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超絶合体変形ロボ《超合金カグヤ》 ~月の姫が落ちてきて、私の家と宇宙が終わりました~

作者: まぴ56
掲載日:2026/02/12

 人類は知らなかった。

 自分たちが夜空を見上げるたび、胸の奥にふわりと浮かぶ「宇宙」という言葉の、その本当の意味を。


 ——宇宙は、ロマンではない。


 宇宙は、距離だ。

 孤独だ。

 そして、戦争だ。


 時は二〇二五年。

 人類の観測機器が届かない、はるか遠い宙域で、すでに「終わり方」を賭けた殺し合いが続いていた。


 名を——**大宇宙大戦**。


 全宇宙の敵はただ一つ。

 天の川銀河征服を目論む、最強の知的種族——**ゴグアーグ星人**。


 彼らは圧倒的だった。

 知能も、身体能力も、技術も、倫理も——宇宙のルールさえも、自分たちの都合で書き換える。


 ひとたび狙われた星系は、二択を迫られる。


 味方につくか。

 滅ぶか。


 それ以外は許されない。

 中立は「敵性」と同義だった。


 そして、ついにその魔の手が、青い小さな惑星へと伸びた。


 地球。


 ゴグアーグ宇宙艦隊が、太陽系外縁を越えた、その瞬間——

 宇宙空間に一本の線が走った。


 線は、月から来た。


 巨大な鉄柱が、迷いなく放たれたのだ。


 真っ直ぐに。

 必要なだけ正確に。

 必要なだけ残酷に。


 鉄柱は宇宙を裂き、艦隊の一角を貫き、戦艦を一機——いとも簡単に撃墜した。


 ゴグアーグの艦内に、赤い警報が点滅する。

 翻訳機を通した怒声が飛び交い、指揮系統が一瞬揺らいだ。


『月だと? 月に文明など——!』


『違う。軌道計算が正しければ、発射点は月面裏側——』


 あり得ない。

 地球文明の火力ではない。

 月に、誰かがいる。


 月面の暗い裏側。

 そこにいた種族の名は——**ウサピョン星人**。


 はるか太古、地球上で繁栄し、最終的に地球を人間へと明け渡し、自らは月の裏側へと移った超知的種族。

 彼らは古来より、静かに、ずっと——地球を守り続けていた。


 月面基地の司令室。

 楕円形の広間に、白い光が落ちる。壁面には地球の映像。青い球体が、あまりに綺麗で、あまりに脆そうだった。


「……防衛線、第三リングが破られました」


 報告の声に、沈黙が降りる。

 誰もが知っていた。相手が悪いのだと。


 ゴグアーグは強い。

 ウサピョンは押され、追い詰められ、月面の防衛線は崩れはじめていた。


 そこで——最後の希望が動く。


 ウサピョン星防衛大臣の娘。

 少女の名は、**フルル・ピョン・ウーサギヌス**。


 彼女はまだ若い。

 だが、背筋は折れていなかった。真面目で、実直で、言葉は丁寧。

 その丁寧さは、取り繕いではない。教育と責任感と、そして「逃げる余地がない」者の静かな覚悟だ。


「……提案があります」


 彼女はそう言って、前に出た。

 壇上の大臣——父の視線が、厳しいまま彼女を貫く。


「フルル。あなたが言うのですね」


「はい、父上。……いえ、防衛大臣閣下」


 場がざわつく。

 娘が父を役職で呼ぶ。その意味を、この場の誰もが理解した。


 家族ではなく、国家。

 娘ではなく、軍人。


「地球へ降下します。……超合金カグヤを用いて」


 その名が出た瞬間、空気が変わった。

 伝説。切り札。禁忌に近い最後の手段。


 太古の昔、滅亡した日本文明にいた天才機械オタクが発明し、かつて地球に攻め入ったゴグアーグたちを撃退した最強のロボット——**超合金カグヤ**。


 カグヤは本来、遠距離戦用の兵器だ。

 月槍げっそうと呼ばれる投擲武器を用い、敵艦を貫き、戦線を一撃で折る。

 近接戦は不得手——少なくとも、マニュアル上は。


 だが、いまは手段を選べない。


「地球に、味方を作ります。地球を、巻き込むのではなく——地球人の『当事者』を作ります。こちらの戦力の不足を補うためではありません。……地球そのものを、守るためです」


