37.ウィンドウバトル(1)
「よっしゃ、こーーーいっ!」
私はウィンドウに向かって拳を突き上げ、そのまま画面をタップした。青い水晶がきらりと輝き、光の粒が飛び出してくる。くるくると宙を舞い――やがて、カードとなって目の前に並んだ。
【HR】【N】【N】【N】【N】【HN】【N】【N】【R】【N】
「……しょっっっぼ!!」
声が裏返った。今回も安定の渋さ。期待を裏切らない、悪い意味で。
【HR(能力値+50)】
【N(能力値+5)】
【N(能力値+5)】
【N(ガチャ+3)】
【N(能力値+5)】
【HN(ポイント+100)】
【N(ポイント+50)】
【N(能力値+5)】
【R(能力値+20)】
【N(ポイント+50)】
「頼みの綱のガチャが一個だけ!? もっと! もっと来てよぉ!!」
もはや祈りに近い叫びだった。やっぱり、これだ。ガチャは運。運がすべてを支配する。
「つまり……答えは一つ」
私はゆっくりとウィンドウを開き、にやりと笑う。
「能力値、全・部・運! 全つっぱじゃぁぁ!!」
迷いは一切ない。躊躇もない。操作を終えた瞬間、ステータスが更新された。
【体力】56(年齢並み)
【魔力】18(才能なし)
【筋力】56(年齢並み)
【耐久】43(年齢並み)
【器用】55(年齢並み)
【敏捷】57(年齢並み)
【知力】484(賢明)
【運】330(良運)90上昇
「あっ! 運のコメント、変わってる!?」
さっきまでとは違う表示。ついに、来た!
「良運……! よっしゃぁぁ!!」
私は思わずガッツポーズを決めた。
「これでガチャの出も良くなるはず! 次は勝ち確! 神引きしてやるから覚悟しとけよー!!」
興奮冷めやらぬまま、今度はポイント欄に目を向ける。
「……ポイントは、1165か」
少しだけ真顔になる。えんぴつと消しゴムに300ポイント使ったから、減った分が戻ってきた感じだ。
「えんぴつと消しゴムのことを考えると……これは、温存だな」
ガチャ欲と生活必需品。究極の二択を前に、私は静かにウィンドウを閉じた。
「いやー、それにしても良運かー。どんな良いことが起こるか楽しみだなー」
ガチャの引きが良くなったり、日常生活でも良いこととか起こるのかな? 運に極振りはあっていた? でも、他のパロメーターも上げたいし、悩みどころだ。
「まぁ、良いことっていえば……これも、とうとう完成したしね」
ガチャを引く前に、一つだけ確かな良いことがあった。それは、日常クエストを消化するために始めた編み物が、今日ついに完成を迎えたことだ。
器用の日常クエストを達成するために取り組んでいた、工作一時間。その時間を積み重ね、器用のクエストが出るたびに少しずつ編み進めてきた――編み込みのトートバッグ。
気がつけば、針を持つ手つきもずいぶん慣れていた。そして今日、最後の編み目を締めた瞬間、ようやく形になったのだ。
ベージュと赤の二色を使ったトートバッグ。編み込みの模様は思った以上に綺麗に出ていて、歪みも少ない。持ち手もしっかりしていて、実用性も十分だ。
「……うん、悪くない」
いや、正直に言おう。かなり、良い。
クエストのために始めた作業だったはずなのに、いつの間にか本気になっていたらしい。時間をかけて、手を動かして、少しずつ形になっていく感覚は意外と嫌いじゃなかった。
私は完成したトートバッグを両手で持ち上げ、満足そうに眺める。
「これはもう……立派な大作だよね」
そう呟いて、小さく胸を張った。
正直、これを誰かに見せたい。見せて褒められたい。そして、自分の自尊心を大いに刺激したい。
「とりあえず、母さんに見てもらおう」
母さんなら、この良さを分かってくれるだろう。トートバッグを手に持ち、部屋を出た。
この時間なら母さんは店番をしているはずだ。なので、真っ先にお店に続く扉を開けた。
「あら? リオ、どうしたの?」
すると、カウンターの前に座っている母さんを見つけた。
「これ、ちょっと見て!」
「何? えっ……?」
母さんの目の前にトートバッグを差し出すと、母さんの目が点になる。呆然とトートバッグを見ると、困惑したように口を開く。
「これ……どうしたの?」
「私が作ったの。どう? 上手に出来ているでしょ!」
「リオがこれを?」
わなわなと震える手で母さんがトートバッグを手に持つ。すると、目を輝かさせてトートバッグを確認した。
母さんはトートバッグを両手で持ち上げ、角度を変えながらじっくりと眺め始めた。縫い目を指でなぞり、持ち手を軽く引っ張り、底の編み込みまで確認する。その表情は、だんだんと真剣なものに変わっていった。
「これ、糸で出来ているの? 糸がこんなになるなんて……大変だったでしょ?」
「え、えへへ。ちょっとずつやってたから、全然大変じゃないよ」
母さんはふっと息を吸い、はっきりと言った。
「こんなの、初めて見たわ」
やっぱり、そうでしょ! 私もこの世界でみたことなかったもの!
「リオ、正直に言うわね」
「う、うん……」
母さんは顔を上げ、にっこり――でも、どこか本気の笑顔で言った。
「凄いバッグよ、これ」
思わず声が喉に詰まった。凄い。母さんが、そんな言葉を使うなんて。
「売り物って言われても、全然おかしくないわ。むしろ、うちの店に並んでたら普通に手に取るもの」
「そ、そこまで……!?」
「そこまでよ」
断言された。胸の奥が、じわっと温かくなる。照れくさくて、嬉しくて、どうしていいか分からない。
「えへ……そ、そんなに言われると……恥ずかしいんだけど……」
「ふふ、でも本当のことだもの」
母さんは満足そうに頷き――次の瞬間、態度が一変した。ぎゅっ。トートバッグを抱きしめた。
「ねぇ、リオ」
「……なに?」
嫌な予感がした。とても、嫌な予感が。
「これ、頂戴」
「……え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
「え、あの……?」
「母さん、これすごく気に入っちゃった」
「い、いやいやいや! それ、私の――」
「だって、ほら。店番の時にちょうどいいサイズだし、丈夫そうだし」
「そ、そういう問題じゃ……!」
母さんはにっこりと微笑み、逃がさないようにバッグを腕に通す。
「ね? 似合うでしょ?」
似合うでしょ? じゃ、なーい! それは私の作ったバッグだ! 絶対に渡さんぞ!
そう思った時――私の目の前にウィンドウが現れた。
『ミレイ・グランデと口論』
『正論で押し返す』
『感情に訴える』
『代替案を提示する』
『子どもムーブ』
『商人の顔を突く』
『運に任せる』
『必殺・奥義』
なんか、コマンドらしきウィンドウも出てきた!




