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第二章

 六月中旬。

 日本特有のじめじめした夏を迎えつつある。梅雨で蒸し暑さが倍増し、誰もが授業を受けることに嫌気が差す季節だ。衣替えが済み、多少はそれが軽減されたとはいえ、まだ冷房をつけるには早すぎる。一年の中でワースト一位になってもよさそうな、気持ちの悪い気候だ。

「ちょっと莉々華~。なんでそんなに汗かいてないの?」

 もちろん、それは雪花高校生徒会室にもやってきている。湿った空気が充満し、窓を開けてもほとんど意味を成さない。学校近くの大手スーパーへ教師の目を盗み、休み時間に冷たい飲料水を買ってくる生徒もいるくらいだ。

「ボクはもともと汗をあまりかかない体質なんだよ。夏になればちょっとはかくけど、今くらいの気温ならほとんど出ないね」

「羨ましい。私もそういう体質が良かったな」

 ぐったりと椅子の背もたれに体を預ける琴音と、ピンと背筋を伸ばした姿勢で反応する莉々華は対称的だ。琴音はブラウスの第二ボタンまで空けている。胸元まで見えそうだが、あいにく、現在風夜は席を外しているし、星絆は瞑想しているだけだし、そんなことを気にする人間はいない。

 雪花高校の夏服はとてもシンプルだ。男子は冬服から学ランを取っただけで、それ以外変わりないし、女子に至ってはリボンすらつけなくて良い。胸ポケット上部に学校指定のバッヂを付けさえすれば基本的にオールオッケーなのだ。原則、全員半袖シャツを着用しなければならないが、日焼けを気にする女子の中には長袖を着てくる生徒もいる。生徒会の面々はいつも半袖だ。

「琴音は髪の毛が長いから、余計に汗をかくんじゃないのかい? ボクみたいにばっさり切ってあれば少しは変わるかもしれないと思うけど?」

「無理に決まってるでしょ~。ここまで伸ばすのにどれだけ時間かかると思ってるの?」

「ざっと一年くらいかな?」

「さらっと言わないで。悲しくなるから」

 莉々華の言うとおり、琴音のロングヘアーは夏だとかなり暑苦しく見える。美貌を振りまいている時ならいいのだが、こうして見知った者同士になり、だらけると本人だけじゃなく見ている方まで暑くなる。せめてもの救いは琴音が持参しているアイスだが、ずっと食べ続けるわけにもいかない。食べ終わると暑さが倍増する。

 今、莉々華達は風夜の報告を待っていた。部活を取り仕切っている教師や、学校全般の運営に関わっている教頭など、主要な先生方に中間テストが終了して一週間が経ち、何か変わったことがないか聞きに行ってもらっている。

「う~ん。何もないといいんだけど……」

「何もないのでは困る。中間テストの結果に変化が現れて欲しいところだ」

「良い方にね」

「もちろん」

 中間テストから一週間。そろそろ丸付けも終了し、あらかたの結果が出る頃合いだ。六限終了後に一時間、何をしても良いという時間を設けてから約一ヵ月半。はたして吉と出るか凶と出るか。報告の内容によっては大きく動かなければならない。

 琴音と莉々華はこの一ヶ月で、考えられる全ての事態に対する策を練ってきた。異常にカップルが増えた場合、部活に打ち込む人間が急増した場合、小テストや定期テストの成績が下がった場合、等、五十にも上る対策を考えた。琴音も莉々華もこのような対策に『完璧』などというものがないのは重々承知していたが、それでもよっぽどのことが起こらなければ対応できるとみていた。

「すみません。遅くなりました」

 と、ガラガラとドアを開けて風夜が生徒会室に帰ってきた。

「いや、そこまで待ってないよ。それで? どうだったんだい?」

「まさかノリにノッテ成績が急上昇してる、とかじゃないよね?」

 待ちかねていた琴音が茶々を入れるが、風夜の顔は全く動かない。真面目一辺倒で、どことなく「まずい状況ですよ」と言ってるようにも見える。

「まず、これを」

 言って、風夜が差し出したのは一枚のプリント。受け取った莉々華はすぐに目を通す。琴音も脇から興味深げに覗く。

「え!? ちょっと、これって?」

「まさか、こんなに多いとはね」

「そうです。ここ一週間で部活創設申請をしたグループ全てです。その数、二十四グループ」

 ロッククライミング同好会に、お茶研究会、ピッキングサークル、蝋燭工作会、将棋同好会、木登りサークル、武術同好会、防犯研究会、生け花振興会、食物調査隊、科学戦闘軍などなど。どう考えても部活としては認められなそうな同好会やサークルまでもが活動場所を確保するためなのか、部活申請を申し込んでいる。部活に時間をかける人間が増えれば自然と成績が落ちるのは明らかだ。なのに、これだけ多いとなると、どうなるのか。厳しいものがある。

「テスト終了後に動こうって考えた人がほとんどだったようだね。でもこんなに多くこういうものができるとは思ってなかったな」

「いやいや、なにそんなのん気に。確かにある程度の対策は考えてあったけど、人数やグループの数で全然対応が変わって来るんだよ? 今すぐにでも考え直さなきゃ!」

 冷静に分析している莉々華に琴音が焦った声で突っ込む。

「え? そうなのかい?」

「そうだよ! 考えが甘かった。ある程度時間が作れる分、こういうことをする人達が出るのは予想できてた。けど、私達が考えていたのはあくまで四、五グループが相手の時の話。二十グループ以上ってことは軽く見積もっても七、八十人はいることになる。もし団結されたら最悪、正面衝突になりかねない。私達生徒会と、この人達で」