 フルルは息を吸って、吐いた。

 言葉は整っている。声も震えない。

 なのに、指先だけがほんの少し冷えている。


「カグヤの起動鍵は、地球側に反応する可能性が高いです。古代日本文明の設計思想に基づけば、地球人の遺伝情報、文化情報、あるいは……『選定』に近い何か。ですから——」


 視線が、地球へ向く。


「地球で、鍵を見つけます。……私が」


 父は、長い沈黙のあと、ただ一言だけ告げた。


「戻れなくても、行くのですね」


 フルルはまっすぐ頷いた。


「はい」


 彼女の中で、もう答えは出ている。

 だからこそ、丁寧な言葉しか残らない。


「地球は……月のものでも、宇宙のものでもありません。地球の子どもたちのものです。あの青を、奪わせません」


 その日、月の裏側から、ひとりの少女が地球へ向かった。


 そして——


 彼女が最初に出会う地球人は、世界を救う英雄ではなかった。


 どこにでもいる普通の女子高生だった。


---


 ……あたしの人生って、こんなに派手だったっけ。


 放課後の帰り道。

 住宅街に向かう坂道を、だらだらと下る。制服のスカートが風に貼りついて気持ち悪い。

 右手にはコンビニ袋。腕に食い込む重さ。中身はカップ麺と、アイスと、安売りのお菓子。


 今日のあたしのテンションにふさわしい、最底辺の夕飯だ。


「はぁ……」


 ため息が白くならない季節。

 四月でもなく、真夏でもない。中途半端に湿った風が頬にまとわりつく。


 高校二年生。

 名前は——**望月ひかり**。


 成績はふつう。運動もふつう。友達も……いる。

 ただ、クラスの中心にいるタイプじゃない。輪の端っこで、相槌を打って笑って、空気を壊さないようにするタイプ。


 それで困ることもある。


「ひかり、これ今日中にまとめといてー」


 今日だってそうだ。

 委員会のプリント。誰が配るかで揉めた結果、なぜか「私がやる」流れになった。


「え、でも私、今日バイト——」


「お願い! ひかりって優しいじゃん!」


 優しい、って便利な言葉だ。

 断ると自分が悪者になる。引き受けると相手は当然みたいな顔をする。


 ——別に、助けたい気持ちがゼロじゃない。

 ただ、いつも「当然」になっていくのが、じわじわ嫌だ。


 笑って、流して、我慢して。

 気づけば、誰かの都合のいい歯車。


 そんなこと考えながら、コンビニに寄って、適当な夕飯を買って、帰ってきた。

 たぶん今日も、平和な夜のはずだった。


 家の玄関を開ける。


「ただいまー……」


 返事はない。

 母は夜勤。父はいない。

 つまり、今日もあたしは一人。


 靴を脱いで、コンビニ袋を持ったままリビングへ。

 テレビをつけたら、ニュースがちょうど「海外の紛争」とかやってて、あたしは即チャンネルを変えた。


「やだやだ……そういうの……」


 平和なバラエティがいい。

 動物がかわいいとか、芸人がすべるとか、そういうのでいい。


 そのときだった。


 窓の外が——一瞬、昼みたいに明るくなった。


「……え?」


 雷? いや、音が遅い。

 空気が、沈む。まるで巨大な手で世界を押しつぶされたみたいに。


 次の瞬間。


 **ズンッ——!**


 家が揺れた。

 地震? 違う。揺れ方が、上から叩かれたみたいな——


「うわっ!?」


 窓ガラスがビリビリ震える。

 コンビニ袋が床に落ちて、豆腐がぐしゃって潰れた。


「最悪……!」


 舌打ちする間もなく、庭の方から「どごん」と低い衝撃音がして、砂埃が舞い上がった。

 犬の鳴き声。遠くで車のクラクション。近所の誰かの叫び。


 何かが落ちた?

