1.スキル授与
「リオのスキルは『ウィンドウ』です」
……はい? ウィンドウって、あの画面の枠みたいなやつだよね?
「あの、神官様。それは一体どういうスキルなのでしょうか?」
「商人向けの能力とか……そういうものですか?」
後ろで待機していた父と母が、不安そうに尋ねる。けれど神官は、眉を寄せて小さく首を横に振った。
「……申し訳ありません。このスキルは初めて見ます。記録にも、似たものはありません」
その言葉に、両親は顔を見合わせる。戸惑いと心配が隠せない。
「あの……それでは、私たちはどうすれば?」
母が恐る恐る尋ねると、神官は少し考えたあと、穏やかな笑みを浮かべた。
「神の与えたもうものに、無意味なものはありません。ウィンドウはきっとリオにしか果たせない使命があるのでしょう」
柔らかな声に、張りつめていた空気がすこしだけ和らぐ。
「もし困ることがあれば、いつでも神殿にお越しなさい。皆で考え、導きを見つけましょう」
「……ありがとうございます」
「はい、よろしくお願いいたします」
両親は安堵したように頭を下げた。私はというと、ぽかんと突っ立ったままだ。だけど――。
「リオ、ほら、あなたもお辞儀!」
「わっ、ちょ、ちょっと! 痛っ!」
母にぐいっと頭を押さえられて、無理やりお辞儀をさせられた。その瞬間、昨日ぶつけた頭がズキンと痛む。
「昨日、はっきりと思い出したばかりなんだから、優しくしてよ!」
「また、この子は! 訳の分からない事を言って!」
……そう、思い出したのだ。昨日の頭を盛大にぶつけた衝撃で、私は前世の記憶を取り戻した――転生者、だったのだ。
◇
「ほらっ! 十歳の大事な儀式の前に頭なんて盛大にぶつけるから、変なスキルを授かっちゃったんでしょ! あれほど静かに過ごしなさいって言ったのに!」
「いたっ!」
母のミレイが怒りながら、後ろから私の頭をぺしりと叩く。
「だいたいねぇ、大事な日くらいはおかしなことをせずに大人しく過ごすのが当り前よ!」
「いったぁぁっ! なんで二回目!?」
二度も痛い目に遭わされて、さすがの私も我慢できなくなった。頭を押さえて母をにらみつける。
「もうっ! 神様が頭ぶつけたくらいで、変なスキル授けるわけないでしょ!」
「いいえ、絶対そうよ! 冒険者になりたいだの、ギルド職員になりたいだの、料理人になりたいだの……ブレッブレなことばかり言ってたから、神様も困っちゃったのよ! だから適当なスキルをぽんって渡されたんだわ!」
「神様がそんな話聞いてるわけないよ! 母さんの理屈のほうが変だってば!」
通りを歩きながら、私と母は顔を突き合わせて口論を続ける。ぐぬぬ……と睨み合っていると、父のハルトが苦笑しながら肩を叩いた。
「二人とも、落ち着け。どんなスキルでも神様からの授かりものだ。きっと、リオの力になるさ」
「お父さん……そうは言うけど、神官様にも分からなかったのよ? 本当に大丈夫かしら」
「なるようになるさ。うちは昔からそうだったろう?」
「もう……お父さんはリオに甘すぎるのよ。だから、リオが調子に乗るのよ」
母はため息をついたが、さっきよりも怒気は抜けている。父のおかげで、なんとか空気が和んだ。
「それで、リオ。お前は何か思い当たることはないのか?」
「うーん……どんなスキルかは、ちょっとだけ分かる気がする」
「ほう、どんな感じだ?」
「四角い枠が出てくるの。多分、それがウィンドウなんだと思う」
「四角い枠……? 箱みたいなもの? 荷物でも積めるのかしら」
母が首をかしげる。けれど、私にもまだ分からない。すると、通りに家が見えてきた。
「家に帰ってから、じっくり検証するよ。ただいまー!」
お店の扉を開けて中に入ると――。
「よっ、お帰り!」
店番をしていた兄のレオンが明るく出迎えてくれた。
「リオ、どんなスキルを授かったんだ?」
「私のスキルはウィンドウだよ」
「……なんだそれ。やっぱり、リオは変人だから、変なスキル授かると思ったんだよなー」
「もう! 人を変人呼ばわりしないでよ!」
人の事を笑う兄に思わず声を上げてしまう。全く、母も兄も人を変人呼ばわりするんだから。ちょっと、前世の記憶の事を言ったり実行したりしただけじゃん。
まぁ、はっきりと記憶が戻ったのが昨日だから、周りからは変な事を言う子供って認識されちゃっているのが痛い。どうして、生まれた時から前世の記憶がはっきりと戻らなかったのか不思議だ。
「じゃあ、今日はリオの十歳の誕生日だから、外に食事に行きましょう」
「「やったっ!」」
「あなたたちは時間まで自由にしてなさい」
「「はーい!」」
やった! 久しぶりの外食だ! 私とレオンはハイタッチして、お店の奥にある住居の中に移動した。
「俺はちょっと遊んでくるけど、リオはどうする?」
「私は自分のスキルを確かめたいから、自分の部屋に戻るよ」
「変人のリオの事だから、変なスキルなんじゃねーの?」
「もう! 変って言わないでよね!」
人をからかってくるレオンを叩こうと手を振り上げると、レオンは脱兎の如くその場から逃げて行った。
「全く……。絶対に良いスキルに決まっている」
怒りを鎮め、二階に上がって自室に入った。ベッドに腰かけて、ようやく落ち着くことが出来た。
これで、ウィンドウのスキルを確認することが出来る。期待を胸に、深呼吸をして心を落ち着かせると――。
「ウィンドウ!」
スキルの名を唱えると、私の目の前にウィンドウが現れた。




