも言われたように、同じ状況なら必ず自分は残る。誰に無茶だと、バカだと言われても、百パーセント押し切る。それは、珠奈の気持ちと同じはず。誰かのためなら自分を犠牲にしてでも助けたい。ずっと、琴音がやってきたことで、だからこそ否定できない気持ち。細かい動機は違う。けど、根底にあるのは変わらない想い。

「……分かった! 絶対助ける! だから、無茶なことだけはしないで!」

 琴音は意地で言った。今までずっと人を助けてきたからこそ、譲れなかった。せめて、自分の手で助け出すと、言い切った。

 今にも泣きそうな表情の琴音を珠奈は面白いものを見たとばかりにあははと笑った。

「莉々華も琴音も、なにらしくない顔してるのよ。ま、了解しました、と言っておくわ。あなたはナイト。あたしは捕らわれの身のお姫様。良いシチュエーションね」

「ふざけないで!」

「分かってるわよ。自分達の命が危なくなるのにふざけはしません。頼りに、してるからね」

 可愛らしくウインクしてそう言うと、珠奈はすぐに走り去った。

「……今度は、失敗しない。待っててね。珠奈」



      ◆



 琴音は全速力で走った。

 今や雨は地面に叩きつける音ははっきり聞こえるくらい強くなっていたが、完全に無視。夏服のため、濡れると透けるどころかボディラインがくっきり分かるくらい張り付いてくる。が、それも無視。スカートが舞い上がり、普段ならどんな相手であっても見せたくないものが見えているだろうが、それも無視。通行人、特に男性がとても興味深そうな視線を送ってくるが、できる限り無視。

 とにかく雪花に戻ることだけを考えて走る。いくら運動神経がよくても、策略家であっても、たった一人の力では人質を捕った犯人相手じゃなにもできない。今は、ほんの数人でもいいから、仲間が欲しかった。

 ――さっきメール送ったし、たぶん居てくれるはず。

 と、なればやはり生徒会メンバーが一番協力を頼みやすい。ただ、一つ。莉々華との関係がどうなるかを除けば。

 ――どうする? 仲直りが先かな? それとも話を先に聞いてくれるようなら事情を説明して、事件解決後にしっかりと、かな? でも、一番初めに考えなきゃなのは珠奈達のことだし。莉々華には悪いけど、強引に話してでも協力を要請しないと……。

 考えてるうちに雪花に到着。昼休みではあるが、生徒会室は管理棟にあるため、あまり人目につかない。いくら急いでいるといってもぐっしょり濡れて肌が透けてる状態の格好は見られたくない。

 ――生徒会室。管理棟にあってありがとう!

どうでもいいことに感謝しつつも生徒会室へ向かう。階段を駆け上がり、生徒会室は目の前、というその時。

「おい!」

 唐突に声をかけられる。

「なんだその格好。誘ってんのか?」

 乱れた息を整えつつ、振り向くといつぞや見た髪の毛が微妙に茶色い柄の悪い男子の姿。莉々華に言いくるめられてマリオネットと化したあの、男子である。一人だけのところを見ると仲間はいないらしい。

「ん? あれ? よく見れば……五月雨琴音さん、です、か?」

「? そうだけど?」

 どういうわけか不自然に敬語になる。

「すみませんした――――――――!」

 全力土下座。

「へ?」

「あの莉々華さんのお友達とは知らずに軽く声をかけてしまって大変申し訳ありません!」

 その様子を見て、琴音は理解した。

――言いくるめたっていうより奴隷に仕立て上げたって感じだね。笑える。





「手伝いますよ! 女ばかりに任せちゃおけねえ!」

「それは嬉しいけど……」

 びしょびしょに濡れたまま生徒会室に向かっている理由を軽く話したところ、全力でこう申し出てくれた。困惑はするが、正直嬉しかった。一人でも人員は欲しいのだ。内容が内容だけに肉体派の男子(よくよく見るととても筋肉質で、がっしりした体系をしていた)は特に。

「えっと、とにかく、莉々華達にも伝えるから、ここで待ってて」

「いえ、どうせ共同で動くことになるんですから、自分も生徒会室に入れさせてください!」

 それには全力で辞退して欲しかった。莉々華とのやりとりがどうなるか分からないだけに、何も知らないこの男、藤島(ふじしま)(たく)()を連れて生徒会室には入りたくなかった。

「ぜひ!」

 が、ここまでしっかり頭を下げられると断りにくいことこの上ない。琴音は時間ロスも考えてあきらめることにした。

「分かったよ。でも、中で何が起こっても黙って見てること。いい?」

「それはなんでです?」

「い・い・か・ら!」

 ギラリと睨みつけると託歩は「すみませんでした――――!」とまた土下座。

 ――とにかく、莉々華には珠奈救出を提案して、協力してもらわないと!

