50.ルメルの困り事(3)
「本当に色々あるね。自分の目で見ないと出会えないものばっかりだよ」
上機嫌にルメルがそう言った。市場を見て回るルメルはとても楽しそうで、一緒に見て回っているこっちが楽しい気分になるくらいだ。
「次は何を見ていく?」
「色々見て回りたいけれど、やっぱり塩が気になるんだよね」
「あー、それが目的だしね」
どうやら、色んなものを見ても塩の事が忘れられないらしい。もう本題にいかなきゃいけないと思うと少し寂しい気持ちもある。
だけど、ここはルメルの気持ちを優先しよう。
「だったら、塩について色々と聞いて回ろう」
「えっ? 本当に聞いて回るの? 迷惑なんじゃ……」
「全然そんなことないよ。市場の人は優しいから、なんでも教えてくれるよ!」
遠慮するルメルの手を引いて、私は市場のお店に突撃していった。
「いらっしゃい!」
「ねぇ、塩について詳しく知っている人っている?」
「塩かい? 塩については詳しくは知らないなぁ。この周辺にも塩を売っている人はいなさそうだよ」
「そうなんだ、ありがとう!」
店主に質問すると、すぐに答えが返ってくる。この人は塩には詳しくなかったらしい。当てが外れたけれど、通りにはまだまだお店が並んでいる。
「ほら、次に行こう」
すぐに次に行こうとすると、ルメルが立ち止まった。そして、目を輝かせる。
「……凄いね、リオ。普通に話しかけちゃった」
「えっ、そう? ただ、話しかけるだけじゃん。全然、大変じゃないよ」
「……私だったら、きっと無理だよ」
ルメルはそう呟いてから、小さく息を吸った。
「知らない人に話しかけるのって、すごく勇気がいるし、迷惑だったらどうしようって考えちゃう。でもリオは、当たり前みたいに声をかけるでしょう?」
「そうかな……?」
首を傾げる私に、ルメルは少しだけ困ったように笑った。
「うん。すごいと思う。自分が知りたいことのために、ちゃんと前に出て、ちゃんと聞けるのって」
「別に、そんな大したことじゃないよ。知りたいなら聞く、それだけだし」
そう答えると、ルメルは一瞬、言葉を探すように視線を落としたあと、また私を見る。
「それが出来ない人もいるんだよ。私も、その一人」
「……そっか」
私は一歩近づいて、ルメルの手をもう一度握った。
「ルメルのためだって思ったら、全然怖いことなんてないよ」
「私の、ため?」
「うん。ルメルが喜んでくれるって思ったら、何でもできちゃうんだよ」
指先が触れ合ったまま、ルメルは少し黙り込む。やがて、耳まで赤くなりながら、ゆっくりと頷いた。
「……なんか、それ……ずるい」
「そう? ルメルの存在の方がずるいよ。こんなに可愛いから、なんでもしてあげたくなっちゃう感じ」
「もう、リオったら……大げさなんだから」
いやいや、本心だからね。そう伝えるんだけど、十分には伝わっていない。ルメルのためなら何でもしそうな人は他にもいると思うんだけどなぁ。
「さぁ、どんどん聞いていこ! あ、すいませーん!」
私は遠慮もなしに通りを歩く奥様の集団に話しかけた。
「あら、どうしたの?」
「塩について詳しい人ってこの市場にいますか?」
「塩について? いるわよー。ついてらっしゃい」
よっしゃ! 当たりを引いたみたいだ。奥様達は私たちを先導してくれる。そして、一つのお店にたどり着いた。
「ここのお店がおすすめよ」
「本当? ありがとう!」
「あ、ありがとうございます!」
「いえ、いいのよ」
そう言って、奥様達はその場を離れていった。残された私たちはその店主と向き合う。
「すいません! 塩について詳しいって聞いたんですけど」
「塩? ……もちろんだ。ここは塩の専門店だからな。何でも聞いてくれ」
「ほら、ルメル! 塩の専門店だって!」
「う、うん」
奥様達が連れてきてくれたのは塩の専門店だ。ここなら、知らないことでも教えてくれそうだ。
「この子、料理をするんです。それで鶏肉に合う塩を探してたんです」
「ほう、鶏肉にね……。だったら、この塩が合うと思うぞ」
そう言って、店主は瓶の蓋を開けて、スプーンで塩をすくってみせた。白く細かな粒の塩を、指先で軽く擦り合わせるようにして見せてくる。
「この塩は粒がとても細かい。肉の表面に均一に広がって、下味が入りやすいんだ」
「へぇ……」
瓶の中で、塩はさらさらと音もなく崩れる。
「鶏肉はな、牛や豚よりも繊維が柔らかい。だから強すぎる塩を使うと、旨味よりも塩気が先に立ってしまう」
「……なるほど」
ルメルは身を乗り出すようにして、塩を見つめていた。
「この塩は角が取れている。舌に当たった時に刺激が少なくて、肉の甘みを引き出すのが得意だ。焼いても、蒸しても、余計な主張をしない」
「鶏肉の味を、邪魔しないってことですか?」
「そういうことだ。塩が前に出るんじゃなく、肉を支える」
店主は次に、少し粒の大きい塩の瓶を取り出した。
「こっちは香りが強い塩だ。仕上げに使えばいい。焼き上がったあと、少し振るだけで、皮の香ばしさがぐっと立つ」
「……使い分けるんですね」
「塩は調味料じゃなくて、素材を引き立てる道具だからな」
その言葉に、ルメルは小さく息を呑んだ。
塩ひとつで、そこまで変わる。料理が好きだからこそ、その奥深さが胸に刺さったのだろう。
私は隣で、そんなルメルの横顔をそっと盗み見る。目がきらきらしていて、今にも質問が溢れ出しそうだ。
「……すごい」
「だろ?」
店主はどこか誇らしげに頷いた。
「鶏肉は正直だ。いい塩を使えば、ちゃんと応えてくれる。だからこそ、最初に選ぶ塩は大事なんだ」
ルメルは両手で瓶を受け取り、大切そうに見つめていた。その表情を見て、私の胸に満足感が広がった。
「ルメル、どう?」
「……うん。使ってみたいかな」
「じゃあ、おじさん。少量売ってください」
「もちろんだ。お試し用の紙に包んで売ってやるよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
本当なら少量なんて売ってくれないだろうけれど、おじさんは快く売ってくれた。小さな紙にスプーン一杯分の塩を盛り、それを手渡してくれる。
「これがおすすめの二種類の塩だ」
「あ、ありがとうございます。これで、塩を試せます」
「良いってことよ。気に入ったらまた買いに来てくれよな」
ルメルはお小遣いから料金を支払い、塩を受け取った。私たちはもう一度お礼を言うと、その場を離れていく。
その時のルメルはまるで宝物を見つけたように嬉しそうな顔をしていた。
「良かったね、ルメル。気に入った塩を買えて」
「うん! 試してみるのが楽しみだよ。これも、リオが手伝ってくれたお陰だよありがとう」
「どういたしまして。ルメルのためなら、なんだってやっちゃうよ!」
「もう、リオったら……。でも、本当に嬉しい」
ルメルははにかんで笑ってくれた。その時、通知音が鳴った。
『クエストクリア! ルメルの塩を探せ!』
『ルメル・エリアミル 好感度8アップ、愛情度5アップ』
『クエストクリア報酬 300ポイント』
わー! クエストクリア報酬だ! こ、こいつは美味しい!
好感度や愛情度がめちゃくちゃ上がるし、ポイントもついてくる! こ、これはまたクエストをやりたくなる!
もっと交流を深めて、色んなクエストを発生させよう!




