9.席替え
「みんなー、席に着いてー」
鐘が鳴ったすぐ後、扉を開けて先生が教室の中に入ってきた。私達は急いで席に座り、静かに先生の言葉を待つ。
「おはようございます」
先生が挨拶をすると、私達も挨拶をし返す。それから、朝の連絡事項が始まった。
「今日の予定は席替え、職業体験の希望聴取の締め切り、算数、共通語学です」
「やったぁ! 席替えだ!」
「先生、ナイス!」
「よし、やるぞやるぞー!」
すると、生徒たちは喜びの声を上げる。ビックイベントの席替えが来たのだ。席替えは今後の授業のやる気を左右するもっとも大事な行事だと言ってもいいだろう。
仲がいい子と一緒になれば、毎日が楽しい。逆に仲良くない子だったら、仲良くなるまでに大変な行程を踏まなければいけない。まさに、天国と地獄だ。
「はいはい、静かにしてー。じゃあ、早速くじ引きを始めるわよー」
騒がしくなる教室を軽く窘め、先生は紙と袋を取り出した。
「くじを引いて、出た数字が席の番号になるわ。席はこの紙を見てね。じゃあ、順番に引きに来て」
そういうと、男子も女子もダッシュして先生の前に並んだ。凄いやる気だ、乗り遅れてしまった。
まぁ、私は特別仲がいい子がいないし、誰とでも平等に仲がいいから隣は誰だっていい。いや、出来れば煩くないヤツがいいんだけど、こればかりは運だからな。
みんなが楽しそうに並んでいるのを見ている中、教室に歓声と悲鳴が木霊する。
「げっ! 一番前とか、そんなの無しだよー!」
「やった、後ろだ!」
「窓際、ラッキー!」
誰もが自分の席を確認して一喜一憂する。だけど、みんなが一番気にしているのは自分の席じゃない。みんなが気にしているのは――。
「ねぇ、ルメルはどの席がいい?」
「私? んー、真ん中当たりかな?」
「お、俺も真ん中がいいな!」
みんなの視線が学校のアイドルのルメルに注目する。男子も女子もルメルの隣を狙っていた。
顔が良ければ性格もいい。話していて誰でも楽しくなれる相手だ、誰だってルメルの隣がいいだろう。
以前はただただ凄い人だなって思っていたけれど、昨日の短い交流でそれが肌身に染みて良く分かった。これは誰だって好きになっちゃうって人だって分かった。
そんな人が隣だときっと楽しいだろうなぁ。今でもそこそこ学校は楽しいけれど、それ以上に楽しいってなったらどうなるんだろう?
ピロン
その時、私の目の前にウィンドウが現れた。この唐突に現れる感じ……やっぱり選択肢だ。
「今、並ぶ」「最後に並ぶ」と表示されてきた。まさか、ここで運命の分かれ道? 席替えで運命の分かれ道来ちゃうの?
これは何に反応しているのか、全く分からない。検証しようにも、まだ回数を重ねていないので検証をする余地すらない。
まぁ、それは置いておくとして……。早く並んで良い番号を取りに行くか、最後の福にかけるかってことだよね。
普通なら早く並ぶんだけど、昨日は選択しそうになかったものを選んだらいい結果になった。だから、今回も昨日みたいに選択しそうにないものを選ぼう。
私は「最後に並ぶ」を選択した。他の生徒たちが続々と並び、くじを引いているのを見届け、他に誰もいなくなったところで最後に並んだ。
「はい、リオで最後よ」
「はーい」
最後に残った紙を手にして、数字を見る。その後に席順が書かれた紙を見て見ると、窓際の一番後ろの席だった。
おっ、これは一番目立たない席なんじゃない? なるほど、このための選択肢だったのかな? へへっ、選択肢が表示されてから良いことが頻発している。
教室では生徒の移動が開始され、隣の人を見て喜びの声を上げたり、神妙な空気になったりと、大変楽しいことになっていた。
そんな光景を横目に見てニヤニヤしながら、自分の持ち物を持って新しい席に移動をする。すると、すでに私の隣には新しい子が座っていた。
「あっ、リオだ! これから、よろしく!」
「……ルメル?」
はっ!? まさか、そんな事ってある!? ってか、あの選択肢ってこのために!?
「まさか、ルメルが隣になるとは思わなかったよ……」
「ふふっ、私もそう思った。でも、リオが隣で嬉しいよ! これから、楽しくなりそう!」
恐る恐る近づいていくと、ルメルの明るい声と笑顔に引き寄せられる。くっ、これが学校一……いや、王都一と言われる美少女の力か!
「あっ! ルメルの隣がリオとか、そんなのないよー!」
「げー! リオ、てめぇ! ルメルに何かしたら承知しないぞ!」
「リオさん。まともなルメルさんに嫌な事はしないでくださいね!」
すると、周囲から声が響いた。みんな、変わり者の私がルメルの隣で余計に心配してきたみたいだ。
「くっくっくっ、悔しいか。ルメルの隣が私で! さぁ、思う存分悔しがれ! その姿が我の糧となる!」
ふふふ、可愛い奴らだ。こんなことで感情をぐちゃぐちゃにされるんだから! だったら、もっとぐちゃぐちゃにしてやる!
「うわー! また変な事言ってるよー!」
「ルメルは毒されるなよ! 絶対に毒されるなよ!?」
「リオには教育が必要だよ!」
悲鳴にも近い声が上がるが、私は痛くも痒くもない。というか、そういう姿を見て愉快な気分になる。なるほど、ルメルの隣になるとこんなに面白い事になるのか。
今度はどうやって感情をぐちゃぐちゃにしてやろうか。そう思っていた時――。
「もう、みんなリオに失礼だよ。みんなだってこんなリオが本当は好きなんでしょ?」
ルメルが私達の間に入って、みんなを説得してくれた。その言葉に周りで茶化していた生徒たちが口を噤む。
私はこの状況を楽しんでいただけなのに、ルメルは気を使ってくれた。その優しさにじんわりと温かい気持ちになりながらも、ルメルの本心が知りたくなった。
ふっふっふっ。だったら、ルメルの本心を暴いて、困らせてやろう。そう思って、ウィンドウが出るように念じた。
すぐにルメルの頭上にウィンドウが表示される。そこには「こんなに楽しいリオが嫌われるわけがないと思うけど、そんな事をリオが言われるのは嫌だな。だって、私も好きだから」と書かれてあった。
「ぐっ……これは天使! 学校一……いや、王都一の天使の言葉! 逆に私の卑劣で汚い心が浄化される!」
「えっ、えぇっ!?」
思わずルメルの天使の言葉に感動して抱きしめた。
「な、何してるんだよ!」
「やめろー!」
「リオさん!」
途端に周りから悲鳴に近い声が上がる。だけど、そんな事は気にしていられない。王都一の美少女は王都一の天使だった。
その時、ピロンと通知音がした。ウィンドウを確認してみると、「ルメル・エリアミル 愛情度1アップ」と表示されていた。
いや、上がるのそっちかーい!




