26.冒険者の職業体験(2)
「ここが、冒険者ギルドよ」
私たちの目の前にそびえ立っていたのは、まるで城塞のような巨大建築だった。灰色の石を幾重にも積み上げて造られた壁は、近くで見上げるほど高く、どっしりと重い存在感を放っている。
入口には大きな彫刻柱が二本、堂々と構えていて、どちらにも冒険者ギルドを象徴する剣と翼の紋章が刻まれていた。年月を感じさせる擦り跡があるのに、どこか誇らしげに輝いて見える。
扉は木製だが分厚く、鉄の帯で補強されていて、まるで「ここから先は覚悟のある者だけ来い」と言っているみたいだ。
周りには、荷物を背負った冒険者たちが行き交い、入り口の階段は混雑している。鎧のぶつかり合う音や、武器がカチャリと鳴る音。いろんな音が混じり合って、ギルド特有の活気を生み出している。
「わぁ、すごい。お城みたい!」
「すげーな!」
「こんなにデカいんだ!」
私は思わず呟いてしまった。胸の鼓動が早くなる。これが、異世界の冒険者ギルド。小説や漫画で見た世界が広がっていると思うと、ワクワクが止まらない。
「さ、行きましょう。ここからが本番よ」
そう言われ、私は大きな扉へと歩き出した。お姉さんが扉を開けるとそこに広がっていたのは、小説や漫画で見た世界だ。
広々としたホールがどこまでも続き、天井は高く、梁には魔灯がいくつも吊り下げられていて、室内なのに明るい。磨かれた石床が光を反射して、足音が軽やかに響く。
ホールの正面には、ずらりと横一列に長いカウンターが並び、それぞれの席に受付嬢らしき人たちが忙しそうに書類を捌いていた。冒険者達が列を作り、依頼の相談や報告を次々とこなしている。
中には肩に巨大なハンマーを担いだ大男や、黒ずくめのローブを羽織った魔術師風の人までいて、見ているだけで圧倒されそうだ。
ホールの端には、テーブルと椅子が並んだ休憩スペースが広がっていた。そこでは冒険者たちが酒を飲んだり、地図を広げて打ち合わせをしたり、武器を手入れしたりしている。笑い声、怒鳴り声、冒険話の自慢、あらゆる音が飛び交い、まるで市場のような賑わいだ。
「これが……冒険者ギルド……!」
「すっげぇ……夢みたいだ……」
「うわぁ、ほんとに想像通りだ!」
私は胸が熱くなった。これが憧れの冒険の世界。そこに足を踏み入れているんだと思うと、体が震えそうになる。
「そんなに喜んでくれるなんて、案内している私まで嬉しくなるわ。じゃあ、少しずつ説明していくわね」
お姉さんは微笑みながら、手を軽く広げてホール全体を示した。
「まず、ここが冒険者ギルドの中心になるメインホールよ。依頼の受注、討伐報告、素材の買い取り……ほとんどすべての業務がここで行われるの」
「じゃあ、あそこでクエストを受けるんですか?」
私がカウンターを指差すと、お姉さんは頷いた。
「えぇ、あの受付カウンターで職員と冒険者がやり取りするの。クエストの受注も、クリア報告も、全部あそこで行うわ」
「じゃあ……あれが張り紙のボード?」
「そう、それよ」
お姉さんが向けた視線の先には、壁一面を埋めつくす巨大な掲示板があった。びっしりと貼られた紙、剥がされた跡、上から新しい紙を重ねている箇所もある。冒険者たちが何人も立ち止まり、真剣な表情で依頼内容を読み込んでいた。
「クエストの紙はあそこから冒険者が自分で選んで剥がすの。受けられそうだと思ったら、その紙を受付に持っていって、正式に受注する仕組みよ」
「へぇ……! クエスト以外にも仕事があるって本当?」
「よく知っているわね。その通りよ」
お姉さんは満足そうに頷いた。
「依頼って言っても、全部が掲示板に貼られるわけじゃないの。指名依頼や緊急依頼、そして内容がセンシティブな依頼は、受付で直接候補の冒険者を選んで声をかけることもあるわ」
「貴族からの依頼もあるんですよね?」
「えぇ、もちろん」
お姉さんは少しだけ肩をすくめた。
「貴族の依頼は報酬が高い分、責任も重いからね。基本的には高ランクの冒険者に回されるわ。中には護衛任務や、行方不明者の捜索みたいな大仕事もあるの」
説明を聞くほどに、胸の奥がわくわくで熱くなっていく。仮想だった現実が目の前に広がっていて、心がときめいていく感じだ。
「色々と聞きたいことがあると思うけれど――ここで、ひとつ重大発表があります!」
にっこりと微笑んだお姉さんの声が、ホールの喧騒の中でも不思議とくっきり響いた。私たちは思わず顔を見合わせる。重大発表って、こんなタイミングで?