 琴音は深呼吸をして、生徒会室のドアの前に立つ。

鼓動が早くなっているのを感じた。怖い、のだ。今まで人を助けることで失敗したことなんてなかったから。そうなった時、相手にどんな顔をされるのか、どんな罰を受けるのか。いくら琴音でも、経験したことないことは予想しようがない。どれだけ頭が回っても、莉々華が自分に対してどういう行動に出るかなんて、分からなかった。

それでも、今は何より珠奈を助けることが第一だと言い聞かせる。

 もう一度、深呼吸をして、ドアを一気に開けた。





「…………」

 無言。

 琴音が入ってきたことでわずかに風夜が腰を浮かせたが、莉々華が無言の圧力でやめさせていた。きつく、琴音を見すえて、ただ、黙る。

 琴音はその視線をまともに見ることができない。名前を呼ばれるわけでもなく、激しく罵倒されるのでもなく、睨みつけられるだけ。これほど、居心地の悪い空気はない。まだ非難されて、自分の間違いを片っ端から言われる方が楽だった。

「……莉々、華?」

 声が、震えた。つい最近まで親しくしていた友達からの視線に、敵意以外のものを感じられなくて、心が震えた。

 呼びかけられた莉々華は返さない。むしろ、自分を名前で呼ぶなと言わんばかりに目を細めて琴音を睨みつける。

「えと、その……」

 どう切り出して言いか分からなかった。この圧力を前に、自分がこれまで何をしてきたかを話すべきなのか、それとも紅花のことを先に話すべきなのか。唇が乾き、掌には汗が染み出してくる。体に張り付く衣服が、やけに冷たかった。

「紅花が――」

 瞬間、莉々華がバンと机を叩いて立ち上がった。

「そうか」

 静かな口調ではあるが、怒りが滲み出ている。そして、瞳には、失望の色。

「琴音にとって、一番大切なのは、友達でも、自分の高校でもないって、そういうことかっ!」

 莉々華の解釈に慌てて反論する。決してそんな意味で言ったわけではない。

「ち、違うよ! 落ち着いて聞いて!」

「落ち着け? 今日が期限だぞ? 分かってないのか?」

「分かってる! 分かってるけどっ!」

「なら! ボク達のことだけ気にしろ――――!」

 莉々華は目の前にあった机を蹴り倒し、絶叫。そして、琴音に迫る。

「莉々華!? ちょっ!」

 莉々華の意図に気付いた琴音はすぐに身構える。

 琴音は驚愕した。珠奈に聞かされていなかったら訳が分からず呆けていただけだっただろう。あの冷静沈着を絵に描いたような莉々華が、ここまで感情的になるなんて。

莉々華の変貌振りは琴音の予想を遥かに超えていた。

「自分の仕事も、責任も、放り出してっ! 帰ってきたと思ったら第一声が紅花? ふざけるのも大概にしろ!」

 助走をつけた莉々華はそのまま琴音の顔面を狙って拳を繰り出す。

「莉々華! 頼むから落ち着いて!」

 こんな状態では何を話しても耳に入らない。まずはどうにかして落ち着かせなければと思う琴音だが、どうしようもない。応戦するしか、ない。顔面の迫った拳を左手で弾くと、右手で莉々華の胸中央を突く。

 だが、完全にキレている莉々華相手にそんな攻撃は通用しない。右手を出した瞬間、莉々華の姿が消えた。

「え?」

「困っている誰かのもとには必ず駆けつけるのが琴音の第一信条じゃなかったのか!?」

 消えた莉々華は突き出した右腕の脇。つまり、琴音の真横。しまったと思ったその瞬間には強烈な肘打ちが琴音の脇腹に突き刺さっていた。

「ボクが、考える作業を得意としないのも、残っているメンバーじゃどうしようもないのも、琴音なら分かったはず。なんで、それを放って置いたっ!」

 だが、莉々華は攻撃をやめようとしない。よろける琴音の背中に裏拳を打ち込む。

「莉々華……ッ!」

 対して、琴音も必死で体制を維持する。

 身体的な痛みより、莉々華の言葉の方が痛かった。自分でその過ちに気付いているからこそ、より心に響く。だが、だからこそ倒れるわけにはいかなかった。

 自分でも間違いだったと気付いていることを伝えなければならない。このまま、罵られて黙らされたら、莉々華だって辛いはず。もう、莉々華の中では親友ではないのかもしれないけど、それでも、お互いの気持ちを伝えず、暴力で終わってしまったら悲しすぎる。それに、珠奈のこともある。ここで倒れたら、その分だけ珠奈を助けにいく時間が遅れる。