「正面衝突? でも、ある程度ベースとなる対策は考えてあるのだからそこまで焦る必要はないんじゃないかな?」

「ベースになんかならないよ! 相手が多すぎると、私達が考えてた『その人達にだけ課題を負わせる』とか、『そういう人達向けの集中講座』ができなる。しっかり両立できる人もいるだろうし、人数が少ないグループはこっちにメンバーを取られると活動自体ができなくなるからね。少人数なら多少強引に進めることもできただろうけど、こういう対策は相手が多すぎるとその分反発も大きくなるから、実行するのは不可能だよ」

琴音の話を聞くうちに莉々華もなんだか嫌な気がしてきた。

琴音の予想は間違ってなかった。しっかりと、『部活申請があった場合』、という項目を設けて考えていた。自由時間を取れば、必ず、仲の良いグループ同士で集まり、勉強なり談笑なりをするはず。となれば、その中から「正式に部活として認めてもらいたい」と思う人達が居てもおかしくない。

ここまでは、大正解だった。が、いくらなんでも二十グループ以上申請するなどとは思ってもみなかった。せいぜい四、五グループくらいだろうと見ていたのだ。

「あと、これを」

「まだ何か問題があるのかい?」

「見せて」

 しかし、風夜はまだもう一枚プリントを持っている。そのプリントは――

「ダメ押しだね。かなりまずいよ」

「変化なし、か。ここにこれだけ勉強以外のことに興味を持たれているとなると――」

 今回の中間テストの平均点が、去年と一昨年の平均点と合わせて載っていた。結果は、ほぼ変化なし。多少去年の成績より上回ってはいるが、とても喜べるレベルじゃない。そんな中、大きな不安要素が浮き上がっている。現時点では誰が見たって改革は失敗しているようにしか見えない。

「クレームがくるよ」

「セリフをとるな」

 そう。誰が見たって失敗しているようにしか見えない、ということは、クレームをつけてくる人間がいるはずだ。琴音は口調こそ適当な感じだが、硬い表情は崩していない。莉々華も、同様の反応だ。

「どうするんだこれは!?」

 突如、力任せにドアが開かれた。向こう側には校長の姿がある。

 予想した直後に来るとは計ったようなタイミングだと、二人は目を見合わせた。

「何をやっているんだ君達は!」

 随分と憤慨しているようだ。手にプリントを二枚持っているところを見ると、あらかた風夜に渡されたのと同じものを見て、思い通りの結果じゃなかったのに怒って乗り込んできた、というところだろう。

「え? いや、あの……」

 一番近い位置に居た風夜が説明しようとするが、いかんせん校長相手だ。普通の生徒でも気圧されるだろう剣幕なのに、喋るのが不得意な風夜がまともに対応できる訳がない。

「何をやっているんだ、とはなんですか?」

「何だね!? その言い草は!?」

「それは私達のセリフじゃ――」

「琴音! 黙ってて。ボクが話す」

 気圧されるどころか逆に挑戦的な口調で話し始めた琴音を莉々華が制す。一歩、前に出て校長と真正面から対峙した。

「校長先生。今の琴音の言い方は問題があると思いますが、言っていることは間違ってないと思いますよ?」

「なんだと?」

 莉々華は校長の勢いなど全く気にせず、自分のペースに持ち込む。話術では琴音でも莉々華にはかなわない。風夜、琴音、両名は成り行きをただ見守る。

「校長先生は、ボク達がこの一ヶ月、何もしないでただ漠然と過ごしていたと思っているのですか?」

「そうなのだろう!? だからこそ、こんな結果が出たんじゃないか!」

「では、訊きます。校長先生は何をしていたのですか? ボク達が何もしなかったのを怒るなら、校長という立場に居ながら生徒だけに任せて何もしなかった校長先生はどうなんですか?ボク達と違って、何か考えていたんですか? 何か行動したんですか?」

「それは関係ない! 今は君達について話しているんだ!」

「今、関係ないとおっしゃいましたね? それははぐらかした、と取らせていただきます。と、なるとつまり、校長先生は何もしていないと、そういうことですね? そうでなければはぐらかしたりはしません。何かしていたのなら『自分はこうなのに何故君達は!』と、言えるはずですから」

 およそ、自分より目上の人間を相手にしているとは思えないやり方だ。激昂した相手をさらに煽るような言い方で、詰めていく。もし、論理に穴があれば一瞬でやり返されるのは目に見えているのに莉々華はそれを恐れない。自分の話術、論理の構成力に絶対の自信を持っているのだ。たとえ自分より目上の人間が相手だろうと、間違いは間違いだと言うし、おかしいことはおかしいと言う。自分の意見を簡単には曲げない強情さと、卓越した話術を持っている者にしかできないやり方だ。

「とにかく、これからのことが大切だろう!? 変な方向に話を持っていかないでくれ!」

 たまりかねて校長は話をそらそうとする。

「言われなくても分かってます」

「分かってるかどうかじゃない! 対策はあるのかと訊いている!」

 そこは、痛いところだった。対策を考えてないわけじゃなかったが、琴音の話によれば考えてあった対策は使えないらしいのだ。この状況ではたとえハッタリをかましても「どんなものか」と突っ込まれた時に答えられない。

