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元社畜はウィンドウで楽しい転生ライフを満喫中! ~ゲームのシステムを再現した万能スキルで、異世界生活を楽々攻略します~  作者: 鳥助


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86.セリスさんの事情

「着いてきてくださり、ありがとうございます」

「……ほぼ拒否権なかったと思うけど?」


 テーブルを挟んで向かい側にいるのは先ほどの中年男性。私は今、高級な喫茶店の個室に連れ込まれていた。


 あの時、私はこの人に手を掴まれた。そして、私の周りには見知らぬスーツ姿の男性にあっという間に取り囲まれてしまった。


 ものすごい圧だった。有無を言わせないと言わんばかりの圧に、私は叫んで助けを呼ぶことも忘れ、この中年男性についてきてしまった。


 本当はその場で逃げ出すことも出来た。だけど、それが出来なかった。だって――。


「それで、セリスさんに関わる重要な話って?」

「セリス様です。話が早くて助かります」


 そう、セリスさんの名前を出されたのだ。その名前を出され、尚且つ今はランクアップのイベントが継続中。関係のないふりをすることは出来なかった。


「最近、セリス様が懇意にしている庶民がいると知ったのです。これは見過ごしてはおけないと思いまして、忠告させていただきに来ました」


 この中年男性の様子や言動から察するに、セリスさんは良いところのお嬢様、と言ったところか。それもただのお嬢様じゃない。きっと、貴族の家の出だ。


 そうでなければ、あんなに人を寄こすことが出来ない。それに、この中年男性の様子を見れば、おのずと察せられる。


「忠告って何?」


 私が問い返すと、中年男性はゆっくりとカップを持ち上げ、香りを楽しむように一口だけ口をつけてから、静かに視線をこちらへ戻した。


「セリス様は、とても高貴なお方です」


 その言葉には、揺るぎない確信と、どこか崇拝にも似た熱が滲んでいる。


「生まれも、育ちも、才も、気品も――すべてが特別。本来であれば、庶民が気安く言葉を交わせるような存在ではありません。ましてや懇意にするなどと」


 その視線が、ゆっくりと私を値踏みするように上下する。蔑み。あからさまではない。けれど、隠そうともしない。


「あなたのような方が、隣に立てるお方ではないのです。釣り合わない。立場も、教養も、背負っているものも、何もかもが」


 セリスさんを讃える言葉は淀みなく続く。優雅で、聡明で、将来を嘱望される存在。家の誇りであり、社交界の宝石。それらを並べ立てたうえで、私を例外として切り捨てる。


「セリス様の未来に、不要な瑕疵を作っていただきたくないのです」


 その言い回しに、胸の奥がじわりと熱くなる。不要な瑕疵。それはつまり、私が傷だと言っているのと同じだ。


「……セリスさんが、誰と付き合うか決めるのはセリスさん次第じゃない?」


 気づけば、口が先に動いていた。


「周りがとやかく言うことじゃないと思うけど。私は、無理やり近づいたわけじゃない。セリスさんが自分で選んで、話してくれてる」


 視線を逸らさない。怖くないわけじゃない。ここに来るまでの圧力も、この空間の閉塞感も、十分に威圧的だ。


 でも、それ以上に。セリスさんの名前を、勝手に高嶺の花として囲い込まれるのが、気に入らなかった。


 すると、中年男性の口元がゆっくりと持ち上がった。笑っている。けれど、目は一切笑っていない。


「随分と、セリス様を知っているような口ぶりですね」


 声音が、わずかに低くなる。


「ですが、あなたの知るセリス様は、ほんの一側面に過ぎません。あなたには、セリス様の全てを知るにはあまりにも不十分だ」


 言葉は丁寧だが、そこにあるのは明確な線引き。


「セリス様がどれほどの責務を背負い、どれほど多くの期待を一身に受けているか。どのような世界で生きているのか。あなたは理解しているのですか?」


 真正面からの問いに、私はほんの一瞬だけ黙った。でも、すぐに口を開く。


「でもさ」


 わざと、軽く。


「そんなに大切な世界だったら、セリスさんは正直に言うと思うな」


 中年男性の眉が、ぴくりと動く。


「私、全然そっちの話聞かないんだよね。家のこととか、名家がどうとか、責務がどうとか。ほとんど聞いたことない」


 これは事実だ。セリスさんは、自分の家について語らない。誇りもしないし、愚痴も言わない。まるでそこが背景にすらなっていないみたいに。


「ってことはさ。セリスさん的に、そっちの世界はどうでもいいってことじゃないかな?」


 空気が、ぴんと張り詰める。でも、止まらない。


「セリスさん、今は騎士のことばっかりだよ。訓練がどうとか、実力がどうとか、強くなりたいとか。頭の中、ほとんどそれ」


 家の話は出ない。将来の政略も、社交界も、名誉も。


「優先順位が低いんだよ。少なくとも、今のセリスさんにとっては」


 わざと、はっきり言い切る。すると、中年男性の表情が一瞬だけ歪んだ。ほんの一瞬。でも確実に、図星を突かれた顔。


「セリスさんを家につなぎ留められなかったのは、そっちの責任じゃないの?」


 自分でも、だいぶ挑発していると分かる。けれど、止める気はなかった。


「本当にいい世界ならさ、セリスさんなら残ると思う。あの人、真面目だし、責任感強いし。必要なら逃げないよ」


 それは、短い時間でも分かる。あの人は、投げ出さない。


「でも実際は違う。騎士を選んでる。家よりも、そっちを」


 静かに、断定する。


「そっちの重要度が低いからだよ」


 中年男性の喉が、ごくりと鳴るのが見えた。一瞬、言葉を失う。そして――。再び、作り笑み。


「……知ったような口をききますね」


 声音は穏やかだが、先ほどよりも冷たい。


「ですが、これを見てもそう言えますか?」


 彼が軽く指を鳴らすと、壁際に控えていたスーツ姿の男が一歩前に出た。手にしているのは、重そうな革の鞄。それを、静かにテーブルの上へ置く。


 金具がかちゃりと鳴り、中年男性がそれを開いた。中には、ぎっしりと金貨が詰め込まれていた。光を反射して、鈍く輝く。嫌な予感が、背筋を這い上がる。


「でしたら、このお金でセリス様を説得してくれませんか?」


 この人、お金で私を買う気だ。

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