23.騎士団へ職業体験(4)
『私、騎士を目指します』
『実は冒険者に興味があるんです』
え? ここで、その二択を迫られるの?
胸がドクンと跳ねた。こんな大事なこと、今すぐ決めろだなんて……。だって、将来の道だよ? 心の準備なんて全然できてない。
もし「騎士を目指します」って言ったら、セリスさんはきっと喜んで、これからもずっと一緒にいてくれる。剣の握り方も、騎士としての心構えも、色んなことを教えてくれるだろう。
でも、「冒険者に興味がある」って言ったら?
セリスさんは、私なんかに構う理由を失ってしまうんじゃないか。今までみたいに、優しく話し掛けてくれなくなるかもしれない。距離ができて、やがて会っても他人みたいに笑うだけになるかもしれない。
……そんなの、嫌だ。折角、こんなに親切にしてくれたのに。こんなにも優しく、真剣に教えてくれたのに。
じゃあ。嘘をついて、興味があるフリをする?
そうすれば関係は続く。セリスさんは喜んでくれて、私も寂しくなくて済む。
……だけど。
騎士に必要なのは、心だ。
セリスさんが言った言葉が胸に刺さる。あの時、迷いなく断言していた。正しい強さとは、嘘やごまかしじゃ手に入らないって。
そんな人を、私は騙すの?
……違う。それだけは、絶対にしたくない。あの人を傷つけたくない。自分の弱さで、立派な人を裏切りたくない。
だから、選ぶしかない。
ぐっと息を吸って、震える心を押し込める。怖い。でも、逃げちゃいけない。
「……実は、冒険者に興味があるんです」
しぼり出すように言葉を吐き出して、私はセリスさんの目を真っすぐ見た。視線がぶつかる。その瞬間、胸がぎゅっと痛くなる。
セリスさんは目を見開き、驚いたように息を呑んだ。
「……それは本当か?」
「はい。ここに来たのは……勧められたからなんです」
手も声も震えていた。それでも、嘘はひとつも混じっていない。
「……あの、その……」
言葉に詰まる。心がまだ震えてる。でも、ここで黙ったら、また誤魔化すことになる。それだけは嫌だ。
「ここに来たのは、騎士にすごく憧れてたから……じゃなくて。ちょっとだけ興味があったからなんです」
セリスさんが眉を少し上げる。責めるでもなく、ただ静かに聞いてくれている。その姿が逆に胸に刺さる。
「なんか、かっこいいな~って……軽い気持ちで」
言っていて顔が熱くなる。こんなに真剣なセリスさんの前で、軽い気持ちなんて、本来なら言ってはいけない気がする。
「だから、その……最初から騎士になろう! って思って来たわけじゃなくて。職業体験で何か所かいかないといけないから、とりあえず選んでみた感じで」
言葉を選びながら、でも嘘は混ぜずに、必死で伝える。
「すごく失礼かもしれないけど……私、今のところ、騎士になろうって真剣には考えていません」
口にすると、胸がきゅっと苦しくなった。セリスさんとの時間が楽しかったからこそ、余計に言いづらい。
「だって……今は今が楽しいんです」
セリスさんの瞳が、ほんの少し揺れた。だけど嫌悪でも失望でもない。驚きと、何かを飲み込むような静かな反応。
「スキルをもらって、それで色々していたらそれが楽しくて、毎日が新しくて……。だから、将来のことを今すぐ決めたくなくて」
言っていて、自分の気持ちがだんだん形になってくる。深呼吸をして、最後の一言を絞り出す。
「だから……ごめんなさい。私、まだこうなる! って決められないんです」
言い終わった瞬間、肩の力が抜けた。同時に、怖さが押し寄せる。正直に言ったからこそ、セリスさんがどう思うか分からないから。
それでも、嘘をつくよりずっといいはずだ。そう信じて、私はセリスさんの答えを待った。
「……そうか」
少しだけトーンが落ちた声が聞こえた。それだけで、怖くなって体がビクつく。その時、通知音がピロンと鳴った。何か変化があったようだけど、今は怖くて見れない。
ギュッと目を瞑っていると――ポン、と頭に手が乗った。
「良く言ってくれた」
明るい声。その優しい響きに、胸に絡まっていた不安が少しほどけた。顔を上げると、セリスさんは怒ってなんていない。むしろ、誇らしげに私を見ていた。
「リオ、お前は偉いぞ」
「……え?」
「怖くても、本心を言える。それは簡単なようで、誰にでもできることじゃない。特に、相手を傷つけたくないと思っている時はな」
そう言って、また頭に大きな手が乗る。優しいけれど、迷いのない手つき。
「騎士に必要なのは剣の腕や体力だけじゃない。嘘をつかない強さだ。リオはそれをちゃんと持っている」
胸がじんわり熱くなった。でも、同時に少し申し訳なくなる。
「リオが、騎士を見て目を輝かせたこと。剣を持った時に真剣に構えていたこと。全部見ている」
セリスさんは目を細める。責める気配なんてまったくない。むしろ、温かく包み込むようだ。
「冒険者に興味がある。それはいい。世界を知りたいという気持ちは尊いことだ」
セリスさんはゆっくりと私の肩に手を置いた。
「だが、リオ。お前は騎士にも少しだけ心を寄せているだろう?」
「……はい。ちょっとだけ」
「うむ、それでいい。今はそれで十分だ」
そう言って、セリスさんはふっと笑った。
「リオの気持ちを無理に変えるつもりはない。だが――」
一拍置いて、嬉しそうに言った。
「私はリオに騎士っていいなと、もっともっと思ってもらえるように努力しよう」
「……え?」
「リオが、本当に自分の意思で騎士になりたいと思えるようにな。今の興味を、しっかり育ててやろうじゃないか」
言いながら、セリスさんの目は獲物を見つけた猫みたいに輝いていた。でも、それは私を縛り付けるための光じゃない。成長を楽しみにしている光だ。
「騎士団のことも、剣のことも、鍛錬の意味も……全部もっと楽しく教えてやる。冒険者に負けないくらい魅力的にな」
「セリスさん、なんか楽しそうですね」
「もちろんだとも。リオの心を惹きつけられるかどうかは、私の腕の見せ所だからな!」
そう言って、拳を作った手で胸を叩いた。その気持ちのいい態度に不安が綺麗に消えて、楽しみな気持ちが溢れてきた。
「これから、覚悟しておけ。リオを騎士の世界に引き込んでやるからな」
「さぁ、本当に出来るかな?」
わざと挑発するように言うと、セリスさんは一瞬だけ目を丸くして――すぐにニヤッと笑った。
「……ほう。言ったな?」
「えへへ。言っちゃいました」
「よし。だったら見せてやろうじゃないか。私の本気を!」
やる気に満ち溢れるセリスさんを見ると、今後のことが楽しみに思えてきた。まだ騎士の道に進むとは考えられないけれど、一つ道が増えたのは良い事だったか?