 隕石? え、うそでしょ。


 あたしはカーテンを掴み——その瞬間、天井が「きいん」と嫌な音を立てた。

 続いて、ベランダの外から、何かが「どさっ」と落ちる音。


「……え」


 恐る恐る窓を開ける。


 そこにいた。


 ——女の子が、落ちていた。


 月みたいに白い髪。

 信じられないくらい整った顔。

 ただし、服装は……なんというか、普通じゃない。白と銀を基調にした、軍服みたいなコート。腰には硬質な金属の装具。

 そして、表情が真面目すぎる。


 少女は体を起こし、ほこりを払い、まず深々と頭を下げた。


「失礼いたします。突然の降下で驚かせてしまい、申し訳ありません」


「え……」


 丁寧。

 丁寧すぎる。


 少女は顔を上げ、こちらをまっすぐ見た。


「あなたが、この住居の代表者様でしょうか」


「……代表者?」


 代表って何の代表だ。町内会? 自治会?

 あたし、プリントも出してないんですけど。


「私はフルル・ピョン・ウーサギヌスと申します。ウサピョン星、防衛大臣の娘です」


「……うさ……ぴょん……?」


 脳が追いつかない。

 いや、追いつく気がしない。


「えっと……まず、ここ日本なんですけど」


「承知しております。地球の日本列島、関東地方、住宅密集地域。座標は——」


「座標の話してない!!」


 思わずツッコんだら、フルルは一瞬だけ目を瞬かせて、即座に謝った。


「申し訳ありません。説明が先走りました」


 この子、真面目だ。

 真面目すぎて逆に怖い。


「あの……で、何? 迷子? 撮影?」


「迷子ではありません。……侵略に対する防衛要請です」


「は?」


 あたしの声がひっくり返った。

 フルルは頷く。丁寧に。真顔で。冗談の余地ゼロで。


「地球は現在、宇宙規模の侵略戦争の標的になっています。あなたがご存じないのは当然です。地球文明の情報網は、まだそこまで宇宙に届いていません」


「……ごめん。ちょっと待って。情報量」


 手のひらを突き出すと、フルルはぴたりと止まった。

 すぐに止まるの偉い。しかも止まったあと、ちゃんと待つ。


 あたしは頭を抱えた。

 絶対関わっちゃいけないやつだ。

 こういう人って、一回受け入れたら最後、人生が壊れる。


「……あなた、もしかして新手のVTuberとかじゃないよね?」


「ぶい……ちゅーばー……?」


「そういう反応するなら違うわ……」


 フルルは咳払いをして、真面目に言い直した。


「改めて要点だけ申し上げます。地球人、望月ひかりさん。あなたにお願いがあって来ました」


「……なんで名前知ってんの」


「降下の際に、地球の通信を一部解析しました。個人情報の取得については申し訳ありません。ただ、緊急事態です」


 謝るとこは謝る。

 でもやることはやってる。

 怖い。


「あなたにしかできません。超合金カグヤの起動鍵が、あなたに反応しているのです」


「知らないってば!」


「信じていただけないのは承知しています。ですが事実です。カグヤのシステムは、あなたを——『操縦者候補』として認識しています」


「無理無理無理。世界救うとか、そういうの無理。怖いし」


 あたしの声は、思ったより小さかった。

 怖い。ほんとに怖い。

 戦争なんて、画面の向こうの話であってほしい。


 フルルは頷いた。

 丁寧に、まるで教師みたいに。


「恐怖は正常です。あなたの反応は、むしろ正しい。……ただ、それでも」


 フルルの目が、ほんの少しだけ曇る。


「逃げ場がないのです。地球は、もう最前線に入っています。だから——」


「いやだ」


 言葉が勝手に出た。拒絶。反射。怖いから。


「あたしを巻き込まないで。戦争とか無理。そういうのは警察とかに言ってよ!」


 突き放すように目を逸らした。

 フルルは驚いた顔をして——それから、少しだけ、苦く笑った。


「……承知しました。あなたはまだ幼い。地球の子です。無理もありません」


 その言い方、ムカつく。

 でも反論する気力もない。


「では、私は——別の方法を探します。あなたの安全を——」


 そこまで言いかけた、その瞬間。


 空気が、もう一度沈んだ。