「いえ、今のところありません」

 正直に答える。すると、みるみる校長の顔が真っ赤になる。怒りのせいか、ぶるぶると手を震え、殴りかかってきそうだ。

「バカにしてるのかね!? 散々なめたことを言ったかと思えば今度は何も考えてないだと言うのか!?」

「ですから、校長先生だって何も考えてないのでしょう? なのに何故そのような方にボク達が悪いように言われなければな――」

「いい加減にしなさい!!」

 この期に及んでまだペースを崩さない莉々華に校長は勢いだけで黙らせる。唾を飛ばしながらびっくりする程の大声で莉々華の言葉を切った。

「いいかね!? これは君達が打ち出した改革案なんだぞ!? それによって起こった問題は君達が対処するのが筋というものだろう!?」

 そもそもそんな追い詰められた事態を作り出したのは誰ですか?、とはさすがに莉々華も言えない。

「二週間だ! 七月までに何もできないなら、今回の改革は中止する!」

「なっ!」「は?」

「変更はない! 生徒会に籍を置いているからには何とかして見せなさい!」

 止める間もなく、校長は乱暴にドアを閉めて出て行ってしまう。

「バカな。こんな中途半端な時期にもとに戻すというのか!? 自ら墓穴に入るようなものだぞっ!」

「意味不明すぎる。校長の方こそ生徒のことを考えてない」

 莉々華達は唖然とした表情と校長を見送った。言いはしなかったが、この一ヶ月ずっと対策を練り続けていたし、生徒達の動向を注意深く見ていたのだ。校長は気づいていなかったが、学校の長たる校長より早くこの情報を手に入れていたことなどは褒められこそすれ、注意されることではないはずだった。それが、自分のことを棚にあげて乗り込んできた校長に、なぜこんな無茶なことを言われなければならないのか。莉々華のやり方は確かに常識外れではあったが、今の校長よりはずっとまともだった。

「あれが学校のトップか!?」

 琴音は手近にあった机にガン、と拳を叩きつける。仲間の助けが必要とあらばどんな時でも、それこそ公共物を破壊してまで助ける琴音だからこそ、腹持ちがならないのだろう。自分の高校なのに、何も考えておらず、挙句の果ては責任をかぶってくれそうな生徒にそれを押し付ける。校長は、綿密な作戦と、驚異的な行動力で勝利を勝ち取る琴音の、最も深いところに剣を突きたてた。

「琴音。気持ちは分かるけど、とにかく何か対策を立てなきゃ始まらない」

「分かってる。こう言われて引き下がりたくなんかない。どうにかしてあの校長の全てを否定してやる」

 琴音の、もともと鋭い目にギラギラした光が見える。それは獲物を追い詰める猛禽類のモノと同じで、莉々華でさえも鳥肌がたった。

「風夜。星絆。琴音。こうなったら、徹底的にあの校長を見返してあげよう」



      ◆



 一方、改革を断念した紅花高校の面々は――

「そこです!」

「ここっ!? なんで!?」

「そして、次は四秒後です!」

「なんっでそんな正確に分かるんだ!?」

 ゲームセンターにてお遊び中。定番の格闘ゲームからドライブゲーム、リズム打ちゲームまで、基本的になんでもそろっている、このあたりではかなり大規模なゲームセンターだ。学校帰りのこの時間帯は制服姿の学生も少なくない。

 その中、紅花高校生徒会面々はというと、全員着替えていた。珠奈はブラウスの上に薄い桃色のカーディガンを羽織り、下は藍色のスラックス。影斗は水玉模様のワンピースを着ており、女の子らしさが強調されている。鷹樹はド派手な緑色の半袖シャツを着ているが、やはり、制服のズボンは変わっていない。真輝子は紅花の体操着を着用中。マイペースな真輝子らしいといえば真輝子らしい。

 現在、真輝子と鷹樹がUFOキャッチャーにはまり、三十分ほど動いていない。珠奈と影斗は仲良く見学中だ。

「違いますよ!」

「分かるかっ!」

 ワーワー言い合いながらもさっきから一回も景品を取り逃がしていない。珠奈は「これはこれである意味すごいなあ」、とか思いながらも影斗に話しかける。

「あたし達、これでいいのかしら……」

「ふぇ?」

 がんばれがんばれと、手に汗を握って観戦していた影斗は突然話しかけられて間の抜けた返事を返す。その反応に珠奈は微笑みながら、もう一度、しっかり言う。

「だから、あたし達ばっかりこんなに楽しんでていいのかな、って」

 すっと笑みが消え、真剣な表情になる影斗。珠奈の顔を覗き込み、意図を測ろうとしている感じだ。

 珠奈はこの一ヶ月、ずっと悩んでいた。自分の判断に間違いがあったとは思わないし、今更思ったところでしょうがないのも分かっている。だが、ここ一ヶ月で琴音からの連絡が必要ないくらい、紅花高校でも雪花高校の改革は噂になっていた。それだけでも雪花高校生徒会の頑張りは伝わってくる。なのに、自分達は何もせず、最後の何週間かの補修だけで済ませようとしている。なにか、むなしかった。間違いは犯してない。悪いことをしたわけではない。でも、珠奈の中で、むなしさやもどかしさみたいなものが凝り固まっていた。

「私も考えてた。雪花高校の噂は私だって知ってるよ。珠奈が気にしてるのはそれでしょ? でも、私達はこれで良いと思う。雪花高校は雪花高校だし、紅花高校は紅花高校でしょ? 成績で争ってはいるけど、その学校その学校で校風や伝統が違うんだから、違うことを気にする必要なないと思う」

 まくしたてるように言葉を並べるとほぅっと息を吐き出して笑いかけてくる。

「それは分かってるのだけど……」

 珠奈は言いよどむ。何か、違う気がした。影斗が今言ったことは正しい。自分達と相手方との勝負は結果が全てだ。その過程は校風や伝統の違いを含めて全て同条件ではないのだから、気にする必要はない。それは合っている。でも、それを理解した上で、何か違和感があった。相手校との関係だけでこのむなしさが湧き上がっているのか。どこか違う気がした。

