28.冒険者の職業体験(4)
大きな門をくぐり抜けた瞬間、王都の喧騒がふっと遠のいた。代わりに広がったのは、見渡す限りどこまでも続く草原。陽に照らされてきらめく緑の海と、その上に果てしなく広がる青空だった。風が頬を撫で、草の香りを運んでくる。
「わぁ……これが、王都の外! 本当に初めて来た!」
思わず息を飲む。胸が高鳴って、体の中がじんわり熱くなる。
「だよな! くぅ~っ、やっぱ外の世界は最高だ!」
「わくわくするな! 冒険者を選んで正解だったわ、マジで!」
太陽の下、三人そろって笑い合う。まだ何も知らない広い世界が、手を伸ばせば届きそうなほど近くに広がっていた。
これが、王都の外の世界。ずっと夢見てきた景色。胸の奥をぎゅっと掴まれるような、言葉にできない解放感が溢れ出す。
「ふふっ、ここまで目を輝かせてくれるなんて、案内する私としても嬉しいわ。ほら、ダンジョンがあるのはあそこの建物よ」
お姉さんがすっと指を伸ばす。その先には、王都の外れにぽつりと、しかし威圧感たっぷりに構える巨大な建物があった。分厚い石壁に囲まれ、入り口には頑丈な鉄門。まるで異界の穴を押し込めるために造られた砦のようだ。
「昔ね、この地に突然ダンジョンが現れたの。それ以前はただの草原だったのに、ある日を境にぽっかりと口を開けて……。ダンジョンから得られる資源がとても重要だと気づいた人々は、その近くに城を築き、やがて町が生まれたわ。積み重なって、今の王都が出来たというわけ」
「知ってます! 学校の授業で習いました!」
胸を張って答えると、お姉さんはふっと目を細め、口元を緩めた。
「そう、ちゃんと勉強していたのね。偉いわ。なら、説明はここまでで十分ね」
軽くウインクしながら、お姉さんは建物の方へ歩き出す。
「それじゃあ、行きましょう。ダンジョンの中へ」
その言葉に、胸がどきりと跳ねた。足が自然と前へ動き、巨大な建物の影がすぐそばに迫ってくる。
鉄門を抜け、建物の中に一歩足を踏み入れた瞬間、外の静けさとはまるで別世界だった。
建物の内部は、天井の高い広大なホールになっており、無数の声が反響してざわめきの渦をつくっている。壁沿いには商人たちが所狭しと露店を並べ、木箱や布袋を積み上げて客を呼び込んでいた。
「安いよ安いよ! 初級ポーション三本セットでこの値段!」
「もっと高くならないか? 貴重なものだ」
「これを買い取ってくれ!」
あちこちで声が飛び交い、匂いも色も音もぐちゃっと混ざり合って、活気というより熱そのものが空間を満たしているようだ。
ホールの中央には、冒険者たちが装備を鳴らしながら行き交っていた。革鎧、金属鎧、ローブ姿。年齢も姿もバラバラで、皆が慣れた動きで道具を整えたり、仲間と作戦会議をしたりしている。
「この前の階層で見つけた素材の相場、上がってるらしいぞ」
「マジか。じゃあ今のうちに売っちまうか?」
「おう。帰りに補充しなきゃなんねぇしな」
すれ違う冒険者の会話が聞こえ、ますます胸が高鳴る。
ホールの奥には、ダンジョン協会の受付らしきカウンターがずらりと並んでいて、人の列がいくつもできていた。そこでは討伐証の提出や報酬の受け取りが行われているようで、職員たちが慌ただしく書類を捌いている。
「うわぁ……ここ全部、ダンジョンのための建物なんだ……」
圧倒されて呟くと、お姉さんがくすっと笑った。
「そうよ。ここはダンジョンの玄関口。冒険者が集まり、物が流れ、情報が巡る。ある意味、王都の心臓部とも言えるわね」
確かに、その言葉にも納得できた。ホール全体が脈打っているような活気に満ち、ただ立っているだけで胸が熱くなる。
「さ、あなたたちの初ダンジョン。シグナ、案内は任せたわ」
「……あぁ」
お姉さんの言葉にシグナさんはうなずいた。
「……こっちだ」
鋭い眼光がこちらを向く。男子たちは「ひぃっ!」と叫び声を上げながら、怯えながらついていった。私は遅れないように、シグナさんの隣に移動をして一緒に歩く。
しかし、近くで見ると、本当にでかい。見上げても、顔が遠いや。じっと見つめていると、ギロリとシグナさんの目がこちらを向く。背筋が凍り付きそうになるくらいの迫力に、喜びが溢れてくる。この威圧、たまらん。
「……」
なんか、こっちをじっと見てきているけれど、何を思っているのか全然分からない。というわけで、シグナさんと仲良くなりたいので勝手に心のウィンドウを開いてみる。
『……なんで、近づいてくるんだ? 私が怖くないのか?』
ほうほう、困惑している様子ですな。普通だったら、シグナさんを怖がって人が近づかないらしいんだけど、そんなの私には関係ない。
『それにしても、小さいな。子供ってこんなに小さかったか? なんか、可愛い』
その時、通知音がピロンと鳴った。ほうほう、傍にいるだけでパロメーターが変わることもあるんだ。もしかしたら、愛嬌のスキルのお陰かもしれないけれど。
視線を上げると、シグナさんがギロリと鋭い目を向けてくる。だけど、本心が分かっているので全然怖くない。遠慮なく近づいていける。心のウィンドウ様様だね。
「……見て。あれが、ダンジョンへの入口」
通路を進んだ先に大きな扉があり、その扉は不思議な光の膜に包まれていて先が見えない。もしかして、あれがダンジョンへの入口?
「中に入る」
そう言って、シグナさんはスタスタと歩いて行ってしまう。
「うわー! まだ、心の準備が!」
「とうとう、ダンジョンか! どんなところなんだ!?」
「早く見たいような、まだ見たくないような……!」
ダンジョンを目の前にして、私たちは立ち止まった。すぐに入りたい気持ちはあるけれど、ちょっと怖い。そんな感じで踏みとどまっていると、先に行ったシグナさんがまた鋭い視線を向けてきた。
「……来い」
「「は、はい~っ!」」
その視線に怯えて男子たちは駆け出して行った。
「ふふっ、リオちゃんはシグナが怖くないのね」
「はい! 全然大丈夫です!」
胸を張って答えると、お姉さんの表情が綻んだ。
「……本当に頼もしいわ、リオちゃん」
そう言いながら、お姉さんは少し目線を落とし、指先で髪を耳にかけるようにして、言葉を探す。
「シグナは功績が大きすぎるのと、あの見た目のせいでね。多くの人から怖いとか近寄りがたいって思われてしまっているの。本人は誰かを威圧したいわけじゃないのに……気づけば周りから距離を置かれてしまって。仲のいい人なんて、今はほとんどいないのよ」
お姉さんは小さく息をつき、寂しげな笑みを浮かべた。
「だからね、リオちゃんみたいに怖がらずに接してくれる子がいてくれたら……きっとシグナも嬉しいと思うわ。あの人、本当は優しいの」
確かに、シグナさんのあの迫力なら、普通は近づきにくいかもしれない。でも、もし仲良くなれたら、一緒に冒険に連れて行ってくれるかもしれない。そんな期待が胸に芽生えた。
「だから、これから仲良くしてあげてね」
「はい、任せてください!」
お姉さんと密かな約束をすると、私たちは光の膜の向こう側へと足を踏み入れていった。