「……え?」


 嫌な予感が背骨を走る。

 次の瞬間——


 **ドゴォン!!!!**


 頭上が白く弾けた。

 屋根が、消し飛んだ。


「……っ!?」


 熱風。木片。瓦礫。

 フルルが反射で両手を突き出す。


「防壁、展開します——!」


 透明な膜が張られ、飛び散る瓦を弾く。

 でも、屋根は戻らない。

 あたしの家は、いま、空と繋がっている。


 穴の向こう。

 空に——立っている。


 一つ目の全身真っ黒な巨人。

 未来的な大剣と銃を持って、住宅街の上に浮かんでいた。


「なに、あれ……」


 声が震えた。

 フルルの顔が青ざめる。


「……ゴグアーグ。先遣個体です」


 言葉が丁寧なのに、内容が地獄。


 フルルは一歩前に出て、震えを押し殺すように背筋を伸ばした。

 そして叫ぶ。今度は、命令として。


「——カグヤ! こちらへ!」


 次の瞬間。


 銀色の影が、音もなく滑り込んできた。

 巨大な人型ロボットが、ひか split りとフルルをまるごと抱え上げる。


「うわぁぁぁ!? ちょ、ちょっとぉぉ!!」


 床が抜けたみたいに身体が浮く。視界が回る。

 気づけば——金属の胸の中。操縦席。


 無数のモニター。警告灯。意味不明の文字。

 耳障りな電子音が鳴りっぱなし。


「これ……なに……」


「超合金カグヤです。……あなたが乗るべき機体です」


 フルルは即座に操縦席に滑り込み、手順通りに指を走らせた。

 真面目に、正確に、丁寧に。


 なのに。


「え……? どうして……反応が——」


「だから巻き込まないでって言ったでしょ!!」


「申し訳ありません! ですが、状況が最悪です! ここに残れば——」


 **ドガン!!**


 船みたいな衝撃が来た。

 モニターが跳ね、警告が赤く点滅する。


 外部カメラの一つが映したのは——


 カグヤの脚を掴む、黒い巨人の手。


「……脚」


「ちょっと!! 早く逃げてよ!! 脚掴まれてるじゃない!!」


「そ、そうしたいのですが——操作が……っ、難しい……!」


 フルルの声がわずかに裏返った。

 彼女は必死だ。真面目すぎるくらい必死で、でも、上手くいっていない。


「落ち着いてください! いま回避——」


 また衝撃。

 カグヤが引っ張られ、機内がぐわんと傾く。重力が横にずれる。胃が浮く。


「だぁもう!!」


 あたしは操縦席に割り込んだ。

 フルルの肩を押して、席から引きずり降ろす。


「ひ、ひかりさん!? いけません! そこは——」


 あたしが睨むと、フルルが固まった。

 蛇に睨まれた蛙みたいに、目が点になる。


「……操縦方法は、分かるのですか?」


「知らねえよ……」


 でも。


 手が——勝手に動く。


 レバーを掴む。スロットルを倒す。

 指がボタンを撫でる。

 まるで、前からこうしていたみたいに。


「……え?」


 フルルが息を呑む。

 カグヤが応えた。機体の震えが、あたしの骨に響く。


 機体が、あたしの身体になる。

 巨体なのに軽い。呼吸が合う。背骨の奥に全能感が走る。


 怖い。

 怖いのに。


 胸の奥の“何か”が、ぷつんと切れた。


 ——今日のプリント。

 ——「ひかり、優しいじゃん」。

——笑って流して我慢して。

 そうしてたら、勝手に便利にされる。


「……なんでいつもいつも、みんな……」


 声が、低くなる。

 自分でも分かる。いま、あたしの顔が違う。


「……あたしは便利屋じゃねえんだよ。……あったまきた」


 眉間に皺。目が開く。鬼みたいに。

 フルルが小さく身をすくめた。敵より怖い、って顔で。


「……つまりさ」


 口元が歪む。


「ブッ殺しゃいいってことだろ!!」


 カグヤが身体を捻る。

 掴まれた脚を軸に回転し、巨人の腕をねじり返す。掴む。


 首。

 黒い首を——わしづかみ。


『ギ、ギギ……!』


「表出れねえ顔面にしてやらぁ!!」


 拳が入る。

 **ドゴン、ドゴン、ドゴン!!**


 緑の血が散る。

 それでも止まらない。


「ちょ、ちょっと! ひかりさん! 力加減というものが——!」


「黙って見てろ!!」