「はぅ。何かご不明な点がありますでしょうか?」

 見ればどういうわけか影斗はうるうると目に涙を浮かべている。「なにかしたかな?」と一瞬考え、すぐに思い当たる。

「あ、ごめんごめん。影斗には難しい話だったわね」

「はぅ! 珠奈が子ども扱いした!」

「あれ? そういう意味じゃなかった?」

 言うと、さらに涙を溜め込み始める。当たってはいたらしい。

 さっき回答。いつもお子様発言しかしない影斗にしてはできすぎなくらいだった。珠奈が言いよどんだのを間違ったことを言っちゃったかも、と採ったのだろう。

「大丈夫。ちゃんと言いたいことは分かったから」

「本当に?」

「本当に」

 頭をなでながら念を押す。

 珠奈は自分に言い聞かせた。ここでもやもやしてても意味がない。周りに心配をかけるばかりだ。まずは勝利が第一。大きなことを何もしないからには自分の仕事をしっかりこなしていかないと。でないと、改革を断念した意味がない。

「だから違いますって!」

「知るかっ!」

 顔を上げると、まだUFOキャッチャーに励んでいる二人に姿が目に入る。お互いを小突きあいながらも、確実に景品をゲットしている。

「二人とも! そろそろ行かない?」





 結局、二人が目当てとしていた景品(日本刀にしか見えないプラスチック製のとても大きな剣)を取るまでさらに一時間を要し、四人が外に出た時はもう既に暗くなっていた。遠くからカラスの鳴き声も聞こえてくる。

「あれ? ここの店、潰れるんだね」

「不況ってやつですね。大分騒がれてますしね」

 雪花高校の近くにある、大手スーパーである。閉店セールという旗が風に煽られてばたばたと揺れている。最近、景気に悪化が深刻化している。政府が色々な政策を打ち出してなんとか歯止めをかけようとしているらしいが、うまくいっていない。どんどん物価が上がり、高校生にとってもあまり好ましくない状況になっている。この大手スーパーも、珠奈達が生まれる前からこの地にあるのだが、とうとう撤退せざるを得なくなったらしい。

「次はどっこに行く?」

 まだまだ体力、気力ともに残っている鷹樹が意気込んで訊く。その手には遠目だと本当に刀を握っているようにしか見えない物騒な剣がある。

「まだ行く気? 鷹樹はよくそんなにお金あるわね」

「僕はさっきのでほとんど全財産使い果たしました」

「真輝子君! 男らしいよ!」

「影斗。UFOキャッチャーで全財産使い果たす男がなんで男らしいの?」

 どっと笑い声が上がる。

もうこのメンバーが結成されてから一ヶ月半経った。最初集まった時から本人達もびっくりするくらいチームワークが良かったが、今はもはや幼馴染の集まりみたいな感覚だ。

「ところで、詩月さんに質問ですが、補修をする、と言っても先生方の協力がなければできないでしょう? 話は通してあるのですか?」

「ああ。そこは大丈夫よ。もうある程度日程が決まるほど話を進めてあるから」

「ホントですか? さすがですね」

 何気なく、落ちていた石を蹴って鷹樹にパスしながら真輝子は感心する。石を受け取った鷹樹は影斗にパス。

「はわ?」

 後ろからいきなり現れた石に影斗はびっくり。だが、驚いたことにしっかりと止めている。そして、反転。向き直ると着ている服装も気にせず、珠奈にパス。

「うわ!?」「うお!?」「ッ!?」

 影斗が何事もなさそうに、いかにも女の子らしい蹴り方で、石を蹴ったその瞬間。とても冗談ではすまされない凄まじいスピードで石が跳んだ。推定、約百キロ。灰色の弾丸が珠奈に迫る。明らかに殺意のこもった殺人術だ。

しかし、こんなどうでもいいところで殺されてはたまらない。珠奈は反射的に飛びのいた。

避けきれるかどうか、微妙なところだったが、珠奈の胴体をかすめて石は通りすぎた。

「こらっ! 人を殺す気!?」

「うぇ? ちちちち違うよ? 今のはははは普通に蹴っただけけけ」

「影斗の普通は殺意がこもるの?」

「だだだだだから違うよよよ! わわわわ私はほほほほ本当ににににふふふ普通にけけけ蹴っただけななんだかららら!」

 殺されかけた珠奈は心臓が高鳴るのを感じながら影斗が非難するが、なにやら調子がおかしい。

「……あの~、影斗さん?」

「なななな何にに?」

「普通に喋ってくれない?」

「ふふふつつううううにしゃしゃしゃべべっててててるるよよよ?」

「悪化してるわよ」

「あああああれれれれ?」

「…………真輝子君。あなたの携帯ってボイス録音機能あったかしら?」

「ありますけど?」

「しゅしゅしゅな! ややめめめめめめてよよよよ!」

「はい、録音開始~」

「ちょちょちょちょっと! こここれはひひひどどどどいよよよよ!」





 録音を始めて約五分後。影斗はやっと落ち着きを取り戻した。どうやら、極度に焦るとろれつがまわらなくなるらしい。

「はぅ~。珠奈がいじめた」

 がっくりと肩を落として落ち込む姿はどこぞのロリコンがみたらきっと「萌え~」とか言って連れ帰ってしまいそうなほど可愛げがある。ポニーテールに結んだ髪の毛が首から分かれてふくよかな胸に落ちている。

「こっちは危うく殺されかけたんだからこのくらいはいいじゃない?」

「うっわ。出たよ。珠奈のSの性格が」

「人聞き悪いこと言わないで。さっきのは本当に死ぬかと思ったんだから」

 真剣な表情で珠奈は鷹樹を睨む。飛んできたのはボールではなく、石だ。百キロもスピードが出ている石が頭部にでも当たったら本当に命に関わる。

「ま、でも影斗はかわいいし、からかうのも楽しいんだけど」

「当ったりじゃん! そうなら最初から肯定しろよ!」

 一瞬鼻白んだ鷹樹だったが、次の言葉を聞いて即座に突っ込む。

「別にいいじゃない?」

「よくはないと思うっぞ」

 珠奈には、莉々華や琴音とは違った性格がある。三人とも、間違いなくまとめ役に向いているのは明らかだが、その性質は全然違う。莉々華は家臣に命令をとばし、表に立って皆を引っ張る将軍的なまとめ役。琴音は考えを巡らせて命令をとばしながらも自分自身も行動し、皆を支える隊長、もしくは参謀的なまとめ役。そして、珠奈は柔らかに家臣と接しつつも裏では牙を剥いて行動する、王女、もしくは皇后的なまとめ役である。

