84.事件解決へ
「これはなんだ?」
セリスさんが低く問いかけると、女性は青ざめた顔でぶんぶんと首を横に振り、震える声で必死に否定した。
「し、知りません! 本当に、そんなもの……私、持ってませんでした!」
「いや、それが探していた宝石付きの万年筆だ! ですよね、店長!?」
すかさず声を張り上げたのは、さっきから女性を犯人だと決めつけていた男性店員で。その勢いに押されるようにして奥から出てきた店長が、セリスさんの手元を覗き込みながら重々しく頷く。
「……確かに、失くしたものと一致している。宝石の色も、装飾の彫りも、間違いない」
周囲がざわりと揺れ、女性に向けられる視線が一斉に冷たくなっていくのを感じながら、私は胸の奥にひやりとした違和感を覚えていた。
おかしい。だって、マップ機能では男性店員の位置に、はっきりと「宝石付きの万年筆」の表示が出ていたのだから。
私はこっそりとウィンドウを再確認する。表示は変わっていない。店内の簡易マップ、その中で光るアイコンは、やっぱり男性店員の位置に重なっている。
でも、現実では、セリスさんの手の中にある。どっちを信じる?
そう自分に問いかけた瞬間、答えは迷うまでもなく出ていた。マップ機能が嘘をつくわけがない。
これまで何度も助けられてきたし、位置情報に関して外れたことなんて一度もなかった。幸運や好感度みたいに曖昧なものじゃない、これは座標だ。システムが示す事実。
だったら、現実が嘘をついている。でも、現実が嘘をつくって、どういうこと?
私はもう一度、セリスさんの手の中にある万年筆を見つめる。深い赤色の宝石が埋め込まれ、金の装飾が施された高級品。ぱっと見ただけでは、いかにも高価そうで、店長が「一致している」と言ったのも無理はない。
けれど。マップが示しているのは、あれじゃない。じゃあ、嘘は何?
――もしかして。そこまで考えた瞬間、思考が一気に繋がった。
セリスさんの手にある宝石付きの万年筆が、本物とは限らないんじゃないか?
つまり、あれは偽物。本物は、今もなお、男性店員が持っている。
もしそうなら、この状況は巧妙に仕組まれたものだ。女性の近くに偽物を忍ばせておき、騒ぎを起こし、混乱の中で発見させる。本物は自分の手元に隠したまま。
そうすれば、疑いは完全に女性に向く。
「……」
私は男性店員を見る。
彼はどこか安堵したような、それでいて勝ち誇ったような顔をしていた。視線は女性に向いているけれど、その口元がわずかに緩んでいるのを、私は見逃さなかった。
マップの表示は、まだ彼の上で光っている。つまり――本物は、あそこ。
だったら、やることは一つ。私は一歩前に出た。
「セリスさん」
小さく呼びかけると、彼女がこちらを見る。
「どうした、リオ」
「それ、本物かどうか……ちゃんと確認したほうがいいかも」
周囲がざわつく。
「確認、だと?」
「うん。例えば、重さとか、細かい刻印とか。高い物なら、偽物対策に何かしらの印があるんじゃないかなって」
店長がはっとしたように顔を上げる。
「……確かに、内側に工房の刻印があるはずだ」
「だったら、そこを見れば分かるよね?」
私はにっこり笑いながらも、内心では心臓がばくばくしていた。もしこれで刻印がなかったら。もしこれが偽物なら。
本物は、まだそこにある。私はもう一度、マップに視線を落とす。光るアイコンは、逃げも隠れもせず、男性店員の位置を示し続けていた。
店長は震える手で万年筆の蓋を外し、その内側を覗き込んだ瞬間、目を見開いて息を呑み、次いで信じられないというように首を横に振った。
「……刻印がない! そんなはずはない、必ず工房の刻印が入っているはずなんだ……! これは偽物だ!」
その言葉が落ちた途端、場の空気が一変し、先ほどまで女性に向けられていた疑いの視線が宙に迷い、代わりに困惑と動揺がざわざわと人だかりの中を駆け巡っていくのがはっきりと感じ取れた。
「偽物だって?」
「じゃあ本物はどこに?」
「どういうことだ?」
口々に飛び交う声の中で、私は一歩前へ出ると、なるべく落ち着いた声を意識しながら言った。
「本物がどこにあるか、分かるよ」
一瞬、周囲がしんと静まり返る。セリスさんが真っ直ぐに私を見る。
「それは本当か? どこにある?」
その問いに、私はゆっくりと腕を上げ、迷いなく一人の人物を指さした。
「あの人が持っている。ちゃんと調べてみて」
視線が一斉に集まった先――男性店員は、ぎくりと肩を震わせた。
「な、何を言ってるんだ! 俺が持ってるわけないだろ!」
声がわずかに裏返っている。マップの表示は、まだ彼の上で光っている。
セリスさんは一瞬だけ私と男性店員を見比べ、それから静かに歩み寄った。
「念のためだ。確認させてもらう」
「違う! 俺じゃない! 俺は何も――」
言い終わる前に、セリスさんの手が素早く伸び、男性店員の腕を捉えると、流れるような動作でその腕を背後に回し、抵抗の隙も与えずに体勢を崩して拘束してしまった。
「ぐっ……!」
「暴れるな。潔白なら、すぐに証明される」
低く冷静な声。周囲が固唾を呑んで見守る中、セリスさんは空いている手で男性店員の上着のポケットを探り、次の瞬間、そこからゆっくりと一本の万年筆を引き抜いた。
赤い宝石が、陽の光を受けてきらりと輝く。ざわり、と人だかりが揺れた。セリスさんはそれを店長へ差し出す。
「確認を」
店長はほとんどひったくるように受け取り、震える指で蓋を外して内側を覗き込むと、次の瞬間、安堵と怒りが入り混じった声を上げた。
「……これです! これが私の宝石付きの万年筆です! 刻印も、間違いなく入っている!」
場が一気に騒然となる。
「じゃあ、やっぱり……」
「あいつが盗んだのか!」
「ひどい……」
「知らない! 俺は知らない! なんで俺のポケットに入ってるんだ! 誰かが入れたんだろ!」
男性店員は必死に叫びながら体をよじらせるが、セリスさんの拘束はびくともせず、逆にわずかに力を込めただけで、彼は苦しそうに動きを止めた。
「言い訳は、後で聞こう」
その時、人だかりの向こうから重い足音が近づいてきた。
「事件だと聞いたのですか」
現れたのは、町の治安を守る治安隊の隊員たちだった。騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだろう。セリスさんは男性店員を押さえたまま、簡潔に事情を説明する。
「盗難騒ぎだ。偽物を使って別人に罪を被せ、本物を所持していた。証拠品はこれだ」
店長も慌てて事情を補足し、治安隊の隊員が男性店員の身柄を引き取る。
「話は詰め所で聞かせてもらう」
「だから俺は知らないって言ってるだろ! 放せ!」
なおも喚く声は、次第に遠ざかっていった。やがて人だかりも少しずつ解け、安堵の空気が広がる。
これで事件は解決だ。ウィンドウのマップ機能に助けられたよ。機能つけてくれた神様、ありがとう!




