45.久しぶりの交流(1)
通りを駆け抜けると、見慣れた冒険者ギルドの建物が視界に飛び込んできた。私は立ち止まることもなく、そのまま扉を押し開ける。
中に足を踏み入れた瞬間、熱気と喧騒が一気に押し寄せてきた。酒の匂い、汗の匂い、金属の擦れる音。依頼書を手にした冒険者たちがあちこちで声を張り上げ、広いはずのホールは人で埋め尽くされている。
「えーっと……シグナさん、どこだろ」
私は背伸びをしながら、人混みの中を縫うように進んでいく。空いている席を探して視線を巡らせ、その途中でふと違和感に気づいた。
満席のテーブルが並ぶ中、そこだけ妙に余白がある。誰も近寄らず、席が空いているのに、避けるように人の流れが割れている場所。
そして、その中心にシグナさんはいた。
椅子に深く腰掛け、背もたれに身を預けた姿勢。動いていないのに、存在感だけがはっきりとそこにある。長い脚を組み、肘を机に乗せ、顎に手を添えたまま、静かにホールを眺めていた。
表情は無表情。怒っているわけでも、睨みつけているわけでもない。
それなのに、近くを通りかかった冒険者たちは、一瞬だけ視線を向けると何も言わずに進路を変えていく。無意識に距離を取り、音を立てないように通り過ぎていく。
空気が、違う。まるでそこだけ、見えない境界線が引かれているみたいだ。
威圧しているつもりは、きっとない。ただ、積み重ねてきた戦いと経験が、自然と滲み出てしまっているだけ。
ギルドの喧騒の中で、そこだけが妙に静かだった。久しぶりに肌で味わうシグナさんの気配に自然とテンションが上がった。
「シグナさん!」
そう呼びかけると、シグナさんはゆっくりと視線をこちらへ向けた。わずかに目を見開いたと思ったが、無表情のまま変わらない。
周囲のざわめきが変化したが、今はそれを気にしている場合じゃない。すぐにシグナさんの近くに移動をした。
「待っていてくれたんだね!」
「……あぁ。本当に会いに来た?」
「うん、もちろん。だって、シグナさんは憧れだからね」
「……そうか」
不思議そうな顔をしたけれど、それ以上の反応はなかった。私は遠慮もなしに隣の席に座る。
「どうして会いに来た?」
「そんなの会いたいからに決まってるじゃん!」
また、同じ質問している。どうやら、私がシグナさんに会いたいっていう気持ちだったことが信じられないみたいだ。
「なぜ、私に会いに……」
「いや、その質問三度目! シグナさんと話したいからだよー」
とことん、私が来たことが信じられないらしい。そんなに卑下しなくても良いとは思うけれど、シグナさんの取り巻く環境を見れば、そうならざるを得なかったっていう考えも……。
「……分かった」
「そう、分かったんなら……」
「お金を渡せばいいのか?」
「いや、お金は必要だけど、今は関係ないから!」
あの時見た時と同じこと言っている! ただ単に会いに来ていると思っていなくて、お金目当てだと思われている!?
「必要ならお金を……」
「そういうのはいいから! 本当にただ会いたくて来ているだけだよ!」
「……お金が目的ではない?」
「そうそう。お金は目的じゃないよー」
はっきりと言うと、シグナさんは無表情のまま黙り込んだ。そして――。
「何故、私に会いに……」
また、ぽつりと呟いた。その考えから離れてー!
「もうシグナさんはそればっかり。私の言葉が信じられないの?」
ちょっと怒ったように言ってみると、シグナさんは小さく頷いた。うーん、まだ好感度とか愛情度から低いから、スムーズにはいかないってことかな?
だったら、今日で好感度も愛情度もガンガン上げてやる! シグナさんを攻略するには、心のウィンドウを活用するのがいい。私は遠慮もなく、シグナさんの心のウィンドウを開く。
『分からない……。どうして、こんな小さな子が会いに来るんだ。私は怖くて威圧があるのに……』
ふむふむ、どうやらシグナさんは自分を卑下しているみたいだ。だったら、そうじゃないってことを伝えればいいか。
「シグナさんは一見怖くて威圧が凄いけど、私はそういうところがカッコいいって思っているの」
「……カッコいい?」
「うん! 想像していた冒険者よりもカッコよくて、見ているだけで嬉しくなるんだよ」
「見ているだけで?」
シグナさんは、ほんのわずかに眉を動かした。それは驚きというより、戸惑いに近い。
「うん。だってさ、静かに座ってるだけなのに、周りの人が勝手に道を空けるでしょ?」
「……」
私は椅子の上で身を乗り出し、ホールの様子を指差す。
「それってね、怖いからじゃないよ。強いって、みんなが知ってるから」
「……強いから、避けられているだけだ」
低く、抑えた声。どこか諦めたような響きが混じっている。
「違うよ」
「……何がだ」
「避けてるんじゃない。近づくのに、覚悟がいるだけ」
はっきり言うと、シグナさんの視線がこちらに戻った。無表情の奥で、確実に感情が揺れている。
「本当に危ない人なら、ここにいられないでしょ? ギルドの中で、こんなに堂々と」
「それは……」
「それに、私がこうして隣に座ってる」
「……危なくないのか」
「全然」
即答すると、今度こそシグナさんは言葉に詰まった。
周囲の冒険者たちが、こちらを盗み見る気配が伝わってくる。あのシグナの隣に、子供が平然と座っている。そんな視線。
でも、私は気にしない。
「力があるとね、孤独になるでしょ。だから、みんな距離を取る。でも私は、近くで見たい」
そう言って、にこっと笑う。
「怖くないよ。だって、シグナさんは優しいって知っているから。だから、シグナさんの事が好きなんだよ」
しばらく、沈黙が落ちた。ギルドの喧騒が、遠くに感じられるほどの静けさ。
シグナさんは視線を逸らし、顎に当てていた手を下ろす。そして、ぽつりと呟いた。
「……そんなの初めて言われた」
ピロン
『シグナ・ヴォルグ 好感度5、愛情度3アップ』




