36.恋愛イベント(3)
「よっしゃ! 一緒に帰ろうぜ!」
「じゃあ、またねー!」
「ちょっと遊んで帰らない?」
昼食の時間が終わり、ちらほらとクラスメイトたちが帰っていく。そう、もうこんな時間になってしまった。こんな時間になってしまったのに、あれから何も起こっていない!
ど、どういうこと!? もしかして、イベントクリアの合図はないの!? それとも、まだイベントが終わっていないっていうこと!?
あれから、ルメルと話しているけれど、とくに変わったことはない。愛情度も確認しているけど、19のまま変わっていない。
もしかして、失敗した? いや、あれが最善だったはずだ。一体、どうして……。
「リオ、難しい顔をしているけれど、どうしたの?」
「えっ? いや、ちょっと考え事をしていただけだよ」
「そう?」
もしかして、何かアクションをする必要があるのだろうか? でも、何をすれば……。そう思っていた時、ルメルが私の袖を引っ張った。
「ね、ねぇ」
「ん? どうしたの?」
「この後、時間ある?」
おっ? もしかして、これは!
「もちろん、あるよ!」
「じゃあ、一緒に帰らない?」
「いいよ!」
これは、来たか? イベント進行がようやく来たか!? どんな事になるのか、今から楽しみだ。
◇
「リオ、一緒に帰ってくれてありがとう」
「ううん、いいよ。ルメルと一緒に帰ってみたかったし、誘ってくれてありがとね」
「そう言ってくれると嬉しい」
二人で並んで通りを歩いていく。少しゆっくりとした歩調で歩いていて、いかにも話す時間が欲しい気配がする。
きっと、朝からのイベントのことだろう。ここで、イベントをこなしてきた結果が出てくると見た。さて、私の行動はこの恋愛イベントではどのような評価なのか、気になるところだ。
お互いに少し無言になる。だけど、ルメルからすぐに視線が向けられた。
「リオと二人っきりで話したかったんだ」
「そうなの? いつも二人で話してたじゃん」
「それは、周りに人がいたから二人きりじゃないよ」
なるほど、邪魔な人がいない状態で話してみたかったと。これは、期待が出来るんじゃないでしょうか。
少し視線を外した後、口ごもるルメル。だけど、ちらりと視線を向けると、照れ臭そうに口を開いた。
「……今朝は助けてくれてありがとう。凄く、困っていたんだ」
「困っていたなら、相談してくれれば良かったのに」
「自分のことだから、自分で解決したかったの。だって、友達に迷惑かけたくないでしょ?」
「もう。困った時は良い子にならなくてもいいのに」
ここまで良い子だと、逆に心配してしまう。友達に迷惑をかけたくないからって、自分が困ったままでいるのは良くないと思う。
「困ったことを相談してくれたら、全力で協力するから。それに好感度も上がるよ」
「好感度?」
「頼ってくれると嬉しくなるじゃん。だから、好感度が上がるんだよ。だから、ルメルもガンガン頼って、好感度上げよ」
「ふふっ、何それ。でも、そっか……頼ってよかったんだね」
どうやら、ルメルは頼ることに引け目を感じているらしい。頼ることが迷惑をかけるっていう考えなのかな? 全然そんなことないのに。ルメルに頼られたら、私じゃなくてもみんないうことを聞くと思う。
「リオっていつも私にはない考えを持っていて凄いと思う。あの時も凄かったね」
「あの時?」
「ほら、みんなを説得した時。みんな、仕返しをやって当たり前っていう雰囲気だったでしょ? それを収めるなんて凄いと思った。私もその……先生と同じで暴力で仕返すのは反対だったから、言えなかったの」
「じゃあ、私が悪ガキを投げ飛ばしたのは嫌だった?」
「あれは、そこまで嫌じゃなかった。多分、殴る蹴るじゃなかったからかな?」