お姉さんはいたずらっぽく私たちの反応を眺めると、両手を腰に当てて言った。
「ねぇ、みんな。冒険者の仕事って、どんなものがあるか知ってる?」
「ダンジョンに潜って素材を採ること!」
「町の外の魔物を倒す仕事!」
「冒険すること!」
「うん、うん。みんな良く分かっているわ」
お姉さんは嬉しそうに頷いた。が、次の瞬間、その笑顔がぐっと華やぐ。
「でね、今回の職業体験では……特別にダンジョンを体験してもらいます!」
その一言は、雷みたいに私たちの頭に響いた。息をのむ音が三つ、同時に重なる。
お姉さんは誇らしげに胸を張った。まるで「どう? すごいでしょ」と言っているみたいに。
私達はわなわなと震えて、顔を見合わせた。そして――。
「「「すげー!!」」」
まさか、ダンジョンに入れるだなんて! 私達は嬉しくて何度も飛び跳ねた。
「ふふっ、そんなに喜んでくれるなんて、案内する側としても嬉しいわ。ただし、今回は体験だからね。入ってもらうのは魔物の出ない、安全区画だけ。それでいいかしら?」
「いい! むしろそれだけで十分すぎる!」
「ひゃっほーい! 本物のダンジョンだー!」
「よっしゃ、よっしゃ、よっしゃぁぁ!」
入れるだけでも奇跡みたいなものだ。胸の奥が熱くなるほど嬉しい。
私たちが大はしゃぎしていると、お姉さんはさらに爆弾級の一言を落としてきた。
「それとね……今回はダンジョンの中まで案内してくれる冒険者がついているの。それも、Aランク冒険者よ!」
「「「えっ……Aランク!?!?」」」
Aランク。冒険者の中でも、上から二番目のランク。かなりの強者じゃないと到達できない、憧れの領域。
そんな人が案内してくれるなんて、今日はとんでもない日だ!
「じゃあ、紹介するわね。えっと……あ、あそこにいるはず……あ、いた!」
お姉さんがテーブル席の一角を指差す。私たちは一斉にそちらへ視線を向け、そのまま固まった。
お姉さんが先導して歩き出す。私たちは喉を鳴らしながらついていく。そして、目的の人物のすぐ近くまで来た瞬間。
「……っ……」
息が止まった。
そこにいたのは、とんでもない存在感の女性。長身という言葉では足りない。大柄で、鍛え抜かれた体が椅子に余るほどでかい。
黒髪は長く伸び、頭の上には獣人特有の鋭い狼の耳が二つ、ピクリとも動かず立っている。
テーブルに立て掛けられているのは、どれだけ重いのか想像すらできない巨大な大剣。
そして何より、その目だ。鋭い。斬られるんじゃないかと錯覚するほど鋭い。
感情の読めない無表情で、ただまっすぐ前を見据えているだけなのに、近づいただけで背筋が凍りそうになる。
周囲の冒険者たちも、不用意に近寄らず、距離を空けている。まさに「猛獣の縄張り」そのもの。
圧倒的な強者。これがAランクの冒険者……怖い。でも、それ以上にカッコいい! うおぉぉぉっ、これがAランクの冒険者かぁぁああっ!