その片鱗が、このSな気質だ。表面上は莉々華や琴音のような常人と違う一面を持っていないように見える。だが、裏ではきっちりと、牙を剥いている。この、何もかも忘れて遊んでいるような空気の中で補修のことを既に教師側に通してあるのが良い例だ。本人は特に自覚してないが、莉々華や琴音とは違った空気を珠奈は醸し出している。

「よし。影斗もいじめたことだし、そろそろ解散にしない?」

「そうだっな。本当はもうすっこし遊びたいけっど、時間が時間だし」

「明日は生徒会室でおとなしくカラオケ大会でもしましょう」

「真輝子君。それ、おとなしくないわよ」

 珠奈が言うと、皆も賛成し、帰宅ムードに変わる。なんだかんだ言っても、珠奈は生徒会長で、このメンバーのムードメーカーなのだ。

「影斗。明日もよろしくね!」

「はぅ。珠奈がいじめる」

「珠奈。幼女をいじめるのはいい加減やめた方がいいぞ?」

「ですよね。いくら可愛いくても年齢に差があるんですから」

「それもそうね」

「幼女じゃないもん!」

 笑い声が弾ける。影斗は珠奈に詰め寄ってパンチを繰り出すが、珠奈に通じるわけがなく軽くいなされる。意地になって何度も何度も叩くが、適当にかわされ、止められ、ついに力尽きてその場にへたり込む。その頭をなでる珠奈。大笑いでそれを見る他二名。

平和な空気が流れ続ける紅花生徒会だった。

 

 

     ◆



 翌日、雪花高校生徒会室。

 さあ、これからが本番だと張り切って集まる日のはずなのだが、

「え? 琴音が来てない?」

「はい」

 どういうわけか琴音は学校に登校していなかった。

 ――あれだけ意気込んでたのに来てない? 変だな。琴音の性格からして本気になった時は何があっても全精力をつぎ込むはずだが。

「分かった。風夜は今まで通り、生徒達の動向を常に見ていて。ボクは対策を考えるから」

 ――まあいい。琴音のことだ。明日あたり、しっかりした対策を考えて現れるだろう。その辺だけは信頼できるからな。それより、ボクはボクで考えなければ。他の二人はこういう作業には向かないだろうから、ボクと琴音が何とかしなければならない。

 黒板前の自席で黙考する莉々華。琴音が来ていないからといって何もしないわけにはいかない。もし自分で何かできそうなことがあったら始めておいたほうが良い。何か動く時には風夜と星絆も戦力になる。そこに持っていくのは生徒会長たる自分と、琴音の役目だ。

 ――まずは実際に話を聞いてくるべきか。どういう意図をもって部活申請してきたのかも理解しておかないと和解も和睦もあったものではない。今の時間なら必ず残っている人がいくらかはいるはずだ。ボクができることはボクがやろう。

 莉々華は立ち上がると、部活申請表を持って生徒会室を出た。





「日本国憲法第三章国民の権利及び義務第二十一条、集会・結社表現の自由、通信の秘密、第一項。集会、結社及び言論、出版その他一切の自由は、これを保証する。また、第二十八条、勤労者の団結権・団体交渉その他団体行動権。勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団結行動をする権利は、これを保証するぅう!」

「……えーっと? それで、何が言いたいのかな?」

「ですから、我々の部活申請は了承されるべきです!」

ピッキングサークルなる、一番怪しげな団体に顔を出したら突然日本国憲法を持ち出された。

――ピッキングって、ピンとか針金で鍵を開けちゃう技術だよ、な。一番目についたから最初に来てみたけど……なるほど。確かに怪しい団体だ。

「それとこれとは話が違う気がするのだけれど? だいたい、ボクら学生に団体交渉権って、何か違うと思うんだけど」

 努めて冷静に反論してみるが、

「全く問題ありません!」

即答。

――よし。次に行こう。



「私達の活動を認めてくださると嬉しいのですが」

 和服を着たとても美人さんに出迎えられた。この集まりはお茶研究会。礼儀正しく、いかにも、という雰囲気だ。

「そうだね。さっきの団体を見た後だと、この団体はまともで、十分部活としてやっていけそうな気がする」

「本当ですか?」

 満面の笑み。男子なら、一発で「了承します」と言ってしまいそうな笑顔だ。

「でも、あいにく、ボクは生徒会長だ。空気が良いというだけで部活を了承するわけにはいかない。そこは分かってもらえるね?」

 すると今度はしおれて泣き出しそうになる。

 ――演技、か。雰囲気だけはいいが、とんでもない女狐がいるな。ここも要注意だ。



「ほう。視察、ですか」

 眼鏡をくいっと持ち上げて答えるこの男。なんと将棋の腕前は六段らしい。

「あらかた、私達の要求すること、真に望むことを聞きにきたのでしょう?」

 ――読まれた? なるほど。これだけでもこの男のレベルが分かるな。

「用件が分かっているなら話が早い。そちらが望むことは?」

「部活設立、以外は皆無です。校長先生も将棋好きだと聞いていますし、部活として認めてくださると嬉しいのですが」

 不敵に笑って言うその顔には何者にも止められない確固たる意志がある。

「それは関係ないだろう。とにかく、言いたいことは分かった」

 ――この男とこれ以上話しても意味はないな。



 この日、莉々華は十グループを訪問した。





 次の日。莉々華はより一層不信感を募らせる。

「今日も琴音は休みなのかい?」

「そのようです」

 なんと二日連続で琴音が来ていなかった。校長が去った後、琴音が見せたあの意欲を考えるとどうしてもかみ合わない。何かあったのではないか、とさえ考えてしまう。

 ――どうしたんだ? 今までこれだけ切羽詰った状況で二日続けて姿を消す、なんてことはなかった。それもあれだけ目を輝かせていたのに。

 莉々華は携帯を取り出し、琴音に連絡を取ろうとする。琴音の番号を呼び出し、電話をかける。

 ――出ない? 呼び出しているのに……。意図的に出ないようにしてるのか? いや、それはないはず。琴音が仲間を放ってふらふらしているはずがない。だが、何故出ない? 誰かと話している途中なのか? それとも携帯を家に置き忘れている、とか?

