81.いつもと違う朝
朝食を平らげ、家族に「いってきます!」と元気よく声をかけて家を出る。足取りは軽い。というか、軽すぎる。
昨日までの私はどこに行った? あの「あと五分……」の権化みたいな私、ちゃんと存在してる? 今なら自己ベスト更新できそうなくらい軽快なんだけど。
これが、幸運フィジカル補正?いやいや、ゲームじゃないんだから。でも、パラメーターがこんなに効果的なのはゲーム的だ。
今朝の快眠と双子卵コンボを体験した後だと、否定しきれないのが怖い。そんなことを考えながら、私はいつもの通学路を走る。
石畳の道。角を曲がった先に、小さな花壇。その横を通り過ぎると、ちょうど同じ時間帯の生徒たちとすれ違うのがいつもの流れだ。
よし、今日も好感度稼ぎ――じゃなくて、爽やかな朝の挨拶活動だ。ターゲット……じゃない、ええと、挨拶対象、発見。
前方に、同じクラスの男子生徒。いつもなら私から先に声をかける。ここで「おはよう!」と笑顔を向ければ、ピロン♪と小さな積み重ねが――
「おはよう、リオ!」
「へ?」
先手を取られた。完全に。しかも、爽やかに。
私が声を出すよりコンマ数秒早く、向こうが気づいて、にこっと笑って手まで振ってきた。
「お、おはよう……?」
ちょっと間抜けな返事になってしまう。え? どうして? 私、まだ挨拶モードに入ってなかったよ?
「どうしたの?」と彼が首を傾げる。
「いや、なんで気づいたのかなって」
「ん? ああ、足音」
「足音?」
「うん。リオの走る音に聞きなれちゃって、最近それで分かるようになった」
……えっ。私、足音で個体識別されてるの?なにそれ、猛獣?
「べ、別に変な歩き方してないよね?」
「してないしてない。ただ元気だなーって感じ」
にこっと笑われる。元気。それだけで、なんか少し照れる。
「今日なんか機嫌いいな?」
「そうかな?」
「うん。なんか朝から運良さそうな顔してる」
運良さそうな顔ってなに!? 私の顔、ラッキーオーラ出てる!? キラキラエフェクトついてる!?その瞬間。
――ピロン
視界の端にウィンドウが開いた。
【○○の好感度が上昇しました】
えっ。ちょっと待って。今、私なにした?挨拶されて、動揺して、変なこと聞いて、ちょっと話しただけだよね? 好感度が上がる要素どこ?
むしろ「足音で分かる」とか言われて、こっちが混乱しただけなんだけど? ……これもしかして。幸運、仕事してる? 努力ショートカットしてない? 好感度イベント、オート進行してない?
「じゃあな、また学校で!」
「あ、うん! またね!」
彼が去っていくのを見送りながら、私はぽかんと立ち尽くす。……いや、ありがたいよ? ありがたいけど。なんかこう、自分で積み上げた感が薄いのが気になる。
「……検証しよう」
私はくるっと踵を返し、通りを少し小走りで進む。次のターゲ――じゃなくて、次の生徒、発見。よし、今度こそ私から――。
「リオちゃん、おはよー!」
「えっ、あ、おはよう!?」
まただ。また先にやられた。
「今日も早いね!」
「元気だねー!」
左右から挨拶が飛んでくる。え、なにこれ。逆挨拶ラッシュ?私、いま期間限定ボーナスキャラになってない?
さらに――
ピロン ピロン
【好感度が上昇しました】
【好感度が上昇しました】
ちょ、ちょっと待って。ほとんど何もしてないよ!? 笑顔と「おはよう」しか出力してないよ!?
それでこの成果? 幸運パラメーター、どこまで干渉してるの? もしかして裏で確率操作してる? なんか補正入ってる?
戸惑いながらも、私は自然と笑っていることに気づく。だって、みんなが私に気づいてくれて、先に声をかけてくれて、ちょっとした会話を楽しんでくれている。
それって、単純に嬉しい。幸運のせいかもしれない。でも、私の足音を覚えてくれたのは、きっと積み重ねだ。
毎日、同じ道を歩いて、同じ時間に挨拶してきた結果。きっと、その引き金が幸運だったに違いない。そう思うと、胸がじんわり温かくなる。
「……まあ、いっか」
努力も運も、どっちも私の味方なら、それに越したことはない。私は少しだけ背筋を伸ばし、さらに先へと走り出す。
幸運ボーナスデー、使えるものは全力で使わせてもらおうじゃない。そう意気込んだ瞬間、前方からまた声が飛んできた。
「リオ、おはよう!」
……うん。今日は本当に、いつもとは違う朝みたいだ。
◇
「おは――」
「リオ、おはよー」
「おはよう!」
「おはー!」
教室に入ってからも、逆挨拶ラッシュが続いた。いやいや、みんな私の気配を察知しすぎ! なんか、私から出ているのかな?
「どうして、みんな……私よりも早くに挨拶をするんだ……」
「えっ? リオが来たからだけど……」
「いやいや、私が言うよりも早く挨拶をしたじゃん」
「たまにはこっちから早く挨拶をしてもいいよね」
今までの積み重なった好感度が幸運の力を借りて、仕事をした感じだ。いや、これを運と言ってもいいのか分からないけれど、きっかけくらいにはなっているのだろう。
恐ろしい……。あのパラメーターが凄い仕事をしている。一気に世界が変わった感じがして、驚きを隠せない。
じゃあ、これからは良いことが頻繁に起きるっていうこと? いやいや。まだ500だ。まだ先があるとしたら、これは序の口。もっともっと良いことが起こるかもしれない。
もしかして、イベントとかにも関係してくるんだろうか? そうしたら、イベントクリアの回数も上がって、ポイントがウハウハ?
「リオ、どうしたの? なんか、難しい顔しているよ?」
「いや、なんでも――」
「リオ、おはよう!」
すると、また聞きなれた声で挨拶をされた。振り向くとそこには満面の笑みで立っているルメルがいた。
「あっ、おはよ」
「リオが教室に来てから、すぐに来てくれないから迎えにきちゃった。ねぇ、リオ。早く席に着こう?」
そう言って、ルメルは私の手を引いて席へと向かった。いつも座って待っていたルメルが自ら行動した、だと? こんなこと、一度もなかった。
これも幸運のお陰? いやいや、もしかしたら、愛情度のコメントが「好きな人」に変わったからかもしれない。
なんだか、いつもとは違う朝で大いに戸惑ってしまった。これから、良いことだけ起きますように!




