80.幸運な日常?
「んー、良く寝たぁ!」
ぱちりと目を開けた瞬間、頭の中がやけにクリアで、体も軽い。まるで昨日までの疲れがきれいさっぱり消えてしまったみたいにすっきりしていることに気づいた。
おかしい。いつもの私は、朝になると「あと五分……いや三分……せめて一分……」とぐずぐずするタイプのはずなのに。今日は二度寝の誘惑が一切ないどころか、今すぐ王都を一周走れそうな勢いで元気なのだから、これはもう事件と言っていい。
「なんか、凄い気持ちいい……。もしかして、幸運のお陰?」
ふと脳裏に浮かぶ、あの頼もしくも謎めいたパラメーター。まさか睡眠の質まで底上げしてくれている?
幸運ってなに? 宝くじが当たるとか、落とした硬貨が偶然足元に転がってくるとか、そういうイベント系の話じゃないの? それがどうして、「ぐっすり安眠」なんて地味だけど超重要な生活スキル方面にまで干渉してくるの?
「えっ……運の要素って、そこまで影響があるものなの?」
もし本当に幸運が関わっているのだとしたら、これはもう単なるラッキーの範疇を超えている。
だって、よく考えてみてほしい。
夜中に変な物音で起こされないのも幸運。寝返りを打った先にベッドの端でないのも幸運。ちょうどいい気温で眠れたのも幸運。悪夢を見なかったのも幸運……と積み重ねていけば、最終的に「最高の目覚め」に辿り着く理屈は成立してしまう。
……怖っ。
「たった一つのパラメーターなのに、生活習慣まで整えてくるとか、影響力強すぎない?」
もしかして私、知らないうちに健康的な人生を運で買収してない?
それはそれでありがたいけど、努力どこ行った。規則正しい生活とか、早寝早起きとか、ちゃんと栄養を考えた食事とか。そういう地道な積み重ねをすっ飛ばして、幸運が「はい、今日は快眠でした」って配給してくるの、ちょっとズルくない?
「……いや、でも快適だからいっか」
結論が早い。うん、深く考えるのはやめよう。幸運がくれるなら、ありがたく受け取る。その代わり、変な方向にだけは作用しませんように。
例えば、「幸運のお陰で寝過ごしました!」とか、「幸運のお陰で遅刻して出会いがありました!」とか。そういう斜め上の解釈は本当にやめてほしい。
私は寝袋からベッドから起き上がり、窓を開けて、外の空気を沢山吸い込む。よし、今日も元気。
幸運が生活改善にまで乗り出してくる世界なら、きっと今日も何か良いことがあるはずだ。と、半分本気で、半分は都合よくそう信じながら、私は軽やかな足取りで朝の支度を始めた。
◇
居間に向かうと、ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。焼けたパンの匂いと、バターの甘い香り、それに半熟卵のとろりとした匂い。
いつもの朝のはずなのに。
「……ん?」
テーブルに並べられた皿を見て、私は足を止めた。目玉焼きが、二つ乗っている。
しかも私の皿だけじゃない。お父さん、お母さん、そして兄さんの皿にも、きれいに黄身が二つずつ並んでいる。
「どうしたの? 今日、ちょっと豪華じゃない?」
椅子に座りながら聞くと、お母さんがくすっと笑った。
「あら違うのよ。今日の卵ね、割ったら黄身が二つ出てきたの」
「え?」
「それもね、家族全員分」
全員分。私は自分の皿を見て、次に兄さんの皿を見る。兄さんはすでにフォークで黄身をつつきながら、ふっと笑った。
「へぇ、珍しいな。双子卵か。今日は何か当たり日か?」
お父さんは上機嫌に顔を綻ばせて口を開く。
「朝から縁起がいいな。こういう日は仕事も順調なんだ」
……縁起がいい。その言葉に、私はぴくりと反応する。
これ、もしかして。今朝の異様な快眠。そして家族全員分の双子卵。偶然? 本当に?
ちら、と兄さんを見る。兄さんは落ち着いた様子でパンに黄身を絡めながら、「まあ、確率的にはそこまで低くもないんじゃないか?」なんて理屈っぽいことを言っているけれど、いやいや、家族全員分ってなると話は別だよね?
幸運……仕事しすぎじゃない? 私の幸運パラメーター、もしかして世界の確率にじわじわ干渉してない? 養鶏場レベルで運命操作してない?
「……影響範囲、広くない?」
「何がだ?」
兄さんにじっと見られて、私は慌てて首を振る。
「な、なんでもない!」
とりあえず「いただきます」と手を合わせて、目玉焼きにフォークを入れる。とろり、と二つの黄身が同時に崩れ、黄金色が広がる。……幸せ。
「今日はなんか良いことありそうだな」
父さんは無邪気に笑う。
「兄さん、なんか良いこと起きるかな?」
「綺麗な女の子が店に現れるとかな!」
さらっと非現実的なことを言いながらも、兄さんもどこか機嫌が良さそうだ。
快眠に、双子卵。家族みんながちょっとだけ浮き足立っている朝。
これ、やっぱり幸運ボーナスデーじゃない? ……でも。
「変な方向には作用しませんように……」
例えば、「幸運のお陰でテスト範囲が一問ズレました!」とか、「幸運のお陰でお母さんの説教が倍になりました!」とか、そういうのは本当にいらない。
私は小さく祈りながら、二つ分の黄身をたっぷりパンに絡めて頬張った。
うん、美味しい。少なくとも今日の朝は、家族みんな揃って、ちょっとだけ特別で、最高にラッキーな始まりだった。




