29.冒険者の職業体験(5)
光の膜を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
どこまでも澄み渡る青空。風に揺れる、果ての見えない草原。遠くには深い緑をたたえる森が広がり、そのさらに奥には、天へ突き刺さるように山々がそびえている。
とてもダンジョン内部とは思えない。いや、思いたくても思えないほどの、広大な世界がそこにあった。
「うわぁ……すごい! 本当にここ、ダンジョンの中なの?」
「だよな! 外の景色と変わらないじゃん!」
「いや、むしろこっちのほうが壮大だ……どこまで続いてるんだ?」
初めて足を踏み入れた内部世界に、私たちは息を呑んだ。
もっと暗くて、じめじめしていて、息苦しい場所だと思っていた。こんなふうに風が抜けて、空があって、景色が広がっているなんて。まるで想像もしていなかった。
「ここは始まりの草原って言われているところよ。ここから多くの冒険者たちがダンジョンの中に散っていくのよ。今はこんな光景が広がっているけれど、階層によっては色んな景色が見られるのよ」
「確か、海があるって聞きました!」
「砂漠もあるんですよね!」
「ずっと、夜の世界もあるって聞きました!」
「ふふっ、良く知っているわね。その通りよ。このダンジョンの中には色んな世界が広がっているの。見たことのない世界ってワクワクしない?」
お姉さんの言葉に私たちは頷いた。たった一つのダンジョンに色んな世界が広がっている。それだけで、心がワクワクとして止まらない。
「ほら、シグナもちゃんと説明して」
「……ダンジョンは危険な場所ってイメージの方が強い。だが、同時に誰にでも公平に開かれた世界でもある」
「公平……?」
「生まれや身分に関わらず、挑戦する者には同じ景色が開く。それに――」
シグナは目を細めて、景色を見渡した。
「ここでは、出会いや成長がある。未知の魔物、未知の素材、未知の風景。ひとつひとつが、新しい自分に繋がっていく」
「新しい自分……」
「危険な職業だろうとも、冒険者になる人が絶えない理由……」
その言葉に自然と熱くなる自分がいた。
「ただ強くなるための場所ではない。仲間と信頼を築いたり、自分の限界を知ったり、世界の広さを感じたり。外では得られない物語が、ここには詰まっている」
「物語……!」
そうそう、そういうの! 冒険っていえばそういうのだよね。自分にしかない物語を作れる。異世界って感じがして、最高に痺れる。
「やっぱり、冒険者っていいよなー! 自由って感じがして」
「自分の物語、かっこいい!」
男子たちは目を輝かせて、ワクワクと言った様子だ。私もその気持ち分かる。普通に働いていただけじゃ得られないものがあるんだよ。
「シグナにしては、良い言葉だったわ。子供たちの目があんなに輝いている」
「……私は思ったことを言ったまで」
「それがいいんじゃない。ちゃんと、伝わっているわ」
私たちが景色を見て思いを馳せている時にそんな声が聞こえてきた。ちらりと見てみると、シグナさんと目が合う。それは何かを探るような目だけど、何を探っているのか分からない。
こういう時は心のウィンドウを開く。
『……とても興味深そうに聞いていた。普通なら怖がって話を聞いてくれないかと思ったが、そうではない。話を聞いてくれて嬉しい』
その時、通知音が響いた。一体、なんのパロメーターに変化があったのだろうか? 見てみたいが、最後の楽しみにとっておこう。
『もしかしたら、話が出来る? だが、怯えられたら……』
どうやら、シグナは話をしたがっているようだ。だけど、自分が怯えられるのを知っているから一歩踏み出せないらしい。
確かに、シグナの外見は凄い圧だから怖いけれど、私は平気だ。それに、私はシグナさんに興味がある。向こうも興味を持ってくれているのだから、これは遠慮なく話しかけるべきじゃない?
お姉さんもそんなことを言っていたし、今後に繋げるためにもここはもっと仲良くなっていきたい。選択肢が出ればいいんだけど、その気配はない。だから、ここは自分で行くしかない。
「シグナさんってめちゃくちゃ強そうですよね。どうやったら、そんなに強くなれるんですか?」
子供のように無邪気に攻める! 答えやすそうな質問をしたし、これは話が弾むか!?
「……」
じっと見つめられたままで、返答が来ない! くっ、話題を間違ったか? いいや、大丈夫なはず。確認のためにも、心のウィンドウを開こう。
『……話しかけてきた。しかも、質問まで。一体、どうしたんだ?』
いやいや、まず話しかけられたことに驚いていたのかーい! 一体、どれだけ話しかけられないとでも思っていたのか。興味がある人がここにいますよ!
『……どう答えればいい。折角、会話が出来そうなんだ。慎重に……』
そんな心の声が聞こえてくるが、現実の声はまだ聞こえてこない。それどころか、眼光と圧だけが強くなっていく。さっきはスラスラと話してくれたのに、どういうことだろう?
「……強くか」
ようやく喋った! だけど、その後も少しの沈黙が続いた。辛抱強く待っていると、また口が動く。
「気づいたらなっていた……」
「き、気づいたら?」
「……生きていたらこうなった」
「それって、自然に強くなったってことですか?」
「いや、生きていたら……」
む、難しいことを……。もしかして、心の声だったらちゃんと説明しているかも。また、覗いてみてっと。
『私はただ、生き残るために戦い続けてきただけ。気づけば、誰にも負けなくなっていた。努力したつもりはない。生き延びるために、必要なことをしてきただけ……。だから、強くなる方法は教えられない』
凄い、心の声のほうがしっかりと説明できている!
『こんな説明で幻滅されないだろうか? もっと、具体的なことを伝えられるといいのだけれど……。折角話しかけてくれたのに、これじゃあまた離れて行ってしまう』
そっか、質問されることに慣れていないから、戸惑わせちゃったみたい。距離を縮めるどころか、離れてしまいそうだ。ここは慎重に近づいて行ったほうがいいな。
「ありがとうございます! 良く分かりました!」
「……そうか」
笑顔で答えると、少しだけシグナさんの表情が柔らかくなったように思えた。ここで、そんな顔しちゃうの? だったら、どう思っているか見ないとね!
『……伝わって良かった。……小さい子との会話、可愛いし楽しい。もう少し、話をしていたい』
すると、また通知音が鳴った。これは思わぬところで、好感度が稼げたんじゃない?
シグナさんは冒険者として特別な存在。ここは仲良くなっておきたい。ふっふっふっ、これからゆっくりと攻略してやるんだから!




