82.幸運は続く?
そして、授業が始まった。あれだけ朝からバタついたのだから、きっと今日は落ち着かない一日になるに違いない……と身構えていたのだけれど。
「……あれ?」
黒板にチョークが走る音。先生の低めの声。ノートを取るクラスメイトたち。うん、いつも通りだ。
世界は爆発していないし、突然イベントBGMも流れてこない。逆挨拶ラッシュも、さすがに授業中は発生しないらしい。よかった。静粛モード搭載。
そして何より――先生の視線が、こっちに来ない。来ない。来ないぞ。
いつもなら「リオ、ここを読んでみて」とか「この問題は分かる?」とか、絶妙なタイミングで指名してくるのに。今日は黒板と、別の生徒と、窓の外を順番に見ている。
……私、透明化スキルでも覚えた?ちら、と様子をうかがう。うん、目は合わない。完全スルー。なんなら視線が私の頭上を通過している気がする。
楽……! 思わず心の中でガッツポーズ。 いや、授業はちゃんと聞いてるよ? 聞いてるけどさ? 突然の口頭試問がないって、こんなに心に余裕が生まれるんだね?
気を張らなくていい。「当てられるかもしれない」という緊張感がないだけで、こんなにも快適だなんて。
これも、もしかして幸運のお陰……? ぞわっと背筋が震える。だって、これって地味にすごくない?
今までは「ガチャ運が良くなる」とか、そういうゲーム的な補正だと思ってた。でも今起きているのは――他人の行動の変化。
先生が私を当てない。クラスメイトが先に挨拶してくる。ルメルが迎えに来る。これ、全部私以外の選択だよね?
幸運、他人のAIにまで干渉してない? なにそれ、チートが過ぎる。幸運って、本来は「転ばない」とか「物を落とさない」とか、そういうレベルじゃないの?
なのに今のところ快眠、双子卵、逆挨拶ラッシュ、先生スルーモード発動恩恵の方向性が多岐にわたりすぎている。
幸運、万能説……? もしや私は今、世界の確率テーブルを書き換える存在になっているのでは? いやいやいや。落ち着け私。まだ500だ。たったの500。
上限があるなら、これは序章。チュートリアル幸運。これ以上になったらどうなるの?
テストで全部ヤマが当たる? 廊下で偶然ぶつかった相手が隠し攻略対象? 宝箱を開けたら毎回SSR?
……ちょっとそれは嬉しいかも。にやけそうになって、慌ててノートに視線を落とす。危ない危ない。今、完全に欲望の顔してた。
でも実際、授業が楽なのはありがたい。精神的余裕があると、内容も頭に入る。これ、もしかして結果的に成績も上がるっていう二次効果あるんじゃない?
幸運→緊張減少→集中力向上→成績アップ。うわ、連鎖コンボじゃん。
幸運って、ガチャだけのものじゃなかったんだ……。日常生活にも、じわじわと染み出してくるタイプのバフ。派手じゃないけど、確実に効いてる。
こわい。ありがたいけど、こわい。世界が優しくなったみたいで、ちょっとだけ足元がふわふわする。
このまま、良いことが続けばいいなぁ……。黒板の文字を写しながら、私はこっそりそう願った。
幸運パラメーター500。いまのところ、仕事ぶりは優秀。どうかこのバフ、期間限定じゃありませんように。フラグじゃないよ? 今のはただの願望だからね?
◇
「ふー、ようやく授業が終わったね」
「うん、疲れたー」
井戸から水を汲みに行って教室に戻ってきた。昼食時間ということもあって、みんなが自由にお弁当を食べている。
私たちも席について、お弁当箱を開ける。今日もいつも通りのメニューだ。ここには幸運が降りてこなかったらしい。
「いただきます」
ぱかっと蓋を開ける。焼いたお肉、茹で野菜、パン。うん、安定の通常営業。双子卵みたいな奇跡は起きていない。お弁当箱の中身は堅実そのものだ。
「今日は普通だね」
「うん、いつも通り」
幸運、昼食ガチャには介入せず。まあいい。毎日レア演出が来たら胃がもたれる。もぐもぐと食べ始めると、向かいに座るルメルがじっとこちらを見ていることに気づいた。
「……なに?」
「リオ、今日ずっと楽しそう」
にこっ、といつものように可愛らしい笑顔じゃない。じぃーっ、と。なんというか、視線が絡みついてくる感じ。やわらかいのに逃げ場がない。
「そうかな?」
「うん。朝からふわふわしてる。なんか、可愛い」
ふわふわってなに。綿菓子?そう思った瞬間、ルメルが椅子を少し引き寄せてきた。えっ……距離が近い。
「ちょ、ルメル、近くない?」
「だめ?」
可愛らしく上目遣い。それは凶器ってもんですよ、ルメルさん。
でも……あれ? 前からこんな感じだったっけ? 確かに仲は良かった。でも、こんなぴとって効果音がつきそうな距離感じゃなかったはず。
ルメルは私の袖をちょん、とつまむ。
「リオの隣、落ち着く」
「そ、そうなんだ」
落ち着くのはいいことだ。いいことなんだけど。なんか甘い。空気が甘い。さっきまで塩味のおかず食べてたのに、急に砂糖投入されたみたい。
これが……好きな人補正……?脳内でパラメーター画面が浮かぶ。
【愛情度:好きな人】
文字列がやたら主張してくる。数値が変わっただけで、ここまで挙動が変わる? 今までは「仲のいい友達」って感じだったのに、今は明らかに特別枠の接触頻度。
「ねえ、リオ」
ルメルがさらに身を寄せてくる。肩が触れた。
「今日も一緒に帰ろうね?」
いやいやいや! 耳元に近い。声が近い。距離が近い。なんでも、近くなってる!
「う、うん、帰るけど……」
心臓が変なリズムを刻み始める。落ち着け私。これは日頃の成果。コツコツ積み上げた好感度の結晶なだけだ。
決して突然のラブコメ強制イベントではない。いや、半分くらいは幸運のせいかもしれないけど。だけど、画面上で起こっていたことが現実にやってくると、どうしていいか分からなくなる。
「リオ、顔赤いよ?」
「あ、赤くないよ……」
「赤い」
くす、と笑って、ルメルが私の頬に指先で触れかけて――寸前で止めた。なにその焦らしプレイ。ドキドキが加速するんですけど?
数値でこうも変わる!? 恐ろしい。パラメーター、恐ろしい。
でも、嫌じゃない。むしろ、嬉しい。今まで積み重ねてきた時間が、ちゃんと形になっているみたいで。
「……ルメル、今日ちょっと甘くない?」
「甘いって何? いつも通りだよ。それよりもリオ――」
そう言って、ルメルがお弁当のおかずをフォークで刺して、私の口元に寄せる。
「はい、あーん」
いつもはふざけてお願いする食べさせ合いを積極的に!? ……パラメーター、恐ろしい子!
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