 琴音は、歯を食いしばって振り向く。

「お前にとっての一番は、なんだったんだ!」

 その時、莉々華の顔が見えた。

泣いて、いた。

「莉々華!」

 とっさの反応だった。莉々華が、振り向いた琴音にまわし蹴りをくらわせようとしたそのわずかな間に、琴音は莉々華に飛びついた。

 莉々華の小さな体は完全にバランスを崩し、床に倒れる。

「このっ!」

 莉々華は躍起になって起き上がろうとするが、琴音は腕を押さえ、馬乗りの体制に持ち込み、莉々華を動けないようにした。その目からは、涙が流れ落ちている。

「莉々華! しっかり話すから! いい? 落ち着いて聞いて!」

 琴音は足をばたつかせ、腕を振り回す莉々華を必死で押さえながら話した。

 自分が莉々華のことを何も考えずに、ただ自分の気持ちだけで行動してしまったこと。莉々華に見つかった時、逃げなければならなかった訳。メールの内容を見て、初めて莉々華の気持ちを考えたこと。珠奈に会って、自分がらしくないことをして失敗していると気付かされたこと。そして、珠奈を絶対に助け出さなければならない、ということ。

 何も隠さなかった。変な誤解を与えたくなかったし、何よりこんなことをしてしまった自分に腹が立っていたから。

 莉々華は話を聞くうちに大人しくなり、琴音が手を離しても暴れたりはしなかった。

「だから、さっき紅花って言葉が初めに出たの。別に莉々華達のことがどうでもいいとか、そんな意味じゃなくて」

 琴音が言い終わると、莉々華はゆっくり体を起こし、立ち上がる。琴音もそれに続く。

「その、本当に反省してる。莉々華を放って置いたこと。せめて説明しておけば痛っ」

 平手打ち。パンと乾いた音が響いた。

「黙って。もういいから。今は、とにかく珠奈のことを」






 莉々華の切り替えは早かった。

「正真正銘のバカだ。助けるのも良いし、できることなら最大限にやる。けど、何も考えてないなんて。ボクが紅花の現状をどういうわけか知っていて、既に色々策略を練っているとでも思ったのかい?」

「うぅ。だって莉々華のことも気になってたし、とても具体的には――」

「言い訳はいい」

 ぴしゃりと莉々華に黙らされた。

「大体、その人質が捕らえられてるっていう生徒会室の中の状況とか分かってるのかい? 突破するにしても、相手とその人質の位置関係によってはとても難しいことになるよ? それに、生徒会室に鍵かなにかがかけられていたらどうする? 乗り込むことすら容易じゃなくなる。しかも、こちらは平常授業。あと十五分で昼休みは終了だ。突然生徒が抜け出したとなれば先生方も黙ってないはず。さらに、こっちはこっちで『期限』がある。もし、ボク達がいない間に校長が来たらどうするつもりだ? 逃げ出したと見られる可能性は否定できないぞ?」

 琴音に疲れたような視線を投げかけて、ずらずらと問題点を並べる。

 そう。『救出』、と簡単な二文字で表されるこの行為。一介の高校生がなすこととしては難しすぎる問題だ。特に、警察を手伝うとか、そういうのではなくて、自分達のみで助け出そうとする場合は。

「……でも、救出自体には反対しないんだね」

 ぽつりと琴音がそうもらすと莉々華はそれをしっかり聞き取って平然と返す。

「当然だろう? どっかの誰かさんとは違って、友達の危機となれば絶対助けにいくからな」

「う。なんか久々にいらっときた」

「とにかく、そんなことはどうでもいい。早く対策を立てて見せろ」

「完全人任せ!?」

「今までさぼっていた分の罰だ」

 もちろん、琴音は軽口をたたきながらも頭はずっとフルに回転させていた。

 莉々華の肩にポンと手を置き、真剣な表情で言った。

「莉々華」

「なんだ?」

「木か何かに登って中の様子を見ることができ、大した道具も使わず鍵を開けられ、そして、入った瞬間に煙幕をはれて、多少武術ができる。そんな人間はいないだろうか?」

「いるか――――――――――――!」

 と、突っ込んだのは先ほど琴音が連れて来た託歩のみ。莉々華は琴音の言ってることに何か引っかかるものを感じたのか、あごに手をやり、考えている。他の二名も、それぞれがそれぞれの形で「なんかあったような……」と考えている。