 最後に膝蹴り。

 巨人が力を失って宙に浮く。


 あたしはそれを——


 蹴った。


 サッカーボールみたいに、天へ。


「ひかりさん! 上です! 増援が——!」


 空から同じ影が何体も降ってくる。

 フルルは震えながらも、己の役割を思い出したようにパネルへ手を伸ばす。真面目だ。真面目すぎる。


「武器を……武器を出します! そのまま前を——!」


「武器ならここにあるだろ!」


「違います! 素手で殴るのは武器では——いえ、武器ですが!」


「どっちだよ!」


 青いボタン。

 背中が開き、緑に輝く金属の柱が何本もせり上がる。


 合体。組み上がる。

 銀色に光る一本の槍——いや、太い“杭”。


「——月槍げっそうです! 超合金カグヤ専用の投擲武器で——」


「説明いらねえ!!」


「いります! 本来は投げるのです! 殴るための——」


 言い終わる前に、あたしが掴む。

 重い。最高。


「……それ、投擲武器です!!」


「知るか!!」


 **バゴォン!!**


 一体、殴って砕く。

 二体、叩いて折る。

 三体、突いて穿つ。


 骨が鳴る。空が鳴る。

 殴るたび、機体の震えが腕に返ってくる。


「ひかりさん! それは近接用では——!」


「近づいてきたら近接だろ!!」


「理屈が乱暴です!!」


 ツッコミの声が震えている。

 でもフルルは逃げない。目を逸らさない。


 そのとき——


 **スギャァァァン!!**


 光線が走り、カグヤの左腕が穿たれた。

 次の瞬間、雨みたいに何百本もの光が降ってくる。


「防御です! 右の緑のボタンでクレーターシールドを——!」


「いらん!!」


「えっ、いらん!? いります! 普通いります!!」


 カグヤが動く。

 月槍を振り回し、光線を叩き落とす。切り払う。砕く。


「攻撃こそ最大の防御なんだよォォ!!」


「違います!! それは“理想論”——!」


 フルルの叫びが、途中で途切れる。

 近づいて、殴って、突いて、粉砕して。

 数秒で、空に緑の雨が降った。


「……なんだよ。超合金カグヤ。結構やるじゃん」


「……カグヤが、というより……ひかりさんが……怖いです……」


 フルルは口を開けたまま固まっていた。

 怖いのは敵じゃない。いま操縦してる女子高生だ。


 その時、通信が割り込む。


『ギギグ……ゴギグガ、ギフガ……』


 あたしにはただのノイズだ。

 でもフルルは、耳を澄ませる。眉を寄せる。丁寧に、淡々と訳す。


「……ゴグアーグの言語です。『降伏しろ。我ら第六小隊の小隊長が到着する。お前たちは終わりだ』——そう言っています」


「ひゅー。翻訳助かるぅ!」


 あたしは一度、目を閉じて深呼吸した。

 開く。


 フルルを見る。

 震えてるのに、目だけは逸らしていない。


「怖がりのくせに、案外度胸あんじゃねえか」


「……怖いのは当然です。ですが、私は防衛大臣の娘です。敵から目を逸らすくらいなら——」


 フルルはごくりと飲み込み、声を整えた。


「——その前に、できることをします」


 真面目だ。

 実直だ。

 ツッコミ役のくせに、こういうところで踏みとどまる。


「いいねえ……」


 あたしは笑った。獣みたいに。


「ぶっ飛ばすかぁ!!」


「……はい。ぶっ飛ばしましょう」


 フルルが言うと、なぜか“正式な作戦”っぽく聞こえるのが腹立つ。


 宇宙から降りてきた巨大な黒い塊——艦。

 その腹が割れ、金色の装飾を施した“隊長”が飛び出してくる。ライフルを構えた瞬間——


 金の弾幕。


「損傷率……一〇、三五、五五……っ! まずいです!!」


「クソが!」


 光の雨が装甲を削る。

 カグヤは遠距離用の機体だ。耐久で受ける設計ではない——フルルが言わずとも、感覚で分かる。痛い。削られる音がする。


「ひかりさん! ここは回避して距離を——!」


「距離? 詰めればいいだろ!!」


「詰めるとこちらが——!」


 あたしは月槍を構える。

 フルルが叫ぶ。


「待ってください! 月槍は柄のボタンで推進火薬を——」


 聞く前に——投げた。


 月槍が光線を砕きながら一直線に飛ぶ。