 二十回目のコールの後、莉々華は切った。

「出ない。夜にもう一度連絡してみるけどどうなるか分からないから、風夜も連絡取れるか確認してみて」

「分かりました」

 風夜は頷くと生徒会室を出て行った。莉々華の命に従って、学校内に変化がないか自分の目で確かめに行くのだ。

 ――しかし、昨日訪問で分かったが、どこのグループも部活承認を第一目的としている。これでは対策の立てようがないな。日本国憲法をわざわざ引っ張りだして交渉してくるレベルなら、場所も先生方も実はかなり余っているのは知られているはず。紅花と違って校舎自体がかなり広いからどうにかすれば部活として成り立たせることができてしまう。つまり、部活申請そのものを退けるのはかなり骨が折れる。で、そうなるとやはり部活を成立させていくしかなくなる……。けど、その次の対策が決まっていない今の状況では危なすぎる……。ああもう。琴音なら何か良い対策が思いつくかもしれないのに。

状況を整理すればするほど琴音の力が欲しくなる。話術では琴音に負けないが、頭の回転速度では琴音の方が数段上だ。加えて、琴音はこれまで実際に人助けを何回も成功させている。その経験と、判断力がもともとの力に上乗せされ、更なる力が発揮されている。

莉々華のような者の副官としては申し分なかった。琴音の考え、経験をもとにした作戦を莉々華が表に立って推し進める。この繰り返しで大概のことはなんとかなる。なのに、その一角、琴音がいないとなると、痛手以外の何物でもなかった。



 その夜。莉々華は何十回も電話をしたが、琴音からの反応は一切なかった。仕方なく、メールで分かったことを連絡し、早々と寝た。





「午前中だけ居て、目を離した隙に居なくなった?」

「すみません」

「いや、風夜が謝ることではないが……」

 三日目。莉々華はここまでくると本格的に様子が変だと感じ始める。

 ――意味が分からない。もうあと少ししか時間は残されていないのに。まさか怖気づいた、なんてことは…………いやいや、琴音に限ってありえない。一体なんなんだ? 何故放って置かれてる? 他に外せない用でも入ったのか?

 琴音が突然姿を消すのは莉々華も慣れているし、周知の事実だ。しかし、仲間、特に莉々華や珠奈が関わっている場合にはたとえテスト前だろうとなんだろうと必ず助けてくれた。時には嫌々ながらにしか見えない時もあったが、助けてくれる時は最大限努力してくれたし、良い方向へ軌道修正してくれた。だからこそ、今回も頼りになると思っていたのだ。

「とにかく、琴音はいつもふらふらしてるから出席日数も怪しいはず。見つけたら即刻問い詰めるように。そして、羽交い絞めにしてでもボクのところへ連れてきて」

「羽交い絞めって……」

「冗談だ」

 本気で困惑の色を浮かべた風夜にさらっと答えてから、莉々華は携帯を取り出す。

 ――昨日のメールはかなり穏やかな口調で書いたが、もはやそんなことも言ってられない。脅しでもなんでもいいから引っ張り出さなければ。

 数秒間目を閉じ、どういうことを書こうか考える。何故来ないのかを触れるべきか、無視するべきか。琴音がどういう面で一番役立つのか。どういうことを書けば来させられるか。様々なことに数瞬、頭を巡らせ、すぐ指を動かす。

【琴音。何をしている? こういう時こそ居てくれなければ困る。頼りっきりで多少の罪悪感はある。が、こういう時は琴音が一番頼りになるんだ。明日、来ないようなら家に押しかけてでも引きずり出すぞ? 明日、必ず来い。いいな!】

 『送信完了』の文字を認めると携帯をポケットにしまう。そして、莉々華は生徒会室を出た。風夜が嘘の報告をしているはずがないことは分かっていたが、本当に学校へ来ていたのか確証を得たかった。

――学校に来ているのなら、わざわざ生徒会室でなくとも会える。朝であろうが十分休みであろうがなんでも良い。まず、琴音が何を考えてるのか聞かなければ。

「……来てる」

 教務室で出席簿を見せてもらうと、確かに欠席の文字はない。昼過ぎからは早退扱いになっているが、午前中は出席していた。

 ――ん? まさか体調が悪いのか? む。ありえるな。電話に出なかったのも、寝ていた、と考えれば辻褄は合う。そして、今日も午前中はなんとか来ていたが、ぶりかえして、早退した、とか?