 その様子の琴音は満足したようにうんうんと頷き、そして言った。

「いるんだよね。これがまた」

 同時に、どこから取り出したのか、プリントを一枚机の上へ広げる。

「ああ!」

 気付いた莉々華が大きな声で反応する。

「そう。部活創設申請してきたグループに丁度、そういう感じの、あったでしょ?」

 確かに、あった。ピッキングサークル、木登りサークル、武術同好会、科学戦闘軍。その時はなんでこんな意味不明なグループが成り立ち、部活申請してきているのか不思議でしょうがなかったが、今となっては救いの女神が舞い降りた気分だ。

 莉々華はすぐに立ち上がって「召集しよう!」と提案。風夜も興奮気味に立ち上がる。

「待った」

 琴音は座ったまま、二人の行動を制止。

「さっき、自分で言ったことを忘れないように。召集しようって、どうやって? 放送で呼びかけるつもり? 校長がそれを聞いてこっちに来る可能性あるでしょ?」

「あ、それは……好ましくないな」

 言い出した琴音としても痛いところだった。

校長が自分達に目をつけているのは否定できない事実で、もし自分達がこの土壇場になって動けば当然気になって様子を見に来るはずなのだ。とは言っても、今から自分達だけで校長に気付かれないよう、走り回って召集をかける方法では時間がかかりすぎる。どうしたって昼休み中には抜け出さないといけない。授業中になど動けるはずがないのだから。つまり、放送か何かで大々的に呼びかけるしかない。

要約すると、校長を何かに引きつけておき、その間に必要のあるグループを召集し、事情を話して助けに行かなければならないのだ。

「それに、これもさっき莉々華が自分で言ったことだけど、校長が来た場合、『期限』の方をどうするのかってこともある。勝手に動かな――」

「貴女らは貴女自身の仕事を。その他の仕事は任せてくれないかの」

「は?」「お?」「え?」「な?」

 全員が、びっくりした。星絆が、口を開いた。それも、名言ではなく、しっかりとした口調で自分の意志を表明している。

「これまで何もできんかった自分がせめてできること。校長は将棋が好きだと聞いた。なんとかして校長は止めてみせる。無論、期限のこともそれとなく流して貴女らが帰ってくるまでもたせる」

「え、いや、気持ちは嬉しいけど、そんなことできるのかい? だいたい将棋が好きってなんだい?」

 いきなりそんないきなりそんなことを言われても信用できたものではない。今まで何もしてくれなかったことがかえってその疑いを深める。莉々華は思わず聞き返した。

「最初の質問への回答は否」

 一同がその言葉に冷たい視線を送る。「それなら言うな」というような。

だが、星絆はその視線を無視して言葉を紡いだ。

「自分では不可能じゃ。あんな校長を自分が引きとめるなど、人間が素手で白熊に立ち向かうようなもの。しかし、ここで何もできんかったら生徒会役員になった気がせん。絶対に引き止めてみせる。だから貴女らは気にせんでオーケーじゃ」

「……今になって気がついたが、星絆ってなんか面白い喋り方だな」

「同感。古風というか、なんというか。だいたい、その服装でその喋り方って、ウケ狙いにしか見えないよ」

「ですね」

「うっす」

 視線を受けつつ、星絆は「あ、それと」と付け加える。

「将棋が好き、というのはこの間莉々華様がここで独り言のように呟いておったこと。なにやらえらく悩んでおったから放っておいたが」

「ボクが? えーっと、グループを適当に回って帰ってきた時のことかい?」

「おそらく」

「よくそんなこと聞いてたね。しかも覚えてるとは」

 莉々華が感心して星絆を見つめるのを見て、琴音が質問。

「っていうか、実はいつも瞑想してたんじゃなくて聞き耳立ててたの?」

「その質問への回答は拒否」

「拒否!?」

「無論」

「ええ!?」

「それは質問?」

「その天然っぽい感じがまたグッド。なんか星絆が喋ってくれればこの生徒会もかなり面白くなりそうな予感が……」

「生徒会内ならば可」

「認めたよ!」

「で、そうこうしてるうちにあと十分ですぜ?」

 良いタイミングで託歩が切り上げてくれる。

「そうだった」

 遊んでる場合じゃないと琴音は緊迫した表情に戻る。

「じゃあ、校長の方は星絆に任せて良い?」

「ロックオン」

「いやいや、狙撃するんじゃないんだから。で、莉々華」

「なに?」

「さっきも話したけど、星絆がどうにかしてくれるっていうなら期限の方も解決できる目処が立つ。あっちに行って、校長を見つけたら一言確認を取る。それでいいね?」

 莉々華は軽く頷く。あと、残った問題は。

「それと、そのサークルだか同好会だかを呼びかけたら、こうもちかけようと思う。これに協力してくれたら、『部活としては認められないが、ある程度の自由は許可する』って」