 隊長の胸に刺さる。


 ……止まった。

 黒い装甲に阻まれ、貫通しない。


 隊長が——笑った気がした。


「……んなの、気にするかぁぁぁぁ!!」


「気にしてください! 普通は気にします!!」


 月槍は囮。

 カグヤは一瞬で背後へ回る。


 後頭部に拳。

 **ゴギャァン!!**


 隊長が落ちる。

 追う。殴る。殴る。殴る。


「だめです! それだけでは決定打になりません!」


「わぁってる!!」


 その一瞬。

 隊長が振り向く。銃口がカグヤの“眉間”に突きつけられた。


「ひかりさん!!」


「大丈夫!!!」


 轟音。

 外部カメラが、全部暗転する。頭部をやられた。


「まずいです! これでは視界が——!」


 フルルの言葉が途切れる。

 あたしは目を閉じていた。


 静かに息を吸って、吐く。


「……かの有名アニメの天パが言った」


 目を閉じたまま、笑う。


「視界を奪われたら——見なければいいだけのこと!」


「それは台詞の引用であって、戦術としては——!」


 ツッコミが聞こえる。

 でも、あたしの中で何かが“繋がって”いる。


 見える。

 全部、見える。


 敵の位置。動き。重さ。

 そして——刺さったままの月槍の位置。


「……ここだ!!」


 拳を突き出す。


「必殺——!」


 **バーンブレイク・パイルバンカァァァァ!!**


 **ドゴォォン!!**


 拳が月槍の柄を殴り飛ばす。

 押し込む。装甲が砕ける。

 次の瞬間——


 月槍に仕込まれた“加速用火薬”が起爆した。


 内部から、爆ぜる。

 隊長の身体が、内側から——四散した。


 緑の血が、宇宙に花火みたいに広がった。


「……はぁ、はぁ、はぁ……やった……フルル!!」


 あたしが振り返る。

 フルルはびくっと跳ねた。怒鳴られると思ったのか、肩に力が入る。


 でも、あたしはただニィっと笑った。


「翻訳しろ」


「……え?」


「おいコラこのクソカス宇宙人ども!」


 あたしの声が艦内に響く。


「地球の運命? 宇宙戦争? 知ったこっちゃねえんだよ!! でもなぁ——」


 言葉が、刃になる。


「あたしに喧嘩売るってんなら、まとめて叩き潰す。覚えとけ」


 フルルが、ほんの一瞬だけ絶句してから、丁寧に言った。


「……言葉は荒いですが、意図は伝わりました。翻訳します」


「マジでやんのかよ」


「はい。やります。戦争ですから」


 真面目か。


 その瞬間。

 モニターの端で、また警告灯が点いた。


 赤。赤。赤。


 遠方に、艦隊の影。

 ゴグアーグは一小隊じゃ終わらない。


 フルルが、かすれた声で呟いた。


「……ひかりさん。地球は、もう……逃げられません」


 あたしは、屋根のない家を思い出す。

 空が見えるリビング。潰れた豆腐。床に落ちたアイス。

 たぶん、もう戻っても「いつもの日常」はない。


 カグヤが大気圏へ戻る。

 遠くに見える自宅——屋根がない。というか、半分なくなっている。

 サイレン。人影。近所の誰かが空を指差して叫んでいる。


 あたしの喉が、ひゅっと鳴った。


「……最悪」


 フルルが深く頭を下げた。真面目に、丁寧に。


「申し訳ありません。私が……あなたの日常を壊しました」


 あたしは返事ができなかった。

 怒りは残っている。怖さもある。

 でも、それ以上に、胸の奥がじんわり痛い。


 それでも。


 拳の奥が、まだ熱い。

 全能感の残り火が、手のひらに残っている。


 怖い。

 でも、怒りがそれを上回る。


「……じゃあさ」


 あたしは笑って、息を吐いた。

 自分で自分に言い聞かせるみたいに。


「逃げるの、やめるか」


 その言葉が、宇宙を揺らす導火線になるなんて——

 この時は、まだ誰も知らなかった。


 **大宇宙大戦争は、ここから本当に始まった。**


次回、ひかりの横暴にカグヤ側がキレ始めます。

反応よかったらこのまま宇宙ごと殴り進むので、応援(ブクマ・感想)ください!

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