ふと、莉々華は風邪、という理由に気がついた。いくらやる気があっても体が言うことを聞かないのであればどうしよもない。連絡が一つもないのは気になるが、一応音信不通の理由にもなる。

そうなると、まず始めに疑ってかかるべき理由を無視していた自分が恥ずかしくなる。琴音が勝手に仕事を放棄しているかのように考え、風夜によく分からない命令を出してしまった。もし本当に風邪なら無理をさせるのも悪い。

 とりあえず、明日もう一日くらいは大人しく待っていようと思い直した莉々華だった。





 だが、そんな莉々華の憶測はその翌日、打ち砕かれる。

「聞いたところによると、昨日は何も言わずに勝手に帰ったそうですよ?」

「じゃあ、風邪っていうことは……」

「…………」

 無言の肯定。風夜も気になったのだろう。今日、琴音の担任に直接話を聞きに行ったらしい。それによると、昨日、琴音は誰にも何も言わず早退したらしく、また、体育の授業にもしっかり参加していたらしい。このことから、風邪ではないのがはっきり分かる。風邪であるなら、誰にも何も言わず、隠れる必要などないからだ。黙って帰ると逆に怪しまれる。体育に出ていたのならなおさらのこと。担任でなくても、クラスメートの誰かに伝えればそれで済む。にも関わらず勝手に帰ったということは風邪であるはずがない。

 ちなみに、今日は「朝からずっといない」、とのこと。メールの返信も無論ない。また、休み時間は絶対姿を消しており、誰に聞いてもどこに行ったか分からない、ということだ。

 ――まさか本当に怖気づいたのか? いや、ないと考えたい。あの琴音が大した策も打たず、立ち向かいもせずに逃げるなんてことは……。だが、他にどう解釈すればいいんだ? ボクに責任を押し付けて逃げたと言われてもおかしくない状況だぞ? 琴音をよく知らない者からすれば明らかに自分の仕事を投げ出しているように見えるだろう。琴音をよく知るボクでさえ疑ってかからずにはいられないんだから……。校長にこのことがばれたらどうする? 副会長がこんな大切な時に仕事をしてないなんて知られたら……。

「って、何を考えてる!」

 首を大きく振って自分を鼓舞する。隣に居た風夜が驚いた表情を浮かべているがそんなことは無視。

 ――いない人間について苦慮してる場合じゃない。琴音がいないなら、琴音の分までボクがどうにかしなきゃ。琴音は十分ヒントを与えてくれてる。ベースにはできないって言ってたけど、あれを元に応用を利かせばボクにだってできるはず。そもそも、この改革を考えたのはボクなんだし、琴音がいなくたってなんの問題ない。校長が来たら琴音は琴音で仕事をしてるって追い返せばいいだけ。深く考える必要はない。

「風夜。琴音の動向を探るのは君に任せる。できるだけ速く連絡をつけて、ここに引きずってくるように。いいね?」

 風夜はまた、無言で答えると生徒会室を出て行く。

 ――風夜はやれと言われたことに関してはなんでもやってくれてる。琴音のことは任せよう。よし。ここまできたら琴音は使い物にならないと考えた方が良い。ボクだけでなんとかしないと。多少荷が重いかもしれないけど、失敗は許されない。あと一週間と少しであの校長に見返せる対策を立てなければ。



      ◆



 琴音不在で予想外の危機に陥る雪花高校生徒会をよそに紅花高校生徒会はトランプで盛り上がっていた。

「うっお! なんでさっきからジョーカーしか引けないんだっよ!」

「それはこっちのセリフよ!」

「なんで全員あと一枚の状態で止まってるんですか!」

「私は何もしてないよぉ?」

 トランプといえば、やはりばば抜き。近年は大富豪やポーカーなどが主流となっているが、「トランプといえばばば抜きだ」と思う人はまだまだいる。大富豪やポーカーと違ってルールが至ってシンプルなため、誰にでもできる定番ゲームだ。

ところが、始めは全員で机を合わせ、和気藹々とやっていたのだが、現在どういうわけかエンドレスでゲームが続き、誰も上がれていない。全員が総立ちで、絶対自分が一番早くあがるんだと意気込んでいるのだが、なぜか誰もあがれない。

「またきた!」

「ほんっとにいい加減にしてほしいわ!」

 と、いうのも全員が残り一枚ずつの手札なのだが、ジョーカーだけがくるくる回り、普通のカードが引けないのだ。確率二分の一だからありえない話ではないのだが、それにしても続き過ぎだった。この状態で十周くらいしている。

「これです!」

「ハッズレ~」

 気合い十分で影斗からカードを引いた真輝子だったが、またもジョーカー。いっそ全員がイカサマしていると思った方がすんなり受け入れられるほどだった。

「もういいっ! これはやっめよう!」

 十一周目に突入するところで鷹樹が放り出す。

「そうですね。疲れるだけですし」

「やってるのもバカバカしくなるしね」

「他のゲームしよ?」

 全員、ため息をついて椅子に腰を下ろす。

「あ、それはそうと、皆、不審者情報聞いたかしら?」

「ああ、担任から言われたあれ、ですか?」

「そう。なんだと思う?」

「なんだと言われましても分かりませんよ。この周辺をうろついているだけ、なんて情報じゃ」

 紅花高校周辺で最近不審者が出没している、という通報が付近の住民からあったのだ。

 しかし、それは不審だというだけで不審者かどうかは分からない内容だった。なにせただ『学校周辺をずっと歩き回っている』だけなのだから。

「もしかしったらウォーキングを始めたお兄さんかもしっれないだろ?」

「そうだけど、マスクにサングラス、なんて明らかに怪しい格好じゃない?」

「でも、服は普通なんだろっ?」

「だから余計怪しいのよ」

 その人が不審者にされている理由。それは服装にあった。サングラスにマスクという、「不審者セット」なるものがあるなら必ず入るだろう物を身につけている点。それから服は極々普通の青いジーパンに水色の半袖シャツという点だ。どちらか一方が少し変化していればまだ救いがあるが、この奇妙な組み合わせに見る人はより一層不信感を募らせる。