 言われて初めてそのことに気付いた面々は黙り込む。

 正直、琴音としても餌をちらつかせて協力を要請せるのは嫌だったが、これしかない。いくら自分達が注意しても危険であることには変わりないのだ。相手が刃物を持っている、ということは最悪、命に関わることになりかねない。誰だって好んでそんなところに行きたくないだろう。集めたところで断られたらそれまでだ。だから、こうするしかない。部活として認めるには教師側の同意が必要になる。自分達だけでは決定できない。だが、人助けをしたとなれば放課後、空き教室を使わせてやる、くらいのことならなんとかなるはず。そのくらいの権限は生徒会に与えられてる。

「仕方ないだろうな。あまり気は進まないが」

「けど、そこまで気にする必要はなかろう。紅花と雪花は争っていると言ってもかなり親交がある。あっちに友達がおるという人もいるじゃろうからな。事情を伝えれば無条件で協力してくれる人も必ずおるじゃろうて」

 莉々華に続いて星絆も発言。何か新鮮過ぎて戸惑うメンバーだが、本人は平然と参加する。琴音は風夜に目を向ける。

「風夜は?」

「特には」

 琴音はよし、と立ち上がる。

「じゃあ、行動開始しよう。何するか知らないけど、星絆はすぐ動いて」

「合点承知」

「ホントにノリがおかしいよ。まあいいけど。えーっと、じゃあ莉々華は放送室へ」

「了解」

「あと、風夜とそこの筋肉不良男子君」

「琴音さん。もうちょっとマシな呼び名を」

「君達は莉々華の呼びかけで来た人達に事情を説明して」

「無視すか? 別にいいですけど。了解しました」

「分かりました。琴音さんは?」

「私は具体的な作戦を考える。これだけ人員が集まればたぶんかなり細かいところまでしっかり対応できるから」

 そこで会話が途切れ、皆で視線を合わせる。その目には、今までばらばらだったことを微塵も感じさせない、同じ光がやどっている。代表で、莉々華が音頭を取る。

「ボク達は今までそれぞれがばらばらに仕事をこなしただけだった。一人一人が良かれと思ったことをやってきたつもりだろうけど、そこには結局何も残らない」

 莉々華はあえてそこで琴音と目を合わせる。

 一人一人がただその場に応じて対応していくだけでは友情や絆を壊してしまうことがある。それを嫌というほど味わった。臨機応変に、とは言うけれど、時にはその状況より、もっと大切な何かがある。

琴音は莉々華の視線を真正面から受け止め、軽く笑う。莉々華も、それに応えた。

「勉強とか、個人競技ならそれはそれで良い。だけど、これからやることは一人でも勝手に自分の判断だけで動く人が出たら失敗する。そのくらい難しいことだ。でも、難しい分、できた時は膨大な力を生み出す。それは、人質を救出することであり、犯人確保であり、自分達自身の危機を乗り越えるものでもある。いいか? 失敗は、許されない」

 今度は、全員に目をやる。

 珠奈のことを思う。自分達が羨ましいと言っていた。ただ遊んでるだけの状況が、むなしいと言っていた。だから、『こんな時くらいは何かしたい』と自ら人質になるために走っていったらしい。いつも明るく、琴音と莉々華の穴をさりげなく埋めてくれた存在。

 絶対、助けなければと、思う。莉々華は小さな手を皆の前へ出す。琴音がそれに応じてその上へ細くて綺麗な手を乗せる。続いて、「ほんなら自分も」と星絆が。風夜が静かにその上へ。

「ほら、一応君もメンバーの一人だ」

「いいんですか?」

 聞き返した託歩に莉々華と琴音は笑顔で返す。

「失礼します」

 無駄に礼儀正しく、最後に大きな手が乗せられる。

「よし。いいかい? ボクらにとって、ここからが本番だ」

「皆で何かするのって、よく考えると初めてだね」

「そうじゃね。最初ん時は琴音様がいなかったし、それからはお二人が進めて、今になるまでは風夜様と莉々華様が頑張っておったからな」

「つまり、雪花生徒会としては初めてのこと。再始動ってことっすか」

 全員で顔を見合わせ、ニヤリと笑った後、莉々華が叫ぶ。

「雪花生徒会プラス一名の真価を見せるぞ!」

「「「「お――――――――――!」」」」


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