93.孤高の冒険者(2)
「マップでは、ここにシグナさんがいるって出ているけど……」
そう思って、見上げてみる。そこには岩肌がむき出しになった険しい山脈があった。険しそうな道……とてもじゃないが初心者の私には登るのが困難そうに見えた。
「おい、ここを登るのか?」
「えっ……うん、そうだけど……」
すると、通りすがかりに冒険者が声をかけてきた。
「見たところ初心者みたいだけど、ここは中級者以上の冒険者が立ち入る山脈だ。止めておいた方がいい」
「そ、そうなの? でも、ここに会いたい人がいて……」
「会いたい人? だったら、下りてくるまで待っていればいいんじゃないか? とにかく、無駄死にだけはするんじゃねぇぞ」
そう言い残して、その冒険者は険しい道を登っていった。
説得するだけなら、言った通りに待っていればいい。どうせ、いずれ下りてくるんだから。
でも、それでまた冒険者に一緒にいってくれるか分からない。だって、今の私は足手まといなのだから。だから、冒険に連れて行ってくれないんだと思う。
だったら、ここは自分が出来るっていうことを知らしめなければいけない。シグナさんに付いていくんだっていう気概を見せないとダメなんだと思う。
「……よし、登るぞ!」
これくらいの苦労、どうってことない。というか、超えなければいけない試練だ。きっと、これを超えない限り、私はシグナさんとはいれない。
◇
「ひぃ、ひぃ……道……険しすぎぃ……」
ごつごつした岩肌を登るのがこんなにも疲れるだなんて思いもしなかった。それに魔物も現れるから、それと戦わなくちゃいけないし……休む暇がない。
「だ、だめ……ちょっと休憩」
とうとう体に力が入らなくなり、壁際に座り込む。足は疲れるし、腕は重いし……この山脈は私にはキツ過ぎる!
背中を岩壁に預けたまま、しばらく動けなかった。
胸が苦しい。息が上手く吸えない。手足は鉛みたいに重くて、指先に力が入らない。
……こんなの、聞いてない。いや、聞いてはいた。「中級者以上の山脈」って、ちゃんと忠告されたじゃないか。
それでも来たのは――私だ。
「はぁ……はぁ……」
視線を上げる。けれど、見えるのはまだまだ続く岩肌と、果ての見えない道。どれだけ登っても、終わりが見えない。
「……まだ、こんなにあるの……?」
思わず、弱音が零れた。さっきまでの勢いは、どこにもない。「やれる」なんて根拠のない自信は、とっくに削り取られていた。
その時――ザリッ、と近くの岩陰の陰が揺れた。
「っ!?」
反射的に体が強張る。現れたのは、小型の魔物。だけど、今の私にはそれすら脅威に見える。
「……やるしか、ない……」
震える手で武器を構える。一歩踏み出しただけで、足がふらついた。
遅い。重い。鈍い。自分でも分かるくらい、動きが鈍っている。なんとか倒したものの――
「はぁっ……はぁっ……!」
その場に膝をついた。……もう、限界かもしれない。こんな調子で、この先を登りきれるのか? シグナさんのところまで、辿り着けるのか?
……いや、それ以前に。
「……会えたとしても」
ぽつり、と呟きが零れる。
「断られるかも……」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。だって、そうだ。こんな程度でへばってる私が。魔物一体で息を切らしてる私が。「一緒に連れていってください」なんて言ったところで、どう思われる?
足手まとい。邪魔。危ないから来るな。……そう言われるに決まってる。
「……何やってるんだろ、私」
悔しくて、情けなくて。目の奥がじわっと熱くなる。ここまで来たのに。覚悟を決めたはずなのに。現実はこれだ。
才能もなければ、実力もない。ただの初心者。……それなのに。
「一緒にいたいなんて……」
そんなの、ただの我がままじゃないか。いいや、ただ諦めたくないだけ。
「……シグナさんの気持ち聞きたいな」
マップを開いて、シグナさんのアイコンを触る。すると、ウィンドウが現れた。
『……今頃、リオは何をしているかな』
まさか、これは!
『あんなキツイこと言って、きっと嫌われたな……』
「シグナさんの心の声だ!」
そうか、そう言う機能もついていたのか! 遠くにいるのに心の声が聞こえる……今の私に欲しかった機能だ。
『だが、リオのためにはこうしなきゃならなかった……』
えっ、私のために離れたの?
『人が寄り付かない私の傍にいると、リオまで人が寄り付かなくなってしまう。そうすると、冒険者稼業をするのが大変になる。気兼ねなく話せる相手もいないと、精神的にもきつくなるだろう……』
そ、そんなことを思っていたの? 私は他の誰かじゃなくて、シグナさんだから良かったのに!
『今のリオに必要なのは普通の仲間で、普通の冒険……。私のように身を削るような冒険をするような輩と一緒にいないほうがいい』
シグナさんの気持ちが伝わってきて、胸が痛い。そんなところまで考えてくれていたなんて、と思うと胸が締め付けられる。
『あの子はとても良い子だから、孤独な私と一緒にいないほうが幸せ。普通の幸せが似合う子……。だから、一緒にいないほうがいい』
そんなのっ、そんなのは私が決めることなのに! どうして、シグナさんは勝手に決めちゃうの!?
『……最近はずっとリオがいてくれたから、寂しくなかった。少しの期間でも、良い日が続いた。それだけでも、リオに感謝しないと』
私が過去のものになっている!? それじゃあ、ダメだよ! 良い日は勝ち取りに行くものだよ!
『……』
あれ、聞こえなくなった。もう、私のことを考えてくれないの? もう、私は過去のものになったの?
シグナさんにとって、私はどうでもいい存在だった?
『……リオに会いたいな』
「……それが、シグナさんの本当の気持ちなんだね」
私はスクッと立ち上がると、山脈を見上げた。こんなの……全然障害じゃない!
「待って。今、会いに行って、気持ちを伝えるから」
心をしっかり繋ぎとめると、足を前に出した。私もシグナさんに会いたいんだ!