「どうせ私達には関係ないことだから、早く次のゲームしようよ~?」

「影斗。一応あたし達にも関係あるのよ? もし不審者なら、少しは警戒しなきゃ」

「ふぇ? でもでも、私は絶対狙われないから大丈夫だもん!」

 えっへんと胸をそらしていばる影斗だが、その胸には男性なら誰もが気になるであろう大きさの物が揺れている。珠奈は半分あきれ、半分真剣に、影斗に言う。

「あのね、影斗。あなた、自分がかわいい女の子だっていう自覚ある?」

「大丈夫だもん! 私は珠奈みたいにかっこよくないし、小さいし、鈍感だから」

「そうね。でも、男性の中には鈍感で子どもっぽい人を好む人もいるようだから、気をつけなさい」

 影斗は「そうなの?」と、びっくりした表情で首をかしげているが、珠奈は本当に心配になる。

 実は中学時代、莉々華、琴音と共に帰宅する途中、数人の男達にナンパされかけたのだ。その男達は莉々華を狙っていたらしく、軽く断ろうとした莉々華を強引に車に乗せようとした。無論、莉々華が得意の武術で抵抗してくれたおかげで逃げられたが、人生で初めて身の危険を感じた瞬間でもあった。

その後、莉々華から武術を教えてもらい、戦える術を身につけた。団体戦になることも考慮し、琴音を含めた三人で戦闘隊形や戦術をしっかり確認し合い、時には実戦形式で練習したりもした。

「その通報が入ってる人以外にも危ない人達はたくさんいるんだからね」

 最後にそう付け加えて机の上に散らばっているトランプを集める。

「次、何かしたいことある?」

「じじ抜き?」

 影斗が元気よく、手を挙げて提案するが、

「「「それはもういい!」」」

 たった今、ばば抜きで疲れ果てたメンバーは猛反発。

「じゃあ、かか抜き? それともとと抜き?」

「なんですかそれ?」

「だから、かか抜きととと抜き」

「どういう遊び?」

「知らない。ばば抜きとじじ抜きがあるならかか抜きと、とと抜きもありかな~って」

「「「ないわ!」」」

「はぅ。じゃあにに抜き? それともねね抜き?」

「「「いい加減にしろ!」」」

 全員の突っ込みで影斗がいじけて涙目になる。

「ふざけてる影斗は放っておいて、何かしたいことある? 二人とも?」

 それを珠奈は軽く流して他の二人に話しを振った。しばらく思案した鷹樹が、一言。

「なあ皆。この学校に面白い怪談があるの知ってるか?」

 突然話し始める。

「いえ、知りませんけど?」

「そうだろうな。だが、あるんだ。夜の二時二十二分にグラウンドの真ん中で携帯を開くと、携帯に霊が取り付いて、その二日後には壊れるっていう話が」

「いやに近代的な噂ですね」

「でな、入学した時、その話を聞いた俺らは実際に試してみることにした。深夜に学校に集まって、一人の携帯をずっと覗き込んだ。すると、二時二十二分に近づくにつれて、どういうわけか携帯の画面がぼやけてきたんだ。気味悪くなってきて、中には逃げ出すヤツもいた。霊が取り付く瞬間なんて、誰だってみたくないからな。俺だって気味が悪くなったさ。だが、逃げないでそこに居た。携帯の画面はもはや何が書いてあるのか分からなくなるほどぼやけて、全員がびくびく震えてた。そして、そんな中、遂に二時二十二分がやってきた!」

 鷹樹は一回そこで間を空けた。皆がごくりとつばを飲む中、鷹樹は怪しげに言う。

「何も、起こらなかった」

「「「…………」」」

 数瞬の間。そして、

「だからどうしたのよ―――――――!」

「ん? いや、だから、何も起こらなかったって。あ、ちなみに、携帯も変わらず正常に作動したそうですよ」

「そうですよって、他人事みたいね!」

「いや、だって実際他人事だし」

「ぶっちゃけたよ!」

「あと、ぼやけたのは俺が涙目になってただけみたいで、本当は何も起こってませんでした」

「っていうか、なんか話し方普通の人みたいになってるし!」

「おお! よく気づいたざます!」

「キモイ!」

「あんら珠奈ちゃん。それは酷いんじゃなくて?」

「真面目に気持ち悪いわよ!」

「よし。じゃあ私も面白い話を」

「そこ! 何事もなかったかのように話を進めるな!」

「ふぇ? だって何も起こらなかったんでしょ?」

「論点がずれてるよ!」

「まま、詩月さん。抑えて抑えて」

「あなたは黙ってて!」

 珠奈が突っ込み疲れたのを見計らって今度は影斗が話し始める。

「あのね。この間、授業がどういうわけかなくなって、自習になったの」

「それは良かったでっすね」

「うん。それで、暇だったし、トランプを始めたの。でね、最初は色々やって楽しかったんだけど、さすがに一時間ずっとってなるとあきてきて」

「ああ、分かります。トランプだけやってるっていうのもつまらなくなりますよね」

「そうだよね。で、友達の一人が、私に『なんか面白いゲーム知らない?』って訊いてきたの。だから、私はこう提案したの」

 可愛らしく微笑んで、影斗は言う。

「かか抜き? それともとと抜き? どっちが――」

「前のネタ引っ張った―――――!」

「はぅ。最後まで言ってないのに」

「分かったからもういい!」

「珠奈は、にに抜きとねね抜きの方がお好みでしたか?」

「もういい――――!」

「よくないっぞ珠奈。かか抜きととと抜き、にに抜きとねね抜きの間には明確な差が」

「知ってるんだ!? ルール知ってるんだ!?」

「厳密に言っえばかか抜き、ではなく、おかか抜き、とと抜きではなく、おとと抜きというんだぞ。ちなっみに、かか抜きの方はハートのマークが付いた何かを抜いてやる、というもっので、とと抜きはスペードのマークが付いたものを抜いてやる、というルールがある」

「本当にあるのか――――!!?」

「ん? いや、即興で考えただけ」

「考えるな――――!」

「まま、詩月さん。抑えて抑えて」

「だからあなたは黙ってて!」



 その後、真輝子が続き、珠奈は突っ込み疲れて倒れた。

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