やっぱり、ルメルは暴力が苦手だったんだ。よ、良かったー……。いつもの私の考えで選択していたら、イベントが失敗していたかもしれない。良かった、思いとどまって。
「全部自分で解決しなきゃって思っていたんだけど、リオが全部解決しちゃった。」
そう言って、ルメルは少し困ったように笑った。
「……正直ね、ちょっと悔しかったの」
「え? そうなの?」
「うん。でも、それ以上に……安心した」
歩く足を一瞬だけ止めて、ルメルは胸元に手を当てた。
「リオがそばにいてくれると、大丈夫なんだって思えるの。不思議だよね。自分のことなのに、リオに任せてもいいって思えちゃう」
「それ、頼りにしてくれてるってことじゃない?」
「……そうかも。私、リオに頼っている」
再び歩き出しながら、ルメルはちらりと私の方を見る。その視線は、いつもより少しだけ長かった。
「ね、リオ」
「ん?」
「もし……また困ったことがあったら」
「うん」
「その時も頼りにしていい?」
私の気持ちを窺うような視線を向けてくる。そんなの、聞くまでもない。
「もちろん! 無限に頼ってくれていいよ!」
「……無限って。ふふっ、じゃあそうさせてもらおうかな」
ルメルは小さく笑って、今度は視線を逸らした。けれど、頬がほんのり赤くなっているのが分かる。
「リオって、優しいよね。ふざけていると思ったら、本当は誰かに気を使える心を持っている。そういうのって素敵」
「そういう時はリオが素敵って言ってくれなきゃ」
「もう、リオったら。……でも、そうかも。リオって素敵!」
ふざけていったのに、満面の笑みが返ってきた。心臓が、ほんの少しだけ跳ねた。自分で言っておいてなんだけど、衝撃が強ぎる。さすが、王都一美少女で大天使のルメルだ。
そのルメルの手が伸びて、私の手をギュッと握る。小首を傾げながら、ルメルが微笑んだ。
「だから、これからはもっと仲良くして欲しいな」
その眩しい笑顔に自然と鼓動が高鳴って――。
ピロロンッ!
『ルメル・エリアミルの愛情度ランクアップのイベントクリア』
ウィンドウが開き、ルメルの後ろに大輪の花が咲き、光が輝いた。どうやら、これがイベントクリアの演出らしい。
ということは、イベントクリアっていうこと! や、やったー! 初めてのイベントクリア! じゃあ、愛情度が変わったってことだよね?
ウィンドウを開き、愛情度の欄を確認すると、ルメルの愛情度の欄が20を示していた。そして、ランクが普通から気になる人に変わっていた。
……気になる人。ふむふむ、じゃあルメルはそういう目で見てくるってこと? どんな事になるか、今から凄く楽しみだ!
「リオ、どうしたの?」
「あっ、いや、なんでもない!」
しまった。ウィンドウを見すぎていた。慌てて視線を戻すと、ルメルが不思議そうに首を傾げている。誤魔化そうとした、その瞬間――握られていた手に、きゅっと力が込められた。
「ふふっ、変なの。でも、そういうところが面白いよね」
「そ、そう?」
「うん!」
明るく頷くルメルは、離すつもりがないらしい。歩く距離も、いつの間にか肩が触れそうなくらい近い。
……あれ? これ、もう変化が出てるよね?
指先に伝わる体温が、やけに意識に残る。
「ね、リオ」
「な、なに?」
「今度から、一緒に帰ろうね!」
それは確認でも提案でもなく、ほとんど決定事項みたいな言い方だった。
「毎日だよ?」
「ま、毎日……?」
「うん。嫌?」
不安そうに上目遣いで見られて、断れるわけがない。
「い、嫌じゃないよ」
「よかった!」
ぱっと花が咲いたみたいな笑顔。握る手の力が、少しだけ強くなった。
なんだろう、この感じ。イベントが進んだというより、世界そのものが書き換えられたみたいだ。
これ……次から何が起こるの?
胸の奥に、期待と不安が同時に広がっていく。だけど、なんだか以前よりは面白くなりそうだ。




