40.突然のセリスさん
「うおーん! どうして、誰もバトルしてくれないんだー!」
私は机に突っ伏し、両手をだらりと垂らして情けない泣き声を上げた。
あれから授業の合間ごとにそれとなく話しかけてみたのに、結果は全敗。誰一人として、バトルに乗ってくれない。
え、なにこれ? もしかして、この世界は故意にイベントを起こそうとすると逃げられる仕様だったりする?
でも、動かなきゃイベントは発生しないし……。詰んでない? 私、詰んでない?
「リオ、大丈夫?」
「うぅ……争いたい……血で血を洗う、魂と魂がぶつかり合うようなバトルがしたい……」
「そ、それはダメだよ! リオがボロボロになっちゃうでしょ!?」
隣の席のルメルが、慌てた様子で止めに入ってくる。その真っ当すぎる心配が、逆に胸に刺さる。
違うんだ。私は別に傷つきたいわけじゃない。イベントを起こして、ポイントを稼ぎたいだけなんだ!
机に突っ伏したまま、顔だけをぐりんとルメルに向ける。目は潤ませ、全力の「捨てられた子犬モード」を発動。
「ルメル……バトル、しよ?」
「えっ……わ、私は無理かな……。争うの、あんまり好きじゃないし……」
「うぅぅ……」
ですよねー。ルメルは筋金入りの平和主義者。世界は仲良し、みんなでハッピー、喧嘩はフィクションの中だけで十分、というタイプだ。
ここで無理やり食い下がったら、せっかく積み上げてきた好感度とか愛情度とかが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる未来が見える。
それはダメ。絶対ダメ。でも――。
「このもどかしさ、どうすればいいの……!」
机に顔を埋めたまま、私は心の中で叫んだ。誰か! 誰でもいいから! 軽率に噛みついてくれるイベントNPC、いませんかー!?
◇
「はぁ……イベントが起きなかった」
「イ、イベント?」
がっくりと肩を落とし、教室を出ていく。すると、隣にいたルメルが不思議そうに聞き返してきた。
「もしかして、今回もリオのスキルに関係があるの?」
「んー、そういうこと」
「なーんだ、そういうことか。だったら、みんなにスキルの関係だから協力してって言えば良かったんじゃない?」
「はっ!!!! その手があったか!!!!」
なんで、それに気づかなかったんだろう! スキルの関係って言えば、みんなが協力してくれる可能性が高まる。そしたら、イベントが起こるかもしれなかったのに!
「だったら、ルメル! スキルの関係だから、バトルしようぜ!」
「もう、リオったら。私はやらないよ」
「くぅ……ダメかぁ」
やっぱり、ルメルは争うのはダメらしい。仕方がない、ルメルは諦めることにしよう。
「だったら、明後日学校に来た時にスキルの関係だからバトルしようって言えば……」
「可能性は出てくるんじゃない? まぁ、またリオの変な行動かって取られるとは思うけどね」
「そんなの慣れっこだ! そんな事よりも、イベントとポイントが!」
「それをそんなことって割り切れるリオが凄いよ」
二人並んで校舎を後にし、通りへ続く道を歩いていると――校門の前に、ひときわ目立つ存在が立っているのが見えた。鎧を身にまとった人物。しかも、明らかに只者じゃない雰囲気だ。
「あれ? なんだろう?」
「えっ……騎士?」
私たちが不思議そうに眺めていると、その騎士がこちらに気づき、くるりと振り向いた。そして、その顔を見た瞬間――私は思わず声を上げる。
「セリスさんだ!」
綺麗に結った銀髪のポニーテールが、ふわりと揺れる。懐かしいその人は、こちらを見て柔らかく微笑んだ。
「やぁ、リオ。久しぶりだな」
「うん! セリスさんこそ! どうしたの、急に?」
「見回りのついでに寄ったんだ。リオは元気にしているか、ずっと気になっていてね」
駆け寄って話しかけると、セリスさんは相変わらず穏やかな声で答えてくれる。久しぶりに聞くその声は落ち着いていて、なんだかそれだけで癒やされる。
「リオ……誰?」
ふと、後ろから小さな声がした。振り返ると、ルメルが首を傾げてこちらを見ている。
「この人はね、職業体験の時にお世話になった騎士さんだよ」
「あっ、そうなんだ」
「君はリオの友達かな? 初めまして。第二部隊所属、セリス・アルディアだ」
「は、初めまして!」
きちんとした自己紹介を受けて、ルメルは背筋を伸ばし、少し緊張した様子で頭を下げた。
「今日はリオに付き添おうかと思っていたんだが……友達と一緒なら、また後日にしようか?」
「い、いえ! 私は大丈夫ですから! 二人で帰ってください! じゃ、リオ! またね!」
「えっ、ルメル!? ま、また……」
穏やかにそう提案したセリスさんに対し、ルメルはなぜか勢いよくそう言い残すと、顔を赤くしたまま、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
取り残された私は、伸ばしかけた手を宙に止めたまま、その背中を見送るしかなかった。
すると、セリスさんが眉毛を下げて申し訳なさそうにいう。
「友達に悪いことをしてしまったな」
「大丈夫だよ! きっと、騎士を見て緊張しただけだから」
「そうか? だが、もっと騎士を都民に親しみのある職業にしないとな。緊張して避けられるぐらいなら、親しみがあって集まってくれた方が嬉しい」
確かに、騎士という職業は人々から尊敬される存在だ。街を守り、秩序を保ち、いざという時には命を懸けて前に立つ。だからこそ、多くの人は一歩距離を置き、邪魔をしないように、失礼のないようにと振る舞う。
それは敬意であり、正しい態度でもある。けれど――。
「困った時に声をかけづらい存在になってしまったら、本末転倒だ。騎士は頼られる仕事であって、遠巻きに見られる仕事じゃないからな」
その言葉に、私ははっとする。強くて、立派で、近寄りがたい存在。それが騎士だと思っていたけれどセリスさんは、もっと違う場所を見ていた。
「だから、挨拶されたら笑って返したいし、子供に話しかけられたら、ちゃんと目線を合わせたい。騎士だって人間だって、分かってもらえた方が嬉しいだろ?」
そう言って、少し照れたように笑う。
ああ、なるほど。セリスさんは、尊敬される存在である前に身近な守り手でありたいんだ。
その考えに気づいた瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。騎士を前にして、緊張しなくていい。かしこまらなくてもいい。ただ、普通に話していいんだ。
「……うん。セリスさんなら、きっとそういう騎士が似合うよ」
「そう言ってもらえると、報われるな」
そう答える声は、どこか安心したように柔らかかった。
なんか立派な考えに当てられて、私の中のセリスさんへの好感度が上がってしまうやろ! もう、全くセリスさんは!
「でも、リオがもっと親しみを感じてくれたら……それが一番嬉しい」
だから! そういうのは好感度も愛情度も上がってしまうやろ!




